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37【怒りの令嬢】

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「それでは行って参ります」
「はい、お気をつけて」
 バーバラに見送られ、アレクシスは王宮の地下から伸びる通路を進んだ。突き当たりの階段を上ると、そこは街の一角にある建物の一階である。このような脱出路が、いくつも城から外に伸びているようだ。
 平民姿の衛兵二人に送られて裏路地を少し歩くと、そこにはファールンたちがいた。
 おなじみの気心が知れた四人と、久しぶりに街歩きを楽しむ。いつもの店に行きマレンゴ風を楽しんだ。
「バルブロ様が、何か情報はないかと言っておりましたが……」
「うーん、別にないわ。特に変わったところもないし」
 せっかく聞いてくれたヒルダに申し訳ないが、本当に報告するような話はない。アレクシスの生活は意外と普通だ。
 一日のほとんどは学院だし、夜は本を読んで寝るだけだ。食事も普通である。ヴィクトルに会うことなどもほとんどないない。
 アレクシスは普段の生活ぶりなどを話した。
「何かものすごい女同士の争いでもあるかと思ってたけど、そうではないんですねえ」
「それはそうよ。みんな何か仕事をやっているのだし、暇でもないみたい」
「まあ、そうだよなあ。パニーラは戯曲演芸の見すぎなんだよ」
 パニーラの話をイクセルが混ぜっ返す。戯曲演芸とは王都で人気の大衆向けの芝居だ。貴族令嬢なども街娘に変装して鑑賞しているらしい。王都の密かなブームであった。
 アレクシスはまだ観たことはないのだが、内容は王太子ふうの貴公子が婚約破棄を宣言したりなど、しゃれにならない風刺がきいているらしい。

 食事が終り五人は店を出る。
「ちょっと街を歩いてみたいわ。いいかしら?」
「まだ時間はあります。大丈夫ですよ」
 アレクシスはリーダーのフェリクスに了解をもらう。彼らは今、王宮依頼の護衛任務中でもあった。
「おっと、魔導反応ですね。また一騒ぎやっているみたいです」
「行きましょうよ!」
 警戒を怠らないフェリクスが見つけ、パニーラがノリノリで言う。
「やめなさい、と言いたいけれどこの状況じゃあ、確認も必要かしらね。どうしますか?」
 ヒルダは一応判断を求める。
「もちろん見学よ」
 と速攻で返事をした。今王都で起こるどのような出来事も、アレクシスにとっては何かにつながるように感じられてならならない。
「たぶんアレよ。そろそろだし」
 アレとはあれだ。ヘイデンヴェルム王都での一番の話題。令嬢たちが密かに注目するあの人のことだ。一行は乱闘がおこなわれているであろう場へ急いだ。
(私って野次馬よねー。いやだわあ……)
 パニーラのカンは当たった。仮面の令嬢がまたまた暴れている。
「相変わらずですね。悪い噂のある卸し問屋ですよ。セッテルンド家のね。言い方を変えればリンドブロム家の商売敵、とも言えますけど」
 フェリクスはそう言って肩をすくめる。アレクシスとしては喜んでばかりもいられない。そして憲兵を引き連れたマティアスがやってこないかとキョロキョロと周囲を見回した。まだその兆候はない。
 ただただその実直さを懐かしく思った。
 仮面令嬢は前回と同じように、ごろつきふうの店員たちと大乱闘を演じている。

 一方的な戦いが終わると、アレクシスたちの背後が妙にざわつく。
 野次馬の人垣を割り現れたのは、セッテルンド・デシレア嬢とお付きのメイドだ。そしてセッテルンド家の武装使用人私兵兼冒険者たちが数人いた。
 デシレアはアレクシスと目が合い、鼻を鳴らしてからそのまま仮面令嬢へと進む。
「これ以上の無体は許さないわよっ! 仮面とやら――」
「セッテルンド家の令嬢自らがおこしとは、後始末の掃除にでも来てくれたのかしら?」
「そんなこと言っていられるのも今のうちよ。見なさいっ!」
 デシレアは体を覆っていたマントを投げ捨てた。目を丸くした野次馬たちからどよめきが上がる。
 その体は全体が黒い装甲で覆われていた。鎧である。そして再びのどよめき。
「おい、あれって!」
「ああ、すげえ魔力を感じる。あれは魔導具の鎧だぜ」
「とんでもないものを持ち出してきやがった」
 平和な世ではいくつもの鎧が貴族や軍の倉庫で眠っている。そんなものを街中に引っ張り出してくるなど、デシレアの意気込みが感じられる。
 アレクシスにはそれがかなり珍しい逸品に見えた。
「あんな小娘が使えるのか?」
「すげえぞっ! 令嬢同士の戦いだ」
「「「うおおおおお――!」」」
「いいぞっ!」
「やれやれっ、やっちまえっ!」
 もはやどちらを応援しているかも分からない大声援である。盛り上がりが凄かった。

 仮面令嬢はデシレアに向き直って剣を抜く。やる気だった。
「あらあら、ずいぶんとご大層なものを持ち出したこと。使いこなせるのかしら? 確か漆黒の……」
「大きなお世話よ。決着をつけてやるわ――」
 胸に付いていた黒い面を顔に着けると、そこからいくつも装甲が伸び頭部全体を覆った。各部品の隙間から魔力がほとばしり、動くたびに低い響きが聞こえる。
 そしてデシレアも黒い剣を抜いた。
「――その化けの皮を剥がしてやるわ……」
 これが魔導具現体、漆黒の騎士だ。
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