生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
上 下
23 / 98

第23話

しおりを挟む

***


 洗濯物を干していると、ぽつぽつと雨が降り出した。
 パメラは慌てて洗濯物を取り込み、裏口から家の中に入った。
 溜め息を吐いて、少し濡れてしまった前髪を整えていると、廊下から義母と義姉の声が聞こえてきた。

「……から、明日お迎えが来るわよ」
「ずいぶん、せっかちねぇ」

 二人とも、何か楽しそうだ。
 パメラは雨がやむまで洗濯物が干せないので、どこかに置いておいて先に掃除を終わらせてしまおうと考えた。
 だが、聞こえてくる二人の会話が、パメラの足を止めた。

「貴族の若い娘なら誰でもいいのよ。だから、パメラでも売れたんだもの」
「妻にする訳じゃないんでしょう」
「当たり前よ。相手は侯爵よ。子爵令嬢なんか妻に出来るもんですか」

 パメラは眉をひそめて耳をそばだてた。

「侯爵に可愛がってもらえるなんて、良かったじゃない! パメラでもいいなんて言ってくれるの、モルガン侯爵ぐらいよ」
「そうよねぇ。まあ、パメラでも少しは役に立ってくれて良かったわ」
「あははは! モルガン侯爵からもらったお金で磨き上げて、私は立派な貴族を捕まえないとね!」

 パメラは足下からすーっと冷えていくような気がした。
 義母と義姉は、パメラを売るつもりなのだ。女狂いと言われる侯爵に。
 パメラはふらつく足で後ずさった。
 明日、侯爵の迎えが来る。パメラを連れて行く。

(そんな……)

 パメラは家を飛び出した。雨の中を走り、丘を駆け下りて行く。心臓が痛い。
 家から離れたところで立ち止まって、荒い息を吐いた。
 あの二人は、パメラを売ったお金で贅沢をして、お金持ちの貴族を騙して甘い汁を吸うつもりなのだ。
 父がこのことを知っているのかどうはわからない。けれど、知っていたとしてもどうせ何もしやしない。父はパメラの苦しみなんてどうでもいいのだから。
 パメラはその場にしゃがみ込んだ。雨に打たれて冷えた頰に熱い涙が流れる。

(どうして……どうして、私がこんな目に……)

 どうして、パメラが義母や義姉や父のような最低な連中のために苦しまなくてはならないのだ。

「……死ねっ! あんな奴ら、全員死んでしまえっ!!」

 雨の中で、パメラは叫んだ。

「あいつらを殺してよ神様! あんな奴ら、人を不幸にするだけなのに、どうして生かしているのよっ!!」

 パメラは拳を握りしめた。
 神が、何もしないというならば。あんな連中に美味しい想いをさせてパメラを苦しめることを良しとする神ならば。
 自分でやってやる。あいつらを刺して、あの家から逃げ出してやる。
 そう決意したパメラの耳許で、鈴が震えるような声がした。

「かわいそうに」

 パメラは振り返って辺りを見回した。誰もいない。雨の中に立っているのはパメラ一人だ。
 けれど、再び耳許で声がした。

「助けてあげる……私は、あなたの味方よ」

 その甘やかな声には、なぜか逆らいがたい魅力があった。

しおりを挟む

処理中です...