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三話
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ジブリールに貰った宝石は沢山余っており、当分旅費が尽きる心配はいりません。
旅をはじめ三か月後、小さな集落に行き当たりました。
「ツイてら、野宿はもーこりごり。泊めてもらおうぜ」
上機嫌で駆けだすマルズークに遅れ、集落に辿り着いた貴方が見たのは、獣に食い荒らされた人間の死骸でした。
杖を持った長老が貴方がたに気付いて、重苦しいため息を吐きました。
「旅の人かい?宿ならよそをあたっとくれ、他人に施す余裕はないよ」
「どうしたの?」
「見てわからんか、狼の群れにやられたんじゃ。連中め、すっかり人の味を覚えちまって」
惨たらしい死骸を前にマルズークは青ざめ、「さっさと行こうぜ」と袖を引っ張ります。
貴方は考えました。
「僕たちが狼を倒したら、村に泊めてもらえるでしょうか」
「ばっ!?」
「だってきみ、野宿はこりごりだってぼやいてたじゃないか」
「相手は狼だぜ、かないっこねえよ」
「貴方さまはもしや……人ではない?その髪と肌、そして瞳……精霊さまでしょうか」
おそるおそる問い質す老人の周囲に、生き残った村人たちがぞろぞろ群がり、縋るような目で貴方たちを見詰めてきます。
「いかにも、僕は精霊です」
「おお!」
「ですが戦うのは僕じゃありません。こちらの少年、マルズークです」
「は?」
「この子はいずれ王になり国を治める器、知性なき狼の群れ如き一刀のもとに斬り伏せます」
「ちょっと待て」
村人たちがどよめき、その場にひれ伏してマルズークと貴方を拝みます。
「ありがたやありがたや、貴方がたはアッラーが遣わしてくださった救世主です」
「親父と妹の仇をとってください」
大仰に祭り上げられ、今さら嫌とは言い出せず、マルズークは胸を叩いて請け負いました。
「お安い御用だ、まかせとけ」
その夜……貴方とマルズークは村の外堀を背に、狼の群れを待ち受けていました。
悠揚迫らざる物腰の貴方の隣で、マルズークはしゃがんで頭を抱えています。
「何であんな約束しちまったんだ。もうおしまいだ、狼の餌になるんだ」
「王様になりたいんだろ」
「心の準備ってもんがあるだろ、そもそも得物もねえのにどうやって立ち向かえってんだ!」
「ああ、そうだったね」
貴方は賢しげに頷き、衣の内側から細身のシャムシールを取り出しました。マルズークが目を見張ります。
「知り合いに貰った。あげる」
無造作に投げてよこされたシャムシールを受け止め、マルズークがよろめきます。
「重ッ……」
「貧弱だね。剣一本支える膂力もないくせに王様を目指すなんてのたまったのかい」
「うるせえよ。てかこれ何処で手に入れた、純銀じゃん。柄の獅子の彫刻も生きてるみてえ」
シャムシールの刃を捻って感心するマルズークの様子が笑いを誘い、自然と顔が和みました。
砂漠の向こうで遠吠えが上がります。
手汗のぬめりを服で拭き、柄を握り直し、マルズークが唾を飲みます。
「……俺一人で行くの?」
「もちろん」
「お前は」
「後方支援に徹する」
「卑怯者」
「男を上げてきなよ」
剣呑な咆哮が夜闇を伝い、漲る殺気が肌を打ち、金色に輝く目が無数に浮かびます。
「ひっ……」
シャムシールを捧げ持ち、怖気付いてへたりこむマルズークを一瞥、そっけなく言い放ちます。
「狼の群れすら退けられないのに、王様になりたいなんてのたまっていたのかい?」
「だ、だって」
「幻滅したよ。もっと面白い子だと思ってた」
「ううっ」
「村人たちにさんざんもてなされといて、ごちそうにも手を付けて、今さら逃げ出すのかい?人間の世界じゃ盗人猛々しいとか恩知らずっていうんだろそういうの、食べたぶんは働くのが義務じゃないかい、それともまさか最初から食い逃げしようって魂胆だったのかい、だとしたら君は蟻地獄の蟻にも劣る忠心の持ち主だね、旅の連れとして恥ずかしいよ」
饒舌になじられたマルズークが赤面し、恐怖と緊張に震える手にシャムシールを握り込みます。
「うわああああああああ!」
捨て鉢の突撃でした。砂を蹴散らし狼の群れに突っ込んだマルズークが、力任せにシャムシールを振り回します。
『風は奔り銀月は澄む 刹那の瞬きは音に比す』
マルズークは砂に足をとられて躓き、けれどすぐに起き上がり、歯を食いしばってシャムシールを振り抜きます。
鋭い牙と爪が服と肌を切り裂き、赤い血がしぶき、それでも決して退かず、片刃の刃で毛深い胴を撫で切ります。
「俺は弱虫じゃねえぞ、いずれ一国の王になる男だ!犬っころの群れになんざ負けねえぞ!」
ああ、貴方の見立ては間違っていなかった!マルズークは天賦の剣才の持ち主だったのです!
