死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

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98 それぞれの思い

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「プティ様。」
 一人部屋でくつろぐプティの前に、黒い影が現れた。サオリの知るオブルではない、その部下だった男だ。

「王都の状況は?」
 顔を上げて、ウォームの王都について尋ねるプティだったが、その状況についてはあまり期待していなかった。

「勇者を処刑すべきだという声が上がっています。それを支持する者も多く、手遅れかと。」
「・・・そう。なら、仕方がないわね。」
 プティは、近くにあった黒い腕輪に触れる。その腕輪には、赤、金、緑、銀、青、茶、ピンクなどの宝石が埋め込まれていた。サンプルとして渡された腕輪を悲しげに見つめ目をつぶる。

「シナリオは、もう決まっているのでしょう。私はただ、そのシナリオに沿うだけ。王の御心のままに。」
「陛下も、苦しんでおいででした。だが、この道しかないと・・・」
「わかっているわ。国は、王族は、勇者のためにあるわけではない。たとえ、サオリに憎まれようとも・・・」
 目を開けたプティは、腕輪を睨みつけ、青色の宝石を外した。

「私は、魔王討伐隊である前に、王族なのだから。」
 青石を握りしめて、腕輪を手に取ると目の前の男に渡した。

「これでお願い。」
「・・・かしこまりました。」
 男が消える。それを見届けて、プティは静かに涙した。



 その頃、魔国のとある城にて、ルドルフはバラの手入れをしていた。
 その様子を遠くから眺めるラスターの目は、いつもの残酷な光など一切帯びることなく、ただ孫を見るおじいちゃんといった優しい光を宿していた。

「見られていると、居心地が悪いのだが。」
「申し訳ありません。ですが、臣下の視線など空気と思っていただかなければ、この先生きていけませんよ。」
「生死にかかわることなのか?」
「人間ならば・・・精神的ストレスを与えただけで、簡単に死んでしまう。そういう弱い生き物ですからね。」
「俺は魔族だ。」
「存じております。」
「・・・お前の話はよく分からないな。」
「人間をこの城に迎えるなら、人間のことをよく知っておくべきですよ。たとえ、それが人間離れした存在でも、人間であることに変わりはないのですから。」
「なるほど、わかった。だが、それならわかりやすく最初からそう言えばいい。」
「申し訳ございません。このような言い回ししかできないのですよ。それにしても、あなたがバラを育てることになるとは思いませんでした。」
「・・・待て、それはどういうことだ?人間を迎えるには、バラを千本育てる必要があると言っていたはずだが?」
「おや、千は間違いでした。百ほどですよ。そのバラを持って、プロポーズされるというのが、向こうの世界では理想の告白形式なのですよ。」
「・・・プロポーズとはなんだ?」
「相手に結婚を申し込むことです。」
「それは知っている。だが、誰が誰にプロポーズをするのだ?」
「・・・そこからですか。」
 一瞬間があったが、これはこれで面白いかと思い直したラスターは、おもちゃを見つけたような笑みを浮かべる。

「おい、何を企んでいる。」
「いえいえ、企むなんて・・・そんな。」
「俺はごまかされない。お前は、今ものすごく悪い顔をしている。それは、何か俺に対して企んでいるときの顔だ。」
「それは違いますよ。あなたに対してだけでなく、誰に対して企んでもこの顔をしますよ、私は。」
「・・・認めたな。」
「くくくっ。ですが、悪いようには致しませんよ。きっとあなたは最後には私に感謝することでしょう。」
 ラスターの言葉に、今までのことを思い出したルドルフは、ラスターの言葉を信じることにした。なぜなら、彼はラスターに今まで感謝してきたからだ。たまに、本当にまれだが、殺してやろうと思ったこともあったが、最後には感謝した。

