身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第一章 グローリア編

21、約束

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 王都へ向かう馬車の中で、キースとサラは二人きりだった。彼はサラの監視役として無理やり同じ馬車に乗せられた状況になっていて、二人は互いにぎこちない態度のまま、狭い空間の中で同じ時間を共有する羽目になっていた。

 キースは常に冷静であることを心掛けているが、この数日間はずっと動揺させられっぱなしでかなり疲れ切っていた。サラのほうも、これからの人生に対する不安に押し潰されそうで、泣かないようにずっと外の景色を見て気を紛らわすのに必死だった。

 互いに考えることが多すぎて、妙な緊張感を維持したまま会話をすることもなく、ひたすら馬車に揺られていたのだが、途中、ある街で一泊することが決まり、二人は少しほっとしていた。

 その街は王都へ向かう旅人達の休憩地点として知られており、貴族御用達のホテルに入るとすぐに侯爵とキース、そしてサラにも一室ずつ部屋が用意された。ホテルのボーイに案内をさせながら、最初に到着したサラの部屋の前で侯爵はキースにこう命じた。

「娘が逃げないように同じ部屋に移りなさい。ドアの外には護衛も交代でつける。情に流されたり変な気を起こすんじゃないぞ」

 やっと一人になれると思い込んでいたキースは突然の命令に異議を唱えようとしたが、不道徳な最後の忠告にも呆れてしまって、咄嗟に返す言葉が見つからない。侯爵はそんなキースの返事など待たずに、立ち止まっていたボーイに前に進むように命じて、オリビアを抱えているリックを引きつれて行ってしまった。

「―――ッ!仕方ない!…とりあえず部屋に入って護衛が来るのを待とう」

 サラと一緒に部屋の前に取り残されたキースは、額に手を当てて苛立つ感情を抑えながら部屋に入った。サラも戸惑いながら指示に従うしかなく、二人は互いに椅子に座って護衛が来るのを辛抱強く待つことにした。

 しばらくしてノックする音が聞こえたのでキースが素早くドアを開けると、そこにはリックと数名の騎士が立っていた。ドアが勢いよく開いたことに驚いたリックは様子を伺うようにキースに尋ねた。

「護衛の任務で参りました。ドアの前に交代でつきますので、何かあればお声かけください」

「君はたしか、隊長のアイゼン卿だったな。この中に女性騎士はいるか?」

「はい。ここにいます」

「申し訳ないが、今は事情があってメイドを連れてきていない。君が中に入って奥にいる彼女の世話をしてくれ」

「は、はい」

 女性騎士一人を部屋に入れてドアを閉める時、キースはリックと目が合ったが何も言わずにドアを完全に閉じた。

「彼女はまだ病み上がりだ。先に風呂に入れてやってくれ。私はその後で使う」

「承知いたしました。お嬢様、行きましょう」

 キースはこの時、オリビアの身代わりをする少女の名前をまだ聞いていない事に気づいてしまうのだが、知る必要があるのかと迷いが生じると、再び疲労感に襲われてソファに座り込んだ。

 バスルームに入った二人が出てくるまでキースは仮眠を取ると決めて、剣を立てかけて横になった。奥から二人の声が聞こえそうな気もするが、女性の会話に聞き耳を立てたいとも思わないキースは、目を閉じて雑念を排除した。

 用意されたこの部屋は十分に広かったが、ベッドが二台入っているベッドルームは一つしかなく、今夜はこのソファで寝ることになるだろうと考えながら、今は完全に眠るわけでもなく静かに待つだけだった。

 しばらくして、バスルームの扉が開く音がして石鹸の香りが微かに部屋の中に広がった。

(出たか…。俺も入るか…)

 束の間の安息から起きて立ち上がると、殺気立った視線を感じて顔を上げた。視線のもとをたどると、バスルームから出て来たサラの後ろで、女性騎士が何故か怒りを露わにしてキースを睨んでいる。

(……何だ?)

 サラはキースが怪訝な顔で自分の背後にいる人物を見ている事に気づき、何かを察して慌てて女性騎士とキースの視線の間に割り込んだ。

「お待たせしました」

 少し疲れが取れてさっぱりした様子のサラが視界に入ってきたので、キースは目をそらして立ち上がった。

「…私が出てくるまで彼女を一人にさせないでくれ」

 怒りよりも先に精神的な疲れを落としたいキースは、女性騎士の不躾な視線を無視してバスルームに入って扉を閉めた。その直後、扉の向こうから怒りの声が聞こえた。

「お嬢様!やはり黙っていられません!体に傷が残るほどの罰を与えるなんて!!」

「待ってください!誤解です!キース様がやったのではありません!ですから、どうかこの事は誰にも言わないでください…!」

 壁一枚を挟んだだけでは会話の内容はダダ漏れだった。キースは俯き、水道の栓を全開にして、何も聞こえないように音をかき消すことしかできなかった。




 バスルームから出てきたキースは、女性騎士を無視して、廊下にいた護衛に夕食を部屋に運ばせるようにと指示を出した。ほどなくしてテーブルに夕食一式がセッティングされると、キースはサラに席に着くように促した。

