上 下
65 / 143

厳戒態勢・伝言ゲーム・甲府

しおりを挟む
 山梨県甲府市。南に富士山。北に八ヶ岳。太宰治によれば「シルクハツトを倒(さか)さまにして、その帽子の底に、小さい小さい旗を立てた、それが甲府だと思えば、間違いない」とのことだ。地図を見たけれど正直よく分からないと思ったがそれは当然だった。

 平成の大合併によって大きくその形を変化させた甲府はもはやツチノコの様に長細いものになっている。

 なんでそんなことを考え始めたかと言えば甲府へ社員旅行へ行くことになったからだ。せっかく山梨兼に行くのに富士山の麓である、富士吉田市や八ヶ岳の麓の北杜市でもなく山に囲まれた平坦な盆地にわざわざ行くらしい。

 武田信玄のゆかりの場所くらいしか見て回る場所もないらしい。

 まあ、一泊二日の安旅行ならそれもしょうがない。

 それにしても積立していた旅行金からすると随分としょっぱい旅行になった気がすると噂になっていた。まるで伝言ゲームのようだが、だれかが増やそうと投資をして減らしてしまったなんて噂もある。流石に眉唾ものだとおもうけれど、大投資時代。半端な知識で手を出してしまったなんてことがあっても不思議ではない。

 まあ、流石に無理があるか。それとも、そこに手を出さなくてはならないくらい会社が傾いていたりするのだろうか。いや、あったら社員全員参加で旅行になんて行っている場合じゃないか。

 だれかがそんな噂をしていないかと一週間ほど耳を周りの会話に傾けるけれどそんな情報は入ってこなかった。ただ単に行くところもなく日数を使うわけにも行かず、安旅行になっただけなのだ。

『なぁ。今度の旅行ってなんで甲府なんだ?』

 そんな風に思ったときだった。上司たちがそんな話を始めた。思わず耳がその方向へ向く。

『なんでも社長だけが残って仕事を回すらしいしな。旅行って言うより社員をちょっとだけ会社からいなくさせるために理由づけなんじゃないかって噂だぜ』

 おっと。また新しい噂だ。しかしそれが確かだとして社長ひとりで会社でやりたいことってなんだ。そんな理由があるのか。

 厳戒態勢とは全く反対の無防備な会社。やることと言えば抜き打ちチェックとか、会社の情報の漏洩とか? いや、しかし漏洩されて困るような仕事をしていないよな。この会社……。

 ふむ。分からない。そんなことを考えながら旅行までをもんもんと過ごしたのに、旅行に社長がいるのを見つけて。疑わなかった自分を恥じた。

 噂を何も考えずに信じるもんじゃないな。
しおりを挟む

処理中です...