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箱入少女
しおりを挟む≪校長 古賀紗耶香(43)の証言≫
はじめまして、古賀紗耶香と申します。
あなたが茶倉さん?
お噂はかねがね。メディアじゃたびたびお顔を拝見してますが、お若くてびっくりしました。
お隣は助手の……烏丸さん?珍しいお名前ですわね。同席?もちろん構いませんよ。
まずはこの記事をご覧ください。
埼玉県の小学校で相次ぐ怪事件、女子児童を襲撃する連続通り魔……ご存知ですか?死人が出たわけではないのでメディアでは然程大きく取り上げられていません。
被害者の共通点は同じ小学校の4年2組に在籍していること、人さし指をとられたこと。
被害者たちが通っていたこの小学校こそ私の勤務先、私立井出小学校です。
一昨年の春から校長を務めさせていただいております。
びっくりした?ふふ、皆さんそうおっしゃいます。若作りに思われがちですけど、こうみえて四十こえてるんですのよ。
綺麗だなんて……お世辞でも嬉しいわ、ありがとうございます。そうやって依頼人を口説いてるんですか?
ともあれ、若輩の身で推薦していただいたこと自体は大変光栄に思っております。
茶倉さんにご依頼したいのはこの連続通り魔……指狩り事件の調査です。
幸いにして被害者は軽傷ですんでいます。
今の所は、まだ。
何故警察や探偵ではなく貴方を頼ったか……ですか。
もちろんちゃんとした理由がございます、それを今からお話ししましょうか。
最初の事件は今を遡ること一週間前、4年2組の女子児童が下校中に襲われました。
彼女―どうせわかってしまいますから本名をだしますね―山本あかりちゃんは、学校に忘れものをして一旦戻り、一人で下校していたそうです。普段は仲良しの友達二人と帰っている、とのちに証言しました。
時間帯は午後四時頃。閑静な住宅街を一人で歩いていた時、目の前に小動物っぽい何かが飛び出しました。
あかりちゃんは最初野良猫だと思ったそうです。胴体が細長くとてもすばしっこい動物。
あ、猫!
反射的に駆け寄ったものの、1メートルほど近付いた所であれ、何かおかしいぞと違和感が働きました。
気付いた時には遅かった。
猫のようで猫じゃない何かはあかりちゃんに飛びかかり、彼女はばったり倒れます。
数分後、言葉にし難い激痛に目覚めて右手を見ると人さし指が消失していました。
根元から食いちぎられてたんです。
それが第一の事件。
その後通りがかった買い物帰りの主婦がパニックで泣き叫ぶあかりちゃんを保護し、すぐさま救急車を呼びました。
病院に搬送されたあかりちゃんには的確な処置が施され、精神状態の回復を待って事情聴取が行われます。
「猫にやられたの」
あかりちゃんの証言を重く見た警察は保健所に連絡し、周辺の野良猫を狩り立てました。
もしここで終わっていれば、ただの不幸な事故で片付けられたかもしれません。
第二の事件は翌日起こりました。
被害者は木村聖ちゃん、あかりちゃんと同じ4年2組の生徒です。
聖ちゃんは放課後塾に通っていました。午後五時から九時まで四時間、みっちり授業が詰まっています。小4にしてなかなかハードスケジュール?イマドキの子なら普通です。世知辛いですわよね。これからやる所を塾が先取りしてしまうせいで、子供たちが授業に身を入れないのは本末転倒だと嘆く先生もいらっしゃいますよ。
とはいえ夜道の一人歩きは危ないので、親御さんが車で送り迎えしていました。
その日はたまたまお母さんの都合が悪かった。下のお子さんが発熱して手が離せなかったんです。
お母さんがこれないなら仕方ないと、聖ちゃんは一人で帰ることにしました。
自宅まで徒歩十分、往復でもニ十分。たいした距離じゃありません。
通い慣れた道ですし、事件に巻き込まれるなんて思いもしなかったんでしょうね。
塾の前で友達と別れた聖ちゃんは歩きで自宅に向かいました。
ちょうど歩道橋の階段を上がり終えた時、行く手に白くて小さい何かがちょこんとお座りしていたのが目にとまります。
最初、ネズミだと思ったそうです。大きめのハツカネズミ。赤い目が爛々と光っていた。
あかりちゃんの事件が頭にあったのでしょうね。
嫌な予感に駆り立てられ、回れ右で逃げ出した瞬間、右手の人さし指に激痛が走りました。
その後の展開はあかりちゃんと同じ、目覚めたら人さし指がなくなっていたそうです。
おわかりいただけました?
TSSに足を運んだわけ。
あかりちゃん・聖ちゃんの事件を受け、井出小および町内は警戒を強めていました。
私も朝礼にて登下校は必ず友達と、それが無理なら親御さんに送迎をお願いするように伝え、PTAへの連絡を徹底しました。各学年クラスの担任からもお触れが出ました。
女子小学生の人さし指がめあての何かが徘徊してるなんて、ぞっとしませんよね。
欠けた指の断面はギザギザで、被害者の証言通り、動物に噛みちぎられたとしか思えません。
刑事さんは入院中のあかりちゃんたちに写真を見せ、彼女たちが目撃した動物に似ているのはどれか聞きました。オコジョ、ハクビシン、ドブネズミ、ドワーフウサギ、カミツキガメ……色々いましたね。
ふたりともハッキリ答えられませんでした。なにぶん一瞬の出来事ですし、人さし指を失ったショックが大きい。刑事さんたちには早々にお引き取り願いました。
最後の事件をお話します。これが一番奇妙で不可解なんです。
真壁瑞希ちゃんはいわゆる優等生で、先生や保護者の話をよく聞く良い子でした。
立て続けにクラスメイトを襲った不幸に心を痛め、学校の内外問わず、単独行動はできるだけ避けていました。
襲われた場所、ですか。
自宅マンションのエレベーターの中です。
やっぱりびっくりしちゃいますよね。茶倉さんは真顔ですけど、助手さんは意外だったでしょ?
瑞希ちゃんはエレベーターに乗り込み、11階の自宅に向かっていました。他に乗員はいません、瑞希ちゃん一人です。防犯カメラの録画で確認をとりました。
エレベーター奥の壁によりかかり、スマホをいじっている最中、瑞希ちゃんの正面に何かが現れました。
小さくて白っぽいかたまり……瑞希ちゃんが顔を上げた瞬間、それが飛び跳ねました。
支離滅裂な説明でごめんなさい。でもだけど、本当にいきなりだったんです。
神出鬼没のたとえとして「煙みたい」っていうじゃないですか?あの通り。
瑞希ちゃんが乗り込んで、エレベーターが上昇を始めた時点ではいなかった。
アレの出現はエレベーターが動き出ししばらく経った頃。
実はね、決定的瞬間は撮れてないんです。瑞希ちゃんの人さし指が噛みちぎられる瞬間は。
白くて小さい何かが彼女に飛び掛かった瞬間、カメラの画面に激しいノイズが走り、映像が回復した時には既に倒れていた。
扉は閉まっていました。
動く密室です。
卒倒した瑞希ちゃんを発見したのは11階で待っていた男性でした。瑞希ちゃんとも顔見知りだったので、早速親御さんに知らせ、救急車を呼んだそうです。
あかりちゃん聖ちゃんは2・3日で退院できましたが、瑞希ちゃんはショックが大きく不登校に陥っています。三人の右手人さし指はまだ見付かっていません。
茶倉さんはどうおもいますか。
ぜひ専門家の意見をお聞かせください。
正直オカルトには詳しくなく……幽霊や妖怪を信じている、とは言えません。
ですが教育者の端くれとして、子供の言うことだから信じるに値しないと決め付けるまねもしたくないんです。
大前提としてその何かを目撃しているのは被害者三人だけ。
瑞希ちゃんの事件では辛うじてカメラに映ってましたが、あれが証拠のうちに入るか甚だ疑問です。
警察は被害者の証言を集団ヒステリーと決め付け真面目に取り合おうとしません。
暗い夜道で見間違えたんだろうって……そんな偶然あります?三人揃って同じものを見てるんですよ、おかしいじゃないですか。
あかりちゃんは夕方、聖ちゃんは夜ですけど、瑞希ちゃんに至っては清潔で明るいエレベーターの中ですよ?
実は……この事件で一番気になっている点は犯人の正体じゃありません。人さし指の行方なんです。
被害者は何故人さし指をとられたんでしょうか。
指は全部で十本あるのに、全員お揃いで右手人さし指。そこに意味がある、というのは深読みが過ぎるでしょうか?
百歩譲ってオコジョだかなんだか、実在の動物が犯人だと仮定します。エレベーターから消えた方法が謎すぎますが……
そのオコジョは何故、執拗なまでに少女の右手人さし指「だけ」を狙うんです?
被害者全員が4年2組なのは偶然?
あかりちゃん・聖ちゃん・瑞希ちゃんは4年2組の中心的グループだったそうです。
三人とも仲が良く、事件前まではトリオで行動していました。
既にお察しですね。あかりちゃんが当日共に下校した相手こそ、聖ちゃん瑞希ちゃんだったんです。
馬鹿げたことを言ってると思われるかもしれません。
けど……今回の事件がただの動物の仕業とは到底考えられません。
あかりちゃん・聖ちゃん・瑞希ちゃんが三人揃って登下校している所を目に付けた不審者がいたとして。
事件の黒幕が動物に命じ、女の子たちの人さし指を集めていたら。
警察の領分?
