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第一章 グローリア編
17、お嬢様の執着心(二)
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「しー!誰にも見られずにここまで来たのよ。ここから出してあげる」
オリビアはマントの内側から手に持っていた鍵束を出すと、一つ一つ鍵穴に差し込みながら牢屋を開ける鍵を探し当て始めた。
「お嬢様、止めてください!こんな事がばれたら、またお叱りを受けてしまいます!」
「だからこっそり逃げたことにして、私について来たらいいのよ!」
なかなか正解の鍵に当たらないせいで、オリビアにも焦りと苛立ちが募っていくことがわかる。
(この展開もストーリーの一部なの?でもお忍びの格好で来たという事は…、本気でここから脱走させるつもりなんだ!)
オリビアの無謀な計画に気づいたサラは、牢屋の中から必死になって説得を試み始めた。
「私が逃げればまたみんなに迷惑がかかります!私のことは捨てて『聖女』としてこのまま王都に行ってください!」
「ダメよ!あなたを置いて行くことはできないの!」
どうしてダメなのか、サラがその理由を尋ねる前に牢屋の鍵が開いてしまった。オリビアは中にいたサラの手首を掴んで立ち上がらせると、そのまま牢屋の外へと引っ張り出した。
サラは咄嗟に「止めて」と叫ぼうとしたが、壁に設置された松明の明かりに照らされたオリビアを見て言葉を失った。不安と恐怖で美しい顔をひきつらせたオリビアは、サラに向かってこう言った。
「サラ、お父様は私とあなたを引き離すつもりなの!でもダメよ。私達はずっと一緒でしょ?」
何かに怯えながら真剣に訴えてくるオリビアに対し、動揺したサラは思わず後ずさりをしてしまうが、手首を力強く掴まれているせいで逃れられない。
「ですが…旦那様がお許しになるはずがありません。あの方を怒らせればまた酷い目に遭ってしまう。それが怖いんです!」
「そんなの『聖女』の力でなんとかなるわ!早くここから抜け出して、『サラ』という名前を捨てて私と一緒に王都に行くのよ!」
「そんな…」
なんとしても一緒に連れて行くと言い張るオリビアだが、あの侯爵の怒りを買うことは今度こそ命を危険にさらす事になる。それを身をもって知っているサラは、ばれた時のことを想像するだけで身震いした。
「無理です!お嬢様、私にはできない!」
父親から酷い扱いを受けてもなお、地下牢から救い出そうとしてあげているのに、自分には逆らえないはずのサラから強く拒絶されたオリビアはショックを受けた。そして、サラを失うかもしれないと本気で思い始めたオリビアの精神状態は一気に狂いだした。
オリビアは掴んでいた手首を跡が残りそうなほどより強く握りしめ、拒み続けるサラを無理やり引っ張って歩き出した。
地下の螺旋階段を登りながら、響き渡る足音にさえ気にする気配もないオリビアの異変に、サラは困惑と恐怖を隠せない。
「手を離してください!私はまだここから出る事を許されていません!」
「サラがいればお父様なんて怖くないわ…サラがいれば…サラさえいれば…」
オリビアは手の爪を噛みながらぶつぶつと呟いてばかりで、サラの言葉に耳を貸す気配などない。お嬢様にこんな力があったのかと驚くほど手を振りほどくこともできず、サラは階段を上がっていくオリビアの後ろに続くしかなかった。
(誰かに見つかればまた罰を受けるかもしれない。それともいっそのこと、見つかったほうがお嬢様の異常な行動を止められるかもしれないけど…)
あと残り数段を昇りきれば屋敷内に通じる扉に辿り着く。力ずくでここまで連れてこられたサラだったが、もし出られたとしても、また悲惨な目に遭うのは自分なのだと想像した瞬間、恐怖は絶望を呼び戻し、サラの体を突き動かした。
「は、放してください!お嬢様!」
オリビアの手を一気に振りほどこうとした時、決して手首を離そうとしないオリビアと、それを引き離そうとするサラは、揉み合っているうちにバランスを崩し、体を絡ませたまま螺旋状の階段を転がり落ちていった。
※ ※ ※
深夜に差し掛かる時刻に、執事のアーノルドはマティアス侯爵の個人の寝室に呼び出されていた。
