死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

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 それは、月の綺麗な満月の夜。
 そこは、まさに滅ぼされた城の中。ステンドグラスが、月明りを通して城の大広間を照らし、2つの人影を作る。

「俺と共に来る気になったのか、サオリ?」
 城の人間を皆殺しにした後、ルドルフの背後に現れたサオリ。それに驚くこともなくルドルフは、この手を取れというように、サオリへと手を伸ばす。

 だが、サオリは無感動にルドルフを一瞥し、口を開いた。

「あなたが邪魔なの。・・・だから、殺しに来た。」
 最後の方は、苦しそうに、だがはっきりと言った。それを聞いたルドルフは、仕方がない奴だとため息をつき、手を引っ込めた。

「なら、用意した鳥かごに入れることにしよう。」
「私を閉じ込めることは不可能だよ。よく、知っているはず。」
「方法はいろいろとある。魔法具だとか、薬だとか。このまま屈服させるのも、一つの手だ。」
「・・・っ。」
 その言葉に、サオリは2、3歩さがった。

「怖気づくか。なら、おとなしく俺についてこい。」
「・・・そうは、いかないの。私は・・・魔王を倒さないと、使命があるから。だから、そのために、仲間を傷つけない為にも、四天王が・・・あなたが、邪魔なの。」
「使命・・・か。哀れだな。」
「本当にね。」
 ルドルフが剣を抜く。一生、その剣が抜けなければいいのに。そう思いながら、サオリもクグルマの剣を構えた。

「痛い思いはさせたくなかった。」
「私も、痛い思いはしたくなかったよ。」
 二人で疲れたように笑った後、同時に踏み込んで距離を詰めるサオリとルドルフ。金属音が響き、剣が交わり視線も交わる。

 どこまでも、哀れに互いを見る。

 いい人なのに。

 いい奴なのに。

 これから死ななければならないなんて。

 これから痛い目にあわさなければならないとは。


 可哀そうにと、心の声が重なる。

 連続した金属音、剣がぶつかり、暗闇に火花が散る。
 何度か剣を打ち合わせて、一度距離を取った2人は、魔法を使う。

「移動魔法!」
「フラッシュ!」
 サオリは、ルドルフの背後に移動し、ルドルフは目をつぶって、目くらましに使う光魔法を放つ。

 ルドルフは、サオリの気配を頼りに、剣を振りかざした。

 フラッシュにひるんだサオリだが、自分に向かってくる攻撃をぎりぎり剣で受け止め、打ち返してから後退した。

「くっ!」
 目が開けられないサオリと容易に目を開き、踏み込むルドルフ。サオリは、戦闘能力を活用して、なんとかルドルフの振る剣を受け止めたが、体勢を崩した。

「終わりだ。」
 サオリの足を狙ったルドルフの剣。

「移動魔法!」
 間一髪で、移動魔法を使って逃げたサオリだが、移動した場所に剣が投げられていた。もちろん、ルドルフの剣だ。移動魔法と口にする暇もなく、剣が肩に突き刺さる。

「いつっ!」
 倒れそうになるが、サオリは肩に刺さった剣の柄を持ち、回転して体勢を立て直した。ルドルフに注意を払いながら、剣を引き抜く。

「・・・」
「トリィは強かっただろう?その程度の剣で、よく勝てたものだ。」
「・・・あなたも、私が素人だというんだね。ま、そうだけど。」
「そうだな。だから、お前は戦わなくていい。戦う必要なんてないだろうに。」
「使命だから。それに・・・」
 肩の傷が治ったことを確認したサオリは、右手にクグルマの剣、左手にルドルフの剣を持ち、ルドルフを睨みつけた。

「私は、殺すことが好きなの。知っているでしょ。」
「・・・否定しても、お前はそう思うのだろう?なら、そういうことにしてやる。」
「否定するんだ。それはなんで?」
「殺すからって、それが好きってことにはならない。俺がそうだからだ。」
「・・・そうなの、悪かったね。私は、あなたのことを殺人鬼だと思っていたから、残酷なお願いをしてしまった。」
「かまわない。俺も、あの時はそういう気分だったしな。」
「・・・やっぱり好きなの?」
「そうだな、好きとは違う。ただ、あいつらを殺せば少しは空気がよくなると思っただけだ。実際そうだった。」
 サオリは思い返したが、クリュエル城の人間を殺した時、空気がうまいとは感じなかった。ただ、臭うな・・・と思って顔をしかめた。

「さて、剣も奪われたことだし、少し本気を出すぞ。」
「今まで本気じゃなかったってこと?」
「当たり前だ。お前に本気は出さない。俺は、お前を殺したくないからな。」
「・・・優しいんだね。本当に、あなたはいい人。なんで、あなたは魔族だったんだろう。なんで、私は人間の勇者だったんだろう。」
「そんなこと、悩む必要はない。俺の手を取ればいいだけの話だ。」
 サオリは首を振った。
 答えが分かっていたルドルフは、特に落胆した様子もなく、踏み込んだ。剣を持っていないせいか、少しだけ本気を出しているせいか、その両方か。ルドルフは先ほどと比べようがないスピードでサオリの前に来ると、サオリに手を伸ばした。

 剣で対抗するサオリだが、それをすべてかわして、ルドルフはサオリの首に手を伸ばし、そのまま押し倒した。

「ぐっ!」
「・・・まだ、目をつぶっていたほうが、いい戦いができるだろうな。」
「・・・?」
 ルドルフの言葉の意味が分からず、内心首を傾げたサオリの肩を、ルドルフは空いている方の手で殴る。サオリの手からクグルマの剣が離れたのを見て、ルドルフは剣を遠くに飛ばす様に蹴った。

