少年プリズン

まさみ

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二百四十九話

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 ひどい。あんまりだ。
 「ちょっとひどいんじゃないこの扱いはっ、ねえ聞いてるそこでボカスカ勝手に大乱闘はじめちゃってる人たち!?メガネくんは可愛くお願いしても助けてくれないし道化と隠者の乱入で僕の存在すっかり忘れ去られて人質とられたまんま放置プレイだしねえねえっ、聞いてる?聞いてますか可哀想な僕のお話!!」
 ぜえはあ息を切らして抗議しても周囲の人間は聞く耳もたない。
 まあ決戦場と化した渡り廊下の中心でその他大勢扱いの僕が叫んでも罵声や怒声の騒音にかき消されて届くわけもないんだけど、そうなるといっそう自分の存在を主張したくなるのが人情というもので。
 むかつくことに、鍵屋崎のヤツときたら僕を見捨てやがった。さっきはせっかく庇ってやったのに、蛇に睨まれた蛙の心境で冷や汗かきながらサーシャと交渉して北棟探索の約束まで取りつけてやったってのに、親殺しのヤツ感謝するどころかとんでもない行動にでやがった。
 サーシャが家臣を引き連れ背中をむけた瞬間、僕の制止を振り切り駆け出したかと思いきやその手にはナイフ。そう、親殺しのヤツときたらなにをとち狂ったんだかサーシャを刺そうとしたんだ。サーシャが無防備な背中をむけた瞬間に怒りで目が眩んで理性が蒸発したろうことは想像に難くない。サーシャときたらそりゃもうやりたい放題で、良識とか慈悲とかそんなもん一切合財切り捨てて、自分の娯楽最優先でレイジと鍵屋崎に殺し合いをさせたのだ。
 サーシャには他者への思いやりが欠落してる。
 サーシャにとっちゃ鍵屋崎もレイジも犬でしかない。芸を披露して主人を楽しませるのが飼い犬の義務だと思いこんだサーシャは、レイジと鍵屋崎がナイフ片手に死闘を演じるあいだ満足げに微笑してた。
 あの笑顔は見たことある。
 ずっと前、まだ外にいた頃、ぺドでサドの変態客と何人かお尻合いもといお知り合いになったことがある。その時僕は一桁の年齢でたぶん十歳にも届いてなかったけど、ぺドでサドの変態客に運悪くあたったら最後なにされてもじっと我慢して目を瞑るしか生き残る術はない。僕は十歳そこそこの年齢で人生の教訓としてそれを学んでいた。乳首に針通されても縛られても後からもう一人の客が乱入していきなり3Pに発展しても「約束が違う!」なんて叫ぶだけ無駄なのだ。
 そういう客は僕が可愛い顔を鼻水と涙とヨダレでべとべとにして必死に抵抗するのを心の底から楽しんでいるのだ。
 大人と子供じゃ体格差は圧倒的で、腕力じゃあかないっこない。一度おさえつけられたらどんな痛いことされてもどんなひどいことされても相手の気が済むまで我慢するっきゃない。セックスには忍耐が肝心。
 サーシャの笑顔は、僕を犯りたい放題いたぶった客のそれと酷似してる。絶対服従させたペットに芸を仕込んで、それを眺めて優越感にひたる傲慢な色。主人の命令に逆らえない飼い犬を視線でいたぶり、嗜虐心を満足させ、背徳的な興奮をおぼえる変態の笑顔。 
 吐き気がした。
 レイジと鍵屋崎が殺し合いしてる最中、僕はなんとサーシャの隣にいた。房の前で運悪くサーシャとはち合わせして、そのまま鍵屋崎と一緒に僕まで渡り廊下に強制連行された。蛇のように執念深いサーシャは半年前のことを忘れちゃいなかった。
 サーシャにしてみれば僕は薄汚い裏切り者。北のスパイとしてサーシャ達を手引きしたくせに、風向きがやばくなったら自分ひとりさっさと逃げ出して独居房行き免れた姑息な卑怯者。
 それだけじゃない。
 『リョウよ。私になにか言いたいことがあるのではないか』
 まわりくどい口調でサーシャに探りを入れられ、心臓が凍った。サーシャと並んだ僕の眼前では、劣勢の鍵屋崎が不器用にナイフを構えて防御に徹してる。
 ナイフとナイフが衝突する金属音が響く。