それが今、絶体絶命の窮地に立たされ覚醒した。些か荒療治だったのは否めませんけどね。
貴方の援護も的確だった。骨格が出来上がりきってないマルズークが剣の重さに振り回されぬように、魔法の加護を与えましたね。
マルズークがシャムシールを振り回せたのは、風魔法の加速の効果です。
夜明けの訪れを待って迎えにきた村人たちは、全滅した狼の群れと、そのただ中に血まみれで立ち尽くすマルズークに絶句しました。
「初陣に勝利したね」
涼しい顔で褒めたたえる貴方を殴ろうと拳を振り抜くも果たせず、マルズークがへろへろ倒れ込みます。
村人たちの感謝をうけ、幾許かの報酬を手に集落を発ったのち、貴方とマルズークは様々な依頼をこなしました。
この時代、砂漠を徘徊する獣や盗賊には事欠きません。傭兵を雇うお金もない小さい集落は、貴方がたに宿や食事を提供する見返りとして問題の対処を頼みました。
「見なよマルズーク、家が燃えてる」
「盗賊どもの仕業です。家々を襲い女子供を拐す、とても許せぬ蛮行です」
「塒はどこだ?」
「西の谷の……貴方がたは?」
「マルズークとその連れの白い精霊といえばわかるな?」
「おお、貴方さまがたがそうなので?あの噂の?アッラーよ、救世主を遣わしてくださり感謝致します!」
盗賊退治を引き受けた貴方とマルズークは、早速支度を整え西の谷に向かいました。
西の谷では盗賊たちが野営を張り、さらってきた女たちに酌をさせていました。頭領らしい髭面の男は、一番若く美しい娘を抱え、太腿をなでさすっています。
「ろくすっぽ食い物もねえシケた村だったが、女だきゃあ上物ぞろいじゃねえか」
「奴隷商に売り飛ばせばいい金になりますぜ、兄貴」
「その前に愉しみましょうぜ」
焚火を囲む盗賊たち一人一人を観察し、率直な感想を述べました。
「野蛮で愚かな連中だね」
カチャカチャ、カチャカチャ。かすかな金属音を訝しんで目を上げれば、シャムシールの鞘を握った手が小刻みに震えていました。
「武者震いかい」
「忘れもしねえ。俺の村を襲った奴等だ」
マルズークが低く吐き捨て、娘の乳房を揉みしだく髭男を睨み付けます。
「くそったれが。行く先々でおんなじこと繰り返してやがったのか」
燃え滾る復讐心に駆り立てられ、今にもシャムシールを抜き放ち、突撃を仕掛けようとする相棒を諫めます。
「短気は損気だよ」
「早く行かなきゃ手遅れになっちまうよ」
いくら憎んでも憎み足りない家族の仇が目の前にいるときて、平常心を保てるはずがありません。青年の脳裏には故郷を滅ぼした惨劇の記憶が荒れ狂っていました。
パチパチ爆ぜる火の粉に続き、下品な胴間声が轟き渡ります。
「しっかし兄貴ィ、ちったあ自重してくださいよ。一年前に襲った村覚えてます?北の砂漠にあった……ほら、しけた石工の集落」
「ああ、あそこか」
「遊び半分に火ィ放った挙句、村人の殆ど死なせちまったじゃないっすか。若い女もいたのにもったいねえ」
「収穫できたのは離れた岩場で棒きれぶん回してたガキ一匹」
「しかたねえだろ。連中め、たかが石工の分際で俺様に歯向かいやがったんだぞ?」
「あのハゲ親父笑えたよなあ、来週は娘の結婚式だ~とかなんとか息巻いて立てこもって」
「挙句が家族揃って蒸し焼き黒焦げ」
マルズークが砕けるほど力を込めて柄を握り、獰猛に息を荒げます。極限まで見開いた目はぎらぎら血走り、殺意が思考を席巻しています。
