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ローマの休日・エクスカリバー・プロトコル

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 プロトコルの設定を見直してください。

 そう数字の羅列とともに送られてきた暗号みたいな手順書を指示通りに進めようとして大きくため息を吐き出してしまった。

「これまた盛大っすね。パソコン直りそうですか?」

 なんだかよく分からなくなっちゃって。どうにかしてくださいです。そう頼ってきた当の本人はいたって気楽な気分で店の中を練り歩いている。平日の店内はお客さんもまばら。となれば本部からの指示をこなすタイミングではあるのだけれど。その肝心の指示を確認するためのパソコンの通信がおかしい。と言うことだ。

「ああ。本部から指示は来たよ。とりあえずは指示通りにやってみる」

 指示が飛んできたのはタブレットだ。そちらは繋がっているので通信自体に問題が発生しているわけではないらしい。先ほど電話で話したシステム担当者が面倒くさい案件だと言わんばかりの態度を示してきた。

 ローマの休日みたいに店を抜け出したい気分だ。あとのことはそこのお気楽な後輩にぶん投げてしまえばいい。きっと持ち前の明るさでなんとかしてくれるに違いない。

 もっとも、割を食うのは周りの子たちなので投げ出したりはしないのだけれど。

「さっすが先輩。頼りになりまっす」

 頼りにしてばっかりじゃ困るんだよ。ちょっとは自分でこのあたりの作業もしてくれないと。迂闊に昇進を押し進めることもできやしない。このまえだって部長に『教育の方は順調かね』なんて聞かれて。評判だけはいいもんだから、『さっさと上げてくれないと君の評価にも関わてくるよ』なんて脅された。

 評判がいいのは本人の気質の問題だ。上手くやっているのは分かるよ。でも、それは人付き合いの面でだけだ。自分でやることはほとんどない。調子よく他人を使って成果を出していっているだけだ。それではいずれつまずいてしまう。そうなる前に、自分でやれるようにしてやりたいのだけれど。

 鼻歌交じりに離れて行ってしまう後輩にエクスカリバーを抜かせてあげたい。そう思うのは甘やかしすぎているのだろうか。獅子のように崖から落としてあげたほうが早くて確実なのかもしれない。でも、それだと今の時代、問題になりかねない。

 ことは慎重に進めなくては。たとえ自分の評価が下がってしまってもだ。

「先輩ー。まだです? 早く取り組まないと間に合わないっすよ」

 その言葉で自分の中のなにかがはじけ飛んだ音がした。

 そのあとの事は覚えていない。思い出したくもない。それだけの話だ。
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