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05「芸術の世界」

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 お遊びサークル【サンクチュなんとか】とは違い、ここの絵画サークルは本物である。絵を志す学生にとってこの部屋は、選ばれた者たちだけが感じられる刺激の戦場だ。
 扉を開けると数名が反射的に振り向いた。シルヴェリオだと気が付いて隣の生徒に耳打ちする。そして振り向く。場は軽い興奮状態に陥った。
 そしてここの責任者が歩み寄る。三回生のジャンナート・オリヴィエラ。幼少期の絵画教室の先輩。そして今も大学院の先輩。
「あらあら。珍しい来訪者ですね。どうかしたのかしら?」
「絵が懐かしくなってな」
「あなたはここの会員なのですよ。自宅での創作もけっこうですが、こちらにも顔をだしなさい」
 ジャンナート家の高級令嬢。武闘派の家に反発しているが、芸術も戦闘力もなかなかの実力だ。
「すまない」
 二人は姉弟のようなものでシルヴェリオの口調もぞんざいである。おしゃまな姉と生意気な弟の関係が、今も変わらず続いていた。
「いつもの退屈な静物画か、とはいえ気を使って頂いて感謝する」
 本日のお題は南国のフルーツだ。シルヴェリオの家が経営する商会が販売していた。
「最後は皆でおいしく頂きます。評判が良いわ」
「助かるよ」
「さっ、座って」
 来客用のテーブル席に座ると、当番の生徒がお茶を持ってきた。上気した顔に、ティーソーサとカップが緊張でカチカチと鳴る。
「ありがとう」
 さわやかに返すと女子生徒は、精いっぱいの笑顔でペコリと頭を下げた。そんな姿を、オリヴィエラは嬉しそうに見つめる。芸術の神童シルヴ坊やは伝説であり、今はアッツァ芸大の貴公子シルヴェリオなのだ。
「最近のサロンはどんなのが流行なのかな?」
「相変わらず神話画ね。これは不変よ」
「だな……」
 ここで言うサロンとは王政の絵画サロンのことだ。シルヴェリオも若き会員であるが、そこの批評会に出品し高評価を得れば名声を獲得できる。つまり婚約問題も有利にことが進む。芸術家として格が上がり、相手の家も断りにくい。
 最近のサロンについてオリヴィエラは的確に説明した。要は政治化著しくますます芸術からは遠のいているようだ。場違いな権力を振り回す愚民恥民は貴族社会にも大勢いた。この国の芸術は権威と切っても切り離せない存在なのだ。
「やる気になったの?」
「まあ……。ちょっと絵を見ていくよ」
 二人分のカップを持って給湯室に入る。ボーっとしていた女子生徒は弾かれたように背筋を伸ばした。
「ありがとう」
「はっ、はい。いいえ」
「おいしかったよ」
 それから学生たちの創作を見て回った。そしてポイントを見抜き的確に誉める。シルヴェリオには、それがどこか一目見ただけで分かるのだ。

「そろそろ行くよ」
「嬉しいわ。来てくれて」
「うん」
 シルヴェリオはもう一度、芸術に打ち込む学生たちを見渡す。
(大いに悩み迷うがいい。私も五歳の頃はそうだった。それが芸術だよ)
 国家の底辺を支える土台が育っている。芸術の未来は明るいと目を細めるのだ。
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