ボドゲタイム

霜月かつろう

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後半

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「えっと。これを振ればいいの?」

 手に持ったのは不思議なサイコロだった。一の目から三の目までしかないのに六面体だ。さっき見つけたものとは違ってキラキラしていない。その木目のサイコロが二つ春の手の中にある。

「そ。そのダイスを二つ振って出た目を足した分だけこのチップの上を進むことが出来るの。奥にある宝物の方が得点が高い可能性があるんだけど。海の底まで潜り過ぎると帰ってこれなくなるから気を付けたほうがいいよ」

 海の底と言うのは比喩なのだけれど妙に不安を煽られて本当に帰ってこれない様な気がしてきてしまう。

 野上千尋のがみちひろと名乗ったその同期生はサークルに入るなり体験させてくださいと、我が物顔で箱の選別を始めてしまった。ひとり取り残された春はどうしていいものか分からずに辺りをキョロキョロと見渡す。その途中で何人かの男の先輩と視線が交差してしまって気恥しくなって千尋のもとへと駆け寄った。

『これってなにするものなの』

 色とりどり、形様々な箱たちは見たこともなくて大事そうに本棚にしまってあるのは分かる。でもそれがなにをするものなのかさっぱり見当もつかなかった。

『ボードゲームだよ。まったく知らない?』

 さっきも言っていたけれど。知らない。すごろく?と聞くと千尋は少し顔をしかめた。

『すごろくもボードゲームの一種だと思うけど。なんていうかもっと奥深いの。考えることがたくさんあって。私も動画見るくらいで実際にやったことはないんだけど』

 そう口にする千尋の目は輝いていて。その瞳を見ているだけでボードゲームと言うものが素敵な物に思えてきた。

『私にもできるかな』

 春が口にしたその言葉は千尋を喜ばせるには十分だったみたいだ。その結果二人でこうやってテーブルをはさんで遊ばせてもらっている。

 テーブルには三角形、四角形、五角形、六角形のチップ。それが蛇行しながら小さい面体から大きい面体へ進むようになんとなく並んでいる。色もだんだんと濃くなっていって。海を潜っていくような感覚に襲われる。

『海底探検って言うんだけど。すごろくみたいなものだから一緒にやろうよ』

 そう言われてわからないままに勢いに押されて頷いていた。そうしててきぱきと準備が進んでいって出来上がったのがそのチップの列だ。

「これを振って進んでいくんだね。で。宝物ってなに?」

「ボードゲームに得点を稼ぐことで勝利につながることが多いんだけどこれもその一種だね。このチップが宝物なんだけど。得点がそれぞれ隠されているの。持ち帰ったチップの裏面に書かれている得点を多く集めたほうが勝ちってこと。宝物はそれをフレーバーとして使ってるの。イメージしやすいでしょ?」

 そうかもしれない。海底に沈んだ宝物であるチップを潜水艦に持って帰ればいいってことらしい。確かに分かりやすい。でも。

「このゲージはなに?」

 同じくテーブルに置かれている潜水艦のボードに書かれている一から二十五までを表す点。

「これは酸素。みんなで共有で持っているチップの数だけ酸素が減っていって」

 千尋が点の上に赤いマーカー置いてそれを動かしていく。ゼロであろう場所には×印が書いてあって。それが意味するところは。

「ここまで減ったら酸素がなくなって宝物を持ち帰れなくなっちゃうんだ」
「なにそれ。こわっ」
「そうだよねー。本当だったら怖いよね。でもゲームだから大丈夫だよ」
「チップってどうやって手に入れるの?」

 チップを手に入れなければ酸素は減らないのだという。であればなるべく持たない方がいいのだろうけれど。それだと勝利に繋がらないと言ったところか。

「ダイスを振って出た目分進んだ場所のチップを取るか取らないかを毎回決めるの。あと、ダイスを振る前に戻るかどうかも決められるよ。引き際が肝心ってやつだね」

 簡単に説明してくれるが。要はすごろくみたいにサイコロの目の分だけ進んで止まったマス。このゲームではチップを取ることが出来る。

「あっ。持ってるチップの数がダイス目から引かれるから要注意だよ」

 なんだかまたルールが増えてついに混乱し始める。

「う。わかんなくなってきた。ボードゲームってこんなに難しいの?」

 さっきからルールが多すぎて頭の整理が追い付かない。これならよっぽど高校までのテストの方が簡単に思えてくる。

「え。あっ。そのごめん。テンション上がり過ぎちゃったみたい。ちゃんと順番に説明するね」

 そう大人しくなった千尋は本当に楽しみにしていたんだろうと思う。動画で見ていただけでは物足りなくなって遊んでみたくて仕方なくなったのだろう。その魅力があるのであれば、一緒に楽しみたいとも思えた。

 順番に説明書を読みながら一緒にルールを学んでいく。『海底探検』はサイコロでコマを進め、誰よりもたくさんの宝物を持ち帰ることを目指すテーブルゲームです。とある。なんでも欲張りな乗組員たちは我先にと海底に眠る財宝を探索したいらしい。でも酸素の供給されるタンクはひとつ。無謀な人がひとりでもいると全員の命が危険にさらされる。そんな中、宝物を持ち帰ることができるでしょうか。そう問いかけられている。

 これがさっき千尋が言っていたフレーバーってことなんだ。ようやく理解するのと同時に自分が潜水艦の乗組員になった気にもなってくる。隣にいる千尋より、より深くに潜って宝物を持ち帰ればいい。でも欲張りすぎると空気がなくなってしまう。だったらサイコロの目をより多く出せばきっと勝てる。

 自信満々にサイコロを握る。さっきの続きだ。

「あれ。千尋」

 もう呼び捨てでいいや、競争相手に遠慮は無用だ。そんなことより気になることが書いてある。

「これ三人から遊ぶみたいなんだけど。ふたりでもできるの?」
「えっ?確かに動画でも四人でやってた……もしかしなくてもダメかも」

 途端に瞳の輝きが消えて落ち込み始める千尋。ああ。そんなんじゃこっちもせっかく盛り上がってきたのにテンション下がっちゃう。

「ね。だったら探しに行こうよ。一緒に遊ぶ相手」

 驚いた表情で千尋が顔を上げてこちらを見てくる。その瞳には炎が灯った気がして春もわくわくしてくる。

「そんな人いるかな」

 私はどうなのさ。そう言いたくなったけれどここでそんなことを言ってもしかたない。

「私みたいにサイコロに反応する人もいるかもしれないし、その辺りに置いてみようよ。そうじゃなくてもゼミに知り合い位できるでしょ。端から誘っていけばきっとみつかるよ」

 そうかもしれない。居ても立っても居られないと言った様子で千尋が立ち上がる。

「よし。じゃ、いこ。仲間探し」

 なんだ。そのワクワクする言葉は。

 慣れない大学生活。見たこともない未知の遊び。

 偶然迷い込んだこの世界はもしかしたら自分を予想以上に楽しませてくれるものなのかもと。

 千尋と一緒にサークル室の扉を開けた。

 後ろで、あいつらなんなんだと呆れた声が聞こえてきて。そういえばまだ、なにも表明していないことに気がつく。

「私たちこのサークル入るのでよろしくお願いしますっ」

 まだ勧誘もしてないのに。そう言っているみたいな表情の先輩たちが妙におかしくて千尋と声を上げて笑ってしまった。
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