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第57話 第二王子
しおりを挟むアシュフォード・ヴィンドソーンは剣を納めて長い息を吐いた。
このところ、どうもよく眠れない。原因はわかっている。あの悪夢のせいだ。
アシュフォードは、一日目の夢で早々に魔王に殺されていた。
アシュフォードのみならず、国王も王妃も、国の中枢に位置する者はだいたい一日目の夢で殺されてしまっていた。王太子である兄を除いて。
兄だけでも生き残ってくれて良かった。彼の子どもが英雄として魔王を倒すことを考えてもそう思う。
しかし、忸怩たる想いも消せない。国の危機に、何も出来ずにあっさりと殺されてしまった自分が許せなかった。
次は必ず役に立ってみせる。第二王子として。
アシュフォードは再び剣を抜いて訓練用の人型に切りかかった。
「なんだ、お前もいたのか」
背後からかかった声に振り向くと、兄であるガルヴィード・ヴィンドソーンが訓練場に入ってくるところだった。周囲の騎士達が礼を取る。アシュフォードも姿勢を正した。
「兄上も稽古ですか」
「ああ。気分を引き締めたくてな」
ガルヴィードはふっと笑った。少し癖のある短い襟髪を掻き上げる仕草を眺めて、アシュフォードは自分の横髪をちょいと摘んだ。アシュフォードも父譲りの黒髪だが、ガルヴィードほど見事な漆黒ではない。光が当たると茶色にも見える。ガルヴィードの髪は太陽の光も飲み込んでしまう見事な漆黒だ。
父と自分は黒髪に青い瞳、母は茶髪に緑の瞳だ。ガルヴィードの漆黒の髪と瞳は、先祖返りなのだと父は言っていた。ヴィンドソーン王家には時折魔力値の高い子どもが生まれるが、それは黒目黒髪の場合が多いのだという。
だが、ガルヴィードの魔力値は平均値以下だ。先祖返りの魔力に期待していた周囲は落胆したが、父と母は「まあそういうこともあるだろう」と気にせず笑っていた。
アシュフォード自身は平均よりは少し魔力値が高い。そのため、近いうちに魔法協会を訪ねようと思っている。伸ばせる能力は貪欲に伸ばしておくべきだ。
「では、久しぶりに手合わせを願います」
「おお。俺も最近はサボっていたからな。お手柔らかに頼む」
そう言うと、ガルヴィードは軽やかに剣を抜いた。すらりとした立ち姿に抜き身の剣はよく似合う。
大陸は平和で、ヴィンドソーンは百年近く戦渦に巻き込まれていない。故に、戦場に出た経験のある騎士はいないが、もしも王太子が戦場に出れば敵は「黒狼の騎士」と恐れるだろう、と以前に誰かが言っていた。
魔力値は高くないが、それ以外のことは勉学でも剣技でもガルヴィードは極めて優秀だ。周囲の者からも好かれていて、王太子として申し分ない。
しかし、十歳になるまでのガルヴィードは些か周囲を心配させていたと聞く。喜びというものを感じることなく、周囲の者には常に不機嫌な顔しか見せず、話しかけても怒鳴るか黙り込むかだったという。
その頃のアシュフォードは六歳になるかならないかだったのであまり記憶にはないのだが、「ルティア嬢と出会ってから人が変わったように明るくなった」と皆が口々に言うのでその通りだったのだろうと思っている。
そのうちに王太子の側近達もやってきて、本日の訓練場は華やかで活気のあふれる場所となった。騎士達の士気も上がる。
今日はよく眠れそうだ。
流れる汗を拭って、アシュフォードはそう思った。
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