いいえ、違います。
最後の事件現場、エレベーターから消えた小動物。それだけを理由にTSSを頼るのは軽率でしょうね、確かに。
井出小には保健の先生とは別にスクールカウンセラーが常駐しています。若くて優しい女性の方で、子供たちにも慕われており、大変評判がいいです。
退院を待って学校に復帰したあかりちゃん聖ちゃんも、カウンセラーのお世話になっていました。
ある時、あかりちゃんが言いました。
「人さし指がなくなってからおかしな夢を見るの」
カウンセラーが夢の内容を尋ねた所、こういうのです。
「暗くて冷たい所にいるの。閉じ込められてる。臭い。動物の匂い?わかんない……下はびちゃびちゃに濡れてて、黒くて汚い汁で満たされてる」
夢が始まったのは事件直後。
あかりちゃんはそれからずっと、毎晩ずっと、繰り返しおなじ夢を見続けている。
別の日のカウンセリングにて、聖ちゃんも同じ夢を見ている事を告白し、「人さし指が呼んでるの」とひとりごちました。
幻肢痛はご存知ですか?
欠損部位に痛みや痒みを感じる現象で、脳の錯誤が引き起こすと言われておりますが、これと同じ事があかりちゃん、聖ちゃんの身にもおきました。
カウンセリングは個別に行われました。あかりちゃん、聖ちゃんが口裏合わせをしたとは考えにくい。
LINEで打ち合わせた可能性は否定できないにしろ、そんな事をする意味がわからない。
さらに情報を付け足すなら事件以降三人は疎遠になり、クラスで孤立しているみたいです。
もともと2組のリーダーは瑞希ちゃんで、あかりちゃん聖ちゃんは彼女の取り巻きといった感じでした。その瑞希ちゃんが不登校になり、教室に居辛くなったのかもしれません。
スクールカウンセラーの先生曰く、あかりちゃん聖ちゃんは「人さし指が暗くて冷たい所に置かれている」のを感じるんだとか。
感じるのは温感だけじゃありません。
先日のカウンセリング中、あかりちゃん突然椅子から転がり落ち、右手を押さえて騒ぎ出したんです。
「痛い痛い、だれか助けてっ!」
カウンセラーに呼ばれて慌てて駆け付けた所、あかりちゃんは泣きじゃくりながら床を転げ回っていました。五分ほどしたら落ち着きましたが……。
「大丈夫?何があったの」
背中をさすりながら聞くカウンセラーの先生に、あかりちゃんは驚くべき発言をしたのです。
「右手人さし指がズキッとした」
カウンセラーは青ざめました。あかりちゃんの右手の人さし指はもうないのですから。
数時間後、聖ちゃんのお母さんから電話がきました。聖ちゃんが自室で突然泣きだし、右手人さし指の痛みを訴えたというのです。
症状は五分程度でおさまりました。
ですがそれからもたびたび……
休み時間。
カウンセリング中。
自宅で。
塾で。
「人さし指が痛いッ!」
「お願いやめて痛いよ死んじゃうっ!」
あかりちゃん聖ちゃんは失われた人さし指の激痛に悶え狂い、なんとかしてと親や教師に縋り付きます。
それは爪と肉の間に針を刺すような痛みだそうで、私たちにはどうすることもできません。
もしかしたら、瑞希ちゃんの身にも同じ事が起きているのではないでしょうか?
だから学校に出てこれないのでは?
茶倉さんは呪術方面にも造詣が深いと伺いました。
もしこれが小動物を操る変質者の犯行ではなく、呪術の道具として少女の指を集める人物の犯行だったら……。
ああ、ありがとうございます。せっかくお茶を淹れてくださったのに、すっかりぬるくなってしまいましたね。入れ替えるなんてそんな、有難くごちそうになります。
最大の懸念は今後も事件が続くこと。
犯人の正体と目的がわからない現状は生徒や保護者、現場の先生たちの不安を煽ります。警察も鋭意捜査にあたってくれているものの、手がかりはまるで掴めていません。
お願いします茶倉さん烏丸さん、連続指狩り事件の黒幕を捕まえてください。
教師や保護者がどれだけ注意したって、一日中目を離さずにいるのは不可能です。
あかりちゃん聖ちゃんは外で、瑞希ちゃんはマンションのエレベーター内で襲われた。
次はどこ?
お風呂の中?
トイレ?
寝てる時や授業中かもしれない。
もしまたアレが現れたら、子供の人さし指を食いちぎって煙のように消えてしまったら……
考えただけで恐ろしい。
報酬はきちんとお支払いします。
どうか井出小にお越しください。
≪犬神≫
また引っ越しだって。おばあちゃんが言ってた。
まあそろそろ潮時かなって思ってた。別にびっくりしない。落書き、どんどん酷くなってたしね。塀に赤いペンキで「死ね」とか「でてけ」とか書いたり、挙句に玄関に「キチガイ」って貼り紙したり……いい年した大人がやってると思うとマジ幼稚。
バキハウスみたいで悪くないかなってちょっとだけ思ってたけど。
バキハウスって知ってる?『バキ』って漫画の主人公が住んでる家、屋根も壁も落書きだらけでイカレてるの。
どうしてそんなことするのかって?
全部近所の不良の嫌がらせよ。バキはね、すんご~く強いの。強くて強くて手が出せないから、バキの留守中を狙って、弱虫どもが嫌がらせしてるの。ださっ!
だからね、嫌がらせされても堂々としてるの。
私は強くて賢くてかっこいいから、遠くからしか石を投げられない弱虫なんてほっとく。
私が転入したのは私立井出小学校の4年2組。担任は田森先生。
クラスメイトはみんな馬鹿っぽい。特に男子、みんな私に興味津々。
朝の会で自己紹介を終えると、机の周りに同級生が群がってきた。
どこからきたの?
なんで引っ越したの?
親の仕事は?
きょうだいいる?
好きな科目、嫌いな科目は?
私はにこにこ笑いながら、次々浴びせられる質問にテキトーに相槌打っていた。
するとボブカットの気が強そうな女子が近付いてきた。
「私、真壁瑞希。わからないことあったらなんでも聞いて」
「ありがと真壁さん」
「瑞希でいいよ。友達はみんなそうよぶ」
いや、友達になるかどうかは私が決めるけど?
余計な事は言わないで笑顔を返しとく。
真壁さんの右の女子は山本あかり、左の女子は木村聖と名乗った。2組の中心グループっぽいのは周囲の反応や自信満々な態度でわかる。
ぶっちゃけあんま好きくない。なんでも自分の思い通りになるって奢ってる感じが鼻に付く。
真壁さん、山本さん、木村さんは皆すらっとしてて可愛かった。服も綺麗で高そうだ。ブランドものかな。
「変わった名前だね」
「でも可愛い」
「そっかな」
「四時間目は移動教室だよ、一緒に行こ」
「うん」
なんで女子って集団で行動したがるんだろ、面倒くさいなあ。教室の移動位一人で行くよ。
そんな事は言わずニコニコ笑ってると、隣から汗臭い匂いが漂ってきた。
なんだろうと隣の席に目をやれば、ショートヘアの女の子が俯きがちに座ってる。色褪せたよれよれのTシャツとホットパンツ。着替えてないのかな?続いて足元に視線を下ろし、首を傾げる。上履きには「死ね」「くさい」などの中傷にまじり、「4-2 椎名 優」と記入されていた。
私の視線を追った真壁さんが、わざとらしく顔を顰めて吐き捨てる。
「近寄らない方がいいよ。菌が伝染る」
ああ、そういうこと。幼稚だなあ。
「先生がきた!」
男子が叫んだのを合図に、私の机にたかっていた子たちが机に戻っていく。
一時間目は国語だった。早速問題が起きた。着席したまま手を挙げて報告する。
「先生、教科書持ってません」
「椎名に貸してもらいなさい」
「……わかりました」
初めて声を聞いた。ぼそぼそした暗い声。直後にくすくす笑いが巻き起こる。
「かわいそー」
「くさいの伝染っちゃうね」
クラスメイト、特に女子が意地悪い笑顔を投げてくる。それを無視して机をくっ付け、椎名さんの手元を覗き込む。
椎名さんは私が見やすいように折り目を撫で付け、机の境に教科書を広げてくれた。
「ありがとね」
授業が始まる。頬杖付いて黒板を眺めていたら、椎名さんがノートの端っこに何かを書いて、そっと見せてきた。
『わたしに話しかけないほうがいいよ』
私は黒板の内容を書き写すふりで、別の事を書く。
『なんで?』
自分のノートに記して尋ねれば、椎名さんが束の間悩み、弱々しい字で綴りだす。
『真かべさんにきらわれる』
顔を上げて教室を見回す。真壁さんがこっちをチラチラ見ながら、後ろの席の木村さんと囁き合っていた。時折笑っている。
なんとなくムッとして、ノートが破れる位筆圧を込めて、次の文章をしたためた。
『好きじゃないヤツにきらわれてもどうでもよくない?』
モノを貸してもらった相手にお礼をいうのは間違ってない。
すると椎名さんはきょとんとし、鉛筆の芯でノートの端っこをトントン叩き、たった一言書いてよこす。
『かっこいいね』
『どういたしまして』
この返し変かな?