「城の内装も変えたほうがよろしいでしょう。少し、殺風景すぎです。」
「華美は好まない。それは、サオリも同じだろう。」
「・・・このような城では、地下牢を思い出すのではないですか。」
「業者を呼べ。」
「かしこまりました。」
 スキップでもしそうなほどご機嫌に、ラスターは立ち去った。

「そういえば、あいつには内装について何度か言われたな・・・サオリを出しに使われたか?」
 しかし、言われてみればルドルフの城は、地下牢と似通ったところがあった。必要最低限のものしか置かないので物が少なく、おまけに夜目がきくので明かりをつけていないせいで、暗く陰気な雰囲気だ。人間の城を見たおかげでそのことに気づけた。

「クリュエルに感謝・・・はできないな。やはり、あそこには憎しみしかない。」
 サオリ、勇者の力を見極めるためとはいえ、サオリを見捨てたことがルドルフに肩にのしかかる。あそこで救っていればという場面は何度もあって、冷酷にそれを見て聞いていた自分は、なるほど魔族なのだろうとルドルフは納得した。

 それでも、この先彼女を一番幸せにできる自信が、ルドルフにはあった。だから、彼女をこの城に迎える。

「クリュエル人もウォーム人も変わらない。人間は、愚かで残酷だ。」
 自分たちの都合で召喚した勇者、その勇者に救われてもなお、愚かな怒りを鎮めることなく、残酷な要望を叫ぶのだろう。

「全員・・・滅ぼしてもいいかもしれないな。」
 本気でそう思ったが、すぐにそれを否定した。
 人間には、やはり人間が必要だ。そう、サオリのためにも、滅ぼすわけにはいかない。

「全人類奴隷化か。」
 サオリの突拍子もない構想を真剣に考え始めるルドルフであった。



 それは、偶然のことだった。
 アルク、リテ、ルトに自らの技を教え込むため、森に来ていたオブル。今は解散しており、気配を絶ちながら互いの気配を探る訓練をしていた。だから、オブルの近くには誰もいない。

 そんなオブルの前に、思いつめた表情のサオリが、オブルに気づくことなく歩いて行った。

「勇者?」
 最近のサオリは、様子がおかしかった。
 アルクとともにどこかへ行って帰ってきた頃から、何かを打ち消す様に首を急に振ったり、頭を抱えたりして・・・その様子に、全員が心配したが声はかけなかった。様子を見守ろうということになったのだ。

 どこか焦った様子で、サオリは森を突き進む。

「確かこの先は・・・」
 この先にあるものを思い出して、オブルは慌てて追いかけた。

「ぎやぁあああああっ!」
 叫び声が聞こえた。それは、男の野太い悲鳴だ。サオリの声ではないので、オブルの表情に変化はない。

「っ!」
 速度を速め、気配を絶つより早さを優先し走る。
 すぐに目的の場所が見えた。そこは、盗賊団のアジトで大きな門の前には血だまりに倒れる盗賊がいた。おそらく門番だったのだろう、息はもうない。
 横目でそれを確認し、オブルは突き進む。

 血のにおいが充満したアジトを、ひたすら奥へと走り続け、話声がする部屋の前まで来た。扉は開きっぱなしで、陰に隠れて中の様子をうかがう。

「な、何が目的だ!宝か、金か!?好きなだけ持っていけ、持って行っていいから・・・」
 腰が抜けたのか、地面にへたり込み涙ながらに懇願する、頭らしき人物。その目に前に立つのは、もちろんサオリだった。

「宝も・・・金も・・・私には何の価値もないの。私が欲しいのは、あなたの命だけ。」
「復讐か・・・わる、悪かった。この通りだ。もう、何もしない。だから、許してくれ。命だけは。」
「復讐?そんなんじゃないよ。ただ、私は殺すのが好きだから殺すだけ。あははははっ!残念だったね、さようなら。」
 盗賊から奪った獲物だろう、さびた剣を盗賊の頭らしき人物に振り下ろす。

 ぐしゃり。果物がつぶれるがごとく、簡単に頭が割れて、男は息を引き取った。


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