事故物件ガール

まさみ

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十五話

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「あらっ、久しぶりねー!」
「どうも。夏見さん……でしたっけ。今帰り?遅くまでご苦労さまです」
「やだ、名前覚えてくれてたなんて嬉しい!てっきり南ちゃんしか興味ないと思ってた!」
クリスマスが近いある日。
サッカー部の練習後、クリスマス忘年会を兼ねて部員とカラオケパーティーをしていた隼人は、川沿いの道で夏見と遭遇をはたす。
常夜灯が煌々とアスファルトを漂白し、吐く息が白く溶ける。
マフラーをきっちり巻いてても肌を刺す寒さに耐え、隼人は愛想笑いを浮かべる。
「その巻波さんに教えてもらったんです」
「あらそうなのー仲良しで妬けちゃうわ。最近どうしたの、全然顔見せないじゃない。やっぱり新しいお店に浮気?」
「いえ……そうじゃないですけど」
「毎回お花買ってくれたでしょ」
ヒカリの四十九日があけた。
301号室のベランダから見える道沿いに花束を手向けるのをやめたのは、それに加えて自分の行為が虚しくなったからだ。
なにをしたってヒカリは帰ってこないのに。
勝手に期待して幻滅し。
くだらない嘘を吐いて、彼女の部屋に上がり込んで、他人の事情を暴いた。
「南ちゃんと喧嘩した?」
「バイトさんと週一寄る客の間で喧嘩って」
「図星でしょ。あなたが来なくなってから南ちゃん目に見えて落ち込んでたもの、可哀想な位よ。ため息ばっか吐いちゃってカワイイ顔がだいなし」
自分の母親といい、この手の女性は押しが強くて困る。ふと露悪的な気分になって吐き捨てる。
「喧嘩って言えなくもないかも。好き好んで事故物件に住んでるような変わった人だし、価値観合わないんですよ」
「え、そこまで話してたの?」
「いえ、以前通りかかった時に偶然ベランダにいるの目にして。あー、あそこに住んでるんだって。まだ記憶に新しいし、このへんじゃ結構有名だから覚えてたんです」
「……キミってストーカー?」
「違います」
「まさか南ちゃんに一目惚れしてコンビニ通い」
「断じて」
「ならいいけど」
「もういいですか、早く帰んないと家族が心配するんで」
「ちょっと待って」
おもむろにスマホを出してどこかへ連絡を入れる夏見。「ごめん少し遅れる」「用がすんだらそっこー行くから席とっといて」と言伝て、既に歩き出した隼人の正面に回り込む。
「キミがウチに寄り付かなくなった理由は知らないし、南ちゃんと何があったか知らないけど一個だけ訂正いーい?あの子が事故物件に住んでるのはね、ちゃんと理由があるの。決して興味本位とか不純な動機じゃないのよ」
「は?」
いきなり何を言い出すんだ。
突拍子もない発言に顔を歪める隼人を、正面から不躾に値踏みする。
信用できる人間かどうか、口の固さをはかるように。
「事故物件に住みたがる理由ってなんですか、生粋のオカルトマニアとか?どちらにしろ価値観ズレてるのは事実じゃないですか、不謹慎なんですよ、やることなすこと遺族の気持ちを逆なでして」
「遺族ね……」
嫌悪と疑念を強めて刺々しく言い放てば、夏見が自分の娘ほど年の離れた後輩を擁護したそうに眉間に川の字を刻む。
常夜灯が侘しく照らす夜道で、意固地な隼人と対峙したおせっかい焼きの主婦は言おうか言うまいか逡巡するも、結局は膨れ上がる欲求が打ち克って口を開く。
「南ちゃんのご両親が子供の頃に亡くなったの知ってる?」
「え」
寝耳に水だ。
「南ちゃんは隠すことでもないし口止めもしないって。でもね、バイト初日かしら、家族構成を聞いたことあるの。その時は不動産屋をやってる面白いおばさんがいるとは言ったけど、ご両親に水を向けたらとぼけちゃって……何か心境の変化でもあったのかしらね、話してくれたのは」
常夜灯がアスファルトの道路に黒々と影を曳く中、夏見が沈痛な眼差しを隼人に向ける。
「あの子のご両親、アパートで心中してるの」
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