案の定椎名さんは吹き出し、周りの子たちにじろじろ見られる。後ろの席の男子が「きもっ!」と大袈裟に仰け反り、陰湿な笑いが広がっていく。
私は後ろの男子を睨み付け、わざと大きな声で言った。
「椎名さんのノート、すっごい見やすい!」
教室がしんとする。生徒も先生もあっけにとられる。椎名さんは恥ずかしさといたたまれなさで真っ赤になり、真壁さんたちは冷たい表情でこっちを見詰めてる。
「授業中に大声出すな」
「ごめんなさい」
「先生の話聞いてたか?五十八ページ三行目から読んでください」
見せしめで指名され、椎名さんから借りた教科書を持って起立する。
周りの子たちがくすくす笑いで見守る中、凛と背筋を伸ばし、朗々と声を張り上げる。
「兵十が赤い井戸のところで麦をといでいました。兵十は今までおっかあと二人きりで貧しいくらしをしていたもので、おっかあが死んでしまってはもうひとりぼっちでした。おれと同じひとりぼっちの兵十か。こちらの物置の後ろから見ていたごんは、そうおもいました」
周囲の子の表情がからかいから感心へ切り替わる。理由は単純、一度も突っかえなかったから。
「お見事。みんなも見習えよ」
最後まで読み終えると同時に田森先生が拍手をし、ツンと澄まして椅子に座り直す。真壁さんは面白くなさげ。
椎名さんが授業の進行に合わせてページをめくり、兵十に勘違いで撃ち殺された、可哀想な子ギツネの挿絵が現れた。
ごんの頭上には輪っかが、肩のあたりに羽が描き足されてる。
落書きを見られた椎名さんがそわそわし、ノートの端っこに言い訳を記す。
『天国に行けるように』
椎名さんが好きになった。
≪スクールカウンセラー 斉藤麻理恵(26)の証言≫
ただいま校長先生のご紹介に預かりました、斉藤麻理恵です。本日はわざわざお越しくださりありがとうございます。
今お茶をお出しします。インスタントコーヒーでいいですか?
床暖房なんですよ、ここ。子供たちは座るも寝っ転がるも自由、好きに過ごしてもらってます。今は授業中なんでひっそりしてますけど、休み時間は結構賑やかです。
事件の話、ですね。私でお役に立てるか自信ありませんが、見たままをお話します。
事の発端は一週間前、井出小4年2組の山本あかりちゃんが下校中に謎の動物に襲われました。
ええ、「動物」ということになっています。彼女はその際右手の人さし指を食いちぎられました。
続いて同じ4年2組の木村聖ちゃんが塾帰りに、二人と友人だった真壁瑞希ちゃんがマンション内のエレベーターで襲われ、いずれも人さし指を失っています。
現場には少量の血痕が残ってました。もちろん被害者である、あかりちゃん達の血液です。それ以外に手がかりはありません。警察犬に嗅がせたものの途中で迷ってしまったとかで……。
コーヒーどうぞ。冷めないうちに。
現在はあかりちゃん、聖ちゃんのカウンセリングを担当しています。瑞希ちゃんの親御さんとも連絡をとっています。
瑞希ちゃんに関しては部屋にひきこもったきり……ピアノを習ってたのも関係してるんでしょうね、三人の中では最も心的外傷が深いです。
悪夢の件は……どうでしょうね、よくわかりません。お母さん曰く夜中にすごい声を上げて飛び起きるそうですし、同じ夢を見ている可能性は高いと思います。
実は事件が起きるまで、彼女たちの事はよく知りませんでした。自発的にカウンセリングに来るタイプじゃないですし……。
三人とも明るく快活、おしゃれで可愛いクラスの中心的人物。スクールカースト上位の子たち。
校長が茶倉さんの所にこの件を持ってたって聞いて、どうかしちゃったのかな、と正直不安になりました。
古賀先生の気持ちを考えれば思い詰めたって全然不思議じゃありませんけどね。着任二年目でこんな不祥事が起きたら、私だって精神的にまいっちゃういますよ。
実際よくやってます。犯人が捕まらないせいでPTAに突き上げ食らってるのに……真面目で責任感が強い人です。
でも、やっぱり信じられません。呪術なんて馬鹿げてる。あかりちゃん聖ちゃんの症状はPTSD起因の幻肢痛、それ以外考えられない。
女の子の人さし指を使ってキモい儀式に耽る変態がいるより、そっちの方がずっとマシ。
カウンセリングにかける時間はまちまち。平均三十分って所でしょうか
事件直後に比べたら大分回復しました。
あかりちゃんは「それ」を猫だと思ったそうです。聖ちゃんはオコジョに似ていると写真を指して証言しました。
実際は……なんでしょうね、わかりません。この辺りはビルが多い都会だし、オコジョがうろちょろしてたらわかるでしょ?
そもそもオコジョが子供の指を食いちぎった話なんて聞かないし、そんな凶暴な動物なんですか?
小さい動物なのは確か、ですね。
エレベーターからいなくなったのだって、ドアの隙間から逃げたと考えれば辻褄があいます。
わかった、犯人は世界最強のイタチ・ラーテルよ!物好きが密輸して飼ってたペットが子供を襲ったの!
……言ってみただけです。ラーテルがうろうろしてたら目立ちますよね、そりゃ。
あかりちゃんに幻肢痛が起きた時の状況ですね。今から三日前、給食後の休み時間です。
あかりちゃんは一人でここに来て、椅子に座って話していました。瑞希ちゃんが心配だ、聖とぎくしゃくしてる……そんな相談です。例の夢の話もしました。
「人さし指の場所がぼんやりわかる」とあかりちゃんは言いました。そこは暗くて寒くて冷たい場所で、黒くて臭い汁が、びちゃびちゃ溜まっているんだとか。
あかりちゃんは人さし指と繋がっている。
なんだかぞっとしました。
気味悪いとさえ思いました。
聖ちゃんにも同じ相談をされたんです。
事件の被害者ふたりが同じ悪夢にうなされ、同じ幻肢痛に苛まれる。
二人の人さし指はどこにあるんでしょうか。
誰が何の目的で奪ったんでしょうか。
事件はまだ続くんでしょうか。
私、怖いんです。
あかりちゃん聖ちゃんは、幻肢痛の発作を「爪の間に針を刺されたみたいな痛み」と表現しました。
もし、もしもですよ。
誰かが本当に、二人の人さし指に針を刺していたら。
そーゆー呪いってありますよね?丑の刻参り、でしたっけ。呪いたい人の髪や爪を藁人形に仕込んで五寸釘を打てば、その人を殺すことができるんですよね?
そんな簡単なもんじゃない?本式でやるなら準備が必要?午前1時から午前3時の間に、神社の御神木に憎い相手に見立てた藁人形を打ち付ける。その際は三本の蝋燭を立てた逆さの五徳をかぶり、白装束を纏い、七日七晩通い続けねばならない。顔には白粉を厚塗りし、一本歯の下駄を履き、胸には鏡を吊るす……知りませんでした、意外と大変なのね。直接やり返した方が早そうだわ。
恨んでる人物に心当たり?
……実は、その。ないこともないんです。
先入観を持たれるのが嫌で、校長先生にはまだ話してませんけど。
山本あかりちゃん、木村聖ちゃん、真壁瑞希ちゃん。
三人の接点は井出小4年2組に在籍してる事、仲良しトリオである事。付け加え、ある子をいじめていた事です。
その子……Sさんは夏休み前までここの常連でした。あかりちゃん達のクラスメイトです。
いじめられている理由は……ご覧になればわかります。身なりが問題でした。
Sさんは生活保護をもらってる貧困家庭の子で、親御さんの世話が行き届いてないんです。
水道代節約の為、お風呂も入ったり入らなかったりだって恥ずかしそうに言ってました。
少しネグレクトの傾向もあり、児童相談所に通報した方がいいのではと担任の先生に相談したんです。
だけど良い返事をもらえず……。
一年生の頃までは良かった。二年生の二学期にご両親が離婚し、お母さんお姉さんとアパートに移り住み、経済状況が悪化しました。養育費が滞っているのも原因でしょうね。
子供はストレートに残酷ですから、Sさんを「くさい」「汚い」「菌が伝染る」と仲間外れにします。
四年に進級しても状況は改善されず悪化してく一方。だけどSさんはお母さん想いの真面目な子で、ずる休みで心配をかけたくないと、頑張って学校に来ていました。
辛い時に逃げたり休んだりするのはずるじゃないのに……偉いですよ。
Sさんがいじめられてるのに気付いたのは上履きを見た時です。油性サインペンで酷い悪口が書かれていた……。
「どうしたの」って問い詰めたら、同じクラスの子にいじめられてると、しぶしぶ打ち明けてくれました。
主犯は真壁瑞希ちゃん、および山本あかりちゃんと木村聖ちゃん。
この三人が中心となり、Sさんをいじめていた。
体操着を隠したり靴を捨てたり、机に落書きをしたり傘を壊したり。消しゴムのカスを投げ付ける、手紙を回す際にSさんだけハブる、シカトするなどしていたみたいですね。
三人のうち誰かが給食当番になった時は、Sさんのご飯だけ極端に減らす、なんて陰湿な事もされたんだとか。
瑞希ちゃんに「給食費を払ってないのに食べる権利ないでしょ」と言われたって……Sさん、「一日遅れでちゃんと払ったのに」って悔し泣きしてました。
芯が強い子ですよ。自分の事じゃ泣きません。Sさんが泣いたのは大好きなお母さんまで悪く言われたからです。
子供の給食費を踏み倒す最低の親、アンタは愛されてないんだって。
そんな事言われたらそりゃ恨みたくなりますよ。
Sさんの本名?話を聞きにいく?……最初から伏せる意味ありませんでしたね。
椎名さんです。4年2組出席番号15番、椎名優。
茶倉さんは椎名さんが事件に関係しているとお考えですか?私は……とても信じられません。動物の仕業、呪術師の暗躍以上に、椎名さんが黒幕だなんて想像したくないです。
椎名さんには復讐する動機がある。でも、それだけ。
たった十歳の小学生に何ができるっていうんですか、あの子は普通の女の子、全面的な被害者ですよ?
