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霜月かつろう

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見知らぬ世界

見知らぬ世界 その1

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 ここはどこだ。
 それが一番最初に思ったことだ。それ以前の記憶はなかった。自分がどこから来たのだとか。自分が誰だとかそういたものが欠けている。そう気がついても気分が沈んだりもしないのはそもそもその記憶がないからなのだろうか。
 自分の身体を確認するが、問題がありそうな箇所は見当たらない。疲れも無ければ痛みもない。
 続けて辺りを見渡す。
 それなりに都会。というのはわかる。それが都会だとわかるだけの知識もあるらしい。けれども、自分以外の人間が見当たらなず、立ち並ぶビルにもその気配はない。高層ビルの類するであろう高さのビルたちも同様だ。空を遮るほどの高さのビルたちはなぜだか崩れかけているし、草木で覆われ始めている。それに例外はない。
 メンテナンスがされていないのがはっきりとわかる。
 誰かに今の状況を聞きたかったのだが、見当たらないので仕方なく歩き始める。アテもない移動はすぐに疲労が溜まるなと少し歩いては休憩を繰り返していたが、途中から立ってるのも辛くなっていった。そこで初めて自分が空腹に気がついた。
 食べるものがどこかにないかと辺りを見渡すが、どこも同じように廃墟と化したビルが立ち並ぶ。高さはまちまちだし、崩れ具合もそれぞれなのだけれど。どれも共通しているのは人の気配がないということだ。それは同時に食べ物の気配もないことに繋がる。
 看板が掲げてあるところも斜めになっていたり、看板はちゃんとしていても扉が壊れて中は何もない。そんなビルばかりだ。ガラス張りの中には独自の植生が存在しているようにすら思え。人間が立ち入る場所でない印象すら受ける。
 人間が作った建造物を他の生物が占拠している光景は不思議なものだ。
 ふと、そう感じるだけの記憶はあるのだと疑問に思う。腹は減っているし、自分が何者かもわからない。なんとなく食べ物を探しているがどうして生きようとしているのかも理解できやしない。そんな自分に生きている意味なんてあるのだろうか。
「えっ?」
 そんなふうに考えていたら突然目に飛び込んできたのは雑居ビルの地下へ向かう階段。その先にあるきれいな扉と電灯に照らされている看板。初めての人間の気配だった。
 考える間もなく、そこへ足が向かう。誰かに会えば自分が何者かわかるかもしれないと思ったら身体が動いていたのだ。
 コンクリートの階段を駆け下りると、木製の扉をノックする。
 しばらく待つが中から反応はない。もしかしてここにもだれもいないのだろうかという不安が浮かび上がる。思い切って扉を開く。
「いらっしゃい」
 グラスを拭きながらマスターらしい人がこちらに気がついて迎えてくれた。店内は薄暗いながらも明かりが点っていて、棚には瓶がズラリと並んでいる。置かれた銘柄はわからないがお酒であることは理解できる。
「どうしたの? お客さんだよね? こっちきて座りなよ」
 店内はカウンター席がズラリと並び、そこだけでざっと10人は座ることができそうだ。テーブル席も複数見える。
 マスターは促されるままにそのカウンター席のひとつに近づく。足が伸びていようと浮くその高さのイスに戸惑いを覚えつつも腰掛ける。
「どこからきたんだ。ここにひとりでたどり着けるとは珍しい」
 マスターは四十歳過ぎに見える。身体は鍛えているのか目立ちはしないものの筋肉が目立つ。髪の毛はすべて後ろに流して固めているのかピシッとしている。
「ここはどこなんだ。俺にはまったく記憶がなくてさまよっていたらここを見つけたんだ」
 辺りを見渡すが他のお客さんはいない。食器類が置いてあるということも見受けられないので、帰ったばかりというわけでもなさそうだ。ようやく会えた自分以外の人間だと言うのにその光景から不安が拭い切れない。ここにはなにかある。そんな予感がある。
「なるほど。なるほど。ここはエンドロールバー。このあたりでは最後まで残っているバーだ。君みたい人はよく訪れる。なんでも質問してくれていい」
「俺は誰なんだ」
「悪いが知る由もないな。申し訳ないが自身で思い出してもらうしか方法はないな」
  もしかしたら、思っている以上に同じような境遇で訪れる人が多いのだろうか。慣れた様子のマスターに違和感はある。
「その方法はわかるんですか?」
「わからないな。それこそ人それぞれだ」
 埒が明かない。自分に対しての質問でヒントは出てきそうもない。
「ここはどこなんですか」
「さっきも言った通りだ」
「そうじゃなくて、外の光景はなんだ。壊れてるビル。人の気配も動物の気配もない街。植物だけが成長し繁殖し、あんた以外の人は見ていない。まさか他に人がいないってわけじゃあるまい」
「境界線というものがある」
「なんの話だ。それがどうした」
「まあ聞け。今の世界には境界線がある。世界にモンスターが存在する前と後だ」
 モンスター。一体なんの話だ。
 もしかしたら思っている以上に事態は大きいのかもしれなかった。
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