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09【着せ替え令嬢】

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「さあ、それでは始めさせて頂きます」
 しばしの沈黙が場を包んだ。バーバラ侍女長は気の利かない男性をジロリと睨む。
「マティアス様。アレクシス様がお着替になりますが……」
「え? しっ、失礼しました。外で待ちます」
 マティアスは慌てて部屋を出て行く。アレクシスはクスリと笑った。
 扉が閉まるとアレクシスはすぐさま上着を脱がされ、ブラウスを剥ぎ取られ、スカートを下ろされた。下着はそのままのようなのでホッとする。
「お姿を遠巻きに拝見させて頂きましたが、サイズは合いそうです」
 何着かのドレスが体の前に重ねられ鏡に映る。
「これがよろしいですか?」
「はい」
 アレクシスの表情をバーバラが的確に見抜く。ドレスは決まった。そのまま化粧台の前に着席する。
「それにしても大きいのですねえ」
「生まれつきでして……」
「当然です。どこで作っているのですか?」
 胸と下着の話である。アレクシスはリンドブロム商会が経営する店の名を言った。事情を説明する。
「なるほど……。私の友人も何人か利用していますが、評判がとてもよろしいですね」
「ありがとうございま――、あっ」
 バーバラは肩紐を外していきなり下ろす。二つの巨大物体が解放され、メイクとアクセサリー担当の二人は感心するような表情になる。とんでもお披露目だ。
「ここまで空いたドレス用が、これから必用になります」
 そう言って胸元を指でなぞる。かなり大胆にだ。アレクシスは鏡に映るそれを見て気が気ではない。まんま人目にさらされているのだ。
「こちらで勝手に注文させて頂きますがよろしいですか? 採寸も不要ですし」
 それ用の下着の話である。これもまた商売に結びつくのかと、アレクシスは思った。
「もちろんけっこうです――、あっ」
 バーバラは背中から両腕を回し二つの巨大物体を持ち上げる。
「先ほどの位置はこれくらいでしたでしょうか?」
「は、はい……」
「ここまで上げることは可能ですか?」
 そして二つの巨大物体を更に持ち上げる。
「あんっ……。フィティングで注文すればできると思います」
「寄せることは可能ですか? このように」
「ああんっ!」
 二つの巨大物体は衝突するほどに接近する。強大な力で変形し、より見た目が大きくなった。
「さすがにそこまでは無理かと。以前そのようなアドバイスもありましたので、程度によっては可能かと……」
「結構です。失礼いたしました」
 バーバラが手を離すと、二つの巨大物体は、反動で離れてから重力に引かれやや位置を下げる。
「ふう……」
「失礼いたしました。品質はとても良のにデザインは今一つと聞いております。私もそうだと思います」
「王都の老舗店と競合しないように、との配慮です。あの……、モメたくはないので……」
「なるほど……」
 家族とお店のスタッフとで会議を開き、極力既存店との競合は避けるとあらかじめ決めていた。実用性だけのデザインでファッションとしての付加価値はゼロであるが、これで良いとの結論に至ったのだ。
「勝負用としては使えませんね。どうでしょう。アレクシス様用にデザイナーを入れて一点ものとしての制作ならば?」
「それならば問題ないと思います。勝負用など使わないのでは……?」
「だとしても用意はせねばいけませんので」
「はあ……」
 アレクシスは釈然としないまま、あいまいに頷いた。しきたりなのか伝統なのかは分からないが、そういうものなのだと納得するしかない。
 やっと二つの巨大物体は隠される。

 続いて髪が整えられ、メイクが同時に始まる。
「なるべく自然にいたしましょう。殿下のお好みですから」
 メイクは要所を若干程度だ。長い銀髪はアップされアクセサリーで飾られた。銀のドレスは金糸で彩られたセパレートタイプである。様々な体型に対応するためであろう。
 胸元を飾るネックレスには大きな赤い宝石、そして王家の紋章。一般人が目にするならば、このようなパーティーで王族が身に付けている時だけだ。一城の価値があるとも言われている。
(なるほどですね。装飾品ありきで胸元を開けるのかあ……)
「土台がしっかりしていた方が映えるのですよ」
「土台ですかあ……」
「自信を持ってよろしいかと。かつてそのような王族用に作られた品々もありますから」
「はいっ」
 大きい王族もいた、は自信になる。最後にロンググローブがはめられた。
「いかがですか?」
 アレクシスは鏡に映った自分の姿を見る。そこに冴えない低級令嬢の姿はなかった。
「夢のようです……」
 バーバラは部屋の扉をノックして声を掛ける。カールシュテイン・マティアスが入室した。
「いかがですか?」
 そして今度はマティアスに意見を求める。
「うーん……」
(今一瞬だけ胸元みましたね! 確かに見ましたね?)
「マティアス様が殿下にご報告なさるのですよ?」
「何と表現したものか……」
 そこに立っているのは低級の令嬢ではない。王太子の婚約者となった、この国でただ一人の将来の王妃であった。
「美しい――、いや神々しいですか?」
「王族は神ではありませんから、それは個人的な感想として下さい」
「無粋者で申し訳ないです。なんと言っていいやら……。それでは行きましょう」
「はい」
 二人は廊下に出た。迎賓の間へと並んで向かう。
「殿下から仰せつかっております。アレクシス嬢をエスコートせよと」
 マティアスがたくましい腕を突き出し、アレクシスはそこに細い腕を通す。
「私をですか? それとも胸元で光る王家の秘宝ですか?」
「ううんっ!」
 マティアスは咳払いで返答する。答えようがなく困ったような顔つきだ。アレクシスは意地悪を反省する。
「行きましょう。さて、どういたしますか?」
「まずは主賓に御挨拶いたしましょう。お伝えいただいたとおり、カジュアル気兼ね無いで来ましたと」
「なるほど。では」
 二人は煌びやかな会場に突入した。
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