生贄公爵と蛇の王

荒瀬ヤヒロ

文字の大きさ
80 / 98

第80話



***


「さあ、行きましょう」

 自分を励ますように声に出して、レイチェルは墓地の中を歩き始めた。
 闇夜の中にかすかにぼんやりと初代国王を祀った祠の影が見える。だが、そこに辿り着くためには一軒の粗末な家の前を通らねばならないことに気づいた。墓守りの家だ。
 煌々と明かりが漏れていることから、まだ起きているのだと思われた。レイチェルは明かりが届かない場所で踏みとどまった。

(どうしよう……)

 明かりが消えて寝静まるのを待とうか、と考えたが、墓守りがいつ眠っているかなどレイチェルは知らない。
 見つかったら万事休すだ。だが、ここでいつまでも突っ立っている訳にもいかない。レイチェルは覚悟を決めてそろそろと動き出した。身を低くして、明かりの漏れる窓の下を通り抜ける。心臓がドキドキして、自分で口を押さえていないと叫んでしまいそうだ。
 音を立てないように扉の前を通り過ぎ、家の中から人が出てくる気配がないのを確かめて、レイチェルはほっと息を吐いた。
 だが、安堵したその途端、地面の窪みに足を取られてがくんっと体が傾いだ。

「きゃっ……」

 慌てて口を押さえたが、後の祭りだ。家の中からがたん、と音がした。

「誰かいるのか?」

 人相の悪い男がぬっと出てきてランタンで闇を照らした。
 レイチェルは逃げようとしたが、その前に墓守りの目がこちらを向いた。

 墓守りの男は、レイチェルの姿を見て「なぜ少女がこんな時間に」と、不思議に思った。だが、次の瞬間にはその目が恐怖に見開かれた。

 ランタンの明かりに照らし出された少女の白い肌には、醜い黒い痣がくっきりと浮かび上がっていた。

「ば、化け物めっ!」

 男が叫んだ。レイチェルは身を翻して逃げ出した。一度、家の中に戻った男が片手に棒を持って再び戸口から出てくる。男のくわえた笛が闇夜を切り裂く音で鳴り響いた。

 レイチェルは迷った。このままでは人が集まってくる。今、祠に駆け込むところを見られたら、ここに地下道の入り口があるとバレてしまう。
 レイチェルは歯を食い縛ると、走る向きを変えて墓地の出口へ向かった。

(なんとか逃げ切るしかないわ)

 追っ手をまいて、こっそり戻ってくるしかない。だが、墓地を出たところで街道の奥から二、三人の兵士が走ってくる影が見えた。レイチェルは咄嗟にそばの建物の影に隠れた。
 兵士達は墓守りと合流して、彼から話を聞いている。レイチェルは息を潜めて彼らの様子を窺った。
 レイチェルらしき少女がここにいたと知れば、もっと人が集まってくるかもしれない。

(彼らがどこかに行ってくれれば……)

 レイチェルの願いむなしく、二人の兵士が墓守りと共に走り去り、一人の兵士がその場に残って辺りを見張りながら待機していた。祠へ行くためにはどうしてもその横を通らなければならない。
 このままでは何も出来ないまま見つかってしまう。どうしよう、どうしよう、とレイチェルが唇を噛んだ。その時、少し離れた路地から悲鳴が聞こえた。

「きゃー! レイチェル!」

 レイチェルははっと辺りを見回した。

「待ってー! どこに行くの?」

 レイチェルに向かって呼びかける少女の声。それに応える声が響く。

「追いかけてこないでっ!」

 無論、レイチェルは声を出していない。何が起きているのかと思う間もなく、「どこだ!?」「こっちにいるぞ!」という男の声とばたばたと乱雑な足音が聞こえる。

「きゃー!」
「あっちよ! あっちに行ったわ! 誰か来てーっ!」

 残って待機していた兵士も、声のする方へ走っていった。

(今のは……)

 呆然とするレイチェルの腕を、誰かがぐいっと引っ張った。

「レイチェル、こっちだ」

 レイチェルは目を丸くした。パーシバルが、片手にランタンを持ってもう片方の手でレイチェルを引き寄せた。

「パーシバル……?」
「レイチェル!」
「マリッカ!?」

 路地から姿を現した親友は、レイチェルの姿を見て息を飲んだ。

「いったいどうしたの!?」
「あ、これは……」

 レイチェルは自分の肌を覆う黒い痣を思い出して言い淀んだ。

「いいわ。後で聞かせて。それより、逃げるわよ」
「あっ、待って!」

 腕を引かれそうになって、レイチェルは慌てて手を振りほどいた。

「私、祠に行かなきゃいけないの!」
「祠?」

 マリッカが眉をひそめた。

「祠って……」
「きゃあ!何すんのよ!」

 マリッカの言葉を遮って、悲鳴と争うような声が聞こえた。

「リネットが捕まったみたいね」
「ああ。助けてくる」

 マリッカが言い、パーシバルが声の方へ駆け出した。
「え? リネット……」
「あの子ってば、本当に貴族の世界が合わなかったのね。令嬢として振る舞うのが苦手なはずだわ。こんな状況で怯えもせずに、囮になるって言ってウキウキしていたわよ」

