身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第四章

82、衝撃の夜(一)

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 ロクサーヌ公爵家に向かう馬車の中、サラはマティアス侯爵から、今着せられているドレスがどういう代物なのかという説明を受けている。

 第二皇子エバニエルに贈られたこの赤いドレスは、織物産業で名を馳せるリュネル国の王様からユスティヌス皇帝に献上された物で、使われている金通しの生地は一級品だと言う。望んでもいないのに夜会に来るようにと皇子に脅され、そのうえ指定されたドレスにそんな背景があることまで知ってしまったサラは、余計に困惑し、こんな質問をする。

「私がこのドレスを着て夜会に出席することで、エバニエル殿下にどんな得があるのですか」

「皇帝陛下の寵愛を受ける聖女の姿を婚約者のマデリーン嬢に見せつける事で、競争心を煽り、皇太子妃の座を巡って両家を争わせる腹積もりだろう」

「そんな、まさか」

「しかし所詮お前はオリビアの身代わりに過ぎないし、私も無駄な争いに時間を割くほど暇ではない。エバニエル殿下の悪癖には困ったものだが、こんな茶番に付き合わされるのは今夜限りであってほしいものだ」

(……それはつまり、これ以上厄介事に巻きこまれるなという私への忠告ですよね。私だってこんな事に巻き込まれたくなかったんです!奥様も着飾られた私の姿なんて見たくなかったはずだし、どう思われているのか聞くまでもないんだけど…)

 侯爵の隣に座るイザベラ夫人をちらりと見ると、夫人は終始無言のまま侯爵の話に耳を傾けているだけで、サラの隣にいるリックも護衛兼エスコート役に徹して口出しをしてこないので、馬車の中の会話は侯爵の言葉を最後に終止符が打たれることになった。




 マティアス侯爵夫妻の娘オリビアの身代わりとして、社交界デビューを飾るデビュタントにも出てしまったサラだが、あの日以降、貴族がいる社交場に姿を見せたことはない。

 婚約者探しもせずに、聖女として救済活動にばかり専念しているという噂は、サラ自身の耳にも届いている。悪いことをしているつもりはないので、つまらない噂など気にせずに堂々としていればいいだけなのだが、侯爵夫妻と一緒にいるサラを見た他の貴族たちから好奇の目に晒されてしまう。

「あれが噂の聖女さま?なんて素敵なの」
「治療を受けた者たちは皆、彼女のことを天使のようだと言っていたが、噂は本当だったんだな」
「マティアス家の人たちは何を着せてもお似合いね。美男美女揃いで本当に羨ましいわ」
「しかし敵対する公爵家の夜会にわざわざ派手に着飾って来るなんて、何か企んでいるのか?」

 ヒソヒソと囁かれる声を無視しながら、侯爵夫妻の後についてリックと共に会場内を練り歩き、出席者たちに当たり障りなく挨拶をしていく。ひと際目立つこの四人が近づくと、誰もが冷めた目から熱い羨望の眼差しに変えて話しかけてくるのだが、じつのところ、今のサラは重たいドレスに苦しめられ、笑顔を絶やさずにいるだけで精一杯だ。

(このドレス一体何キロあるの?ただでさえコルセットもきついのに、転んだら普通の怪我では済まない気がする!)

 苦痛に耐える中、せめてもの救いとなったのは、騎士団の総司令官でもあるマティアス侯爵を恐れてなのか、不躾な質問や下手な頼み事をしてくる者が現れたりしないことだ。
 
 やっとの思いで夜会に出席しているリュネル国大使のもとへ辿りつくと、大使は第二皇子エバニエルと、その婚約者マデリーンと一緒に和やかな雰囲気でいたのだが、挨拶を交わしながらサラを見た大使が驚きの声を上げた。

「聖女さまがお召しの赤いドレスは、リュネル国産のものではありませんか?」

「…さすがですわ。でもすぐお気づきになりますよね。だってこのドレープの美しさを引き立てているのは、貴国が誇る金通しの生地のおかげですもの。これはある御方から私の社交界デビューのお祝いに頂いた物ですが、今夜は大使にお会いできると聞いて、皆さまにもこのドレスをお披露目したくて着けて参りました」

 大使の質問は唐突ではあったが、サラは侯爵と事前に打ち合わせした通りに答えることができて、内心ほっと胸を撫で下ろしている。

「や、やはりそうでしたか!もう一つ気になっているのですが、聖女さまのお連れの方が着ている礼服にも、同じくリュネル国産の生地が使われているのではありませんか?」

「えぇ、その通りです。彼の礼服は特注で作らせたものですが、デザインだけでなく、生地も非常に素晴らしいとお褒めの言葉を頂きました。貴国の生地を採用しているとお話ししたら、皆様とても興味を持たれたようです」

「なんてことだ…!聖女さまがリュネル国のためにここまで尽くして下さるとは!王国に帰ったら真っ先に今日の事を王様に報告します!じつは先日、エバニエル殿下と教会を訪れた際、聖女さまにお会いできなかったことを残念に思っていたのですが、今夜このような形でお会い出来て感激です!」

「そ、そう、ですね…。私も喜んで頂けて何よりです」

 興奮しながら喜ぶ大使を横目に、マデリーンがぼそりと呟く。

「まぁ、エバニエル様と教会に…?初耳ですわ」

 しかしエバニエルはマデリーンの呟きを無視して、サラの事を急に褒め始めた。

「レディ・オリビアは自身の功績を誇示せず、自分の行いは皇帝陛下の思し召しだといって救済活動に励んでいるそうだね。慎ましく清らかな心の美しさが外見に滲み出ていると言っても過言ではない。まさに聖女という二つ名を持つのに相応しい女性だ。デビュタントで着ていたドレスも似合っていたけれど、そのドレスもよく似合っているよ」

 エバニエルは人を惹きつける人畜無害な笑顔を見せつけているが、「殿下の仰る通りです」と頷いてばかりいる大使の隣には、眉間に皺を寄せているマデリーンがいる。サラは引きつる口元を笑顔で誤魔化しながら「お褒め頂き光栄ですわ」と受け流した。

(婚約者の目の前で、自分が贈ったドレスを着ている女を褒めるなんて、やっぱりどうかしているわ。それでも真実をこの場で公にして、マデリーン様を怒らせるつもりはないみたい。手の傷は包帯も巻いてないし治療なんていらないのかも。これ以上何も要求してこないのであれば、早く帰ってこのドレスを脱ぎたいわ)

「あぁ、そうだ。マティアス侯爵。婚約の件はいつ発表するのかな」

 不自然な会話の流れを生んだエバニエルの一言に、周囲の人達は何事かと耳をすませる。侯爵は軽く目を細め、牽制する口振りで返事をした。

「殿下、その件は陛下の承諾をまだ得られておりませんので、公表するまでお待ち頂けますか」

「戸籍省のパウロ公爵は問題ないと言っていたのだから、もう決まったも同然じゃないか」

 じれったい会話のやり取りに業を煮やしたマデリーンが、エバニエルの服をつまんで引っ張っている。

「エバニエル様、どなたの婚約が決まったのですか」

「それはもちろん、キースのことだよ」

 その答えを聞いたサラは、頭の中が真っ白になった。コルセットの圧迫感を改めて実感するほど、心臓がドクン、ドクンと強い音を立て始めている。

 サラの変化を見逃してはいなかったエバニエルは、目を見張らせつつ、何かを念押しするように、再び同じ意味の言葉を繰り返した。

「キースと伯爵家の令嬢の婚約が決まったんだよ」


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