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第二章
35、視察(一)
しおりを挟む聖ミハエル教会で「聖女」として活動する事を認められたサラは、キースと共に視察訪問をすることになり、今はその教会へ向かう移動中の馬車の中にいる。
王都に来てからも、キースの屋敷と皇城以外どこにも行った事がなかったサラは、教会への道すがら街の景色が見られることを期待していたのだが、聖女を警護するという理由でしっかりとカーテンを閉められてしまい、心底残念がっていた。
それでもとりあえず、外で活動するきっかけを与えてくれたキースに感謝していたので、きちんとお礼を言うべきか迷いながら、ずっと気になっていたある事を思い切って尋ねることにした。
「あの、旦那様から何も言われませんでしたか?」
「……何について言われる事があるんだ?」
キースから返ってきた冷ややかな反応に、うっとためらうも、サラは二人きりになった時間を無駄にはできないと考え直し、再び顔を上げた。
「えっと、私が『聖女の力』を治療院のような所で使うべきだと感じた事を、私の代わりに旦那様に代弁して下さったんですよね。そのせいで、何か嫌な思いをされたのではないかと気になっていたのです」
「あぁ…。それについてはこちらの要望を通しやすくする為に、君が思い詰めるあまり、今にも自殺してしまいそうだと前置きをしておいたんだ。それに『聖女』を教会へ派遣する事を提案したのはこの私だ。君の希望に沿えなくて申し訳ないが、ここにいるのが君ではなくオリビア本人だったとしても同じ結果になっていただろう」
「話を通して下さっただけでも、今の私には十分ありがたいのです。だけど自殺だなんて…。私が言い出したことなのに、旦那様に嘘をつく必要まであったのですか?」
「当たり前だろう。話をややこしくしてどうするんだ。だいたい君は馬鹿正直過ぎるところがある」
「ば、ばか?」
そんな事を言われるとは思いもしなかったサラは、少しムッとなって、心配していた理由を言い返した。
「でもキース様も旦那様に酷い罰を受けていたことがあると、以前に仰っていたじゃないですか」
「それはとうに昔の事だし、厳しい訓練を受けてきたおかげで今の自分があるのも事実だ。今まであの人に敵う武人は見た事がないし、貴族の間でも異質な存在として恐れられているのは間違いないだろうな」
「……もし意見が合わない時はどうされるのですか?」
「そんな時は俺が身を引くしかないだろう。あの人はマティアス家の当主であり、騎士団の総司令官でもあるんだ」
(それはそうかもしれないけど、でもその言い方はまるで父と息子というより、まるで上官と部下みたいじゃない)
サラは納得のいかない表情で沈んだ雰囲気になり、キースはその考えを読み取った。
「君の言いたいことは何となくわかる。友人とも似たような会話をした事があるからな。だが俺もずっと父と一緒に暮らしてはいないし、親子だとわかっていても本音でぶつかり合うような関係性を築いてきたわけじゃない。あの人を恐れる感情があることも否定はしないが、すべてを受け入れてからはだいぶ気が楽になった」
「それはつまり…、旦那様への恐怖を受け入れたということですか?」
「母は俺がまだ乳飲み子の時に亡くなっているし、結局は父の恩恵の下で生かされている訳だから、マティアス家に生まれた者として、この運命を受け入れるしかないと悟っただけだ」
その言葉を聞いてもまだ悲壮な顔をしているサラを見て、キースはふっと苦笑気味に微笑んだ。
「さっきから俺の事ばかり聞きたがっているが、君がまず心配すべきは自分の事だろう。この前も俺の命令を無視して、のこのことエバニエル殿下の前に現れたりして…。君はいつかオリビアが目覚めたら入れ替わるつもりでいるはずなのに、殿下が君の顔を完璧に覚えてしまったらどうするんだ。しっかりしていないと、また別のところですぐに利用されてしまうぞ」
痛い所をつかれてしまって、ぐうの音も出ないサラは、思わず軽く口を尖らせて睨み返しながら、自分が取った行動の理由を思い返していた。
(だってあなたの友人が行方不明になったのは、エバニエル殿下のせいかもしれないんでしょう?そんな相手に嘘をついたところで、今度は何をされるかわからないじゃない)
さっきまでの悲し気な顔が、今は自分の言葉に傷つき悔しそうにしているサラを見たキースは、微笑みから一転して真面目な顔つきになった。
「だが正直助かった。あの時君が現れなければ、もっと時間がかかっていたか、面倒な事になっていたかもしれない。ありがとう」
突然そうはっきりと、キースはサラに感謝の言葉を告げた。
(え?どうして急にお礼なんて言い出すの?さっきまで言っていた事と矛盾してるじゃない!)