「アーノルド。お前はオリビアを『聖女』だと信じるか?」
「…正直申し上げますと、そのお力を拝見したことはございませんので、私では判断致しかねます」
執事の見解を聞いた後、侯爵はしばらく考え事をして再び質問を続けた。
「…あの地下牢にいる娘、生意気にも手厚い待遇を受けていたと聞いたが本当か?」
「恐れながら…オリビア様があの娘の容姿にこだわって人形のように可愛がっていたことは事実ですが、それ以外では身の回りの手伝いもさせて他の使用人と同じように扱っておりました」
「そうか…」
アーノルドは侯爵がサラの事について何か知りたがっていることを直感的に感じ取り、それが何なのか気になり出した。
「この袋にはあの娘の髪が入っている。オリビアと同じブロンドだが、この美しさは見たことがない。見てみろ」
サラの髪が入っていると聞かされて、投げ渡された袋の中を恐る恐る覗き込むと、グロテスクな想像をしていたイメージとは反対に、その中にはふわりと絹の糸のような艶々しい髪が丸め込まれていた。
「そう言えば…、オリビア様の髪を梳くのはいつも決まってサラがやっていました」
「…サラ、と言うのか」
この時初めて少女の名前を確認した侯爵は、またしばらく無言のまま考え事をしていた。その時、ドンドンと扉を強く叩く音が鳴った。侯爵が頷いたのを見てアーノルドが扉を開けると、そこには一人の騎士が酷く慌てた様子で立っていた。
「ご報告申し上げます!地下で問題が起きました!」
それを聞いた侯爵はすぐに立ち上がり、コートを羽織って廊下に出て来ると、知らせに来た騎士に一瞥し先に地下の入り口へと向かって歩き出した。
「報告を続けろ」
「は、はい!地下に入る扉の前を見張っていた者が倒れているという知らせを受けて中を確認したところ、その…」
急に口ごもる騎士に、侯爵とアーノルドは疑問の表情で立ち止まり振り返った。
「何だ。早く言え」
侯爵の苛立ちに気圧され、騎士はぐっと唾を呑みこんだ。
「地下の階段下で倒れている二人の少女を発見しました。うち一名は…、絶命しているとのことです」
その報告を聞いた侯爵は目を見開き、わなわなと震え出した。アーノルドは自分の耳を疑い言葉を失っている。侯爵は拳を握りしめ、再び地下を目指して足早に歩き出した。
オリビアはマントの内側から手に持っていた鍵束を出すと、一つ一つ鍵穴に差し込みながら牢屋を開ける鍵を探し当て始めた。
「お嬢様、止めてください!こんな事がばれたら、またお叱りを受けてしまいます!」
「だからこっそり逃げたことにして、私について来たらいいのよ!」
なかなか正解の鍵に当たらないせいで、オリビアにも焦りと苛立ちが募っていくことがわかる。
(この展開もストーリーの一部なの?でもお忍びの格好で来たという事は…、本気でここから脱走させるつもりなんだ!)
オリビアの無謀な計画に気づいたサラは、牢屋の中から必死になって説得を試み始めた。
「私が逃げればまたみんなに迷惑がかかります!私のことは捨てて『聖女』としてこのまま王都に行ってください!」
「ダメよ!あなたを置いて行くことはできないの!」
どうしてダメなのか、サラがその理由を尋ねる前に牢屋の鍵が開いてしまった。オリビアは中にいたサラの手首を掴んで立ち上がらせると、そのまま牢屋の外へと引っ張り出した。
サラは咄嗟に「止めて」と叫ぼうとしたが、壁に設置された松明の明かりに照らされたオリビアを見て言葉を失った。不安と恐怖で美しい顔をひきつらせたオリビアは、サラに向かってこう言った。
「サラ、お父様は私とあなたを引き離すつもりなの!でもダメよ。私達はずっと一緒でしょ?」
何かに怯えながら真剣に訴えてくるオリビアに対し、動揺したサラは思わず後ずさりをしてしまうが、手首を力強く掴まれているせいで逃れられない。
「ですが…旦那様がお許しになるはずがありません。あの方を怒らせればまた酷い目に遭ってしまう。それが怖いんです!」
「そんなの『聖女』の力でなんとかなるわ!早くここから抜け出して、『サラ』という名前を捨てて私と一緒に王都に行くのよ!」
「そんな…」
なんとしても一緒に連れて行くと言い張るオリビアだが、あの侯爵の怒りを買うことは今度こそ命を危険にさらす事になる。それを身をもって知っているサラは、ばれた時のことを想像するだけで身震いした。
