身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第一章 グローリア編

3、侯爵令嬢の本性

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 この城に住む六歳のオリビア・マティアスは、時々とんでもない我儘で周囲を困らせることがあった。侯爵である父親も、腹違いの兄も、ここから馬車で一日がかりの離れた王都に住んでいるので、この城に残された後妻の侯爵夫人は、寂しさのせいにして、オリビアが悪いことをしても一切叱ることができず、甘やかせるばかりの子育てをしていた。

 人に怒られることに慣れていないオリビアのせいで、ちょっとでも気に入らない使用人がいると、母親に言いつけて不当に解雇するということが頻繁に起こるようになった。

 執事のアーノルドは、長年旦那様に仕えてもうすぐ定年というプライドを保ちつつ、優秀な使用人たちがお嬢様に目をつけられないようにと苦慮する日々を過ごしていた。
 
 アーノルドと使用人達の密かな日々の努力が報われたのか、しばらくすると解雇される使用人も出なくなり、平穏を取り戻しつつあった屋敷で、オリビアが久しぶりにとんでもないことを言い出した。

「あーあ!退屈だわ。王都から離れているから、私の身分に釣り合う貴族もいないし。毎日マナーの稽古と、お勉強だけ。いっそのこと、孤児でも連れてきて育ててみようかな」

 オリビアは無邪気に言ったつもりだったが、近くにいたメイドはそれを冗談として受け流すことができず、驚いた拍子にカップを床に落として割ってしまった。

「何をしているの!」

 オリビアは感情的に怒り出した。

「も、申し訳ございません!」

「お気に入りだったのよ!役立たず!クビにしてあげるわ!さっさと出ていきなさい!」

「そんな…!お許しください!私には弟がいるのです!里親の元にいますが、お金を送らないとひどい目に遭わされてしまいます!」

 泣きながら懇願するメイドの言い分を聞くうちに、オリビアははっとした。

「里親?両親がいないの?他にもいるの?」

「は、はい。その農場には、他にも数名の子供たちがいます。農場の手伝いをさせられているのです」

「金髪の、私くらいの女の子もいるの?」

「たしか、一人いたと思いますが…」

 しばらく考えていたオリビアは、にっこりとメイドにほほ笑んだ。

「弟を助けたい?」

「はい!ですからどうか!解雇だけは!」

「いいわ。それじゃ、連れてきてよ、その女の子」

「…え?」

 メイドは困惑した表情を浮かべて、思わず聞き返した。

「だからね。さっきから言っているじゃない。私、私だけのお友達が欲しいの。しかも、私によく似ている子がいいわ」

「で、ですが、どうやって…」

「お金をあげればいいんでしょう?大丈夫よ。アーノルドに言っておくから」

 天使のような愛らしい顔で、悪魔のような駆け引きをする。相手が乗るか否か、それも一興。これがオリビア侯爵令嬢の本性であった。


※  ※  ※


 メイドが連れてきた子供は、オリビアが初めて会った時に抱いた印象よりも良く、期待以上にいい成果を上げていた。
 「サラ」と名乗る少女がこの城に来て数年が経った今、オリビアは快適な毎日を送っている。
 侯爵夫人は新しいメイドがオリビアと同じ年の子供だったことに驚いたが、友達が欲しいからと泣きついたオリビアを想って、詳しい事情も聞かずに「大事にしなさい」と言うだけで、あっさりと認めたのだった。
 
 サラをオリビアの側に置くようになって、マナーのレッスンや他の授業も常に一緒に受けるようになった。厳密に言えば、授業を真面目に受けているのはサラ一人だ。オリビアはどうしているかといえば、ただ横で見ていることが多い。時には紅茶とクッキーを食べながら、酷い時には居眠りをしている。

 そんなふうに、オリビアの授業態度は散々たるものだったが、一応出席はしているし、家庭教師に対しても悪態をつくことがなくなったので、執事が「授業はいかがでしたか」と質問をしても、誰も本当のことは言わず「真面目に受けておられます」としか答えなくなった。この状況に一番満足しているオリビアは、サラを片時も手放せなくなっていた。

 一方のサラは、前世の記憶を持つ中身は二四歳の大人なので、授業の成績が良いのは当然のことだった。苦手なマナーレッスンを除いて、下手なことをしないように気をつけてさえいれば、お嬢様に怒られないように立ち回るのは誰よりも上手かった。

(まさか、この世界でお姫様と同じ教育を受けて、毎朝毎晩、その髪を梳く生活を送るなんて、この先もずっとこんな人生を送るのかしら…)

 この屋敷で過ごすうちに、少しずつ自分が転生者であるということに加えて、ある一つの事実に気づき始めていた。

(この世界って、もしかして『孤独な聖女と皇子様』じゃないかしら…)

 サラが思い出したのは、異世界を舞台にした小説のタイトルだ。連載中に死んでしまったので結末がどうなったのかは知らないが、お姫様の名前も、この国の名前にも聞き覚えがあった。そして、目の前にいるこのお姫様こそが、その『孤独な聖女』であることを気づいた時は心から驚いたのだった。

(この子が聖女様で間違いなのかな。父親の侯爵様も、腹違いのお兄様も遠くにいて滅多に会いに来ないし。この城でずっと侯爵夫人との二人きりで、お嬢様の遊び相手と言えるのは私だけ。まさに『孤独な聖女』だわ……。幼少期のことは書かれてなかったから、いまいち確信が持てないけれど――)

 考え事をしながらオリビアの髪を梳いていたせいで、髪を支えていた手の力が緩み、櫛で思い切り髪を引っ張ってしまった。

「何するの!」

 オリビアが悲鳴に近い声で叱責する。

「ご、ごめんなさい!あまりにも美しい髪に見とれて、気が緩んでしまいました!」

「まったく!気を付けてよね!」

「は、はい…」

(あぶない、あぶない。最初のころはよく失敗して手の甲を叩かれていたから、久しぶりにびびったわ)

 サラ自身はまだ気づいていないが、オリビアの癇癪を抑えることができているのはサラだけである。執事のアーノルドはそのことに既に気づいていて、始めの頃はすれ違っても気に留めようともしなかったのだが、数年も経つと、お嬢様に献身的に仕えるサラを認めるようになっていた。

 いつの頃からか、アーノルドは屋敷内でサラを見かける度に立ち止まり、その姿を静かに見守る事が多くなっていった。

 そしてそんな彼の姿をよく見かるようになった他の使用人達もまた、サラという小さな存在をそれぞれの立場から複雑な思いで見つめるようになっていった。
 


  ※  ※  ※



 二人の少女が十四歳になり、オリビアは今日もサラと授業を受けて一日を無事に終わらせようと安心しきっていた。そんな時、その知らせは突然やってきた。
夕食の席で、母から言われた言葉にオリビアは驚愕する。

「どうしても王都に行かなくちゃいけないの?しかもお兄様のお屋敷に一週間も!」

 侯爵夫人は旦那様に会えると喜んでいたが、オリビアにとっては由々しき事態であった。
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