身代わり聖女は悪魔に魅入られて

唯月カイト

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第四章

86、白い世界

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 真っ白な世界で、サラはぽつんと立ちつくしている。何も見当たらない状況で、自分の両手両足を見るというベタな方法で自己の存在を認識すると、サラはきょろきょろと辺りを見まわした。

「サラ」

 懐かしい声に誘われて振り向けば、そこにはニッコリとほほ笑むオリビアが立っている。

「オリビア様!」

 小悪魔的要素を含んだ愛らしい笑顔には、多少の憎たらしさと懐かしさが込み上げてくる一方で、階段から落ちて頭から血を流していたオリビアの哀れな姿も思い出したサラは、溢れる感情を涙でこぼし始めた。

「ご無事なんですね…ッ。ううッ、よかった。本当に…!オリビア様…ッ」

「ちょっと、私の身代わりで貴族令嬢になりすましているくせに、何で泣いてるのよ」

「だ、ダメなんですッ。この世界にはオリビア様がいないと…オリビア様じゃなきゃ悪魔に勝てないんです!」

 ぐすぐすと泣き出したサラに対し、オリビアはそっぽを向いて唇を尖らせている。

「やあよ。そんな面倒くさい話、遠慮するわ。そんなことよりも、私決めたの。好きな人と駆け落ちして、別の国で幸せに暮らすの!」

「かっ、駆け落ち!?」

「そうよ。私だけを見てくれて、私を愛してくれる人と結婚するの。素敵でしょう?」

「待って下さい!以前は聖女として認められたら皇子様と結婚したいって仰っていたじゃないですか!」

「あー、そんなこと言ったかしら?でもその皇子様、かなりのクセ者なんでしょう?」

「た…確かにエバニエル殿下はお勧めしませんが、ロシエル殿下ならきっと―――」

「ちょっと、私の話ちゃんと聞いてた?好きな人がいるの。彼は平民だから、私も平民にならなくちゃいけないのよ」

「そんなのダメです!この世界を救えるのはお嬢様だけなんです!」

「その世界の救世主に怪我を負わせたのはだあれ?」

「…わ、私です…。でもあの状況で逃げることなんて…」

「だったら責任取って最後までやりなさいよ」

「できません!聖女の力はお返ししますから、小説通りこの世界の皆を救ってあげて下さい!じゃないとキース様が…、あなたのお兄様が危険な目に遭うかもしれないんです…!私の力では彼を助けることができないかもしれない…!お願いッ、お願いします!彼を助けて下さい!!」

 頭を下げて懇願するサラを前にして、オリビアは腕組みをしながら話し続けた。

「――……ねぇ、サラ。私、小説の話なんて聞いたことがないわ。それに何だかんだ言いながら、貴女今まで上手くやってきたじゃない。私にいじめられても、全部自分が幸せになるために努力して耐え抜いてきたじゃない」

「お嬢様…」

「せっかく貴族と同じ教育を受けさせてあげたんだから、聖女の力で人の命も救っているんだし、もっと自信を持ちなさいよ。その気になればお兄様のことだってちゃちゃっと助けられるわよ。そうだ、お兄様には最後、意地悪なことをしちゃったけど謝るつもりはないわ。ずっと私のことを無視し続けてきた罰よ。よろしく言っておいてちょうだい」

「よろしくって…、お嬢様、どこに行くんですか?世界を救うのは自分だけだと交渉すれば、旦那様だってお嬢様の恋を認めてくれるはずです!」

「……お父様にはもうお別れをしてきたわ」

「え…?」

「面倒な事に私を巻き込まないでって言ったら、自由にしていいって言ってくれたの」

「そ、そんな話、聞いていません!」

「ちなみにお父様を説得しようたって無駄よ。私ね、恋をしたの。貴女と同じ、大切な人を守るためなら嫌いな相手にも頭を下げることがあるってこと、ようやく知ることができたの。これまでどんなに愚かな生き方をしてきたのか、彼に会って初めて気付かされたわ。お互いに好きな人のために強くならなくちゃいけないわね、サラ」

「…オリビア様?どうして…、どこへ行くんですか?」

「教えてあげない。だって話せば私を探して連れ戻す気でしょう?悪いけど、私には世界を救うほどの根性なんて持ち合わせていないの。貴女が聖女様になって世界を救ってちょうだい、サラ」

 憎まれ口を叩きながら、バイバイと手を振るオリビアの姿が白い煙に巻かれて見えなくなっていく。サラは怒りよりもなぜか無性の寂しさと切ない想いに包まれ、涙を流しそのまま目を閉じるしかなかった。




「オリビア…さま…」
 
 サラの目尻から溢れた涙がこめかみを伝って耳元へと流れ落ちていく。

 夕陽が差し込み、ガラスや陶器の破片がキラキラと散らばる部屋の中で、マティアス侯爵は眠りに落ちたサラを横抱きに抱えて立っている。

「安らかに眠れ、オリビア」

 低い声でそう囁いた後、サラをベッドの上に寝かせると、侯爵は部屋の片隅にいたエレナを呼びつけた。

「エレナ」

「は…、はい」

「娘が目覚めた時、私がここに来たことを覚えていれば、すぐに私の屋敷に連れて来てくれ」

「覚えていなかった場合は、どういたしますか?」

「昨夜、夜会であった出来事だけを話せばいい。この部屋が荒れた原因は、聖女の力が暴走したことにする」

「…承知いたしました。あの…オリビア様のこと、キース様にはまだお話してないのですか?」

「キースに話せばこの娘も知ることになる。いずれわかる事だとしても、今はまだその時ではない」

 侯爵はサラの寝顔を一瞥し、まだ眠っていることを確認すると、エレナを残してその部屋を出て行った。

 執事のギルバートが部屋の前で待っていたのだが、何も言わないギルバートを素通りし、屋敷の外へ出て馬車に乗り込むと、出発の合図を送り座席下に用意しておいた葉巻に火をつけた。

 白い煙が充満する馬車の中で、侯爵は虚無感に似た感情と向き合いながら、ゆっくりと深く息を吸っては吐くだけの呼吸を繰り返し続けた。


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