これはいけません、今のマルズークを一人で送り出すのは危険です。
「僕に任せて」
「何する気だ」
「囮になる」
言うが早いか木陰から踏み出し、妙齢の美女に化け、焚火にあたる盗賊たちのもとに向かいます。
「どうかお助けを。道に迷ってしまいました」
「兄貴ィ、女ですぜ」
「しかも絶世の美女だ!」
「見ろよこの髪と肌、真っ白。瞳も宝石みてえ。後宮に売っ払えば一生遊んで暮らせるぜ」
盗賊たちはどよめき、生唾を飲んで劣情し、かと思えば押し倒しました。
髭男が下卑た顔で舌なめずりし、貴方の両手を掴んで組み敷きます。
「まあ待て、まずは下調べだ。生娘かどうかで値打ちが変わってくるからな、じっくり膜を」
「お待ちください、その前にご覧に入れたいものがございます」
しなやかに肢体をくねらせて腕をすり抜け、両手を空にのべ、冴え冴えと月光を浴びます。
廻る、廻る、廻る。世界が廻る。
耳朶のラピスラズリを凛冽ときらめかせ、ベールを一枚一枚脱いで投げ捨て、清流の如くすべらかな白髪を打ち振り、蠱惑的に舞います。
「こりゃあいい。者ども、伴奏だ!ウードとラバーブ、セタールとナイを持ってこい!」
髭男が音高く手を打ち鳴らし、腕に覚えがある子分たちが楽器を奏で、杯になみなみと酒が注がれます。
貴方の役目は陽動、囮。踊りながら木陰の相棒に目配せし、一際好色そうに脂下がる、髭男にしなだれかかります。マルズークは樹上に移動し、合図を待っていました。
今です!
「さわんな下郎」
枯れ木の枝を撓らせ一回転、焚火の上に着地したマルズークがシャムシールを一閃。醜悪な笑顔を張り付けたまま髭男の首が飛び、鮮血の弧を描いて転々とはねました。
「きゃああああああああ!」
「敵襲だ、剣を持て!」
マルズークの足は水魔法で保護されており、火傷から守られています。逃げる盗賊の背に追い縋り斬り伏せ、振り向きざま刃を受けて弾き、酒の瓶を落として慄く女たちに叫びます。
「逃げろ!」
マルズークの一声で呪縛が解け、甲高い悲鳴を上げて逃げ散る女たち。盗賊は総勢二十名、対するこちらは一人、いや二人。数の上では多勢に無勢、到底勝ち目はありません。
『雷よ 銀月を這え』
「とりゃああああああ!」
若き剣士が裂帛の気合をこめてシャムシールを振るい、青い火花が飛び散ります。貴方の魔法とシャムシールの剣技が揃えば無敵、阿吽の呼吸の連携でまた一人また一人と倒れていきます。
「曲者があっ、名を名乗れ!」
自分を包囲した賊の誰何に、マルズークは朗々と宣しました。
「ダビ村の石工の倅、無双剣士マルズークだ!」
半刻が経過する頃には谷は静まり返り、盗賊たちの死体が累々と転がるだけになりました。
「はあっ、はあっ」
「ご苦労様。疲れたかい」
地面に突き立てたシャムシールに縋り、息を整えるマルズークが振り向きざま、貴方の胸ぐらを掴みました。
「おい!」
「何かな」
「あーゆーのやめろよ!」
「あーゆーのって」
「~っ、女に化けて囮になったりさァ!?危ねえじゃん、もうすこしでホントにヤられちまうとこだったろ」
「僕が手ごめにされたら困るのかい」
貴方はきょとんとします。
マルズークの顔がますます赤くなります。
「何故?どうして?」
「俺が嫌っていうか……あーゆーやりかたで助けられんのは癪なの」
何故?何故?