大前提として、二学期から不登校の椎名さんに犯行は不可能です。
……限界だったんでしょうね。
頑張って頑張って、ぽっきり折れちゃったんです。
≪犬神≫
椎名さんちは貧乏だ。
服や靴は中学生のお姉ちゃんのお下がり。お母さんは一日中働いてて家にいない。
「前はこんなじゃなかったんだけど、お父さんが出てってから、ね」
「どうして出てったの」
「会社の部下の人と浮気して駆け落ち」
「よくある話だね」
私があっけらかんと返すと、椎名さんは目をぱちくりし、納得しかねるように呟く。
「よくある話、なのかな」
「よくあるよ。ありきたりだよ。世界中どこにでも転がってる」
「そっか。だったらあんまり不幸じゃないかもね、うち」
転校初日から一か月、真壁さんたちはうるさく付き纏ってきた。私をグループに引き入れようと必死。
私は華麗にスルーした。
移動教室やトイレの時は自分から椎名さんを誘った。そうじゃないと真壁さんたちがちょっかいだすからだ。
一人でトイレに入った時、上からバケツの水をかけられたって教えてくれた。
さんざんな目にあわされてるのに、椎名さんが真壁さんたちの事を悪く言うのを聞いたことない。
ある日の帰り道、不思議に思って聞いてみた。
「なんでやり返さないの?悔しくないの」
「うん……」
「先生は気付いてるよね」
「うん」
「だよね、あの人そこまで馬鹿じゃないよね。いや、気付いた上でほったらかす方がタチ悪いか」
田森先生は保身に走ってる。事を荒立てたくないのだ、きっと。私の所感に椎名さんがあせって付け足す。
「先生はいい人だよ、私んち心配して家庭訪問にきてくれるし」
「ふーん」
「お母さんと時間合わなくて、私とおしゃべりしただけで帰っちゃうんだけどね。たまにパンやお弁当買って来てくれる。夏休みも週一で様子を見に来てくれるって約束したの」
それいいの?
教師の対応にしてはちょっと行きすぎな気もしたけど、椎名さん本人は田森先生を信頼してるみたいだし、野暮なツッコミはやめておく。
話題が尽きた頃合いを見計らい、とぼとぼ隣を歩いてた椎名さんが、ためらいがちに口を開く。
「真壁さんとは小二まで同じピアノ教室に通ってたの」
「へえ。仲良しだったの?」
「まあまあ。でね、市民ホールでやる小さいコンクールにでたの。私は金賞、真壁さんは銀賞」
「それでやきもちを?」
あきれた。
椎名さんが石ころを蹴って唇を噛む。
「真壁さんのお母さん、娘をピアニストにするって燃えてるんだ。自分も音大出てるから」
「ザセツした夢を子供に託すとかサイテーじゃん」
「バッサリいうね。同感」
「真壁さんもかわいそうなんだよ」とか細い声で加え、椎名さんは力なく笑った。
「うち、ピアノ売っちゃったけどね」
「……」
「今のアパートじゃ壁薄くて弾けないもん。お母さんがやらせたがっただけで、もともと好きじゃなかったし」
強がりだって直感した。本当は続けたかったと、強張った横顔が言ってる。
やがて椎名さんちにお呼ばれするようになった。
椎名さんのお母さんは夜遅くまで働いてて、中学生のお姉ちゃんは友達と出歩いてる。
「帰ってもひとりぼっちなんだ」としょんぼりする椎名さんをほっとけなくて、「遊びに行っていい?」と提案していた。
私は私で家にいる間はお母さんやおばあちゃんにお札を書かされるし、だったら友達と遊んだほうがずっといい。
椎名さんは私の言葉に虚を突かれ、大いにドギマギしたあと、「いいよ」と裏返った声で返事をした。
以来、私たちは毎日のように放課後遊ぶようになった。当然お母さんやおばあちゃんには怒られた。
お前は特別な子なんだから立場を自覚しろとか能力を正しく使えとか、もーうんざり。
椎名さんはスマホを持ってなかった。お母さんが許してくれないみたい。
だから私のスマホを貸してあげて、二人でパズルゲームをよくやった。ていうか、やるのは主に私。
「やっていいよ」と勧めても椎名さんは遠慮して、毎回応援に回るのだ。「犬飼さん上手いから、見てるだけで楽しいよ」って笑って。
あんまり好きじゃない自分の名前が、椎名さんに呼ばれると綺麗に響くのが不思議だった。
他にも色々なことして遊んだ。お勧めの本を貸し借りしたりし、アパートの大家さんが飼ってる猫を構ったりもした。人懐こくて可愛い三毛。
「小鳥子ちゃんちはペット飼ってる?」
「みたいなのは飼ってるかな」
「みたいなのって何?変なの」
学校でも構わず話しかけた。それと比例し、私に近付いてくるクラスメイトはいなくなった。今じゃすっかり遠巻きにされている。
「椎名にお熱とか物好きだね」
「鼻が麻痺してんじゃねーの」
どうでもいい。
知らんぷり。
一回だけ、休み時間に呼び止められたことがある。
「仲良くすんなってアドバイスしたのに、どうして言うこと聞かないの」
図書室で本を借りて教室に帰る途中、真壁さんに通せんぼされた。山本さん木村さんコンビもフォーメーションを組み、怖い顔で睨んでる。
私はせいぜいしおらしい素振りで謝罪した。
「アドバイスだったんだ。ごめん、独り言だと思ってた」
次の瞬間、肩を押されてよろめいた。
「調子のんな!」
尻餅付かずに耐えた自分の体幹を褒めたい。真壁さんは真っ赤な顔で戦慄いて、木村さんと山本さんが慌てている。
「手ェ出しちゃまずいよ、みんな見てる」
「もういこ」
「もー仲良くしてやんない!あたしを選ばなかったこと、ぜったい後悔させてやる!」
「どうぞご勝手に。私が仲良くする子は私が決めるもん」
木村さんが「ちょっと可愛くて勉強できるからって調子のっちゃって」とぼやき、山本さんが「やな感じ」と便乗する。
どっちが?
取り巻きを従え退散する真壁さんを見送り、優雅にスカートをはたいて教室の敷居を跨ぐと、私の机と椅子がひっくり返り、中の教科書やノートが盛大に撒かれていた。
ワンパターン。減点。
心の中で駄目出しして机を起こしていると、教室の隅っこでこっちを見てる、真壁さんたちのくすくす笑いが聞こえてきた。
途中でスッと手が伸びてきた。今にも泣き出しそうな表情の椎名さんがいた。
「巻き込んじゃってごめんね」
「なんで謝るの。椎名さんがやったんじゃないでしょ」
「見てたのに止められなかった、から」
「いま手伝ってくれてるじゃない」
椎名さんがぐすっと鼻を鳴らす。泣き虫さんめ。
椎名さんに手伝ってもらって机と椅子を起こし、教科書を拾い集め、勝ち誇って振り向く。
真壁さんたちは苦々しい顔をしていた。
≪第一の被害者 山本あかり(10)の証言≫
チャクラ王子?本物!?わ~すごい有名人に会うの初めて!なんでここに?校長の依頼……私を待ってたの?あとふたり呼び出した子がいるって……。
事件のこと調べてるの?
やだ。話したくない。呪われちゃうし。誰にって……だから言えないよ、どうでもいいでしょ。
どいて、うち帰る。どかないと大声出すよ。これ見える、防犯ブザー。栓を引っこ抜いたらすっごい音鳴るの。
……わかった。
その代わり条件ね、写真撮らせて。
なんでって……自慢すんの。チャクラ王子と2ショットなんて超レアじゃん、みんなきっと羨ましがる。うちのお母さんもファンだし。
マジ?やった!
はいスマイル……何これブレてんじゃんしっかりしてよね助手の人、やり直し!
うん上出来。やればできるじゃん。
で、何聞きたいの?
約束だもん、話したげる。麻理恵ちゃんが横で見張ってるしね、言い逃れできないっしょ。
やっぱ事件のこと?
だよね。
一週間前のあの日はね、聖、瑞希ちゃんと一緒に学校をでたの。で、通学路の三分の一まで来た所でハッとした。
机の中に宿題忘れてたんだ、算数のプリント。たもせん……田森先生はちょろいし、サボってもフツーに見逃してくれるけど、うちの親がそーゆーのうっさいんだよね。あとでばれたらめんどいし、ダッシュで取りに戻ったの。
プリントを回収して、今度はぼっちで学校をでた。
校舎ん中も校庭もがらんとしてて誰もいない。無理ないか、五時過ぎてたもん。電信柱には不審者注意のポスターが貼ってあった。
住宅街の中の道をてくてく歩いてると、三十メートル位向こうに白っぽいかたまりが飛び出したの。
猫だって思ったの、最初は。
白くてなんかふわふわしてる……。
うちのお父さんね、重度の猫アレルギーなの。でね、家じゃ飼わせてもらえないから動画見るだけで我慢してた。
お母さんはお母さんで病気持ちの野良にさわるなってうるさいし、神経質なんだよあの人たち。
私、猫と勘違いして。十メートル位近付いて、あ、これ違うやって気付いたの。
次の瞬間、人さし指に激痛が走った。
意識が戻ったのは病院のベッドの上。お父さんとお母さんが泣いていた。右手は包帯でぐるぐる巻きにされて、人さし指がなかった。
警察の人には全部話した。白くてふわふわの何かの事も。鎮痛剤が切れてきたせいか、人さし指の切断面がズキズキして止まらなかった。
二日後……
特にやることなくてベッドで寝てたら、お見舞いに来た田森先生と校長先生が、聖のことを教えてくれた。
なんで聖が?信じらんない。
もっと信じられないのは、聖を待ち伏せしたのが私を襲ったヤツと同一犯かもしれないってこと。動物……を犯人って言っていいかビミョーだけど。
聖が歩道橋で見た白くて小さくてふわふわの何かは、私が見た動物とよく似てた。そっくりだった。
オコジョかもしれないって警察の人は言ってたっけ。写真も見た。でもアレ、たぶんはずれ。
だってオコジョ、目が赤くないでしょ?私が見たヤツは目が赤くて光ってたもん。
……アルビノのオコジョ?それは考えなかった。
三人目は瑞希ちゃん。マンションのエレベーターで襲われた。防犯カメラには私や聖が見たのと同じ、白くて小さい何かが映ってたって聞いた。
……こんなのアリ?
