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第30話 王太子アレン・ハッターツェルグの不満
しおりを挟むエリザベートと初めて顔を合わせたのは七歳の時だ。同い年の公爵令嬢だと紹介され、お前の婚約者になると言われてアレンは少女をまじまじと見つめた。
七歳にして既に完成された美貌の令嬢は落ち着き払って座っていた。口数は少なかったけれど甲高い声でうるさくはしゃがれるよりは遙かに良かった。
七歳のアレンは、こんなに綺麗な子がお嫁さんになるなら、自分も立派な男にならなくちゃと心に決めたのだった。
一度目の顔合わせはすぐに終わってしまったので、二度目に顔を合わせる茶会をアレンは本当に楽しみにしていた。たくさん話をして仲良くなれると信じて疑わなかった。茶会のテーブルには上等のお茶と料理人が腕によりをかけた色とりどりの菓子が用意され、女の子なら歓声を上げるにちがいなかった。
それなのに、現れたエリザベートは茶会の間中ずっと居心地悪そうに身を強ばらせて、終始ひきつった泣きそうな顔をしていた。
茶を勧めても顔を曇らせ、菓子を勧めても顔を曇らせ、なんだか苦痛に耐えるような顔をする。
当然、まったく話も盛り上がらなかった。
「緊張しておられたのですよ」と、侍女達はエリザベートを庇ってアレンを慰めたが、その後の茶会でもエリザベートの頑なな態度が崩れることはなかった。
そうされると、アレンにもわかる。エリザベートはアレンとの茶会を嫌がっているのだと。
確かに、政略結婚だ。エリザベートが望んだ婚約ではあるまい。
でも、それを言うならアレンだってそうだ。
お互いに、自由に相手を選べた訳じゃない。
せっかく仲良くしてやろうと思ったのに、と、アレンの不満は茶会の度に貯まっていき、いつしか機嫌の悪そうな王太子と嫌そうな顔の婚約者が当たり前の光景になってしまった。
「はあ~ぁ」
うんざりしたように溜め息を吐くアレンに、エリオットは書類から顔を上げて尋ねた。
「どうした?」
「別に。明日はまた苦行の時間だと思ってな」
いかにも嫌そうに言うアレンに、明日がエリザベートとの茶会の日だったと思い当たってエリオットは肩をすくめた。
「あんまり嫌そうにするなよ」
今、生徒会室にはアレンとエリオットしかいないが、アレンはエリザベートの前でも嫌そうな態度を隠さないため不仲だと噂を立てられてしまうのだ。
「エリザベートの方が嫌そうな顔をしてるんだ。茶会の時はいつも」
アレンは苛立ちを露わに舌を打つ。エリオットはこっそり顔をしかめた。
(もう少し、仲良くなってもらいたいんだが……)
アレンは飢えた獣に襲われた時のエリザベートを可愛いと言っていた。
(いっそ、茶会の現場に飢えた獣達を放り込むか……?)
最近、王宮で栄養たっぷりの餌をもらい第三騎士団の猛者達に散歩や躾をされているそうで、獣達はころころと順調に大きくなっている。やんちゃざかりで、毎日来るロレイン公はローブをぼろぼろにされてもニコニコしているそうだ。
(それにしても、エリザベート嬢はどうしてそんなに茶会が嫌なんだろうな?)
機嫌悪く仕事をするアレンを横目で見て、エリオットは思案した。
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