ボドゲデイズ

霜月かつろう

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所詮は遊び

所詮は遊び その7

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「おまたせ。おっ。盛り上がってるねー」

 店長がやってきたのはちょうど千尋がグラグラ揺れるスティックスタックに棒を置こうとした直前で。決着が着くか着かないかの瀬戸際だったので、この時から店長は間が悪い男として美穂たちの中で定着することになる。

「店長が急に話しかけるから倒しちゃったじゃないですか」

 片付けをしながら珍しく千尋が終わったゲームに対して文句を言っている。いつもはサバサバと割り切っている印象なのに。やっぱり、例の彼がいないのが不機嫌の元だろうか。

「本当に申し訳ない」

 店長が簡単に頭を下げるのもどうかと思うのだけど、軽い冗談なのがわかっている。今この瞬間にお客さんが入ってきたら尻込みしそうだけど。

「さっきよりは機嫌良くなったみたいだけど、一体全体どうしたんだい四人そろって」

 春が勢い任せに説明し始めたのだけれど感情が乗りすぎていて要点が掴めなく、店長が困り始めているところで千尋と美鶴が助け舟を出す形で説明は進んでいった。

 店長はその間、話を切ることはなく。うんうんと頷いているだけだ。

「ひどいんです」
「横暴じゃないですか」
「店長。先輩としてなんとか言ってやってください」

 などなど。最後あたりは文句というより悪口になり始めた頃、ようやく店長が大きく頷いた。

「じゃあ。ボードゲームってみんなはなんだと思う?」

 あーだ、こーだ言っていたのだがその言葉でシーンと静まり返る。そんなことさっきからずっと考えているのだ。でもちっとも答えなんて見つからない。おもちゃ。遊び道具。コミュニケーションツール。一言で表すのは非常に難しい問題だ。

「ゲームなんだからルールがあって順位を競うものは全部そうだと思ってました。それでいてデジタルじゃないもの。アナログゲームとか卓上ゲームとも呼びますよね?」

 ボードゲーム大好きな千尋らしく率先して答えていく。確かにその認識もある。きっと間違ってないと思う。それも答えのひとつだと思える。

「そのとおりだね。その考え方で合っていると思うよ。広い意味でのボードゲームって言うなら基本的にはテーブルの上で遊んでいる以上そう分類してもいいと思う。最近だとスマホのアプリを使ったものや、ARやVR空間でもボードゲームはある。それらもデジタルで遊ぶものだけどボードゲームとして扱ってもいいと思っている。例えばこのあいだみんながやっていた犯人は踊るだけど、カードしか使わないゲームだからカードゲームじゃないかと言う人もいるんだ。ボードを使っていないんだからボードゲームじゃないってね」

 店長が一息に話し続けるものだから三人とも聞き入っている。もちろん美穂自身もだ。

「日本だととくにカードゲームってトレーディングカードゲームのことを連想する人が多いから、それと区分けするためにボードゲームっていう言葉が広まっている感じもする。でも、もともとカードだけだってボードゲームと言う呼ばれ方をしてきたから。今更どうこういってもボードゲームはボードゲームだと思う。マーダーミステリーやTRPG(テーブル・トーク・ロールプレイング・ゲーム)
がボードゲームの中に入るとかは今でも話題に上がるくらいだしね。きちんと定義が出来ているわけじゃない。その中で……」

 店長は片付け終わったスティックスタックの箱を手に取る。

「こういったパーティーゲームと分類されるようなゲームがボードゲームかボードゲームじゃないかと聞かれたらボードゲームだよ。みんなで楽しむものは全部ボードゲーム。それでいいと思うけどね」

 なんだか含みのある言い方に店長の次の言葉を待っていると、セカンドダイスの入り口が空いた音がした。扉についたベルでみんなの意識が泳いだ。

「あれ。店長どうしたんですか。珍しく難しい顔して」

 そこにいたのは例の彼だ。夕方からのバイトで出勤したというところだろうか。つい千尋の表情をうかがってしまう。必死に隠しているけれど、嬉しそうな顔をしている。犬だったら尻尾を振っていただろう。

「ああ。智也くん。おはよう。早速だけどボードゲームってなんだと思う?」

 店長からのいきなりの質問に当然、例の彼は戸惑ったようだ。なぜだか千尋までそわそわし始めてる。そこまでいくと目障りに思えてくる。いちゃつくならもっと隠れてやるか堂々とやって欲しいものだ。

「その辺の線引きって難しいところですよね古典的なトランプゲームをどう捉えるか。ウォーゲームは。ミニチュアゲームは。なんて考えだしたらきりが無いと思います。歴史が深くないのもあってハッキリとした定義はなされてないですし、まあ人それぞれでいいんじゃないですかね。単なる呼び方ですし。その辺の区分けをする必要がない気はします。まあ僕はここのスタッフなんでとりあえずここにあるものは全部ボードゲームです」

 にこやかにそう答えるのを見て千尋にお似合いな相手だと心底思ったし、ちょっとだけだけど羨ましく思ってしまった。知らないうちにじぶんのことと比べてしまう。その劣等感がチリのように心の奥底に積み上がっていっている。

「まあ。というわけでボードゲームをどう捉えるかは人それぞれってこと。おんなじサークルだから付き合いもあると思うけど、そこんとこは人間関係どれも一緒かなと思う。先輩としてその人に忠告はしておくよ。楽しんでる人の邪魔をしていい理由にはならないのは間違いないからね」

 そう店長がニッコリするのを例の彼が不思議そうに見ていて、その彼を千尋が見つめている状況に耐えられなくなる。美穂の頭に浮かぶのは見たこともない将来の結婚相手の黒く塗りつぶされた顔だ。見たことがないのだからどんな顔か分からなくて当然なんだけれど、未来の自分の姿を想像してしまって自分で気分が悪くなってくる。

「顔色悪いよ。大丈夫」
「だ、大丈夫」

 そう口にする以外言葉は出てこない。顔さえわかればもっと諦めたり考えたりすることもできるのだろうか。でも、家に届いた写真は開かないでそっと部屋の片隅に置かれたままだ。開きたくもなかった。

 見ちゃったら比べながら探しちゃうもん。それはきっとそのうち妥協につながってしまう。妥協なんかしちゃいけない。それは母のことを思えばこそだ。いや、母とおんなじ道を歩みたくない一心でだ。

「今日はもう解散しようか。テスト終わりで疲れたし。明日からは夏休みだし」

 美鶴が気を使ってくれるのが心苦しい。千尋といるとほんと調子が狂う。それが決して嫌な感じだけじゃないってところもまた不快だ。

「今日のところは帰ろっか」

 そう真っ先に提案してくるのも千尋だ。一番ボードゲームで遊びたいくせにと思わないでもない。いや、卑屈にな
っている。ただ、そう気を使われるのが嫌なだけだ。

「そうするといいよ。今日のきみたちはどこかふわふわしているしね。一晩寝ればスッキリするかもしれない。それにボードゲームのことを知りたいなら行ってみるといい場所があるんだ」

 そう店長はなぜだか自信満々にそう言った。
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