 戸惑うレイチェルに、マリッカが肩をすくめた。
 先ほど響いた悲鳴はマリッカとリネットが上げたもので、リネットはレイチェルの振りをして逃げたのだという。本物のレイチェルから目を逸らすための下手な芝居だったが、思いの外上手くいった。

「どうして、ここに……」
「アンタが隠れそうな人気のない場所を予想して、皆で夜空を見張ったのよ」
「皆?」
「私達とパーシバル様のお家の人達ね」

 夜空を飛ぶ二つの赤い光をみつけたのはリネットだったという。よくよく目を凝らせば、赤い目を光らせた夜空より黒い何かが空を泳いでいるのが見えた。

「アンタのせいで首が痛くなったわ」

 マリッカは自分の首をさすりながら笑った。


感想 10

あなたにおすすめの小説

掃除婦に追いやられた私、城のゴミ山から古代兵器を次々と発掘して国中、世界中?がざわつく

タマ マコト
ファンタジー
王立工房の魔導測量師見習いリーナは、誰にも測れない“失われた魔力波長”を感じ取れるせいで奇人扱いされ、派閥争いのスケープゴートにされて掃除婦として城のゴミ置き場に追いやられる。 最底辺の仕事に落ちた彼女は、ゴミ山の中から自分にだけ見える微かな光を見つけ、それを磨き上げた結果、朽ちた金属片が古代兵器アークレールとして完全復活し、世界の均衡を揺るがす存在としての第一歩を踏み出す。

【長編・完結】私、12歳で死んだ。赤ちゃん還り?水魔法で救済じゃなくて、給水しますよー。

BBやっこ
ファンタジー
死因の毒殺は、意外とは言い切れない。だって貴族の後継者扱いだったから。けど、私はこの家の子ではないかもしれない。そこをつけいられて、親族と名乗る人達に好き勝手されていた。 辺境の地で魔物からの脅威に領地を守りながら、過ごした12年間。その生が終わった筈だったけど…雨。その日に辺境伯が連れて来た赤ん坊。「セリュートとでも名付けておけ」暫定後継者になった瞬間にいた、私は赤ちゃん?? 私が、もう一度自分の人生を歩み始める物語。給水係と呼ばれる水魔法でお悩み解決?

即席異世界転移して薬草師になった

黒密
ファンタジー
ある日、学校から帰ってきて机を見たら即席異世界転移と書かれたカップ麺みたいな容器が置いてある事に気がついた普通の高校生、華崎 秦(かざき しん) 秦は興味本位でその容器にお湯と中に入っていた粉を入れて三分待ち、封を開けたら異世界に転移した。 そして気がつくと異世界の大半を管理している存在、ユーリ・ストラスに秦は元の世界に帰れない事を知った。 色々考えた結果、秦は異世界で生きることを決めてユーリから六枚のカードからスキルを選んだ。 秦はその選んだスキル、薬草師で異世界を生きる事になる。

聖女様と間違って召喚された腐女子ですが、申し訳ないので仕事します!

碧桜
恋愛
私は花園美月。20歳。派遣期間が終わり無職となった日、馴染の古書店で顔面偏差値高スペックなイケメンに出会う。さらに、そこで美少女が穴に吸い込まれそうになっていたのを助けようとして、私は古書店のイケメンと共に穴に落ちてしまい、異世界へ―。実は、聖女様として召喚されようとしてた美少女の代わりに、地味でオタクな私が間違って来てしまった! 落ちたその先の世界で出会ったのは、私の推しキャラと見た目だけそっくりな王(仮)や美貌の側近、そして古書店から一緒に穴に落ちたイケメンの彼は、騎士様だった。3人ともすごい美形なのに、みな癖強すぎ難ありなイケメンばかり。 オタクで人見知りしてしまう私だけど、元の世界へ戻れるまで2週間、タダでお世話になるのは申し訳ないから、お城でメイドさんをすることにした。平和にお給料分の仕事をして、異世界観光して、2週間後自分の家へ帰るつもりだったのに、ドラゴンや悪い魔法使いとか出てきて、異能を使うイケメンの彼らとともに戦うはめに。聖女様の召喚の邪魔をしてしまったので、美少女ではありませんが、地味で腐女子ですが出来る限り、精一杯頑張ります。 ついでに無愛想で苦手と思っていた彼は、なかなかいい奴だったみたい。これは、恋など始まってしまう予感でしょうか!? *カクヨムにて先に連載しているものを加筆・修正をおこなって掲載しております

