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第2章 『手繰り寄せた終焉』
第27話 『紡がれた想いは永遠に』
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「ねぇ……思い出話とか……しない?」
毒に蝕まれる身体で、無理に笑ってみせるシルヴァだったが、ヴェノムは調子を合わせようとしなかった。
「嫌よ……泣かせたいの……?」
「ん~……そういうわけじゃないけどさ~。でも泣いてくれるならそれもありか……」
「……バカ」
罵りを微笑で返すシルヴァは、構うことなく語り始めた。
「……アタシさ、今でも後悔してないよ? この右眼を失ったこと。これが、アンタを助けられた証だって思うと……」
シルヴァの右眼は、聖剣戦争で失われた。
ただ1人、最愛の人を助けるために──
「……私はあの時からずっと後悔だらけ。私のせいで、貴方の勲等は底まで落ちて、私の勲等は3つも上がった。勲等が上がるに連れて、国から私への暗殺依頼も増えた。……あの時死んでおけば、どれだけ楽だったかって何度も考えたわ」
「──そんなこと言わないで!」
悔やむ表情のヴェノムに、シルヴァの出せる最大の声が浴びせられた。
脆く途絶えそうで──しかし芯のある声だった。
「アンタは……アタシが生きた証なの! そんな簡単に死ぬなんて言わないで!」
「──それは貴方だって同じよ!!」
対してヴェノムは涙交じりの怒号を放つ。
その感情はきっと複雑だった。
目に見えて衰退していく恩人を見つめながら、弱音を吐くなど願い下げだ。
そう思っていても、唯一自分を見てくれた、自分を愛してくれた大切な存在に、いつまでも支えていてほしいという切実な願いが消えない。
「私はもう何人も……何人も何人も! 名前も知らない人を殺してきた……本当にその人が悪人かどうかとか……確認する暇もないくらいね」
これまで心の底で蓋をしていた苦しみが、無限に溢れ出て止まらない。
「国もアンタも……! あの子だって……皆嫌いよ! 私は貴方だけを頼りに今まで生きてきたのに……! 貴方がいたから! 辛くて苦しいことも全部耐えてこられたのに……! どうして今……私から離れようとするの……」
シルヴァはヴェノムが抱えていた全てを受け止めた。
そして、一言。
「……久しぶりに見たなぁ……アンタの泣き顔。それこそ……あの戦争以来か……」
呑気と言われればそれまで。しかしそれが、シルヴァなりにヴェノムにできる最大の気遣いであり、見せられる彼女らしさだった。
「でも、そんなに大切に思ってくれてたなんて……お姉さん照れちゃうぞ~? いやはや~やっぱり持つべきものはツンデレ美少女だねぇ~」
「……この期に及んで、まだそんなこと言って……!」
先の感情の延長線で派生したか、または単なる恥じらいからか、シルヴァに対してのいつもの調子が戻ると、自然と涙は止まっていた。
そのことに気づき、ふとシルヴァの顔を見ると、その優しい瞳がこちらを覗いていた。
「本当だよ? アンタがいてくれたから、アタシもここまでやってこれた。これはアタシも同じだから」
互いに見つめ合う2人は、まるで鏡写しだった。
シルヴァを真似て、一部を右肘まで長く伸ばした髪を編み込んでいたことが、この時初めて意味を為した。
外見こそ似通えど、性格はまるで違った。
しかし、互いに考えを理解して、互いに尊重し合い、互いに愛し合っていた2人だった。
「……見ないで……また泣きそうになるから」
「え~? もっと見せてよ~。……アンタの……泣き……顔……」
すると突然、ヴェノムの腕に巻きついていた木が解けた。
それが意味するところは、シルヴァの限界がもう目の前まで迫っているということだった。
「──シルヴァ!!」
前方に倒れるシルヴァを、寸前で駆けつけたヴェノムの胸が受け止める。
まだ話がしたい。
まだ笑っていたい。
まだ触れていたい。
だから、お願い……
「──死なないで!」
ヴェノムの叫びが、廃墟に響いて消えた。
まだ温もりのあるシルヴァの身体が、ヴェノムの心を冷やしていく。
「…………ねぇヴェノム……ミズカちゃんのこと……まだ……嫌い……?」
「……嫌い」
心に嘘はつけない。
でもきっと、あの子がシルヴァの生きた証だから。
そして、私がこれから生きる証。
「……だけど、護ってあげる」
そう言うと、シルヴァは至福の表情で微笑んだ。
「……アンタはもう……誰も殺さなくていい。……誰も苦しめなくていい。だから代わりに……誰かを護ってあげられる人になって……」
「……バカ。貴方に言われなくてもなるわよ。本当、お節介ね」
もう間もなく、別れが訪れる。
しかしどうして、こうも満たされているのだろう。
幸せだ。この一時が、何より幸せだった。
「知ってる? 人って、抱き締められると嬉しくなるのよ? 貴方が教えてくれたこと……」
「……知っ……てる……」
ヴェノムがシルヴァを抱き締めたのは、これが初めてだった。
何度も何度も一方的に自分を抱き締めてきた相手との抱擁なことには違いないが、今回は特別である。
「……ありがとう、私を助けてくれて。……ありがとう、私を愛してくれて……」
当然これだけの感謝では物足りない。
しかし、今はもうこれだけで十分。