無邪気に問い詰める貴方に根負けし、マルズークはそっぽを向き、谷を埋め尽くす骸を見下ろしました。
「復讐は終わったね」
「……ああ」
旅をはじめ三か月後、小さな集落に行き当たりました。
「ツイてら、野宿はもーこりごり。泊めてもらおうぜ」
上機嫌で駆けだすマルズークに遅れ、集落に辿り着いた貴方が見たのは、獣に食い荒らされた人間の死骸でした。
杖を持った長老が貴方がたに気付いて、重苦しいため息を吐きました。
「旅の人かい?宿ならよそをあたっとくれ、他人に施す余裕はないよ」
「どうしたの?」
「見てわからんか、狼の群れにやられたんじゃ。連中め、すっかり人の味を覚えちまって」
惨たらしい死骸を前にマルズークは青ざめ、「さっさと行こうぜ」と袖を引っ張ります。
貴方は考えました。
「僕たちが狼を倒したら、村に泊めてもらえるでしょうか」
「ばっ!?」
「だってきみ、野宿はこりごりだってぼやいてたじゃないか」
「相手は狼だぜ、かないっこねえよ」
「貴方さまはもしや……人ではない?その髪と肌、そして瞳……精霊さまでしょうか」
おそるおそる問い質す老人の周囲に、生き残った村人たちがぞろぞろ群がり、縋るような目で貴方たちを見詰めてきます。
「いかにも、僕は精霊です」
「おお!」
「ですが戦うのは僕じゃありません。こちらの少年、マルズークです」
「は?」
「この子はいずれ王になり国を治める器、知性なき狼の群れ如き一刀のもとに斬り伏せます」
「ちょっと待て」
村人たちがどよめき、その場にひれ伏してマルズークと貴方を拝みます。
「ありがたやありがたや、貴方がたはアッラーが遣わしてくださった救世主です」
「親父と妹の仇をとってください」
大仰に祭り上げられ、今さら嫌とは言い出せず、マルズークは胸を叩いて請け負いました。
「お安い御用だ、まかせとけ」
その夜……貴方とマルズークは村の外堀を背に、狼の群れを待ち受けていました。
悠揚迫らざる物腰の貴方の隣で、マルズークはしゃがんで頭を抱えています。
「何であんな約束しちまったんだ。もうおしまいだ、狼の餌になるんだ」
「王様になりたいんだろ」
「心の準備ってもんがあるだろ、そもそも得物もねえのにどうやって立ち向かえってんだ!」
「ああ、そうだったね」
貴方は賢しげに頷き、衣の内側から細身のシャムシールを取り出しました。マルズークが目を見張ります。
「知り合いに貰った。あげる」
無造作に投げてよこされたシャムシールを受け止め、マルズークがよろめきます。
「重ッ……」
「貧弱だね。剣一本支える膂力もないくせに王様を目指すなんてのたまったのかい」
「うるせえよ。てかこれ何処で手に入れた、純銀じゃん。柄の獅子の彫刻も生きてるみてえ」
シャムシールの刃を捻って感心するマルズークの様子が笑いを誘い、自然と顔が和みました。
砂漠の向こうで遠吠えが上がります。
手汗のぬめりを服で拭き、柄を握り直し、マルズークが唾を飲みます。
「……俺一人で行くの?」
「もちろん」
「お前は」
「後方支援に徹する」
「卑怯者」
「男を上げてきなよ」
剣呑な咆哮が夜闇を伝い、漲る殺気が肌を打ち、金色に輝く目が無数に浮かびます。
「ひっ……」
シャムシールを捧げ持ち、怖気付いてへたりこむマルズークを一瞥、そっけなく言い放ちます。
「狼の群れすら退けられないのに、王様になりたいなんてのたまっていたのかい?」
「だ、だって」
「幻滅したよ。もっと面白い子だと思ってた」
「ううっ」
「村人たちにさんざんもてなされといて、ごちそうにも手を付けて、今さら逃げ出すのかい?人間の世界じゃ盗人猛々しいとか恩知らずっていうんだろそういうの、食べたぶんは働くのが義務じゃないかい、それともまさか最初から食い逃げしようって魂胆だったのかい、だとしたら君は蟻地獄の蟻にも劣る忠心の持ち主だね、旅の連れとして恥ずかしいよ」
饒舌になじられたマルズークが赤面し、恐怖と緊張に震える手にシャムシールを握り込みます。
「うわああああああああ!」
捨て鉢の突撃でした。砂を蹴散らし狼の群れに突っ込んだマルズークが、力任せにシャムシールを振り回します。
『風は奔り銀月は澄む 刹那の瞬きは音に比す』
マルズークは砂に足をとられて躓き、けれどすぐに起き上がり、歯を食いしばってシャムシールを振り抜きます。
鋭い牙と爪が服と肌を切り裂き、赤い血がしぶき、それでも決して退かず、片刃の刃で毛深い胴を撫で切ります。
「俺は弱虫じゃねえぞ、いずれ一国の王になる男だ!犬っころの群れになんざ負けねえぞ!」
ああ、貴方の見立ては間違っていなかった!マルズークは天賦の剣才の持ち主だったのです!