「無理です!お嬢様、私にはできない!」
父親から酷い扱いを受けてもなお、地下牢から救い出そうとしてあげているのに、自分には逆らえないはずのサラから強く拒絶されたオリビアはショックを受けた。そして、サラを失うかもしれないと本気で思い始めたオリビアの精神状態は一気に狂いだした。
オリビアは掴んでいた手首を跡が残りそうなほどより強く握りしめ、拒み続けるサラを無理やり引っ張って歩き出した。
地下の螺旋階段を登りながら、響き渡る足音にさえ気にする気配もないオリビアの異変に、サラは困惑と恐怖を隠せない。
「手を離してください!私はまだここから出る事を許されていません!」
「サラがいればお父様なんて怖くないわ…サラがいれば…サラさえいれば…」
オリビアは手の爪を噛みながらぶつぶつと呟いてばかりで、サラの言葉に耳を貸す気配などない。お嬢様にこんな力があったのかと驚くほど手を振りほどくこともできず、サラは階段を上がっていくオリビアの後ろに続くしかなかった。
(誰かに見つかればまた罰を受けるかもしれない。それともいっそのこと、見つかったほうがお嬢様の異常な行動を止められるかもしれないけど…)
あと残り数段を昇りきれば屋敷内に通じる扉に辿り着く。力ずくでここまで連れてこられたサラだったが、もし出られたとしても、また悲惨な目に遭うのは自分なのだと想像した瞬間、恐怖は絶望を呼び戻し、サラの体を突き動かした。
「は、放してください!お嬢様!」
オリビアの手を一気に振りほどこうとした時、決して手首を離そうとしないオリビアと、それを引き離そうとするサラは、揉み合っているうちにバランスを崩し、体を絡ませたまま螺旋状の階段を転がり落ちていった。
※ ※ ※
深夜に差し掛かる時刻に、執事のアーノルドはマティアス侯爵の個人の寝室に呼び出されていた。
「アーノルド。お前はオリビアを『聖女』だと信じるか?」
「…正直申し上げますと、そのお力を拝見したことはございませんので、私では判断致しかねます」
執事の見解を聞いた後、侯爵はしばらく考え事をして再び質問を続けた。
「…あの地下牢にいる娘、生意気にも手厚い待遇を受けていたと聞いたが本当か?」
「恐れながら…オリビア様があの娘の容姿にこだわって人形のように可愛がっていたことは事実ですが、それ以外では身の回りの手伝いもさせて他の使用人と同じように扱っておりました」
「そうか…」
アーノルドは侯爵がサラの事について何か知りたがっていることを直感的に感じ取り、それが何なのか気になり出した。
「この袋にはあの娘の髪が入っている。オリビアと同じブロンドだが、この美しさは見たことがない。見てみろ」
サラの髪が入っていると聞かされて、投げ渡された袋の中を恐る恐る覗き込むと、グロテスクな想像をしていたイメージとは反対に、その中にはふわりと絹の糸のような艶々しい髪が丸め込まれていた。
「そう言えば…、オリビア様の髪を梳くのはいつも決まってサラがやっていました」
「…サラ、と言うのか」
この時初めて少女の名前を確認した侯爵は、またしばらく無言のまま考え事をしていた。その時、ドンドンと扉を強く叩く音が鳴った。侯爵が頷いたのを見てアーノルドが扉を開けると、そこには一人の騎士が酷く慌てた様子で立っていた。
「ご報告申し上げます!地下で問題が起きました!」
それを聞いた侯爵はすぐに立ち上がり、コートを羽織って廊下に出て来ると、知らせに来た騎士に一瞥し先に地下の入り口へと向かって歩き出した。
「報告を続けろ」
「は、はい!地下に入る扉の前を見張っていた者が倒れているという知らせを受けて中を確認したところ、その…」
急に口ごもる騎士に、侯爵とアーノルドは疑問の表情で立ち止まり振り返った。
「何だ。早く言え」
侯爵の苛立ちに気圧され、騎士はぐっと唾を呑みこんだ。
「地下の階段下で倒れている二人の少女を発見しました。うち一名は…、絶命しているとのことです」
その報告を聞いた侯爵は目を見開き、わなわなと震え出した。アーノルドは自分の耳を疑い言葉を失っている。侯爵は拳を握りしめ、再び地下を目指して足早に歩き出した。
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