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第三章
51、マダムの来訪(二)
しおりを挟むサラが緊張した面持ちでラウラと応接室で待っていると、ルアンを連れたマダムがやって来た。
帽子に付いている黒いベールに隠れた顔からその表情は読み取れず、上から下まで黒ずくめの格好をしたマダムが放つ独特の雰囲気は強烈で、サラは思わず息を飲んでしまう。
だが入室してすぐに帽子を脱いだマダムは、貴婦人のような微笑みでサラに礼儀正しい挨拶をした。
「この度は急な訪問にも関わらず、聖女様の貴重なお時間をいただきありがとうざいます」
「…どうぞお掛け下さい。こんなにも早くお会いできるとは思ってもみませんでした。……それで、お体の具合はいかがですか」
「聖女様が病を治して下さったおかけで、こうして自由に外出する事もできております。奇跡の力で救っていただけるなんて、感謝してもしきれないほどです」
「…それを聞いて安心しました。でもあなたを救えたのは私一人の力でありません。ルアンもあなたを救おうと必死でした」
「そのようですね。私が薬で眠らされた後の事はルアンから全て聞きました。そして早く聖女様にこの感謝の気持ちを伝えなければと思いまして、先に騎士館にいらっしゃる侯爵閣下にも挨拶を済ませてここへ参りました」
「……え?だ、誰に?」
「騎士団の総司令官であり、聖女様のお父様でもあるマティアス侯爵閣下です」
マダムはあっさりと答えているが、サラと後ろにいるラウラは驚きを隠せず、言葉も出てこない。
(騎士団の総司令官ってそんな簡単に会える人じゃないわよね?それにマダムは騎士団のちょっとしたお尋ね者だってラウラから聞いたわ。それなのに自ら旦那様に会いに行って挨拶もしてきたと言うの?それが本当ならやっぱりこの人は只物じゃないわ……。考えてみれば、ルアンの大胆な性格はマダムと似ているところがあるわね)
座っているマダムの背後に立つルアンを見てみると、ルアンはずっとラウラに睨まれてバツが悪そうにしている。事前の連絡も無しに勝手な行動を取った自覚はあるらしい。
「それからこれもルアンに聞いたのですが、私にお話があると仰ったそうですね」
「え?え、ええ…。そうですね…」
(あの時は病気で死を覚悟していたマダムを、説明もせずに強引なやり方で治療してしまったから、目覚めた時に何かしらショックを受けるんじゃないかと気になっていたのよね。結局ルアンにはその場に残ってもらったけれど、この様子だともう心配する必要はないみたい。…せっかくだから、この話の流れに乗ってみようかしら)
「じつは……私の知り合いで、私によく似た女の子を探しています。彼女はまだ王都にいるはずなのですが、私はこんな時どうしたらいいのかわかりません。街中で私に似た人を見かけたり、もしくは人を探すいい方法があればぜひ教えていただけないでしょうか」
「……そうですねぇ…。聖女様のような美人がいたらすぐに噂になっているはずですし、そのような少女を見た覚えもないですね。ですが最近似たような相談を受けました。ひょっとして、キース公子が情報屋を使ってその少女を探しているのではありませんか?」
「え!?そ、そうです。なぜおわかりに?」
「情報屋が貧民街で人探しをする時はまず最初に私を訪ねてきます。詳しい話は何も聞かない約束になっていますが、聖女様が情報屋を雇ったとは考えにくく、あなたのお兄様が動いているのではないかと思い至っただけです。今の話を聞く限りまだその少女は見つかっていないようですね。その子の名前はわかりますか?」
「えっと、それが…会ったのは随分前のことで、名前も覚えていないのです。もしかしたら…病弱だったので、病気で寝たきりになっているかもしれません。マダムが仰った通り、お兄様にお願いして調べてもらったのですが、手掛かりも得られず、心配しています……」
サラがしどろもどろに話し続けていると、怪訝な顔でじっとサラを見つめるルアンと目が合ってしまい、サラは反射的にその視線を逸らしてしまった。
(やっぱり自分に似た女の子を探しているなんて、変な話に聞こえるわよね。貴族の気まぐれで何を企んでいるんだ、っていう目で見られている気がするわ……)
急に口ごもり出したサラを気遣うように、マダムは演技派女優さながらの笑顔で応えてくれる。
「さすがですわ!聖女様は本当にお優しい!その子が病気で臥せっているのであれば助けてあげたいということですね。私もその少女を探してみましょう!」
「ほ、本当ですか?ありがとうございます!でもお父様には内緒にしていただけますか?この事が知られると叱られてしまいます」
「探している相手が平民の子ならば、よからぬ噂が立つのではないかと侯爵閣下が心配されるのも当然です。ですが卑しい身分のこの私さえも助けてくださった聖女様の頼みです。ご安心下さい。何かわかればすぐにご報告します。さて、お礼の挨拶も済みましたし、私はここで失礼いたします」
「そんな…、もうお帰りになるのですか?」
「はい。もうすぐ聖女様のお兄様もお戻りになるはずです。これ以上お騒がせしてご迷惑をおかけするつもりはございません」
サラはキースが屋敷に戻ってくるまでマダムを引き留めるつもりだったが、マダムが意図的にキースに会わないようにしている事に気づき、あきらめてソファから立ち上がった。
(マダムは騎士団のお尋ね者だもの。キースと会いたくないからこの時間に来たのかもしれない。とりあえずマダムの協力を仰ぐことはできたのだから、今はそれだけでも十分だわ…!)