なんで私たちがそんなわけわかんないオコジョもどきに狙われるの、人さし指食べらんなきゃいけないの?
あれから聖とは気まずくなるし瑞希ちゃんは学校来ないし、踏んだり蹴ったりさんざんだよ。
警察の人でも探偵さんでもなんとかしてほしいよマジで。
チャクラ王子と助手の人、犯人捕まえてくれる?
……その為に私の話を聞いてる、か。
うん……覚悟はしてた。絶対それ聞かれるよねって。夢、見るよ。事件が起きた日から毎日ずっと。
人さし指の夢。
お母さんもお父さんもたもせんも信じてくれないけど、私、自分の人さし指がある場所がわかるの。暗くて寒くて冷たい暗闇。周りはべたべたしてる。下の方はびちょびちょで、なんかが腐った汁みたいな、臭くて汚い液体がたまってる。
最初はなんだかわかんなかった。けど何回目かで気付いた。あ、これ人さし指の夢だ。
虫の知らせってあるでしょ?
アレと同じで、手から切り離された人さし指が居場所を教えてくれてるんだよ。
ねえ教えて、今からでも取り戻してくっ付ければ治る?
元通り動く?
……わかってる。聞いてみただけ。
私の人さし指、どこ行っちゃったのかな。
ないのにどうして痛むんだろ。
私だけじゃない、聖と瑞希ちゃんの人さし指も行方不明……誰がどうして持ってたの?
持ってかれた先できもいことされてんの?
獣が犯人だったら食べておしまいでしょ、お腹の中で消化されちゃってるでしょ?
椎名の話が聞きたい?
……私じゃない。私のせいじゃない。瑞希ちゃんがやれって言ったの、ホントはやだったのに。
椎名とは三年のとき同じ班で掃除を代わってもらった事あるし、別にそこまで嫌いってわけじゃなかった。
全部瑞希ちゃんのせい。
瑞希ちゃんが悪い。
瑞希ちゃんは幼稚園の頃からピアノを習ってた。お母さんが音大卒で、娘を絶対ピアニストにするって燃えてるの。でもね、椎名に負けた。小2の時開かれた小さいコンクールで椎名は金賞、同じピアノ教室から出場した瑞希ちゃんは銀賞どまり。
それだって十分すごいと思うけど、瑞希ちゃんと瑞希ちゃんママは満足しなかったみたい。ずっと根に持ってた。
瑞希ちゃんはクラスで一番可愛い……今でも二番目に可愛い。
だから友達になろって誘われた時は嬉しかったし、今でも好きだけど、さすがにやりすぎだよ。どんどんエスカレートしていって、私と聖もちょっと引いてた。
転校生?
一学期に四国から来た子だよ、モデルさんみたいなすっごい美少女。
綺麗ですらっとして、腰まである長い黒髪で、とにかくヤバい。上や下の学年の子が休み時間にわざわざ見に来た位。
犬飼小鳥子。
椎名優のたった一人の友達。
変な名前っしょ?犬と鳥が入ってる。どんだけ動物好きなんだよって感じ。
犬飼は変な子だった。せっかく私たちがグループに来ないかって誘ってあげたのに、それを断って椎名と行動した。瑞希ちゃんのアドバイスを蹴って。
椎名の何がいいんだろうね?よくわかんない。悪い子じゃないのは認める、でも……犬飼が贔屓にする程の子?
椎名んちが貧乏なのが椎名のせいじゃないのは知ってる。可哀想って思わないでもない。でも臭いのも汚いのもホントだし、そんな子が近くにいたら嫌じゃん?
私のせいじゃないもん、私悪くないもん、みんなだってやってたじゃん!
≪犬神≫
一学期が終わり夏休みに突入した。
夏休みの間、私としーちゃんはよく遊んだ。お互い家にいてもどうしようもないから、公園でブランコに乗ったりコンビニで涼んだり、図書館で本を読んだりした。
「小鳥子ちゃんは自由研究の課題決めた?」
「ぼんやりと」
「何にするの?」
「コトリバコの作り方」
公園にて、隣のブランコに座ったしーちゃんがきょとんとする。
「マジで何それ?」
「知らない?オカ板発の有名なネット怪談」
「知らない……」
「しーちゃんオカルト詳しくないもんね」
スマホの検索窓に「コトリバコ 洒落怖」と打ち込む。
続いてまとめサイトに飛び、記述を読み上げる。
「コトリバコは2ちゃんねるのオカルト板、洒落怖スレッド初出の怖い話。ちなみに洒落怖は洒落にならないほど怖い話の略ね」
「洒落にならないほど怖い話なら聞きたくないなあ」
「暇をもてあました馬鹿な大学生が、ある時実家の蔵で見付けた寄せ木細工の箱を仲間の集まりに持ってくるの。皆で珍しがっていじくり回してると、たまたまそこに居合わせた神社の息子が、『これはコトリバコだ!』って騒ぎだしておかしくなるわけ」
「紹介の仕方に悪意ない?」
公園じゃ私たちより小さい子たちが走り回ってる。
ベンチ付近で立ち話をしている主婦をチラ見、声を落として続ける。
「コトリバコの起源は今から百数十年前、1860年代後半に遡る。時代でいうと明治の初めね。隠岐の反乱の生き残りが、島根の某地方の部落に落ち延びてきたんだって。部落は社会の授業でやったよね」
「穢多、非人でしょ」
ブランコの鎖を握ったしーちゃんが、スニーカーの爪先でやるせなげに地面を蹴り付ける。
「穢れが多いと書いて穢多、人に非ずと書いて非人。酷いよね」
「ただでさえ周囲の村落に差別され困窮してた部落の人たちは、これ以上トラブルを抱え込めないと判断し、反乱の生き残りを殺そうとした。そこで男は命乞いした、コトリバコの作り方を教える代わりに助けてくれって。コトリバコの語源は子を盗る箱、女子供に狙いを定めて殺す呪具よ」
しーちゃんの顔色がどんどん青ざめてく。
気にせず読み上げる。
「作り方その一、綺麗な寄せ木細工の箱を用意する。その二、中を動物の雌の血で満たして一週間放置。その三、水子の死体の一部を入れる。あ、水子ってのは死んだ赤ちゃんの事ね。この話じゃ間引きされた子かな?赤ちゃんじゃなくても十歳以下ならセーフっぽい。子供の年齢によって入れる部位が違ってくるのがミソだね。赤ちゃんは臍の緒と第一関節までの指の先、はらわたから絞った血。七歳以下は人差し指の先アンドはらわたから絞った血。十歳以下は人差し指。最後に封をして終わり」
重苦しく黙り込んだしーちゃんの顔を覗き込む。
「真っ青。気分悪い?」
「だいじょぶ……その、コトリバコをどうするの?」
「殺したい人にあげる。まとめサイトにのってる話じゃ庄屋さんに献上されて、女の人がひとり、子供が十五人死んだみたい。呪いが作用するのは妊娠出産可能な女の人だけで、生理が終わっちゃってる人は対象外だとか。部落の人たちはこのコトリバコを全部で十六個作って、威力ごとに名前を付けた。弱い順にイッポウ、ニホウ、サンポウ、シホウ、ゴホウ、ロッポウ、チッポウ。最後がハッカイ、コイツが最強。呼び名は生贄の人数にちなむ」
スマホを下ろし、夏の日差しが燦燦と降り注ぐ公園を見回す。
「問題です。この話の一番怖いポイントはどこでしょうか」
「……子供を生贄に使ったトコ?」
「惜しい。正解は」
液晶を叩いてスクロール、まとめサイトの注釈を指す。
「『便宜上ここでは部落と書きますが、実際の話の中ではもっとひどい言葉でした』」
「部落も差別用語だよね?」
「百数十年たった今でも、同じ人間をそれより酷い言葉で貶める人たちがいるんだよ」
自然と顔が歪んで唇の端っこが吊り上がる。
「中に詰まってるものはみんなおんなじなのにね」
「小鳥子ちゃんはその、コトリバコを作るの?自由研究で?」
口にするのも忌まわしげに一呼吸おき、言葉を絞り出すしーちゃんに頷き返す。
「なんで?」
「作れたらすごくない?」
「すごいといえばすごいけど、だめでしょ。そもそもどうやって死体手に入れるの?病院やお墓から盗むの?絶対ばれるって、捕まっちゃうよ」
「そのへんは代用で」
「意味わかんない」
「よく読んで、十歳以下の場合コトリバコに入れるのは指だけ。生きてる人間でもイケるよね?」
しーちゃんが真顔になる。
「……小鳥子ちゃん、すごい怖いこと言ってる?」
「必要なのは動物の雌の血と人間の子供の人さし指、序でにはらわたから絞った血。より詳しい方法をいうとね、間引く前に呪殺対象への恨み辛みを懇々と言って聞かせるんだって。お前が死ぬのはアイツのせいだ、アイツを憎めって……年齢と捧げる量が反比例するのは未練や執着が激しくなるせい?」
私は本気だった。
本気でコトリバコを作る覚悟を固めた。
しーちゃんはドン引きしていた。まともな反応に安心する。
「え、待って。百歩譲って人さし指はアリとして、はらわたから絞った血なんてどうやって用意すんの」
「動物で代用」
「そんな事したら死んじゃうじゃん」
「十歳の子の指使えばはらわた絞らないでいいっぽい」
「やだやだやめて!てか箱は?寄せ木細工って高いんじゃないの、よく知んないけど」
「体育館裏にあるでしょ、ボロい百葉箱。ぱっと見寄せ木細工に見えなくもない」
「こじ付けじゃん」
