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第39話 クローバー
しおりを挟むそれが苦しいということなのだと、ずっと知らずに生きていた。
例えば誰かに優しく声をかけられたとか、とても興味の引かれる物を見た時、それに反応しようとするといつも喉の奥がぐっと重くなるような感じがした。
ガルヴィードが何かに興味や好意を抱くようなことがあると、外に向かおうとした意識を引き戻すように重い何かがぐっと腹の底から手を伸ばしてきた。
その苦しさに顔を歪め息を抑えるガルヴィードを見て、周りの人々は嫌われた、気に食わなかったと判断して、ガルヴィードに不快な思いをさせないように遠ざかったり、目の前のものを遠ざけた。
自分が興味を引かれた物は遠ざけられてしまう。
そう認識したガルヴィードはそれに抗おうとした。だが、重い何かに逆らってやっとのことで出した声は掠れているか、怒鳴るようにひび割れているかで、必死に歪められた表情はなおさら周囲の人々にガルヴィードは常に不機嫌であらゆることが気に入らないのだと勘違いさせる結果にしかならなかった。
抗うことに疲れ、すべてに投げやりになっていた頃、ガルヴィードは一人の少女と出会った。
いきなり王太子のズボンを下ろすという大失態をかました小さな令嬢は、ガルヴィードを見上げて言ったのだ。
『王太子殿下、どこか痛いですか?苦しそうな顔してる』
その令嬢の言葉に、何故かガルヴィードは初めて目を開いたような気分になった。
令嬢はすぐさま父親らしき貴族に回収されて、まわりにわらわら集まってきた連中がなにやらわーわー言っていたが、ガルヴィードは何も聞いていなかった。
いつもの「何か」が手を伸ばしてきて、腹の底が重くなった。
これが、苦しいということかと、ガルヴィードは初めて知った。
自分は、これまでずっと苦しかったのだと、ガルヴィードは初めて気づいたのだった。
謝罪に現れた小さな令嬢を遠ざけられたくない一心で、苦しさを抑えて声をかけようとした。
それなのに、口から出てきたのはろくでもない罵倒だった。こんなことを言うつもりではないのに、と思う間もなく小さな手で頬を叩かれていた。
それもまた、ガルヴィードには初めての経験で、周りは慌てていたけれどガルヴィード自身は何故か息が楽になったような気さえした。
小さな令嬢がパーティーの時と同じように回収されていなくなった後、ガルヴィードは慎重に声を出して、傍らのエルンストに尋ねた。
「……あれは、誰だ?」
人間に興味を示したガルヴィードに、幼い頃から傍に侍っている乳兄弟は目を丸くして驚きながらも「ギーゼル伯ドーリア・ビークベル卿のご令嬢ルティア様です」と教えてくれた。
ガルヴィードは、心の赴くままに立ち上がった。
このまま、遠ざけられてしまいたくない。
そう思って城の中を探し、庭の隅でぽつんとしゃがみ込んでいる小さな小さな姿を見つけて声をかけた。
四つ葉のクローバーを見つけるのが得意だと笑う顔を見ていると、胸がぎゅっと締め付けられる感じがした。
でもそれは、いつもの重苦しい厭な感じではなく、むしろこの感覚を手放したくないと思うものだった。
なりゆきでクローバーを探すことになったが、結局ガルヴィードは四つ葉をみつけられなかった。
一頻り勝ち誇った後で、ルティアは自分がみつけたクローバーをガルヴィードに差し出した。
『殿下に、いいことがあるように』
その時、ガルヴィードは、ふわりと浮き上がるような心地と、重苦しい腹の底で煮え立つような不平と、相反する感情を同時に感じたのだった。
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