身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第三章

68、グローリアに残る者達

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 デビュタントから一夜明けた翌朝、サラは侍女頭エレナの声で深い眠りから起こされた。そしてこの時になってキースが朝食前にサラを迎えに来る事を聞かされ、慌ててエレナの手を借りて身支度を始める。

 部屋の入り口にいた護衛騎士のラウラが、扉をノックする音を聞いてサラの代わりに来訪者の姿を確認する。

「お嬢様、キース様がお見えです」

「はい!」

 サラが小走りに部屋から出ると、騎士団の制服に身を包むキースが廊下で待っていた。キースは微笑んでみせるが、軽く息を弾ませているサラを見てすぐに心配する顔つきに変わってしまう。

「おはよう。昨夜、熱が出たそうだな。薬を飲んで眠ったと聞いているが、気分はどうだ?」

「おはようございます。もう大丈夫です。それより、私から大事な話があるとお伝えしたのに、伝言も残さずに眠ってしまってごめんなさい」

「気にしなくていい。まだ昨日の疲れが残っているかもしれないが、俺は昼に父上と会う約束がある。それまで君と一緒に過ごしたいんだが、構わないか?」

(え?一緒にって……、つまり、私から昨日あった出来事を直接聞きたいって事を言いたいのよね?)

「もちろんです。私もちゃんとお話がしたかったので、お時間を頂けるなら光栄です」

「よかった。それじゃ、まずは朝食から先に済ませよう」

 キースはただサラを迎えに来た訳ではなく、ダイニングルームまでエスコートするつもりで手を差し出してきた。サラはその手を取りながら、いつも以上に紳士的なキースに対して胸が高鳴っている。

(…私、まだ熱があるのかな。キースが普段よりもっと素敵に見えるし、ちょっと優しくされただけで舞い上がってしまう。いやいや、駄目でしょう!これから大事な話をしなくちゃいけないのに、私ってば何考えているの)

 ダイニングルームへ向かうサラとキースの後をついて行きながら、二人のやり取りを観察していたラウラは別の事を考えていた。

(この二人…、腹違いだけど血の繋がった兄と妹よね?ずっと離れて暮らしていたとはいえ、互いに嫌っている訳ではないようだけど、どうしてまだこんなにも他人行儀に見えてしまうのかしら。何だか見ていて、とてももどかしい気持ちにさせられるわ)

 一度抱いた疑問は払拭されず、ラウラは不吉な予感を胸に、サラの背中を見つめていた。





 朝食を食べ終えて水を飲みながら、サラはここにいるはずの執事の姿が見当たらない事をキースに尋ねる。すると、

「彼は休暇中だ。週末には戻ってくるだろう」

(ギルバートが休暇を取るなんて初耳だわ。私が聞き逃したのかしら。それとも―――)

「もしかして、ギルバートの身内に何かあったのですか?」

「いいや。俺が無理矢理休みを与えたんだ。彼は休日も屋敷にいる事が多いからな。田舎にいる旧友に会いに行くそうだ」

「まぁ…。でも確かに、ギルバートはお休みの日も皆に声をかけて、不満はないか、困っている事はないかと聞いて回っていますね」

「責任感が強い男だからな。さて、そろそろ場所を変えて話さないか。よければ君の日課である中庭の散歩に出て、端にある東屋に行くのはどうだろう」

「…私は構いませんが、重たい話になるかもしれません」

「それなら尚更、綺麗な中庭を眺めながら話を聞いたほうが良さそうだ。それに俺は仕事の話がしたいんじゃない。君とちゃんと向き合いたいんだ」

 キースの言葉に迷いやためらいは微塵も感じられない。彼も何か言いたい事があるのだろうと思いながら、サラはいつもと違うキースの雰囲気に戸惑っている。

(……さっきからキースの様子が変だわ。私をからかっている訳じゃなさそうだし、真っすぐな言葉が全部くすぐったく感じられる)

「…わかりました」

 サラは頬を赤らめて、いつものように素直に頷いた。



 
 ※    ※     ※ 




 マティアス家の田舎の領地、グローリアへ辿り着いたギルバートは、突然の訪問で旧友であるアーノルドを驚かせることに成功し、二人は久しぶりの再会を喜んでいる。

「ギルバート!まさか君が訪ねてきてくれるなんて!」

「前回は君が突然やって来て、この私を驚かせたんだ。これでおあいこだな」

 屋敷の主である侯爵夫人が王都に移り住んでからは、この屋敷内にいるのは執事のアーノルドと、数名のメイドだけのようだった。アーノルドは苦笑しながら、今の状況をギルバートに説明し始める。

「私がこう言うのもなんだが、奥様が王都に移って下さったおかげで、やっとこの屋敷に平穏が戻ってきたんだ。お嬢様が王都に行ってしまった後、一人残された奥様の精神状態は常に不安定だったんだからね。それに耐え切れず、気の短い使用人は次々と辞めていってしまったよ。まぁ、結果的にはこれで良かったんだがね」