「あそこなら人こないし実験にぴったり」
「学校にコトリバコなんて作っちゃだめだよ!」
おろおろするしいちゃんをぬるく眺め、顔を近付けて囁く。
「ねえ、うち来ない?面白いもの見せたげる」
しーちゃんをうちに誘うのは初めてだ。
案の定、好奇心に負けて付いてきた。
私んちはボロい借家だ。おばあちゃんは築八十年とか言っていた。
「どうぞ上がって」
「お邪魔します」
台所に面した裏口のドアを開いて靴を脱ぐ。おっかなびっくり続いたしーちゃんが、あたりを見回して息を飲む。
「これなあに、小鳥子ちゃん」
「お札。手作り」
正確には「私たち」のお手製。台所の壁にはよくわかんない図形や文字を墨で書き入れたお札がべたべた貼ってあった。私とおばあちゃん、お母さんが三人で仕上げたお札。
「何書いてあるかわかる?わかんないよね、色々ちゃんぽんで組み合わせてんの。誰か呪いたい時、逆に呪いから省きたい時もお札に記す。呪力に指向性持たせたい時に便利なんだよ、おばあちゃんのうけうり」
強張った顔で立ち竦むしーちゃんの手を引っ張り、さらに奥へ進む。うるさく軋む廊下の奥で、甲高い鳴き声が連続する。
「やった、かかってる」
ほくほく顔でネズミ捕りを持ち上げれば、ネズミが三匹もがいていた。
「その子たちどうするの?」
「おばあちゃんは水に沈めてた。私はコトリバコの材料にする」
ネズミ捕りを揺すり、金属の網を突付く。
「作るならサンポウかな。十歳の人さし指を三本。ところでしーちゃん、真壁さんたちの誕生日知ってる?」
「え……と。真壁さんが十月、木村さんと山本さんが同じ十二月で一週違い」
「よく覚えてるね」
「木村さんと山本さんが合同パーティーしようって盛り上がってたから……」
「生きてる指だしなあ。呪具認定もらえるか不安だし、はらわたの絞り汁おまけしちゃおっか」
なんだって足りないより余る方がマシだよね、きっと。
「ね、しーちゃん。この子たちに恨み言聞かせたげて」
「小鳥子ちゃん……」
小刻みに首を振ってあとずさるしーちゃんに、ネズミ捕りをぶら下げ接近する。
「真壁さんたちへの文句、死ぬほどあるでしょ。しーちゃんがたっぷり呪詛ったあと、ギューッて絞るから」
「逃がしてあげて」
「ごめん、それは無理」
潤んだ瞳で懇願するしーちゃんに肩を竦め、檻の中のネズミに微笑みかける。
「わかった。まかせて」
トットットッ、屋根裏と床下で足音がする。慣れ親しんだ群れの気配が忍び寄り、壁や天井に貼った夥しいお札がおどろおどろしい瘴気を振り撒く。
あとは人さし指だけ。
≪第二の被害者 木村聖(10)の証言≫
あかり、話しちゃったんだ。
しょうがないですね、認めます。言い訳はしません。私たち椎名さんをいじめてました。
あかり、椎名さんがやったって思ってるのかな。仕返しされたって考えてるのかな。
あの、茶倉さん。
YouTubeの動画で言ってること本当ですか。ホントに幽霊や妖怪が見えて、お祓いとかできるんですか。
嘘……じゃ、ないんですよね?すごい人なんですよね。私たちのこと、助けてくれるって約束できますか。
調子いいこと言ってるのは十分わかってます。いじめっ子が大人に泣き付く資格なんてないですよね。
でも……これしかないんです。
警察の人は頭っから信じてくれないし、お父さんお母さんは取り合ってくれないし。
先生だっておんなじ。
茶倉さん、私……犯人は別にいるって思います。知ってます。黒幕はあの子。
転校生の犬飼小鳥子。
犬飼さんは一学期がはじまってすぐ転校してきました。四国から来たって紹介の時に言ってた。すっごい美人でびっくりしちゃった。雰囲気がね、大人びてるんだよね。
瑞希は犬飼さんと友達になろうとしたけど、犬飼さんが選んだのは椎名さんでした。
トイレに行く時も移動教室の時も仲良く連れ立って、瑞希はめちゃくちゃやっかんでました。
夏休みも二人してコンビニや図書館に入り浸ってるのをよく見かけました。椎名さんち横の公園でもたまに。
あれは二学期が始まってすぐ、自由研究の課題を提出する事になりました。
私が出したのは朝顔の観察レポート、犬飼さんが出したのはネズミの解剖図。アレにはみんな引いてましたね。
提出が終わった後の5分休み、早速その事でいじりにいったんです。瑞希は犬飼さんの机にどっかりお尻を据えて、大きな声で言いました。
「ネズミの解剖図提出するとか頭どうかしてんじゃないの?グロすぎ。悪趣味。気持ち悪い」
ぶっちゃけ同感でした。あかりもしたり顔で頷いて、犬飼さんに酷い言葉を浴びせました。
私たちに罵られてる間、犬飼さんは教科書の角をトントン揃えていましたが、だしぬけに顔を上げて言ったんです。
「アレは替え玉。本命は別にある」
本命って何?
顔を見合わせる私たちをよそに、犬飼さんはミステリアスに含み笑い、思わせぶりにほのめかします。
「じきにわかる」
「ウソツキ!負け惜しみ言っちゃってさあ」
「アンタは今日からネズミの解剖マニアのネズミ女ね!」
瑞希とあかりが捨て台詞を吐いて去って行ったあと、私はその場に残り、犬飼さんを観察していました。
気になる点は他にもあります。椎名さんが欠席してるんです。
田森先生は家庭の事情だって言ってたけど、本当は私たちのせいじゃないかなって、心の中じゃ気にしていました。
下校時間になりました。
あの日……通学路の途中であかり達と別れた私は、こっそり椎名さんのアパートへ向かいました。椎名さんの休みの原因が私たちにあったらどうしようって、さすがに責任感じたんです。
だってあの子、一学期は一日も休まなかったんですよ?結構酷いことしたのに。
アパートの階段を上がってる時、廊下に先客がいるのに気付きました。
後ろ姿だけで犬飼さんだってぴんときました。イマドキあんな髪長い子珍しいし、姿勢がすごく綺麗なんです。軸が全然ブレない。
「しーちゃんいる?おしらせのプリントもってきたよ」
犬飼さんが何度ピンポンを押しても椎名さんは出てきません。留守かな?
十分ほど粘って遂に諦めたのか、犬飼さんが持参したプリントを郵便受けに突っ込んで踵を返します。
ばれたらまずいと慌てて物陰に引っ込み、好奇心に負けて尾行しました。
あの、変な意味じゃなくて。抜け駆けとかじゃないんです。ただ単にどんな家に住んでるんのか気になって、すっごい豪邸かな、高級マンションかなって。
……謝りたい気持ちもありました。
椎名さんだけじゃありません。
私たち、犬飼さんにも色んないじわるしました。図書室やトイレに立った隙を見計らって机や椅子を倒したり、教科書をゴミ箱に突っ込んだり、上履きを焼却炉に捨てたり色々。
椎名さんに続いて犬飼さんまで不登校になっちゃったらどうしようって、それでせめて一言謝ろうって追っかけて、あれっ?て混乱しました。
犬飼さんの行き先、家じゃないんです。学校なんです。下校時間が過ぎて誰もいない校門をくぐって、ぐるって体育館を回り込んで、プレハブ屋根の自転車置き場を過ぎてどんどん歩いてくんです。
忘れ物したのかな、だったら校舎に入らないのはおかしいな。更衣室に水着おいてきたのかな。
大人しく帰ればよかった。
なのにユーワクに負けちゃった。
犬飼さんの行き先が気になって、十分距離をとって付いてって、私、見ちゃったんです。
体育館裏、雑草が疎らに生えた空き地。
生徒もめったに行かない寂しい場所に、ボロボロの百葉箱がポツンと立ってました。ていうか、あんな所に百葉箱があるなんて初めて知りました。
犬飼さんは一直線に百葉箱に歩み寄り、蓋を開けました。
私の位置からじゃ犬飼さんが邪魔でよく見えなくて、だけどすごい臭い匂いがして、すごい嫌な感じがして、これだめだ、逃げなきゃってぐるぐるしました。
だって犬飼さん、百葉箱の中に蓋の隙間から喋りかけてるんだもん。
頭おかしい。
普通じゃない。
何言ってんのか全然わかんない。呪文みたいな……お経?歌?あんなの絶対異常だよ!
一瞬チラッと見えた隙間の向こうは赤くて黒くてドロドロぐちゃぐちゃで、あれ何なの?
私、吐きました。
吐きながら必死に逃げて、校門を出た所でコケて、泣きじゃくりながら逃げ帰りました。
茶倉さん……犯人は犬飼さんです。
あの人、百葉箱で何か飼ってます。
もっと早く言えばよかったって……馬鹿じゃない?言えるわけないじゃん。
そんな事したら私、アレに殺される。見ちゃったもん百葉箱の中。一瞬だって関係ない、見たことばれたら犬飼さんが追っかけてきて仕返しされるに決まってる!!
お願い信じて、犬飼小鳥子は百葉箱でヤバいの育ててたの!
ひっ、ぎ。
やだまたやだやだ痛いなんで、ばらしたから怒ってるのやだやだごめんなさい許して犬飼さん!
人さし指が痛いよッ、助けて先生!