それが今、絶体絶命の窮地に立たされ覚醒した。些か荒療治だったのは否めませんけどね。
貴方の援護も的確だった。骨格が出来上がりきってないマルズークが剣の重さに振り回されぬように、魔法の加護を与えましたね。
マルズークがシャムシールを振り回せたのは、風魔法の加速の効果です。
夜明けの訪れを待って迎えにきた村人たちは、全滅した狼の群れと、そのただ中に血まみれで立ち尽くすマルズークに絶句しました。
「初陣に勝利したね」
涼しい顔で褒めたたえる貴方を殴ろうと拳を振り抜くも果たせず、マルズークがへろへろ倒れ込みます。
村人たちの感謝をうけ、幾許かの報酬を手に集落を発ったのち、貴方とマルズークは様々な依頼をこなしました。
この時代、砂漠を徘徊する獣や盗賊には事欠きません。傭兵を雇うお金もない小さい集落は、貴方がたに宿や食事を提供する見返りとして問題の対処を頼みました。
「見なよマルズーク、家が燃えてる」
「盗賊どもの仕業です。家々を襲い女子供を拐す、とても許せぬ蛮行です」
「塒はどこだ?」
「西の谷の……貴方がたは?」
「マルズークとその連れの白い精霊といえばわかるな?」
「おお、貴方さまがたがそうなので?あの噂の?アッラーよ、救世主を遣わしてくださり感謝致します!」
盗賊退治を引き受けた貴方とマルズークは、早速支度を整え西の谷に向かいました。
西の谷では盗賊たちが野営を張り、さらってきた女たちに酌をさせていました。頭領らしい髭面の男は、一番若く美しい娘を抱え、太腿をなでさすっています。
「ろくすっぽ食い物もねえシケた村だったが、女だきゃあ上物ぞろいじゃねえか」
「奴隷商に売り飛ばせばいい金になりますぜ、兄貴」
「その前に愉しみましょうぜ」
焚火を囲む盗賊たち一人一人を観察し、率直な感想を述べました。
「野蛮で愚かな連中だね」
カチャカチャ、カチャカチャ。かすかな金属音を訝しんで目を上げれば、シャムシールの鞘を握った手が小刻みに震えていました。
「武者震いかい」
「忘れもしねえ。俺の村を襲った奴等だ」
マルズークが低く吐き捨て、娘の乳房を揉みしだく髭男を睨み付けます。
「くそったれが。行く先々でおんなじこと繰り返してやがったのか」
燃え滾る復讐心に駆り立てられ、今にもシャムシールを抜き放ち、突撃を仕掛けようとする相棒を諫めます。
「短気は損気だよ」
「早く行かなきゃ手遅れになっちまうよ」
いくら憎んでも憎み足りない家族の仇が目の前にいるときて、平常心を保てるはずがありません。青年の脳裏には故郷を滅ぼした惨劇の記憶が荒れ狂っていました。
パチパチ爆ぜる火の粉に続き、下品な胴間声が轟き渡ります。
「しっかし兄貴ィ、ちったあ自重してくださいよ。一年前に襲った村覚えてます?北の砂漠にあった……ほら、しけた石工の集落」
「ああ、あそこか」
「遊び半分に火ィ放った挙句、村人の殆ど死なせちまったじゃないっすか。若い女もいたのにもったいねえ」
「収穫できたのは離れた岩場で棒きれぶん回してたガキ一匹」
「しかたねえだろ。連中め、たかが石工の分際で俺様に歯向かいやがったんだぞ?」
「あのハゲ親父笑えたよなあ、来週は娘の結婚式だ~とかなんとか息巻いて立てこもって」
「挙句が家族揃って蒸し焼き黒焦げ」
マルズークが砕けるほど力を込めて柄を握り、獰猛に息を荒げます。極限まで見開いた目はぎらぎら血走り、殺意が思考を席巻しています。
これはいけません、今のマルズークを一人で送り出すのは危険です。