最期にシルヴァの声が聞きたかったから。
「──大好き」
耳元で、その一言がそっと囁かれた。
毒に蝕まれる身体で、無理に笑ってみせるシルヴァだったが、ヴェノムは調子を合わせようとしなかった。
「嫌よ……泣かせたいの……?」
「ん~……そういうわけじゃないけどさ~。でも泣いてくれるならそれもありか……」
「……バカ」
罵りを微笑で返すシルヴァは、構うことなく語り始めた。
「……アタシさ、今でも後悔してないよ? この右眼を失ったこと。これが、アンタを助けられた証だって思うと……」
シルヴァの右眼は、聖剣戦争で失われた。
ただ1人、最愛の人を助けるために──
「……私はあの時からずっと後悔だらけ。私のせいで、貴方の勲等は底まで落ちて、私の勲等は3つも上がった。勲等が上がるに連れて、国から私への暗殺依頼も増えた。……あの時死んでおけば、どれだけ楽だったかって何度も考えたわ」
「──そんなこと言わないで!」
悔やむ表情のヴェノムに、シルヴァの出せる最大の声が浴びせられた。
脆く途絶えそうで──しかし芯のある声だった。
「アンタは……アタシが生きた証なの! そんな簡単に死ぬなんて言わないで!」
「──それは貴方だって同じよ!!」
対してヴェノムは涙交じりの怒号を放つ。
その感情はきっと複雑だった。
目に見えて衰退していく恩人を見つめながら、弱音を吐くなど願い下げだ。
そう思っていても、唯一自分を見てくれた、自分を愛してくれた大切な存在に、いつまでも支えていてほしいという切実な願いが消えない。
「私はもう何人も……何人も何人も! 名前も知らない人を殺してきた……本当にその人が悪人かどうかとか……確認する暇もないくらいね」
これまで心の底で蓋をしていた苦しみが、無限に溢れ出て止まらない。
「国もアンタも……! あの子だって……皆嫌いよ! 私は貴方だけを頼りに今まで生きてきたのに……! 貴方がいたから! 辛くて苦しいことも全部耐えてこられたのに……! どうして今……私から離れようとするの……」
シルヴァはヴェノムが抱えていた全てを受け止めた。
そして、一言。
「……久しぶりに見たなぁ……アンタの泣き顔。それこそ……あの戦争以来か……」
呑気と言われればそれまで。しかしそれが、シルヴァなりにヴェノムにできる最大の気遣いであり、見せられる彼女らしさだった。
「でも、そんなに大切に思ってくれてたなんて……お姉さん照れちゃうぞ~? いやはや~やっぱり持つべきものはツンデレ美少女だねぇ~」
「……この期に及んで、まだそんなこと言って……!」
先の感情の延長線で派生したか、または単なる恥じらいからか、シルヴァに対してのいつもの調子が戻ると、自然と涙は止まっていた。
そのことに気づき、ふとシルヴァの顔を見ると、その優しい瞳がこちらを覗いていた。
「本当だよ? アンタがいてくれたから、アタシもここまでやってこれた。これはアタシも同じだから」
互いに見つめ合う2人は、まるで鏡写しだった。
シルヴァを真似て、一部を右肘まで長く伸ばした髪を編み込んでいたことが、この時初めて意味を為した。
外見こそ似通えど、性格はまるで違った。
しかし、互いに考えを理解して、互いに尊重し合い、互いに愛し合っていた2人だった。
「……見ないで……また泣きそうになるから」
「え~? もっと見せてよ~。……アンタの……泣き……顔……」
すると突然、ヴェノムの腕に巻きついていた木が解けた。
それが意味するところは、シルヴァの限界がもう目の前まで迫っているということだった。
「──シルヴァ!!」
前方に倒れるシルヴァを、寸前で駆けつけたヴェノムの胸が受け止める。
まだ話がしたい。
まだ笑っていたい。
まだ触れていたい。
だから、お願い……
「──死なないで!」
ヴェノムの叫びが、廃墟に響いて消えた。
まだ温もりのあるシルヴァの身体が、ヴェノムの心を冷やしていく。
「…………ねぇヴェノム……ミズカちゃんのこと……まだ……嫌い……?」
「……嫌い」
心に嘘はつけない。
でもきっと、あの子がシルヴァの生きた証だから。
そして、私がこれから生きる証。
「……だけど、護ってあげる」
そう言うと、シルヴァは至福の表情で微笑んだ。
「……アンタはもう……誰も殺さなくていい。……誰も苦しめなくていい。だから代わりに……誰かを護ってあげられる人になって……」
「……バカ。貴方に言われなくてもなるわよ。本当、お節介ね」
もう間もなく、別れが訪れる。
しかしどうして、こうも満たされているのだろう。
幸せだ。この一時が、何より幸せだった。
「知ってる? 人って、抱き締められると嬉しくなるのよ? 貴方が教えてくれたこと……」
「……知っ……てる……」
ヴェノムがシルヴァを抱き締めたのは、これが初めてだった。
何度も何度も一方的に自分を抱き締めてきた相手との抱擁なことには違いないが、今回は特別である。
「……ありがとう、私を助けてくれて。……ありがとう、私を愛してくれて……」
当然これだけの感謝では物足りない。
しかし、今はもうこれだけで十分。
最期にシルヴァの声が聞きたかったから。
「──大好き」
耳元で、その一言がそっと囁かれた。
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