≪担任 田森仁(40)の証言≫
お見苦しいところをお見せしました。
山本と木村なら大丈夫、いま電話を入れたんで保護者が迎えに来ます。それまで斉藤さんが付き添ってくださるそうです。
痛みもね、落ち着きました。
しかしアレは……なんなんでしょうねホント。
校長先生や斉藤さんは幻肢痛とおっしゃいますが、山本たちの反応ときたら些か常軌を逸しています。発作のタイミングまで殆ど同じ。ドアを隔てた教室の内と外でのたうち回って、化かされてる気分です。
犬飼の行方は……わかりません。さっきまで確かに廊下にいたんですが、ちょっと目を離した隙に消えていて。
他の先生がたにも頼んで捜してもらってるんで、きっとすぐ見付かりますよ。
え、百葉箱を見に行く?
校長先生も?
まさか……さっきの木村の発言、本気にしてるんですか?
犬飼が百葉箱で何かを飼ってたなんて馬鹿げてる。確かにありますよ百葉箱は、今はもう使われてない朽ちかけの。
あそこに人さし指が隠されてる、とでも言いたいんですか?
よろしい、ならば同行します。可愛い教え子が通り魔かもしれないと疑われてるのに知らんぷりできません。
皆誤解してるんです。
犬飼はとてもいい子です。そりゃ親しみやすいとは言えませんけど、勉強も運動もよくできて、クラスで浮いてた椎名の存在をよく気にかけていました。
なんで児童相談所に通報しなかった?
簡単に言わないでください、教師がどれだけハードな仕事かわかってないんですか?
テストの採点に日誌のチェック、授業の準備に諸般の雑務、部活の顧問。定時に上がれる奇跡なんてほぼないし、家に持ち帰ってやる仕事もたくさんある。夏休みだって学校に来るんです。
俺だってねえ、余裕があればそうしたかったですよ。斉藤先生や行政と連携とって事にあたろうと考えていました。もちろん校長の許可をとった上でね。
いま一番優先すべきは犬飼の安全です。
椎名は自宅にいるから大丈夫、保護者の確認がとれました。不登校の理由?さあ、そこまでは……お母さんも詳しく知らないそうです。
やっぱり真壁たちのいじめが原因でしょうか。椎名の件に関しちゃ言い訳できません、完全に俺の落ち度ですよ、情けない。
こっちです。体育館をぐるっと回って……見えますか、アレ。あそこです。
待ってください、前に立ってるのは……犬飼。なんだここにいたのか。捜したんだぞ、戻ってきなさい。
「いや」
わがままいうな。
「絶対いや」
なんで嫌なんだ。
まさか……木村の言うことは本当なのか。百葉箱の中に小指を入れてるのか。
「これはコトリバコ。やっと完成したの」
ふざけるのはやめろ。茶倉さんがお前と話したがってる。
「動画で見たことある。霊能者の人ね」
犬飼。
「残念、お兄さんの目は節穴よ。本当に悪い人が誰かもわかんないじゃない」
犬飼!
「そんなんバレバレや」
茶倉さん、何を。
「コイツやろ?」
なんで俺を指す?
≪黒幕 犬飼小鳥子(10)の告発≫
茶倉さん、か。やるじゃん。見た目うさんくさいしてっきりインチキだと思ってたよ。
そのぶんだと私んちの事もばれてるかな?
ねえ、この子たちが見える?
あなたのまわりを走ってる、白くて細長いオコジョに似た……。
犬神っていうの。
私は犬神憑きの末裔。
全然犬じゃない?でしょうね、便宜上の名前だもん。古い文献にはネズミよりちょっと大きめ、体に斑がありしっぽの先端が分かれたモグラの一種って書いてあるよ。どちらかというと管狐やオサキの親戚っぽい感じ。
犬神の作り方ってね、とっても残酷よ。コトリバコと同じ位。
まずは犬を頭だけ出して埋めて、その前に餌を見せて置いて、飢え死に寸前に首を斬る。
すると頭が食べ物に飛び付くから、これを焼いて骨だけにし、器に封じて祀るわけ。
数匹の猛犬を戦わせて、勝ち残った一匹に魚を与え、犬の頭を切り落としたのちに術者が魚をたいらげるやり方もあるみたい。
これは犬神のおうち。
私は百葉箱で犬神を飼ってたの。
きっかけはコトリバコ。
犬飼家の娘は生まれた時から犬神に憑かれてる。私もね、物心付いた時から犬神の気配を感じ取ってた。おばあちゃんは素焼きの壺で飼ってたっけ。
けどね、特にこれとったきまりはないの。
で、考えたわけ。
どうせ飼うなら大きいおうちの方がいいじゃない?この子たちだってその方が快適よね?
私は犬神を百葉箱にお引っ越しさせた。
コトリバコが実在するとして。
中に犬神を放り込んだら。
単純な掛け算で、威力は倍になるんじゃない?
ホントはずっと試したかった。
だけどなかなか……人さし指ちょうだいってお願いして、あっさりくれる人いないでしょ?無理矢理奪うのも気が引けるし。
でもね、真壁さんたちなら別にいっか~って。しーちゃんにいじわるだもん。
犬神は素直ないい子、私の言うことをよく聞く子。
下校中の山本さんを襲った。塾帰りの木村さんを襲った。真壁さんをエレベーターで襲った。
犬神は実体を持たない、故に壁のすり抜けも可能。
コトリバコに入れるのは動物の雌の血、子供の人さし指、はらわたから絞った血。
しーちゃんが住んでるアパートで飼ってる猫は、人懐こくて可愛いメスの三毛猫。
私は真壁さんたちの指を百葉箱に入れて、ネズミのはらわたを絞った血に浸して、ゆっくりじっくり熟成させた。
そして完成した私の、私だけのコトリバコ。
言ったでしょ、犬飼家は犬神憑きの血筋だって。私のおばあちゃんお母さんは人を呪うのが仕事なの。人を呪ってお金もらってるの。
四国じゃ嫌われ者だった。しーちゃんは初めて出来た友達。
しーちゃんへのいじめがどんどんエスカレートしてくのを見て、夏休みの自由研究はコトリバコにしようときめた。
でもね、気が変わった。
コトリバコを作った動機は抑止力。
しーちゃんは優しいから、クソみたいないじめっ子でも酷い死に方したら哀しむでしょ?
ま、罰なら右手人さし指をもらうだけで十分かなって。核弾頭と同じ理屈、持ってるだけで脅しになるのがコトリバコのメリット。
計画の段取り。
三人がそれぞれ一人でいる所を犬神に襲わせる。とってきた人さし指は百葉箱にポイ。完成したら三人をここに連れて来て、コトリバコを見せる。
中身は……見せなくて大丈夫でしょ?外側の圧だけでヤバってわかるじゃん。
チクる?
あはっないない!あの子たちにそんな度胸ぜったいない、自分だけが可愛いんだもん!
コトリバコの犠牲になるのはアンタよ、田森先生。
しらばっくれないで。
わかってるの。
ねえ先生、なんでカウンセラーの言い分スルーしたの?
なんで週一でしーちゃんち訪問したの?
なんでパンやお弁当買ってきたの?
何で夏休みまで様子を見に来たの?
なんで家庭訪問するのにお母さんのスケジュール調べず、しーちゃんのお留守番中狙ったの?
夏休みの最終日、私、しーちゃんのアパートに行ったの。
ドアは鍵が掛かってなかった。
不用心だなって思ってノブを回したら、しーちゃんが泣いていた。
肌着だけで。
「見ないで。小鳥子ちゃん」
あんた、しーちゃんになにしたの?