「パラライズアンドサイレント。」
 麻痺と封印の状態異常を相手に付与する魔法を使われ、サオリは体の感覚がなくなり、声も出せなくなる。

 サオリは、ルドルフから奪った剣を振るが、感覚がなくなったせいで、剣が手を離れていることに気づかず、ルドルフの肩を殴ることになった。

「なんだ、甘えているのか?」
「・・・!」
 口を開けるが、そこから声は出ず、サオリは顔を赤くして、足を振り上げる。

「力が入らないだろ?魔力を多めに込めたからな、指一本動かせないようにしたつもりだった。・・・お前はすごいな。」
「・・・!・・・!」
 何度もサオリはルドルフを蹴るが、全く効いていない様子のルドルフを見て、蹴るのをやめる。

「諦めたのか。」
「サオリさんっ!」
 月明りの届かない影から、ゼールの声が聞こえたかと思うと、そこから火の玉がルドルフに向かってきた。
 それを、手をかざして打ち消すルドルフ。

「危ないな。サオリがいることを忘れているのか?・・・!」
 唐突にゼールとは別の殺気を感じ、ルドルフはサオリから離れる。
ルドルフがいた場所に、剣が振りかざされた。

「王家の犬か。」
「護衛だ。」
 サオリに背を向けて、ルドルフに相対するオブル。

「サオリさん、これを。」
「・・・」
 ゼールはサオリに駆け寄って抱き起し、液体の入った瓶を口元に持って行った。おとなしくそれを飲んだサオリは、声は出せないようだが感覚は少し戻った様子だ。

「傷つけたくない・・・か。確かに、こんな仲間たちでは、過保護にもなるだろうな。四天王ですら、こいつらの剣は届かないだろうな。」
「・・・っ」
「魔王を倒すのが使命だったか。足手まといなど連れずに行けば、まだ可能性はあるぞ。だが、そんなことはわかり切っているであろうし、お前には何か事情があるのだろう。」
「・・・」
「サオリ、俺を倒せるか?」
「・・・」
 サオリは、ルドルフを見た。声は出ないが、その目を見ただけでルドルフは言いたいことが分かったのだろう、嬉しそうに笑う。

「無理だよな。なぜなら、お前も本気を出せないからだ。俺のことを思っているがためにな。その気持ちはうれしいし、俺はそれに応えたいと思っている。」
「それは、どういう意味でしょうか?」
 剣を構え、鋭い目をルドルフに向けるゼールが問えば、待っていたと言わんばかりにルドルフは話す。

「俺とラスターは、魔王討伐に関して手出しはしない。」
「・・・信用できませんね。」
「そうだろうな。だから、これを提案するつもりはなかった。適当にサオリに斬られて、重傷を負ったと引っ込むつもりだったんだが・・・うまくいかないものだな。」
「一ついいか?お前は魔王討伐に手出ししない・・・つまり、魔王を守る四天王であるはずなのに、黙って魔王が倒されるのを傍観するということだな。それは勇者に協力するということだ。その見返りを期待していると、俺は見るのだが。」
「その通りだ。」
「なっ、サオリさんは渡しませんよ!」
「無理やり連れて行くつもりはない。ただ、俺はお前の居場所を用意している。世界がお前を敵に回しても、俺はお前の帰る場所を用意しよう。覚えておいてくれ。」
「・・・」
 居場所。それは、サオリの欲するものだ。だが、なぜそれをルドルフが用意してくれるのか、サオリにはわからなかった。

「俺が信用できないか?」
 その質問に、迷いなくサオリは首を振り、ルドルフの目を見つめた。

「サオリさん・・・」
「俺は、お前の信用に応えよう。だから、俺とラスターを殺そうとするのはやめてくれ。もうこれ以上お前を傷つけたくないし、部下を失うのも嫌だからな。」
「ラスターはお前の部下なのか?」
「・・・そうだ。四天王は・・・というより三柱は、俺の部下だ。魔王の下に俺がいて、次に三柱がいる。」
「なるほど、強いわけだ。トリィも強かったが、お前はさらに強い。サオリとの戦いを見てよくわかった。」
「目だけはいいようだな。サオリ、こっちに来い。」
「駄目です。」
 サオリの前に立つゼールを、サオリは横腹を殴ってどける。

「うっ・・・はぁはぁ。」
「・・・気を付けろよ。」
 悶えるゼールを見なかったことにして、オブルは忠告だけすると道を開けた。

「サオリ、父は強い。」
「・・・?」
「あぁ、魔王のことだ。俺は、魔王の息子なんだよ。」
「!」
「まぁ、父だって事実しかないけどな。とにかく、あいつはかなり強いから、神の力でもずるをしてでも、何でもいいから・・・勝てよ。」
「・・・」
 サオリが頷いたのを確認して、ルドルフは懐から小瓶を取り出した。
 先ほどゼールがサオリに飲ませたものと似たような小瓶だ。おそらく、封印を解除するものだろう。

「別に俺の魔法でもいいんだが。」
 そう言って、ルドルフは小瓶のふたを開けて、液体を口に含む。
 こちらを安心させる毒見かと思って、サオリはそこまでしなくてもいいのにと、笑った瞬間、ルドルフに頭を掴まれて、その顔が接近した。

「サオリさん!」
「!?」
「おいおい・・・殺し合いじゃなくて、愛し合いか。」
 頭の中が真っ白になったサオリは、ずっと目を開いていたはずなのに、何が起きたのかわからず、口移しされた薬を飲みこんで、ルドルフの顔が離れてからも呆然とした。

「・・・はっ?」
 声は出た。しかし、声を出さずにパクパクと口を開閉させるサオリに、ルドルフは満足したように笑った。

「面白い顔だな、そういう顔を見たかった。」


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