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インテリジェンス・インセンティブ・インスリン

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「僕はインテリジェンスなのさぁ」

 鼻につく言い方というのはこういうことを言うのだろう。しかし、その感想を見ている人に抱かせたということは褒めなくてはならない。なぜならそう言う演技だから。

 コミカルな舞台だがそれが故に演技力が試される場面がある。今練習しているのもそのシーンだ。

 なにがインテリジェンスかしらないが。脇役のひとりの決め台詞が先程の鼻につく言い方のセリフだ。まったく。こんな脚本書いたのはだれだ。ちっともインセンティブを払う気になれない脚本だ。だれに頼んだらこんな脚本になるのか。気になるところだけれど、ここまで来て覆すことも出来ない。先に進むしか無い。

「だから僕の言っていることは間違ってないんだぉ。分かるだろうぅ?」

 インテリジェンスだと間違えないのか。そもそもそのキャラ付けが間違っているとだれか言ってやらないのか。自分が言えるのが一番なのだけれど、一番の下っ端にそんなことを言えるわけもない。

 間違ったサークルに入っちゃたよなぁ。

 後悔しても遅いよなぁ。最初に脚本を読んだときにでも逃げ出せばよかったのだ。嫌な予感はしたのに。先輩たちのやっていることだ。きっと演技すればちゃんと面白いのだと自分に言い聞かせてしまった。

「だからお前にはインスリンを打ち込まなくてはならないぃ」

 どうしてだ。インスリンなんて気軽に打ち込むものじゃないだろう。まじで誰だよ。この脚本書いたの。

「はいっ。オッケー。一旦休憩にしようー」

 その掛け声とともに演者が散り散りになっていく。そのうちのひとりに水の入った
水筒を持っていく。それも雑用としての自分の仕事のひとつだ。

「あっ。俺今日いらないからぁ」

 キャラが抜けきっていない先輩。つまんないキャラでもちゃんと演じきるのだから偉いと思う。この先輩がいなければとっくに辞めていたのに。辞め時を逃したっけか先輩にのめり込んでしまった。だってかっこいいのだ。鼻につくセリフだってちゃんとやり切る。そんな先輩に憧れるのは当然だ。でもいらないってどういうことだろう?

「自分で書いた本でちゃんとセリフ入ってないのってカッコ悪いじゃん? ちょっといれくるよ」

 爽やかに去っていく先輩の背中を眺めるのは最後になりそうだった。
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