≪TSS助手 烏丸理一(26)の証言≫
小鳥子が百葉箱を開けた途端、猛烈な瘴気と臭気が吹き付けた。
俺は見た。
四角い箱の中に犇めく無数の目、目、目。真っ赤な目が爛々と光ってこっちを見詰めてる。
「盗ってこい!」
「ひっ……!」
小鳥子が嬉々として叫び、百葉箱から飛び出した犬神の群れが田森に飛びかかる。
「話が違ェぞ茶倉、コトリバコが呪い殺すのは女子供だけだろ!」
「アレはコトリバコであってコトリバコちゃうで、小鳥子のオリジナル!標的は術者が一番憎んどるヤツ!」
小鳥子は狂ったように笑っていた。何故かそれが哀しげに見えた。相沢さんは戦慄の表情で凍り付き、茶倉は左手に巻いた数珠で犬神の群れを殴り飛ばす。
「死ね!みんな死んじゃえ!」
髪を振り乱し喚く小鳥子の周りで暴風が渦巻き、赤い眼光が不吉な輝きを増す。
犬神が田森の下半身に群がって埋め尽くす。
「ぎゃああああああああああああああああっ」
犬神に齧り付かれ悶絶する田森をよそに、風圧に抗って摺り足で前進し、小鳥子へと手を伸ばす。
「やめろ小鳥子、こんな事したらお前が壊れちまうっ!」
「ほっといて!」
俺の手を薙ぎ払い、両耳を塞いで仰け反る。
「もっと早く作ればよかった!もっと早くやればよかった!そしたらしーちゃんは綺麗なまんまだったのに、先生に酷いことされずにすんだのに!」
私がしーちゃんを守りたかったと、その全身が叫んでいる。
「しーちゃんの為に作ったのにしーちゃんがいなけりゃ意味ないじゃん」
故郷で迫害されてきた犬神憑きの女の子が、やっと手に入れた親友を失った痛みと哀しみに身悶え、透明な涙をこぼす。
「返してよ!しーちゃんを返してよ!」
駄々っ子のように暴れ回る小鳥子の醜態が正視に堪えず、掠れた声を絞り出す。
「茶倉!」
即座に理解した茶倉が靴裏で地面を踏み締め、複雑な印を結ぶ。刹那、大地が鳴動する。
「きゃっ、」
よろめいた小鳥子に肉薄し、鳩尾に狙い定めて拳を打ち込む。
「ごめんな」
女の子を殴りたくなかった。
苦渋の表情で詫びた直後、片腕で受け止めた小鳥子を寝かせて百葉箱に急ぐ。
右手の数珠が眩い閃光を放って闇を浄化し、力ずくで蓋を閉ざす。
「ようやった」
すかさず封印の札が飛来し、百葉箱を埋め尽くす。百葉箱から漏れ出る光が徐々に薄れ行き、遂に振動が止む。
「ふー……」
脱力気味にへたりこんで視線を投げれば、田森は全身歯型に塗れて気絶し、その腕を茶倉が蹴っていた。
「さっきのやりとり聞いとったか、校長センセ」
「はい。確かに」
「ほなよかった」
茶倉がにっこり笑い、スマホの再生ボタンを押す。
『誤解するな犬飼、あっちから誘ったんだ!それに脱がしたんじゃないぞ、向こうが勝手に脱いだんだ!俺はスマホで撮っただけ、それ以上は断じてしてない!』
「録音しといたで」
クズの言い分に腹が立ち、泡を噴いて伸びた田森を忌々しげに睨む。
「脅して脱がせたんだろロリコン野郎」
「たったいま警察を呼びました。田森先生にはじっくり話を聞きます。茶倉さん、証拠として音源をお借りしても?」
「好きにせえ」
儚い嗚咽に目を向ければ、地面に寝転がった小鳥子が丸まって泣いていた。
「ごめんねしーちゃん……私のコトリバコ、役立たずだ」
「ンなこたねえよ」
やり方はどうしようもなく歪んでいたが、友達の為に立ち上がった覚悟まで間違ってるはずがない。
「ず、っと、この力がいやで。でも、しーちゃんを助けられるなら、ひぐっ、使っていいかなって思ったの。ごめんねしーちゃん。ごめんねみーこ。ごめんねネズミ……」
「ダチの為に手ェ汚したんやろ。ほなええやん、猫とネズミは災難やけどいじめっ子は自業自得。他の誰もほめたらん時は、せめて自分で自分をほめたれ」
犬飼小鳥子は大事な親友を守る為にコトリバコを作り上げた。
≪犬神憑き 犬飼小鳥子(10)の懺悔≫
田森先生は逮捕された。先生のスマホからは大量の証拠画像が押収された。どんな写真かは知りたくないし聞いてない。たぶんそれが正解。
あとで私は刑事さんや先生にいろいろ話を聞かれた。おばあちゃんとお母さんも呼ばれてこってり絞られた。
数日後、茶倉さんから電話がかかってきた。
『お前が作たコトリバコな。燃した』
「え……大胆」
私が言うのもなんだけど。
「中の指も一緒に?」
『下手に開けたら大惨事やしそれしかないやろ。どのみちでろでろに腐っとって繋げへん』
「本体、熱くなかったな」
『大丈夫。断ち切っといた』
茶倉さんがさらりと言い放ち、この人やっぱすごいな、と実感する。
あの指は依代だ。呪力増幅装置と化したコトリバコ内にある限り、本体に情報を送り続ける。
真壁さんたちの悪夢の原因はきっとそれ。
『針刺したん?』
「依代として使えるか調べたの」
『怖。サイコパスの発想やん』
「ステーキだってフォーク刺して下ごしらえするじゃん、一緒一緒」
『全然ちゃうしたとえがいちいち物騒やねん』
百葉箱の指には時々会いに行った。
ホントは開封厳禁だけど、いけない好奇心をおさえきれず、爪と肉の間に針を刺してぐりぐり抉ったりした。
心は痛まない。
真壁さんたちはしーちゃんにいじわるだったし、針千本刺されて当然。
「テキトーでも案外なんとかなるんだね。新発見」
『念には念を、指には針を、か。わざわざ百葉箱使たんもワケあるな』
「たとえば?」
『元の怪談のコトリバコは対象の身近におかな発動せん。いじめっ子殺りたきゃ敵陣に仕掛けな意味ないやん』
「ご明察」
大枠は茶倉さんの指摘通り。
体育館裏に打ち捨てられた百葉箱をコトリバコに改造したのは、呪いの効果範囲に学校を入れたかったら。
他の箱はどうしたって違和感あるけど、百葉箱に擬態したコトリバコなら、日常風景に溶け込める。
「百葉箱がない学校ってまずないでしょ?教室のロッカーの上はさすがに目立っちゃうけど、体育館裏の死角に置けば、みんな気付かないよね」
『悪知恵回る』
「あ、しーちゃんは除外するように書き入れたよ。じゃなきゃ意味ないもん」
『底面や天板にエゲツない呪が刻まれとったもんな。他のガキ巻き込むんは』
「しかたない。しーちゃんが大事だもん」
しーちゃんと再び会えたら、コトリバコを用いる際の注意点や使い方をちゃんと教えようと思っていた。
私はいま児童相談所にいる。
詳しい処分は追って通告すると言われ、学校も休まされてる状態。これからどうなるかわからない。ことによっちゃ施設送りかも。
唯一の救いは……。
「小鳥子ちゃん」
名前を呼ばれて振り向く。しーちゃんが照れ臭げな笑顔を浮かべ、そこに立っていた。
『同じ所におるんか』
「うん」
しーちゃんは私と同じ相談所に保護されている。たまにお母さんとお姉さん、校長先生や斉藤さんが面会に来る。
校長先生から今回の顛末を聞いたしーちゃんは、児童相談所で私の顔を見るなり、とびきり強烈なビンタをきめてきた。
「コトリバコなんかいらない、危ないことしないでって怒られちゃった」
『ええダチやな』
「みーこを殺した件はガチでキレた」
『そらせやろ』
「私も……哀しかった」
ネズミの時と違い、暴れるみーこを絞め殺す時は本当に辛かった。
だけど、でも、やり遂げる必要があった。
「茶倉さん、私ね。ダントツぶっちぎりでしーちゃんが大事なんだ」
なんでいじめを止めさせる為にここまでしたのか、大人は不思議がる。
確かに今のしーちゃんを守るだけなら、犬神でびびらせるだけで事足りたかもしれない。
「私は弱くて馬鹿な子供だから、大事な人を守れる、すごい武器がほしかった」
『さよか』
このさき時が経って離れ離れになる日が来ても。
しーちゃんが大丈夫なように、切り札を残していきたかった。
「また引っ越すかもしれないし。まだ小学生だし、一人暮らしとか無理だし」
『うん』
「今は私がいるからいいけど、いなくなったらまた……だからね、しーちゃんにコトリバコあげたかったの」
自由研究の課題なんて嘘。
あの百葉箱は、私からしーちゃんへのプレゼントだ。
ギュッと目を瞑り、汗ばんだ手でスマホを握り締め、掠れた声を絞り出す。
「しーちゃんが喜ばないのはわかってた。でも、そうしたかった。私にできるのはこれだけだもん。しーちゃんは私のこと怖がらないし、キモがんないし、それで私、それだけで救われたの」
コトリバコを作った人たちの気持ちがわかる。
その中にきっと、私のご先祖様もいた。
「ねえ茶倉さん。穢多とか非人とか、あれホントは私たちのことだよね」
『……』
「穢れを多く抱え込んで、人に非ずって蔑まれて、私たちのことだよね」
初めて会った時、同じ匂いを嗅いだ。
この人は同類だと直感した。
私と同じ、忌まわしい憑き物筋。
「もっと酷い呼び方って、化け物かな」
コトリバコに封じたのは私の弱い心。
たった一人の友達に嫌われるのが嫌で、人間のふりをしようとしたずるい心。
「最初にコトリバコ作った人たちだって、作り方を教えた人だって、綺麗なものは綺麗なまんまとっときたかったと思うの」
『せやな』
「私も同じ。しーちゃんには綺麗なままでいてほしかった」
酷い話だ。
「間違ってた。しーちゃん、汚れてなかった」
先生に何されても。
「勝手に汚れたとか汚されたとか決め付けて、暴走した私が一番悪い。最低」
『ダチを傷付けられたらキレて当然やん』
「うん……助手さん元気?私に腹パンしたおでこの広い」
『買い出し行っとる』
「落ち込んでない?」
『結構きてたな』
「ごめんなさい」
目が覚めて最初に飛び込んできたのは、助手さんのとても辛そうな顔だった。
『ジブンのこと気にしとった』
「また掛け直す」
『小鳥子』
茶倉さんの声色が真剣味を増す。息を止める。
『お前も俺と同じ、バリ高ポテンシャル秘めた術者や。素人が作ても半端なモドキが出来上がるだけ、オリジナルのコトリバコが機能したんは素質による所が大きい』
「はい」
『お前の罪は現行法で裁けん、この国は霊や呪いの存在を認めてへんさかい。でもな、忘れんな。山本あかり、木村聖、真壁瑞希。以上三人の人さし指を奪たんは他でもない、お前やで犬飼小鳥子。これから箸使てもの食うたび、ペン握てもの書くたび、いちいち思い出して罪悪感に苦しめや』
「わかった。忘れない」
真壁さんは将来ピアニストになれたかもしれない。
彼女の夢を断ち切ったのは私だ。
『それさえ忘れんかったら、ギリギリ人でおれるで』
通話が切れた。
背後で立ち聞きしていたしーちゃんと目を合わせ、バツ悪げな笑みを交わす。
私は犬飼小鳥子。
犬神憑きの末裔。
まだ辛うじて人間の化け物。
「校長先生が面会に来たよ。小鳥子ちゃんに会いたがってる。行こ」
「うん」
しーちゃんが差し出す手を強く握り返し、ホールの方に駆けだした。
私の犬神、コトリバコと一緒にお焚き上げされちゃった?
呼べばまた戻ってくるかなあ。
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