「僕に任せて」
「何する気だ」
「囮になる」
言うが早いか木陰から踏み出し、妙齢の美女に化け、焚火にあたる盗賊たちのもとに向かいます。
「どうかお助けを。道に迷ってしまいました」
「兄貴ィ、女ですぜ」
「しかも絶世の美女だ!」
「見ろよこの髪と肌、真っ白。瞳も宝石みてえ。後宮に売っ払えば一生遊んで暮らせるぜ」
盗賊たちはどよめき、生唾を飲んで劣情し、かと思えば押し倒しました。
髭男が下卑た顔で舌なめずりし、貴方の両手を掴んで組み敷きます。
「まあ待て、まずは下調べだ。生娘かどうかで値打ちが変わってくるからな、じっくり膜を」
「お待ちください、その前にご覧に入れたいものがございます」
しなやかに肢体をくねらせて腕をすり抜け、両手を空にのべ、冴え冴えと月光を浴びます。
廻る、廻る、廻る。世界が廻る。
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「こりゃあいい。者ども、伴奏だ!ウードとラバーブ、セタールとナイを持ってこい!」
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貴方の役目は陽動、囮。踊りながら木陰の相棒に目配せし、一際好色そうに脂下がる、髭男にしなだれかかります。マルズークは樹上に移動し、合図を待っていました。
今です!
「さわんな下郎」
枯れ木の枝を撓らせ一回転、焚火の上に着地したマルズークがシャムシールを一閃。醜悪な笑顔を張り付けたまま髭男の首が飛び、鮮血の弧を描いて転々とはねました。
「きゃああああああああ!」
「敵襲だ、剣を持て!」
マルズークの足は水魔法で保護されており、火傷から守られています。逃げる盗賊の背に追い縋り斬り伏せ、振り向きざま刃を受けて弾き、酒の瓶を落として慄く女たちに叫びます。
「逃げろ!」
マルズークの一声で呪縛が解け、甲高い悲鳴を上げて逃げ散る女たち。盗賊は総勢二十名、対するこちらは一人、いや二人。数の上では多勢に無勢、到底勝ち目はありません。
『雷よ 銀月を這え』
「とりゃああああああ!」
若き剣士が裂帛の気合をこめてシャムシールを振るい、青い火花が飛び散ります。貴方の魔法とシャムシールの剣技が揃えば無敵、阿吽の呼吸の連携でまた一人また一人と倒れていきます。
「曲者があっ、名を名乗れ!」
自分を包囲した賊の誰何に、マルズークは朗々と宣しました。
「ダビ村の石工の倅、無双剣士マルズークだ!」
半刻が経過する頃には谷は静まり返り、盗賊たちの死体が累々と転がるだけになりました。
「はあっ、はあっ」
「ご苦労様。疲れたかい」
地面に突き立てたシャムシールに縋り、息を整えるマルズークが振り向きざま、貴方の胸ぐらを掴みました。
「おい!」
「何かな」
「あーゆーのやめろよ!」
「あーゆーのって」
「~っ、女に化けて囮になったりさァ!?危ねえじゃん、もうすこしでホントにヤられちまうとこだったろ」
「僕が手ごめにされたら困るのかい」
貴方はきょとんとします。
マルズークの顔がますます赤くなります。
「何故?どうして?」
「俺が嫌っていうか……あーゆーやりかたで助けられんのは癪なの」
何故?何故?
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「復讐は終わったね」
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