 熱狂の坩堝と化した渡り廊下にて、手に汗握る殺し合いのスリルに北の囚人が歓声をあげる中、僕は全身にびっしょり汗をかいていた。べつに鍵屋崎とレイジの殺し合いに熱狂してるわけじゃない。現実に隣にいるサーシャの威圧感というか、氷点下の眼光とか、とにかくそんなかんじの目に見えないものにびびりまくってたのだ。
 『なんのことでしょう偉大なるサーシャ様、さっぱり身に覚えがないのですが』
 おどけた敬語で、でも絶対サーシャとは目を合わせずに聞き返す。氷点下の視線を横顔に感じる。サーシャからややぎこちなく視線をそらした僕は、ぶっちゃけ生きた心地がしなかった。
 『半年前のことだ。忘れたとは言わせない。私はあの薄汚い雑種をブラックワークの王座からひきずりおろすため、東京プリズン最強などという分不相応な称号をやつから奪取するために罠を仕掛けた。手引きをしたのはお前だ。私はずいぶんお前によくしてやった。実際お前は利用価値のある犬だった、主人に媚びるのが上手くベッドで披露する芸には高い金を払うだけの価値があった。だがしかし』
 ほらきた。
 おいでなすったぞと首をすくめる。殺し合いが白熱し歓声が大きくなるのに反比例し、サーシャの声が低まり、周囲の気温がひんやり低下する。尊大に腕を組んで壁に凭れたサーシャは永久凍土の氷を削り出した彫像のようだ。ただ執念深く狂気渦巻く眼光だけが、サーシャが生身の人間であると告げている。
 『お前には失望したぞ、リョウ』 
 『なんで』
 『恩を仇で返したからだ』
 白状するけど、この期に及んでもまだ僕はしらを切り通す気だった。とぼけた返事をした僕に殺意の一瞥をくれるサーシャ。視線の硬度が増して横顔に痛みを感じる。これ以上サーシャと一緒にいたら半身に霜が張ってしまいそうだ。
 サーシャはじわじわと、真綿で首を絞めるように僕を追い詰めていく。
 『半年前、北の兵隊を集めてレイジを一網打尽にしようとした目論みは失敗した。私が目覚めた時にはすでにレイジは跡形もなく、死屍累々と無能な兵隊が散らばる荒廃した戦場の風景だけがあった。私と兵隊どもは独居房送りという屈辱の仕打ちを受けた。リョウ、お前は独居房に入ったことがあるか』
 『ありがたいことに、ないね』
 『そうか。なら一度体験してみるといい。糞尿垂れ流しの悪臭たちこめる部屋に、後ろ手に手錠をかけられ丸太のように転がされてみるがいい。飢えと恐怖に苛まれて自分の大便をむさぼり悪夢を見て絶叫し鉄扉に頭をぶつけ、人の尊厳を一片残らず徹底的に剥奪されてみるがいい。人生観が変わるぞ』
 サーシャの口から人間の尊厳なんて聞くとは思わなかった。悪い冗談。
 『なにがおかしい』
 『気にしないで、続けて』
 こみあげる笑いを噛み殺し続きを促す。他人を人間扱いしないヤツに限って自分が屈辱を味わうと生涯根に持つんだから手におえないよ。
 『私は無事独居房から生還したが、兵隊の大半は頭がおかしくなっていたな。まあそれはどうでもいい。リョウ、お前私たちが監視塔で気絶しているときに私物に手をつけたな』
 『あはは。やっぱりバレてたんだ』
 乾いた笑い声をあげる。サーシャは質問ではなく確認してるにすぎない、この時点で言い訳するのもごまかすのも得策じゃない。そりゃバレるだろ、僕が監視塔で気絶した連中の懐を漁って金目の物を失敬したのは事実だしそれを裏に流してあこぎに稼いだのも事実だ。
 どうしようどうしようどうしよう。
 ほんとは笑ってる場合じゃない、返答次第で僕の頚動脈は切り裂かれて二度とママと会えなくなる。ああもうなんで鍵屋崎の頼み引きうけてのこのこ北棟に出向いてきたんだよ僕のバカ、って怒涛のように押し寄せる後悔に身を任せて現実逃避したくなる。
 頭を抱えて蹲ってそのまま石になってしまいたい、物言わぬ貝になって人魚の胸を飾ってたのしくすごしたい。
 なんてバカなこと考えてる場合じゃない、なんとか上手くこの場を切り抜けなきゃ。僕はまだもうちょっと長生きしたいんだ。早鐘を打つ心臓をどやしつけ、無邪気を装った笑顔でサーシャを振り仰ぐ。
