身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第三章

54、図書室の秘密(一)

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 気さくで明るい女性騎士のラウラとすっかり仲良くなったサラは、二人分の紅茶とクッキーを用意して、護衛中のラウラを部屋に招き入れた。こっそりと女同士のティータイムを楽しんでいると、ラウラが皇宮内にある宝物庫について教えてくれた。

「私の友人が宝物庫の警備をしているのですが、そこにはあの有名な『初代皇帝の剣』が壁に鎖で繋ぎ止められて保管されているそうですよ」

「初代皇帝の剣?」

「はい。初代皇帝ミハエル様がこのユスティヌス帝国を築いた時に戦場で振るったという伝説の剣です。子供達の間でも、魔物さえも斬り殺してしまう聖剣として語り継がれていますね」

 この話を聞いたサラは、教会の展示室にあった一枚の絵を思い出した。その絵には初代皇帝ミハエルと、悪魔を封じようとしている聖女が描かれていた。だがその絵の中で剣を手にしていたのは皇帝ではなく聖女だったはずだと、サラは気になり始めた。

(そういえば初代皇后は聖女だったかもしれないと大司教様が言っていたわ。それにあそこで私が見た夢の中でも、剣を持って悪魔と戦っていたのはソフィアという女性だった。彼女はその後助けに来たミハエルという男性に愛の告白もしていたし、もしかしてあの二人は初代の皇帝皇后両陛下だったのかもしれない。でもその後に見た夢の続きは―――)
 
 サラは恐ろしい記憶が甦る直前、頭をぶんぶんと左右に振って思考を停止させた。

「お、お嬢様?どうかされましたか?」

 髪が乱れそうなほど突然頭を振ったサラの行動に、ラウラは心配してオロオロしている。そんなラウラが可愛く思えたサラは微笑んでみせた。

「違うの。嫌なことを思い出しそうになっただけ」

 サラの笑顔を見たラウラはそれ以上何も言えず、優しく微笑み返すことしかできなかった。





 ※   ※   ※




「こんな遅くに図書室で探し物か?」

 書棚の前で不意に呼びかけられてサラが振り向くと、窓の月明かりに照らされたキースがそこに立っていた。彼は今帰ってきたばかりなのか、まだ騎士の制服を着たままだ。

 夜は無人になる図書室で、護衛をつけずに一人でいる所をまさかキースに見つかるとは思っていなかったサラは、何と返事をすべきなのかすぐに言葉が出てこない。

 何も答えないサラのもとへキースが歩み寄ってくると、その距離が縮まるにつれてサラの中で焦りにも似た感情が込み上がってくる。

「お、お帰りなさいませ…!今夜キース様は外国特使の接待に呼ばれて遅くなると聞いていたのですが、早く帰ってこられたのですね…!」

 サラの声が緊張している事が伝わってきたキースはそこで足を止めるが、手を伸ばせば届く位置まで来ている。

「物音がしたからギルバートがいるのかと思って見に来たんだが…」

 キースの声を聞きながらどこからか漂ってくる甘い香りに誘われて、サラは鼻先ですんすんとその香りの正体を探った。その香りがキースから漂ってくることに気がついたサラは、恥ずかしくなる気持ちを隠して質問に切り替えた。

「これは葡萄酒の香りですか?」

「ん、やはり匂ってしまうか。酔っ払った外国の大使がボトルを倒した時に、俺の服にもかかってしまったんだ。それよりなぜ君は一人でここにいるんだ?」

 ラウラから「初代皇帝の剣」の話を聞いて、それが頭から離れなくなったサラは、眠る時間になっても落ち着かず、せめて手掛かりになりそうな本がないか探してみようと思い立って一人図書室へと来ていた。

 だがこの屋敷の図書室はサラの部屋よりも広く、児童文学から専門書までを取り揃えている。昼間は専任の書庫係がいるのだが、一人で探そうとすると他の本までも気になって立ち読みを繰り返しているうちに、時が過ぎるのも忘れて長居してしまったらしい。本当ならば部屋から出る時は必ず護衛を呼ぶべきだが、人目を気にせずに本を探したかったサラはついそれを怠ってしまった。

 部屋を抜け出したことへの後ろめたさだけでなく、キースから漂う葡萄酒の香りが何となく危険なものに思えて、サラは再び焦り出した。

「ある書籍を探していたのですが、今夜はもう遅いので明日また来ます!」

 サラはランタンを手にして素早くその場を立ち去ろうとする。だがキースにすぐ腕を掴まれて引き留められてしまった。

「何の本を探しているんだ」

 キースは手の力をすぐに緩めてくれたが、その手を離してくれる気配はない。サラはその手を振りほどくこともできず、必死になって説明する。

「初代皇帝の逸話が書かれた本です!『聖女』に関する記述があるかもしれないと思って探したのですが見つからないので、だからまた明日書庫係のハンスに聞いて探してもらいます!」

「…それならここにはない。帝国史は君が出入りできない部屋にある。ついておいで」

 キースはサラの手を取り図書室の奥へと誘った。薄暗い図書室をキースに手を引かれて歩きながら、サラの心は戸惑いと妙な期待感でざわついている。

 図書室の一番奥に着くと、キースはサラの手を離して書棚から分厚い本を取り出した。その本があった場所にキースは手を突っ込んで何かを回す動作をした。すると隣の本棚が低い音を立てて回転して、そこに人一人が通れるほどの通路が現れた。

「わっ、わあ…ッ!」

 大きな仕掛け扉を初めて見たサラは興奮した声を上げた。わくわくしているサラを見たキースはつい口元を緩めてしまう。そして動いた本棚の奥にある細い通路へと片脚を踏み入れて、サラに向かって手を差し出した。

「私も入っていいのですか…?」

「この隠し通路は天窓がある部屋に通じている。君はランタンを持っているし、その部屋には蝋燭も常備されているから暗闇が苦手な君でも大丈夫だと思うが、それでも中に入るのは止めておくか?」

 サラはキースの言った通り、過去のトラウマのせいで暗闇が苦手だ。だが今サラが考えていた事は全く違ったものだった。

(マティアス家の人間じゃない私が、秘密の隠し部屋に入ってもいいのか聞いたつもりだったんだけど……、でもキースに言われるまで暗闇がそこにある事に気づけなかったわ)

 意識してしまうと暗闇に対する恐怖感は確かにある。それでも隠し通路の入り口でサラの答えを待ってくれているキースの優しい眼差しを見た瞬間に、サラの恐怖心は吹き飛んでいた。

 サラがそっとキースの手を取ると、キースは優しく握り返し、二人は隠し通路のその先へと進み出した。

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