英雄王アルフリードの誕生、前。~「なるべく早めに産んでくれ」~

荒瀬ヤヒロ

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第35話 貴族の少年

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 ビクトルが大事な会議とやらに行っていていないので、ユーリは訓練棟の隅っこで欠伸をしながら彼が戻ってくるのを待っていた。

「おい」
「ん?」

 頭の上から声がしたので振り仰ぐと、目つきの悪い少年が意地悪げな笑みを貼り付けた顔でユーリを見下ろしていた。

「お前、レクタル族なんだってな。魔力を持たないカス民族がなんでここにいやがるんだ?」
「はぁ……」

 ユーリは内心で「うわー……」と思った。見たところ、少年は十四、五歳ぐらいだ。着ている物が立派だし貴族の令息なのだろう。にしても、八歳のユーリにこんな風に絡んでくるなんて器が小さい。

 ユーリがげっそりとしているのを怯えて小さくなっていると勘違いしたのか、器の小さい少年は若干調子に乗り出した。

「魔力がないカス民族で、見た目も汚いなんてどうしようもないな。そんな汚い目と髪は初めて見たぜ」

 ユーリの瞳の色は灰色だ。髪の色も濃い灰色で、レコス王国の民は皆同じ色の髪と目を持っている。たまに、黒に見えるほど濃い色の持ち主もいるけれど、碧や碧や紅みたな華やかな色の目や、金髪や赤髪の持ち主は存在しない。
 ユーリを汚い色と嘲る少年は茶色い目と茶色い髪で、色とりどりなこの国では割と平凡な……だからか、とユーリは納得した。
 恐らく、彼自身が自分の髪と目の色が他者より地味だとでも思っているのだろう。なので、自分より地味な色の持ち主がやってきて嬉しくて絡んできたという訳だ。実に器が小さい。が、ある意味素直で嫌いじゃない。
 ユーリはこういう「自分では取り繕ってるつもりでも中身が全部見えてる系の小悪党」は実際は小心者だと知っているので、ふっと肩の力を抜いた。器の大きさを他人に合わせてはいけない。商人の父の教えである。

 なので、ユーリは広い心で少年に微笑みかけた。

「僕はユーリ・シュトライザー。よろしく」
「はあ?お前の名前なんか聞いてねぇよ」
「お近づきの印に飴を上げよう」
「馬鹿にしてんのかクソガキ!おい、こっち見ろ!」

 ポケットをごそごそしていたユーリは、怒った少年に肩を掴まれて引っ張られた。その拍子に、ポケットの中から丸い石が飛び出して床に転がった。

「なんか落ちたぞ」
「あ、それ……」

 昨夜、自分で作り出したよくわからない石だった。
 少年は落ちたそれに手を伸ばし、拾い上げた。

「ほら、……え?」

 少年の手のひらの上で、石が白く輝いてしゅうう、と溶けるように消えてしまった。

「え、なんだ?」
「し、知らない知らない!」

 戸惑う少年と、それ以上に戸惑うユーリは消えた石を探してわたわたと辺りを見回した。

「?なんか、手のひらが熱い……」
「え?火傷?怪我?あれのせいで!?」

 少年が石を載せていた手のひらをみつめてそんなことを言うので、ユーリは泣きそうになった。
 自分の作り出したよくわからないもののせいで大国の貴族が怪我したとか、本当に洒落にならない。

「いや、怪我はしていないけど……っ」

 少年の言葉が途中で止まった。
 少年とユーリの間に勢いよく割り込んできたビクトルが、目を血走らせて言った。

「何を、したっ……?」

 ユーリは声をなくしてビクトルを見上げるしか出来なかった。


 ***


 ビクトルが目にしたのは、ユーリと少年——確か男爵家の次男だった——がなにやら言い合う姿だった。
 絡まれているのかと思い、仲裁しようと足を早めたところで、男爵家の次男が床に屈んで何かを拾った。

 そして、次の瞬間、男爵家の次男の体から立ち昇る靄が、濃く、強くなった。

 魔力の量は生まれもったもので、増えたり減ったりはしない。

 だが、今この一瞬で、目の前の少年の魔力の量が明らかに増えた。
 他人の魔力を視ることが出来るビクトルには、そのように見えたのだ。


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