 『ごめん、つい魔がさしたんだ。今は反省してる。でもサーシャの持ち物には手をつけなかったよ?偉大なる皇帝サマの財産ネコババするなんてそんな恐れ多いコト天使のように純真な僕にはできないもの』
 涙で潤んだ上目遣いでサーシャを仰ぎ、胸の前で五指を組む。お祈りのポーズ。客にこれやるとイチコロだった。サーシャに効くかどうかわかんないけど、やってみる価値はある。
 『悪魔のように狡猾な男娼だな』
 効かなかった。別の手を考えよう。
 侮蔑の眼差しで吐き捨てられ、懲りた芝居でうなだれる。僕はもう完全にサーシャの信用を失ってしまったらしい。いや、最初から信用されてたかどうか疑問だけど以前のサーシャは少なくとも僕に利用価値を認めていた。今はそれさえない。皇帝の寵愛を失ったら最後ギロチンにかけられるのが愛人の末路だ。
 『サーシャはもう僕のこと嫌いになった?』
 床にのの字を書きながら寂しげに呟く。眼前では上着のあちこちを切り裂かれた鍵屋崎が疲労困憊で立ち尽くしてる。懲りずにレイジを説得してるらしいが、この距離からじゃ歓声にかき消されて何言ってるんだか聞こえない。あちこち切り裂かれた上着からは薄く血の滲んだ素肌が露出して、男の欲望を刺激する肌の白さが際立った。
 『二度と軽口叩けぬよう舌を切り落としたい程度だ』
 『……そうだよね、僕裏切り者だもんね。役立たずだもんね。半年前は僕なりに一生懸命やったつもりだったけど、結局失敗しちゃったし。最初にレイジ嵌めるって聞いたときはびっくりしたよ、正直怖かった。だって相手はキレたらなにしでかすかわからない東棟の王様だよ?笑いながら怒れるヤツだよ?僕怖くて怖くて、心配で心配で……』
 『心配?』
 ここが正念場だ。うろんげに眉をひそめたサーシャの表情を注意深く探りつつ、俯く。
 『もしサーシャが怪我したらどうしようって』
 『私がレイジに敗北すると事前に予想していたと、そう言いたいのか』 
 『違う違う。そうじゃなくて……サーシャが強いのは十分わかってる、東京プリズンじゃ右にでる者なしのナイフの名手だもの。レイジにだって負けるはずないって信じてた。でも僕心配性だから、ひょっとしたらって考えちゃうんだよ。
 サーシャがレイジに怪我させられたらどうしよう?レイジの姑息な作戦にひっかかって重傷負っちゃったらどうしよう?って。
 僕サーシャのことが心配で、サーシャのことだけで頭いっぱいで……北の人間の私物に手をつけたのは、サーシャとつながり保ちたかったからだよ。
 僕が北の人間の私物に手をつけたことがバレれば、サーシャがお仕置きにきてくれるでしょ。そしたらまたサーシャと会えるでしょ。それを期待して、僕、つい……』
 芝居に興が乗ってきた。自分の嘘に酔いながら切々とサーシャに訴える。胸の前で五指を組み、目尻に涙を浮かべ、嗚咽を堪えるように唇を噛み、恋人の誤解を解こうと必死な演技をする。
 涙は心を溶かす武器。
 絶対凍土の鎧で覆われたサーシャの心を僕の嘘泣きで溶かすことができるかは演技力次第。
 沈黙は長かった。
 押し合いへし合いする人垣の向こう側には鍵屋崎とレイジが対峙してる。怒声と罵声と歓声とが交錯し喧騒に湧きかえる渡り廊下で、僕は息を殺してサーシャの反応を窺っていた。いつナイフが翻り頚動脈を切り裂かれるか生きた心地がしない。汗ばんだ手を握り締め慈悲を乞う演技をする僕を見下し、皇帝が口を開く。
 『主人の歓心をつなぎとめるために盗みを働くとは、愚かな駄犬だな』
 うわ信じちゃってるよこの人。本物のバカだ。
 侮蔑的な笑みを浮かべたサーシャだが、その声は予想外に満足げだった。僕が心よりサーシャを崇拝してると思いこんでるおめでたい皇帝に心の中でガッツポーズ。演技力の勝利。
 サーシャの致命的欠陥はたぶん、周囲の人間が無条件に自分を崇拝してるという先入観だ。自分は偉大なる皇帝なのだから自分と出会う人間はすべて例外なく自分にひれ伏すはずだという誇大妄想。
 おかげで助かった。