「そうですか…。手紙では何とか元気でやっている、としか書かれていなかったので、やはりこうして会う事が出来て良かったです。キース様に感謝しなくては…。あ、そうでした。これはキース様からの伝言ですが、オリビア様と一緒にこの屋敷を出た、ある少女の出生記録を探しています。そう言えばわかるはずだとキース様は仰っていたのですが、君は覚えていますか?」
 
 ギルバートの質問を受けたアーノルドはびくっと体を震わせ、後ろめたそうに口を閉ざしてしまった。その反応に驚いたギルバートは、恐る恐るこう尋ねる。

「どうかしましたか。何か問題でもあるのですか?」

 何とも言えない表情で、何かに怯えている旧友の姿を見てしまったギルバートは強い不安を抱く。そればかりか人の気配を感じて顔を上げてみると、飲み物を置いて出て行こうとしていた若いメイドまでもが、アーノルドと同じように青ざめた顔で立ち尽くしている事に気付き、嫌な予感は確信へと変わってしまった。

(やはり何かあるのか…)

 そう理解したギルバートは、アーノルドに再び同じ質問を重ねる。

「その少女はオリビア様と容姿が似ていて、年齢も同じだそうですね。私は会った事がないのですが、旦那様のもとで使用人として働き続けているそうです」

「……その…、どうしてその少女の出生記録を探しているのか、キース様はその訳を君に話したのか?」

「いいえ。私も何故キース様がその少女の為に動いているのかはわかりません。ですが君ならわかるはずだと仰っていましたが、違いましたか?」

 アーノルドはそれですべてを理解したかのように、深い溜め息と共に緊張感を解いて見せた。そしてすぐにまた、悩み苦しむ表情へと戻ってしまった。

「ギルバート…。すぐに答えられなくてすまなかった。あの子が…『サラ』がいた痕跡は、ここにはもうないんだ」

「どういう意味ですか?」

「オリビア様が王都に出発した日、一緒に連れていかれた少女というのは『サラ』で間違いない。だがあの子の存在を示す唯一の出生証明書は、旦那様が持って行ってしまわれたんだ…」

「もしそうだとしたら、キース様は何故その事をご存じではないのでしょう。私に休暇を取れと言い出したのには何か訳があると思ってはいましたが…。そうですか、証明書は旦那様が持って行ってしまったのですね。しかし、これで私はキース様が望む答えを得られたと言っていいのだろうか…」

 悩んでしまうギルバートを前にして、アーノルドは再び重たい唇を動かした。

「……キース様は君を信用してここまで来させたのだろう。ちょっと待っていてくれ」

 部屋を出て行ったアーノルドがしばらくしてまた戻ってくると、小さな紙に書き記した数字のメモをギルバートに手渡した。

「私は旦那様に書類を渡す前に、この日付だけは書き留めておいたんだ。この数字はその『サラ』という少女の誕生日だよ。助けになるかわからないが、キース様に渡してくれないか」

「わかりました。大事に取っておいたんですね。大切にお預かりします」

「君には知り合いの息子を庭師見習いとして受け入れてくれた恩もある。と言っても、今の私にできることなんて、これぐらいの事しか…」

「アーノルド…」

 二人の会話を黙って聞いていたメイドが近づいてきてアーノルドに一瞥し、次にギルバートに向かって急に頭を下げてきた。

「あの!突然すみません。『サラ』と一緒にオリビア様のお世話をしていました、メイドのジェーンと申します。ご迷惑でなければ、オリビア様の日頃のご様子や、その庭師見習いの事など、私もアーノルド様と一緒にお話を聞いていてもよろしいでしょうか!?」

 びっくりしたギルバートだったが、真剣な様子のジェーンに悪意はないと判断し、気を取り直して今度は自分の近況について語り始めた。自分の事を語る機会のない彼は、延々と楽しそうに語っていて、アーノルドも時々相槌を打ちながら質問もしたり、じっくりと嬉しそうに旧友の話に耳を傾けている。

「お嬢様は、よく東屋で私が淹れた紅茶を飲みながら、静かな時間を過ごすのが好きなようです。最初は人見知りで一人寂しそうにしている事が多かったのですが、だんだんと私以外の使用人達とも話すようになり、今ではあの口下手な庭師のデレクまでもがお嬢様と打ち解けているんですよ。庭の花が好きだと仰るお嬢様の為に、彼は一度は諦めてしまった薔薇の品種改良にもまた挑戦する気になっているんです。そうそう、君が連れてきた庭師見習いの少年ですが、屋敷の中庭をうろついていた猫を引き取って可愛がっているとか―――」

 三人が会話を弾ませていると、賑やかな雰囲気に引き寄せられて、侍女頭のイージーも加わってきた。

 使用人同士、語り合えること、話してはいけないこと、四人は節度を保ちながら長い会話を楽しんでいた。

 その後、グローリアに二日間滞在することになっていたギルバートだが、「サラ」と言う少女の誕生日が書かれているメモを見て、その日が近づいてきている事がどうしても気になってしまい、結局予定を一日早く切り上げて、旧友に別れを告げてグローリアを出発する事を決意したのだった。



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