「ち、違います!私だって、自分の為にやったんです!それに…っ」
「……それから何だ?」
サラはこの時、かつてオリビアから、誰からも美しいと褒められるこの顔はオリビアの持つ「聖女の力」のおかげだと言われた事を思い出し、言葉を詰まらせてしまった。
(…言えない。この顔が本当に私の顔なのか自分でもわからないなんて、言いたくない)
「お嬢様と私は似ているんです。入れ替わるタイミングなんて、いつでも問題ないはずです」
「……そうか」
それからはお互いに視線をどこかへとそらし、なんとなく呼吸をすることさえ意識してしまうほどの緊張感を保ったまま、教会に着くまでのしばらくの間、二人が会話をすることはなかった。
※ ※ ※
教会の前に到着した馬車から降りて、やっと新鮮な空気に触れてほっとしたサラは、ふと周囲を見回し、そこに新たに選任された護衛責任者の男性騎士と、そしてもう一人、女性騎士が同行していることに気づいた。
(あ、そうだわ。あの人はもういないんだっけ…)
マティアス侯爵がサラに向かって意味深な忠告を残していった数日後、ずっと同じだった「聖女」の警護態勢の見直しが行われ、人員の総入れ替えも行われた。当然、護衛責任者だったリック・アイゼンも外され、別れの挨拶もできないまま、ある日いきなり後任がやってきて事情を知ってしまったサラは、それなりに大きなショックを受けていた。
(結局あの人に「前世で会ったことがありますか」とは聞けなかったけど、またいつか会えるといいな。旦那様には強がりで「逃げません」なんて言ったけど、あれ以上親しくなっていたら、もしかしたらあの人に甘えてしまって迷惑をかけたかもしれない。今はこれでよかったのかも…)
リックがもう護衛として近くにいないことを痛切に感じ、気落ちしてしまったサラの横にいた女性騎士が、サラが着用しているマントのフードをその頭に被せながらにっこりと笑った。
「お嬢様、大丈夫です。秘密ではございますが、周囲には変装している仲間たちがたくさんいますから、お嬢様は我々がお守りします」
それは今のサラが求めていた情報ではなかったが、女性騎士のその笑顔に元気づけられ、サラはお礼を言った。
「ありがとう、ラウラ」
教会の案内役に導かれて通された部屋には、ミハエル大司教と数名の司教達が、聖女の来訪を今か今かと待ちわびていた。フードをおろしたサラの顔を見るなり「おぉ」と感嘆の声を洩らすと、胸に手を当てて敬意を表しながら一人ずつ自己紹介をしていく。中には涙を浮かべている若い司教もいて、キースと共に形式的な挨拶で返しながら、サラは彼らの過剰な反応に赤面していた。
(ちょっとオーバー過ぎない?こっちが恥ずかくなるじゃない)
二人は勧められた席に着いて司教達と互いに向かい合うと、キースが先に口火を切った。
「ミハエル大司教、マティアス侯爵家は皇帝の命令を受けて、『聖女の力』を持つ妹のオリビアを教会へ派遣することになりました。しかし色々と制約が多い中、教会を代表し受け入れを承諾してくれた事について、先にお礼を申し上げます」
キースの言葉を受けて、この中で一番の年長者であり、ここの責任者でもあるミハエル大司教は淡々とした口調で答えた。
「当教会も陛下のご期待に添えられるよう最善を尽くします。勿論、神の祝福を受けた『聖女』様におかれましても、憂いなくその御力を発揮して頂けるよう、我々に至らない点がございましたら何なりとお申し付け下さい。とりあえずここで一連の流れについて不備はないか協議した後で、後ほど用意した部屋へ御案内いたしましょう」
ミハエル大司教がサラに向かって優しい眼差しで微笑んだので、その風貌でサンタクロースを思い浮かべたサラは、にこりと微笑み返した。
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