 『……しかし赤毛の駄犬よ、寛容な皇帝は主人に忠実な犬は嫌いではないぞ。お前の心がけ次第ではまた飼い犬にくわえてやらぬこともない。私はお前の情報収集力を高く買っている。男娼の仕事柄、看守とも囚人とも肉体関係をもつお前はあらゆる情報の中継点となる。お前をスパイとして飼っていた期間はなにかと北に有利な情報を入手できたのも事実』 
 『交渉成立だね』 
 なんだ、サーシャも内心僕を手放すのを惜しがっていたのだ。心配して損した、全部杞憂だったんだ。あっさり誤解がとけた僕は、サーシャに惨殺される危機が去り金払いのいい上客を取り戻し有頂天になっていた。僕に案内役を頼んだ鍵屋崎に感謝したいくらいだ。今日こうして北棟にこなけりゃ一生サーシャに怯えて暮らさなきゃいけない羽目になったのだ、それを汲めば鍵屋崎は僕の命の恩人ということになる。
 『じゃあ仲直りのしるしに』  
 サーシャの正面に膝をつき、接客スマイルを浮かべる。早速サーシャのズボンに手をかければ、さすがに不審がった皇帝サマが『なんのつもりだ』と疑問を挟む。サーシャのズボンに手をかけたまま周囲を見まわす。北の囚人は殺し合いに熱中してだれもこっちに注目してない。これならバレないだろうと楽観し、媚びた上目遣いでサーシャを見上げる。
 『仲直りのフェラチオ。半年間たまってたっしょ?最高に気持ちよくさせてさせてあげる』
 合点した、というふうにサーシャの警戒心が霧散する。仲直りのキスなんていまどき流行らない、仲直りのフェラチオのが即物的でずっとイイ。サーシャに飼われてたのも半分は性欲処理が目的だったんだから、自分の役割に忠実な飼い犬として皇帝への忠誠心発揮しとかなきゃ。
 サーシャもこの成り行きを歓迎してるようだ。壁に背中を凭れ、愉悦に目を細め、片手を僕の頭においてる。従順な飼い犬をなでるみたいな手つきだった。そして僕はサーシャのズボンを下げ……
 ようとした、瞬間だった。足元にメガネがぶつかったのは。
 『ん?』
 『どうした』
 行為を中断されたサーシャが不機嫌げに呟く。足元のメガネを拾い上げる。囚人の足の間をすりぬけ床を滑ってきた眼鏡には見覚えある、鍵屋崎の銀縁眼鏡だ。
 『ごめん、急用ができた。ちょっと待っててね』
 何故その時腰を上げたのか自分でもわからない。考えるより先に体が動いてた。眼鏡をなくした鍵屋崎は今ごろ苦労してるはず、そう考えたら自然に足が動いて人垣を抜けてた。
 『メガネいったよ!』
 親殺しに親切するつもりはないんだけど、放っといてもよかったんだけど、眼鏡がなけりゃなにも見えない鍵屋崎がレイジに刺し殺されるのは寝覚めが悪い。だからまあ、あれは魔がさしたというか、ほんの気まぐれだったんだ。そうとしか説明がつかない。野次馬の足の間を滑らし、鍵屋崎に眼鏡を届ける。予想どおり鍵屋崎は手探りで眼鏡を探して、僕の声にすぐさま反応した。素早く眼鏡を拾い上げ顔にかけた鍵屋崎、その眼前に出現したのはレイジ。
 『!』
 おしまいだと思った。
 レイジが床を跳躍、直線で疾走。鍵屋崎と決着をつけるつもりだ。まさか王様、本気で鍵屋崎を殺す気かよ?目を疑う僕をよそに、レイジは一気に距離を詰め鍵屋崎に肉薄。親殺しなにしてるの、さっさと逃げなよ!このままじゃ殺られちゃうよ。じっとその場に立ち尽くして動かない鍵屋崎にしびれを切らし、叫ぼうした……
 その時、意外なことが起きた。
 レイジの右手から左手へナイフが移り変わるその一瞬の隙をつき、鍵屋崎の片足が跳ねあがる。鍵屋崎の蹴りはレイジの左手首に命中、容赦なくナイフを弾き飛ばす。中空に大きな放物線を描いたナイフが遠方に落下、素手のレイジが無防備に立ち尽くす。気のせいかレイジが笑った。一転ピンチに直面したというのに焦りも恐怖も感じさせないイカレた笑顔だった。
 次の瞬間、嬉しげに笑ったレイジの頬がざっくり裂けた。
 鍵屋崎の握ったナイフが、レイジの頬を切り裂いたのだ。だいぶ深くイッたらしく、出血が多かった。レイジの血を見て鍵屋崎も我に返ったらしく、凝然と目を見開き硬直していた。そんな鍵屋崎の前でレイジはあっさりと手を上げ、驚くべき発言をした。
 『うわこっえー、降参』
