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高級住宅街・タイマー・温泉

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 住む世界が違う。そのことを身を持って体験している。同じ小学校に通っていたとは言え、相手が住んでいるのは高級住宅街。私が住んでいるのは市営団地。まずその時点で格が違う。さらに加え年齢を重ねるごとにその差は広がっていった。

 大学、就職、結婚。人生の通過儀礼を行うたびにそれを自覚し、祝いだパーティーだと、誘われるたびに気が重くなっていった。

 だったらさっさとその関係を断ち切ってしまえばいいのだろうけれど。相手に悪意はまったくなく。本当に仲のいいひとりとして扱ってくれている。それを踏みにじるようなことはできなかったのだ。

 それがついにはふたりっきりでの温泉旅行に繋がっているだなんて思いもしなかった。

 子どももそれなりに大きくなって、落ち着いてきたし、ふたりで行こうよ。そう誘われた。断ることはもちろんできたのだけれど。小学生のままの屈託のない笑顔に、やっぱり私は逆らうことができない。

 荷物を億劫なままにまとめている今も、後悔はしても、もう一度チャンスがあろうとも断らない私には気が付いている。

 めんどくさいやつ。自分の事をそう評価する。それに一緒に居ることがすべて苦痛ってわけではないのだ。なんだかんだで楽しい。でも、相手の言葉の端々から読み取れる格の違いに自分のことが嫌になる時があるそれだけのことだ。

 だからこそ、めんどくさいやつ。

 一通り荷造りを終えて。そそくさと、その荷物を隠す。隠さなくては目にした夫に嫌味のひとつでも言われかねない。温泉に行くことは伝えてあるけれど、まさかそんな豪華な場所だとは思っていない夫に詮索されるわけにはいかない。

 身の丈に合っていないことをしているから、こんなことにも気を使わなくてはならない。

 やっぱり、ふたりの関係を終わらせてしまったほうが生きやすいのではいだろうか。そう考える度にまるでタイマーが時を減らしていくように、心がすり減っていくのが分かる。

 私の数字はあといくつ残っているのかは分からない。でも、あの屈託のない笑顔を思い返す度にそのタイマーの数字が少しだけ増える。

 あと少しかもしれないし、もっと長いのかもしれない。でも、あなたとの関係を切れない自分でいたいと思う。

 めんどくさいけど。よろしくね。

 そう、心の中で相手へと言葉を贈った。
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