「わかりました。それではお見送りします」
マダムとルアンを見送るためにエントランスまでやって来たサラは、そこで騎士団の任務から帰ってきたキースと出くわした。
マダムの突然の訪問にキースも驚いて眉間にしわを寄せているが、サラが笑顔でキースを出迎えてくれているので、強い態度でマダムを問い詰める事も出来ず、何とも言えない空気になっている。
「――ルアン、後で話を聞かせてもらおうか」
「はい、申し訳ございません。マダムを送ってから報告に上がります」
キースが鋭い眼差しでルアンを睨んでいると、気がつけばマダムがじっと食い入るような目でキースを見つめている。
「……何だ?」
痛すぎる視線に堪えかねたキースがそう呟くと、
「あなたがこの屋敷の主、キース公子でいらっしゃるのね」
「…そうだ。私が不在の間に、無断で妹に会いに来た理由を聞かせてもらおうか」
「そんなの、命を助けてもらったお礼をしたくて来たに決まっているじゃないですか。まさか茶髪のウィッグをつけて歓楽街をうろついていた金持ちの坊ちゃんがマティアス侯爵の御子息だったとは、正直驚きましたわ。また遊びに来るなら金をたんまり持って来て下さいね。こっちはいつでも大歓迎ですから」
「―――は?お、おい!何を言う…!」
「さ、ルアン。帰るわよ。当主様へのご挨拶も済んだことだし」
「……」
ルアンは片手で頭を抱えながら無言でマダムの後を追う。二人の客人が出て行った後、立ちすくむキースにサラの方から近づいていった。
「キースお兄様、お帰りなさいませ」
「あ、あぁ。その…、マダムは何をしに来たんだ?」
キースの気まずそうな顔は、さっきまでマダムの隣にいたルアンに似ている。マダムに関わる男達は皆マダムの言動に翻弄されてしまうらしい。
「先日の件で、わざわざお礼を言いに来て下さいました」
「……本当に礼を言いに来ただけなのか」
「はい。ラウラが証人です。ね、ラウラ」
サラが振り返ると、ラウラは口元を歪めて笑いを必死に堪えている。
「はい。それ以外、何も、ありません」
ラウラが見せた微妙な反応に、キースは思わず顔に血が上りそうなるのを我慢して狼狽している。
マダムがキースを見かけた事があるといった歓楽街には、バーや賭博場だけでなく娼館も幾つか点在している。真面目一辺倒に見られがちなキースだが、かつて人並みに反抗期を迎えた少年だった頃の彼は、夜になると変装をして屋敷を抜け出し、平民の親友と一緒に歓楽街でケンカや賭け事をして日常のストレスを発散していた時期がある。
その悪行は一週間も経たないうちに父親にばれてしまい、お仕置きならぬ過酷な騎士の特別訓練を一カ月も課せられてしまった。それ以降は歓楽街に出入りする事はなくなったのだが、自暴自棄になって遊び回っていた頃のキースをマダムに見られていたのは予想外だった。
キース自身は娼館に出入りはしなかったものの、金遣いの粗さが目立って目をつけられていたのかもしれないと、今さら反省をしても手遅れだ。
キースはこの時、サラは歓楽街に何があるのかもまだ知らないはずだとわかっていながらも、マダムの発言を聞いて変な誤解していないかと不安になっていた。
「その、誤解しないでほしいんだが…」
キースがサラの目の前に歩み寄り、少し屈むような姿勢でサラに小声で釈明しようとした。すると何かを察したサラは爪先に力を入れて踵を上げて、キースにだけ聞こえるように手をかざしながらこそこそと小声で囁き返した。
「キース様は王都の隅々まで出向いて、オリビア様を探してくださっていたんですね」
「…ん?」
「じつは先ほどマダムに、私達が私によく似た女の子を探していることを打ち明けました。マダムはキース様が妹の我儘を聞いて、平民の女の子を探していると勘違いしているようですが、旦那様には内緒で探してくれるそうです」
「そ、それはよかった」
エントランスにはラウラ以外にも他の護衛騎士や使用人がいるのにも関わらず、二人はこそこそ話を続けている。
その二人がいる場所に特別な空間ができあがっているように見えて、ラウラは首を傾げながらその様子を見守っていた。
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