 王様は食わせ者だと、この一件で痛感した。なにが降参だ、普通にヤったら負けることなんてありえない鍵屋崎にわざと負けてみせたくせに。レイジが本気だせば鍵屋崎なんか三秒で死んでた。それを長引かせたのは観客サービスに見せかけた延命作戦だったのだ。
 激怒したのはサーシャだ。サーシャがこんな展開許容するはずない、皇帝への侮辱とってレイジを痛めつけるのは予想できてた。たぶんレイジが両手を挙げた瞬間に、サーシャの頭から僕のことなんか吹っ飛んだ。サーシャにとっては良くも悪くもレイジが一番で、その意味でレイジは皇帝の寵愛を独占してるといえる。
 問題はそれから先の展開。
 サーシャとレイジのディープキスを見せつけられる羽目になるとは思わなかった。しかもサーシャの唾液には麻薬が溶けていた。口移しでクスリ飲まされたら普通の人間は足腰立たなくなる。鍵屋崎は取り乱した、羽交い絞めされた上に大声で喚き散らす醜態を晒してまでふたりを引き離そうとしたけど無駄だった。
 たぶんそれで、キレちゃったんだろう。
 レイジに飽きたサーシャが背を翻したとき、足元に落ちたナイフをとっさに拾い上げ、一散に走り出した。あの時の親殺しは完璧イッちゃってて、冷静な判断力やら正常な思考力やらの一切を失ってた。
 サムライが止めに入らなきゃ、親殺しはサーシャに殺されてた。
 で、現在。
 
 「むかつく。みんなして僕のことけものにして意地悪してむかつく。僕のこと無視してなにそれ新手のいじめ?親殺しはサムライとらぶらぶだしレイジは酔っ払ってるし道化と隠者はキレてるし僕の存在意義ってなにさ!漫画でいうとコマの端っこでボコられていつのまにか退場してる脇役!?ひどいよ、あんまりだ、ビバリーに言いつけてやるっ」
 「しずかにしやがれ赤毛っ、口閉じないと殺すぞ!」
 「できるもんならやってみなよ腰抜け、サーシャの犬が吠えても怖くないね!」
 僕を羽交い絞めしたガキに猛然と食ってかかる。ガキがぐっと黙りこんだところを見ると、こいつは北の兵隊どもの中じゃ下っ端にあたるらしい。だから僕の拘束役なんてさっぱり見せ場のない損な役押しつけられたのだ。ま、見せ場がないのは僕もおなじだけどさ。
 ほんと調子狂う。せっかくサーシャと仲直りしかけて全部がうまくいくはずだったのに、親殺しがとち狂ったせいで台無しだ。僕のバカ、鍵屋崎なんか庇うんじゃなかったよ。鍵屋崎のこと大嫌いなくせになんであの時余計なこと言っちゃったのさ?
 いまさら自分の馬鹿さ加減呪ってもはじまらない。とにかく、一刻もはやく逃げ出さなきゃ大乱闘に巻き込まれて死にかねない。けど非力な僕がどんだけ暴れてもがっちり羽交い絞めされてたんじゃ振りほどけないし、体力消耗するだけだ。さてどうしたもんだろ。
 ひらめいた。
 「あ、サーシャ様が大変な目に!?道化め、皇帝の頭を本の角で一撃なんてひどすぎる!」
 「なんだと!!?」
 ちょろいな。
 僕を拘束してた囚人がパッと腕を放す。その隙にとっとと逃げだす。馬鹿な囚人が後ろでなにか吠えてるけど無視無視。じきにその声が聞こえなくなったのは、敵味方入り乱れての大乱闘に巻き込まれたものらしい。さあ、サーシャに見つかるまえにはやく逃げようと頭を低めて引き返し……
 「腐っても王様なんでね、俺は」
 振り向けば、ちょうどレイジが立ちあがったところだ。
 「せめて自分トコの人間くらい五体満足で帰さなきゃ、格好つかねえだろ」
 ひどい顔色に虚勢の笑みを浮かべ、宣戦布告する王様。その手に輝くのはナイフ。レイジの正面にはサーシャがいた。こちらもナイフを手に、渡り廊下の中央に悠然と立ちはだかっている。
 そうか。
 さっきのは、第一幕。これから切って落とされるが第二幕。今から始まるのが本当の殺し合いだ。
 北と東の決戦、サーシャとレイジの真剣勝負、どちらか一方が倒れるまで終わらないー……

 レイジとサーシャが交錯し、ナイフが閃いた。
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