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24 準備
しおりを挟む優雅に踊る、貴族の男女。周りの人々は、そんな彼らをお似合いだと言っています。
そして、兄と踊る私を、嘲笑するのです。
「なぜ、彼らは婚約をしていると思う?」
「親が決めたから、ですよね?」
「そうだね。なら、なぜ親はそう決めたのだと思う?」
踊りながら、兄は私に問いかけます。その答えを兄は知っているのでしょう、私に自分から答えを出す様に促しているようです。
「そのほうが家のためになるから。貴族の婚約とは、そういうものだと聞いています。」
「そうだね。でも、その意味も薄れつつある。それに、彼女との婚約は・・・平和な世だからこそなんだよね。」
「平和・・・」
「リリちゃんは知っているか?今は戦争をしているんだ。それを見ようとしない。見たいものしか見ず、平和だと思い込んでいる・・・それが今。」
今は、平和ではないということですね。そして、マーレイフィ様との婚約は、平和だからこそなされたもの。なら・・・
「あの2人は・・・」
「もうすぐだよ。あと少しで、みんな目を覚ますことになる。」
曲が終わり、兄と顔を見合わせた。
「それまでは、俺の手を取っていて、マイシスター。」
繋がった手を引かれて、その手の甲に口づけを落とされた。
周囲から悲鳴が上がって、次の瞬間に兄も悲鳴を上げた。
「ひぎゃっ!?」
「このシスコン。」
いつの間にか兄の背後にいた彼のかかとが、兄の頭に命中し、兄は崩れ落ちる。彼は、目が笑っていない笑顔で兄を見下ろした。
「ガゼル、一生独身で暮らすつもりかな?確かに君の妹はかわいいけれど、君のその態度は異常だ。悪影響だよ、クラスメイトに。わかったかな?」
「何言ってるか、わかんねーよ。お前のその笑顔の方が悪影響だろっ!」
「笑顔は、貴族のたしなみだよ?」
「笑顔が何のためにあるか、よーくお前は考えたほうがいいぞ!」
一時はシーンと静まり返りましたが、2人のやり取りに険悪なものがないと気づき、クラスメイト達は賑やかになります。
こうやって見れば、悪い人たちには見えないんですけど・・・まぁ、別に良くても悪くても関係ありませんね。
すべての授業が終わり、私は武道場で審判の仕方をヴィヴィにならっていました。
まずは、雰囲気だけでも味わおうと言われて、隣に立つヴィヴィの言葉をそのまま発して審判をしました。これだけでも緊張しますね。
ちょうど模擬戦に区切りがついたころ、武道場の外から私を呼ぶ先生が現れました。見たことがない先生ですが、呼ばれたのでは仕方がありません。私は先生に駆け寄って、武道場を後にします。
先生は、武道場の脇にあるちょっとした空間のある場所に私を招きます。
「リリ・ドーナルドさんだよね?」
優しい声で尋ねられました。どうやら、悪意はなさそうなので安心です。
改めて先生を見ると、中世的な顔立ちをした男性で、肩まで伸ばした髪がさらさらと風になびいています。どうやら、風よけになってくれているようですね。こちらには全く風が来ません。
「はい。」
「・・・失礼に当たるかもしれないけど、雪見会のドレスは用意できそうかい?」
雪見会のドレス。客側には必須のものですので、もちろん用意してあります。兄がプレゼントしてくれたのですけどね。5着くらい。
そんなに着ないとは思いますが、最初で最後だからって押し付けられました。嬉しいですけどね?
「はい。兄が用意してくれましたが?」
「そうかい。それは失礼したね。ただ、君の転校は急に決まったことだから、ドレスの用意が間に合わないかと思ってね。用意があるなら結構、時間を取らせてすまないね。」
「いいえ。・・・その、もしも用意がなかった場合は、どうするつもりでしたか?」
「学校側でドレスの貸し出しがあるから、それで借りてもらおうかと思って。平民用のサービスだけど、制服で出るよりはいい。」
「お気遣いありがとうございます。ところで、先生は貸し出しの担当の方なのですか?」
「・・・」
困ったような顔をして、先生は耳の辺りを触った。どうやら、貸出担当ではないようです。おそらく、私に貸し出しについて伝える義務もこの先生にはないのでしょう。
そういうのは、担任の仕事のはずです。
「先生、詳しく聞かせていただけませんか?」
「参ったな・・・君に直接聞くべきじゃなかったようだ。」
「そんなことはありませんよ。」
私は先生から経緯を聞いて、思わず笑みが浮かびました。
これは、使えますね。
いいことを思いついたので、私はすぐに行動に移しました。
そして、次の日。
兄が難しい顔をして話があると、廊下の人気がない場所に私を連れて行きました。
「話ってなんですか?」
「・・・困ったことがあるなら俺たちに言ってくれ、マイシスター。」
「わかりました。」
「・・・昨日、担任に何を相談した?」
「たいしたことではありません。」
「なら、聞かせてくれるか?」
「・・・」
真摯な瞳が私を見下ろします。心配、助けになりたいという気持ち。嬉しくなるくらいにあたたかい瞳が、すぐそばにありました。
本当の妹ではないのに、本当にいい兄です。
「ねぇ、お兄ちゃん・・・私が何か知ってる?」
「・・っ!」
見開いた瞳を見て、私が魔物だということを知っているのだと確信しました。それでも、この人は私を妹と扱ってくれていたのですね。自然とほほが緩みます。
「私、お兄ちゃんよりずっと強いよ。」
「・・・強くたって、お前は俺の妹なんだ。兄は、妹を守るものだ。」
「守られてるの、知ってるよ。お兄ちゃんが私よりも早く学校に来る理由も、無理に時間を作って一緒にお昼ごはんを食べてくれていることも。」
「リリちゃん・・・」
兄が私よりも早く登校するのは、私の汚された下駄箱を掃除するため。
無理にお昼を一緒にするのは、誰もいなければより多くの陰口をたたかれるし、危害を加える可能性があるから。
「平和だって夢見てる人間に、私が負けるわけがない。だから、心配はいらないよ。担任の先生がどんな人かだって、ちゃんとわかっているんだから。」
「・・・そう、か。何か考えがあるんだな?」
「うん。お兄ちゃんたちに考えがあるようにね。」
「・・・わかった。俺はリリちゃんの意思を尊重する。たぶん、手助けもいらないんだろ?」
よくわかっている兄だ。私は笑って答えた。
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