掌編怪奇

荒瀬ヤヒロ

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赤い

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 掃除する時に百均のゴム手袋を使っていたら、手の甲が荒れてしまった。
 赤くなって痛みもあるので、薬をもらいに皮膚科に行くことにした。

 市立の総合病院ではなく家の近くの昔からある個人医院を選んだのは、そっちの方が空いていそうだと思ったからだ。
 案の定、くすんだピンクの壁の古臭い待合室には年寄りが三、四人いるだけだった。

 鈍い青灰色の長椅子に腰掛けて、携帯を取り出して適当にネットを眺めて呼ばれるのを待った。高石が座る長椅子の横には漫画の入ったカラーボックスがあり、上には水槽が載っていた。
 視界の端で赤いものがひらひらと動いている。金魚だろう。五、六匹はいるのか、ちらちらと複数の赤が動き回る。

 じゃぷん。

 水音がした。ふと顔を上げると、いつの間にか水槽の前に子供が立っていた。じゃぼっ、じゃぶん、と水音がする。
 子供が何か悪戯をしているのだと思った。
 近くに座っていた年寄りが名を呼ばれて診察室の方へ行く。
 高石は携帯の画面を眺めたままでいたが、ひっきりなしに響く水音に眉をしかめた。
 じゃぶっ。じゃぼん。ばちゃんっ。
 明らかに水槽の中に腕を突っ込んでかき回しているような音だ。金魚が跳ねたぐらいでこんな音は立たない。

 いくら子供でも好きにさせておいていいのか。受付の女性は顔を下げていてこちらを見ていない。誰も注意しないのかと苛ついた高石は、携帯から顔を上げて横を見た。

「金魚、大丈夫?」

 突っ慳貪な口調で子供の背中に声をかけた。すると、

「きんぎょじゃない」

 低く野太い声で子供がそう言った。そして、ぐるん、と首だけを回してこちらを向いた。

 あっ! と思った高石は思わず腰を浮かして後ずさった。それと同時に、

「高石さーん」

 診察室の方から名前を呼ばれ、その瞬間、目の前にいた子供の姿が消えていた。
 いや、子供だけではなく、カラーボックスの上の水槽も消えていた。

 高石はごくりと息を飲み込むと、そそくさと立ち上がって診察室の方へ駆け込んだ。

 子供がこちらを向いた瞬間、「あっ!」と思った。
 けれど、子供がどんな顔をしていたかわからない。確かに見たはずの子供の顔が思い出せず、普通の子供の顔だったようにも思うし、のっぺらぼうだったような気もする。

 子供の顔よりも強烈に記憶に残っているのは水槽だ。
 金魚が――いや、あれは本当に金魚だったのだろうか。赤い何かが動いていたのを見ただけで、はっきりとは確認していない。
 ただ、子供が振り向いた瞬間、水槽の中が真っ赤になっていて。

 ペンキのような鮮烈な赤だけが目に焼き付いて、そのせいか子供がどんな顔をしていたかも、何色の服を着ていたのかも、男の子だったか女の子だったかさえ思い出せないでいる。


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