「もう中の護衛は結構だ。出てくれ」

 そう言われた女性騎士は、サラをちらりと心配そうに見た後、一礼をして部屋から出ていった。

 こうして二人は向かい合って夕食に手を付け始めたのだが、サラは緊張してなかなか食事がのどを通らないし、キースは一応食べてはいるが彼もその味を楽しむ余裕などなかった。

 やがて、キースがグラスに残ったワインを飲み干して口を開いた。

「君と会うのは、今回が初めてではないよな」

 両手にナイフとフォークを持ったままサラの手が止まった。青ざめている顔を見たキースは、やはりそうか、と確信した。

「私は幼い頃に会ったオリビアの印象が、金髪で瞳が茶色だったことしか覚えていない。今となってはどうでもいいことだが、王都で会った時からオリビアの代わりをするようになったのか?」

 サラはここで嘘をつくことよりも正直に打ち明けておくべきだと考え、あの時のことを説明しながらこう尋ねた。

「お嬢様はあの時、メイドの一人に扮して顔を隠していました。一緒にいたメイドを覚えていらっしゃいますか?」

 そう言われたキースだが、どうしても先に思い浮かんでくるのは目の前にいる少女が馬車から降りてきた瞬間の、あの繊細なイメージだけだった。キースは少し恥ずかしい気持ちになり、ごまかすように咳払いをした。

「すまない。思い出せない。それでは、オリビアが君に身代わりになれと言い出したんだな」

「はい。その…お二人に顔を合わせる自信がないということで、容姿が似ている私が一時的になり替わるようにと言われてやりました。…今更ですが、不快な思いをさせてしまい本当に申し訳ございません」

 キースは不思議なことに、頭を下げた少女に怒りなど感じてはいなかった。むしろ、もっと話を聞きたい、この少女の事を知りたいと思うようになっている。

「それはもういいんだ。オリビアが無理を言ったというのは理解できる。しかし…そうだな。君の名前は聞かないでおこう。聞いてしまうとその名前で君を呼んでしまいそうだ」

 キースは深い意味で言ったつもりはなかったが、顔を上げたサラは傷ついた表情で目線を床に落としている。それを見たキースは心が締め付けられるような感覚を抱いた。

「―――傷が、あるのか?」

「え?」

 サラは聞き返した。そしてすぐに、先ほどの女性騎士との会話を聞かれていたことに気づいて慌て始めた。

「君のせいじゃない。ただ聞こえてしまっただけだ。どこに傷があるんだ?」

「……背中ですが、だいぶよくなっていますので、気にしないでください」

「その『力』で治せないのか?」

「…はい。自分に対しては効かないようです」

 なぜこんな事も答えなくてはいけないのだろう、とサラは顔を赤くした。背中の傷跡は見られてはいないはずだが、彼が侯爵からどんな話を聞かされているのかわからないサラは、気恥ずかしさでキースを見ることができない。

 キースはワインを注いで一口飲むと、苦笑いを浮かべた。

「私は脚だったが、君は背中に、そして傷跡は残ってしまったのか」

「……」

 その言葉に驚いたサラは目を見開き、向かいの席に座る青年を静かに見つめた。

(侯爵は実の子に罰を与える時も鞭を使ったの?)

 サラが転生したこの世界は誰かの想像によって作られたものであるが、この物語は中世のヨーロッパ風に設定されている。サラにとってそれがこの世界に転生して一番嫌な理由だった。貧富の格差、男女の不平等、人権侵害の問題等、現代の日本にいた時の価値観で比べてしまうと、どうしても受け入れ難い事が多すぎる世界だった。

 悲痛な面持ちで見つめられていることに気づいたキースは、その目を見た瞬間に心が捕らわれていた。

「……俺が、守ってやる」

 互いに視線を交わしたまま、サラはじっとキースの言葉に耳を傾けている。キースはふと口に出してしまった言葉に後悔しながらも、この後に言うべき言葉は慎重に選びながら、サラにこう宣言した。

「君が私の妹として父の期待に応えていれば危害を加えられることはない。そして私のもとにいる限り、誰にも危害を加えさせたりはしない。私は私のやり方でこの帝国の平和のために忠誠を尽くすつもりだ。そのためにも君を利用させてもらう。オリビアが目覚めるまで……」

 キースが話し終えた後、サラはぐっと膝の上で拳を握りしめた。悲しい顔をしているが泣いてはいない。それだけが今のキースにとって唯一の救いのように感じられた。

「オリビア様が目覚めたら私はすぐに姿を消します。それまで、どうか、お力を貸してください」

「……約束しよう」

 目をそらさずに真っすぐな目で助けを求める少女に、キースは息が詰まるような感情を抱いたまま、偽りの返事をした。


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