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01「無慈悲なる婚約破棄」
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ルフェーヴル連合王国の西方、第三王都アジャクシオは故郷でもあります。
私が立つ政務庁舎の一室は、日当たりも眺めも格別でした。この部屋の主を現しております。
「わざわざ訪ねてもらって悪かったね――」
背中を向けて、同じ景色を見ていたその人は私に向き直りました。
「――僕たちの婚約を破棄しよう」
「……」
公爵第一令息のビュファン・アルフォンス様は抑揚のない声で言いました。王族公爵の一人であり、私バシュラール・ディアーヌの婚約者でした。それはほんの一瞬前までのことです。今、私は以前の伯爵令嬢に戻ってしまいました。
それはここに至るまで何度も泣くほど予想していた言葉でしたが、いざ婚約者の声となり頭に響くとまるで悪夢の中の出来事のようにも思えます。
しかし、これはまぎれもない現実でありショックを受けた意識が少し遠くなります。言葉を返せるはずもなく、ただ唇を噛み締めました。
「すまない」
私の愛するアルフォンス様は、まったくすまなそうな顔をしないまま言いました。
「いえ……」
この部屋は彼が王太子になられ、特別に用意された王立政務庁舎の一室。休日の呼び出しに、覚悟を決めてやって来ました。
泣くこともできます。喚き散らすこともできます。アルフォンス様の専用執務室なので、人目をはばからず感情を爆発させることもできます。
私は予想していました。このような結末の不安に毎夜さいなまれ、覚悟は決めていたのです。
だから対処も考えていました。
「わかりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします。正式な――」
「そなたの家に書簡を送っておいた。そろそろ届いている頃だろう」
「えっ……」
少し冷却期間をおけば、アルフォンス様に心変わりがおこり元の鞘に収まる。私の元に返ってくる。私はほんの少しの可能性にすがりそう思っていましたが、もうそこまで決断されていたのです。
その通知を受領し、正式に返答すれば私たちの婚約破棄が成立いたします。
破棄通知の送付はそれほど重いのです。それを、一方の当事者である私に相談もなしにやられてしまいました。
私は更に気が遠くなりましたが、何とか意識を保ちます。
「……分りました。家族で検討させていただきます」
必死に言葉を続けました。伯爵令嬢としての、最低限の威厳だけは保たねばなりません。
「うん、よろしく頼むよ」
アルフォンス様は晴々とした表情でうなずきました。なんともおかしな会話です。ひどい仕打ちをしている本人に、よろしく頼むなど。
だから私は返事を返せません。しかし愛する人、愛しい人からのお願いなのです。
「……はい」
なんとか言葉を絞り出しまし、それだけを言いました。
最近心変わりしたのでは? とは思っていました。幼い頃からのお付き合いです。アルフォンス様の全てが私には分かるのです。
今回ばかりは間違いであってと祈っておりましたが、それは現実となりました。
王太子妃候補からの転落は、令嬢としての死を意味します。こんな女子を、誰が好き好んで相手に選ぶのでしょうか? 私はこれから一生、破棄された女として生きていかねばなりません。
「じゃ――」
話は終わったとばかりに、元婚約者はぞんざいに言い背中を向けました。
もう帰れと言うのですか? 私は立ち話で終る女なのですね……。
フラフラと執務室を退出いたしました。廊下がグラグラとゆれて見えますが、必死に背筋を伸ばして真っ直ぐ歩きます。このようなことがあったなど、令嬢たるもの職員たちに悟られてはなりません。泣いてはいけません。
相手はこの国の王太子殿下です。気丈な振舞いが、ただ一つのはかない抵抗になるかも……。
いえ。そうしなければ、私の存在自体がこの世界から消えてしまうように感じました。
人の幸せが永遠だとは誰も考えないでしょう。それでも自分だけは、と考えるのもまた人間なのです。
家族の皆の顔が目に浮かびました。
私が立つ政務庁舎の一室は、日当たりも眺めも格別でした。この部屋の主を現しております。
「わざわざ訪ねてもらって悪かったね――」
背中を向けて、同じ景色を見ていたその人は私に向き直りました。
「――僕たちの婚約を破棄しよう」
「……」
公爵第一令息のビュファン・アルフォンス様は抑揚のない声で言いました。王族公爵の一人であり、私バシュラール・ディアーヌの婚約者でした。それはほんの一瞬前までのことです。今、私は以前の伯爵令嬢に戻ってしまいました。
それはここに至るまで何度も泣くほど予想していた言葉でしたが、いざ婚約者の声となり頭に響くとまるで悪夢の中の出来事のようにも思えます。
しかし、これはまぎれもない現実でありショックを受けた意識が少し遠くなります。言葉を返せるはずもなく、ただ唇を噛み締めました。
「すまない」
私の愛するアルフォンス様は、まったくすまなそうな顔をしないまま言いました。
「いえ……」
この部屋は彼が王太子になられ、特別に用意された王立政務庁舎の一室。休日の呼び出しに、覚悟を決めてやって来ました。
泣くこともできます。喚き散らすこともできます。アルフォンス様の専用執務室なので、人目をはばからず感情を爆発させることもできます。
私は予想していました。このような結末の不安に毎夜さいなまれ、覚悟は決めていたのです。
だから対処も考えていました。
「わかりました。婚約破棄、謹んでお受けいたします。正式な――」
「そなたの家に書簡を送っておいた。そろそろ届いている頃だろう」
「えっ……」
少し冷却期間をおけば、アルフォンス様に心変わりがおこり元の鞘に収まる。私の元に返ってくる。私はほんの少しの可能性にすがりそう思っていましたが、もうそこまで決断されていたのです。
その通知を受領し、正式に返答すれば私たちの婚約破棄が成立いたします。
破棄通知の送付はそれほど重いのです。それを、一方の当事者である私に相談もなしにやられてしまいました。
私は更に気が遠くなりましたが、何とか意識を保ちます。
「……分りました。家族で検討させていただきます」
必死に言葉を続けました。伯爵令嬢としての、最低限の威厳だけは保たねばなりません。
「うん、よろしく頼むよ」
アルフォンス様は晴々とした表情でうなずきました。なんともおかしな会話です。ひどい仕打ちをしている本人に、よろしく頼むなど。
だから私は返事を返せません。しかし愛する人、愛しい人からのお願いなのです。
「……はい」
なんとか言葉を絞り出しまし、それだけを言いました。
最近心変わりしたのでは? とは思っていました。幼い頃からのお付き合いです。アルフォンス様の全てが私には分かるのです。
今回ばかりは間違いであってと祈っておりましたが、それは現実となりました。
王太子妃候補からの転落は、令嬢としての死を意味します。こんな女子を、誰が好き好んで相手に選ぶのでしょうか? 私はこれから一生、破棄された女として生きていかねばなりません。
「じゃ――」
話は終わったとばかりに、元婚約者はぞんざいに言い背中を向けました。
もう帰れと言うのですか? 私は立ち話で終る女なのですね……。
フラフラと執務室を退出いたしました。廊下がグラグラとゆれて見えますが、必死に背筋を伸ばして真っ直ぐ歩きます。このようなことがあったなど、令嬢たるもの職員たちに悟られてはなりません。泣いてはいけません。
相手はこの国の王太子殿下です。気丈な振舞いが、ただ一つのはかない抵抗になるかも……。
いえ。そうしなければ、私の存在自体がこの世界から消えてしまうように感じました。
人の幸せが永遠だとは誰も考えないでしょう。それでも自分だけは、と考えるのもまた人間なのです。
家族の皆の顔が目に浮かびました。
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