貧乏奨学生の子爵令嬢は、特許で稼ぐ夢を見る 〜レイシアは、今日も我が道つき進む!~

みちのあかり
ファンタジー
同じゼミに通う王子から、ありえないプロポーズを受ける貧乏奨学生のレイシア。 何でこんなことに? レイシアは今までの生き方を振り返り始めた。 第一部(領地でスローライフ) 5歳の誕生日。お父様とお母様にお祝いされ、教会で祝福を受ける。教会で孤児と一緒に勉強をはじめるレイシアは、その才能が開花し非常に優秀に育っていく。お母様が里帰り出産。生まれてくる弟のために、料理やメイド仕事を覚えようと必死に頑張るレイシア。 お母様も戻り、家族で幸せな生活を送るレイシア。 しかし、未曽有の災害が起こり、領地は借金を負うことに。 貧乏でも明るく生きるレイシアの、ハートフルコメディ。 第二部(学園無双) 貧乏なため、奨学生として貴族が通う学園に入学したレイシア。 貴族としての進学は奨学生では無理? 平民に落ちても生きていけるコースを選ぶ。 だが、様々な思惑により貴族のコースも受けなければいけないレイシア。お金持ちの貴族の女子には嫌われ相手にされない。 そんなことは気にもせず、お金儲け、特許取得を目指すレイシア。 ところが、いきなり王子からプロポーズを受け・・・ 学園無双の痛快コメディ カクヨムで240万PV頂いています。

異世界転生ファミリー

くろねこ教授
ファンタジー
辺境のとある家族。その一家には秘密があった?! 辺境の村に住む何の変哲もないマーティン一家。 アリス・マーティンは美人で料理が旨い主婦。 アーサーは元腕利きの冒険者、村の自警団のリーダー格で頼れる男。 長男のナイトはクールで賢い美少年。 ソフィアは産まれて一年の赤ん坊。 何の不思議もない家族と思われたが…… 彼等には実は他人に知られる訳にはいかない秘密があったのだ。

悪女の針仕事〜そのほころび、見逃しません!〜

陰陽@4作品商業化(コミカライズ他)
ファンタジー
公爵令嬢として生まれながら、子ども時代からメイドや周囲の陰謀で、次々と濡れ衣を着せられ、「悪女」扱いされてきたミリアム。 第3王子との婚約を聖女に奪われ、聖女への嫌がらせの冤罪で国外追放された後、平民として生き延びる中で、何度も5年前へのロールバック(逆行)を繰り返すことに。 生計をたてる為に、追放後の平民生活で極めた針仕事が、ロールバックが繰り返されることで、針仕事の能力だけは引き継がれ、天才的な実力を手に入れる。 その時女神「アテナ」の加護を得て、2つの力を手にすることに。 「加護縫い」 (縫った布に強力な祝福を込められる) 「嘘のほころびを見抜く力」 (相手の嘘を布のほころびとして視覚的に捉え、引き抜く、または繕うことで、真実を暴いたり修正したりする) を手にしたミリアムは、5歳の幼女時代まで遡り、2つの力で悪評をぬりかえ、仲違いしていた家族も、加護の力を与えることで協力な味方へと変貌。 さらに、女神から可愛いしもべ「アリアドネ」を授かり、元婚約者と聖女にザマァを狙う中、加護縫いの能力が最も高い人間を王太子妃に迎える決まりのある大国、ルーパート王国の王子が近付いて来て……?

せっかく傾国級の美人に生まれたのですから、ホントにやらなきゃ損ですよ?

志波 連
恋愛
病弱な父親とまだ学生の弟を抱えた没落寸前のオースティン伯爵家令嬢であるルシアに縁談が来た。相手は学生時代、一方的に憧れていた上級生であるエルランド伯爵家の嫡男ルイス。 父の看病と伯爵家業務で忙しく、結婚は諦めていたルシアだったが、結婚すれば多額の資金援助を受けられるという条件に、嫁ぐ決意を固める。 多忙を理由に顔合わせにも婚約式にも出てこないルイス。不信感を抱くが、弟のためには絶対に援助が必要だと考えるルシアは、黙って全てを受け入れた。 オースティン伯爵の健康状態を考慮して半年後に結婚式をあげることになり、ルイスが住んでいるエルランド伯爵家のタウンハウスに同居するためにやってきたルシア。 それでも帰ってこない夫に泣くことも怒ることも縋ることもせず、非道な夫を庇い続けるルシアの姿に深く同情した使用人たちは遂に立ち上がる。 この作品は小説家になろう及びpixivでも掲載しています ホットランキング1位!ありがとうございます!皆様のおかげです!感謝します!