死神勇者は狂い救う

製作する黒猫

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109 死神勇者の旅立ち

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 移動魔法。

 温かい、おそらくアルクの膝の上から、冷たいソファの上に移動した。目を開けて、起き上がる。

「サオリ様!」
 名前を呼ばれると同時に、抱きしめられた。言うまでもなく、ルトだ。

「ルト、なんでここに?いつっ!・・・ちょっと傷がまだふさがってないから、あまり動かさないで。」
「も、申し訳ございません!って、なんですかその傷!そ、そこって・・・」
「心臓ですね。誰にやられたのでしょうか。ぜひ、詳しく・・・いいえ、名前を教えていただければ、十分です。教えてください。」
 ルトの後ろから聞こえた声はゼールだ。彼がここにいるのは不思議ではない。だって。ここは彼の屋敷だから。

「そんなことより、準備はできてるんだよね?さっさと、こんな国は出て行こう。」
「もちろんですよ。では、お手をどうぞ。」
 ゼールが差し出した手をルトが叩き落として、ルトは私に手を差し伸べた。

「サオリ様、僕がお連れします。・・・いいですよね?」
「・・・ルトは、本当にいいの?私は、もう勇者じゃない。あなたの主でもんぐ!」
 口をルトの手でふさがれた。ルトの目はすわっていて、ちょっとだけ怖い。

「サオリ様、あなたは永遠に僕の主です。それは、誰が否定しようとも変わらない事実。たとえ、あなたが否定しても・・・僕の主はサオリ様です。迷惑ですか?」
 最後の方は、耳を倒して上目遣いで弱弱しく聞くルトに、私は柄にもなくサムズアップした。

「ルト、それならもう永遠に手放さないから。覚悟してね。」
「望むところです。」
 ふんわりとほほ笑んだルトに癒されていると、それにゼールが割り込んできた。

「サオリさん、私のこともお忘れなく。」
「行こうか、ルト。」
「はい。」
「くっ・・・これもいいですが、やはり罵倒されたい!」
「ゼール・・・」
 こぶしを握り締めて悔しがるゼールの手を握る。

「え、サオリさん?え?」
「・・・ありがとう。・・・この、ばーか!」
「ぐほっ!」
「くっ!サオリ様・・・威力が高すぎる!」
 なぜか崩れ落ちた2人を見下ろして、私は赤くなった顔を隠した。

 罵倒って、何を言えばいいわけ!?とりあえず、馬鹿と悪口を言ったが違ったようだ。何といえばよかったのだろうか?
 ゼールはいろいろと良くしてくれた。今回だって、王から処刑を言い渡される可能性があると聞き、私はゼールに旅の用意をしてもらったのだ。そんな彼に、少しでも恩返しをと思ったのだが。

「ごめん、罵倒が思いつかなくて。」
「いいえ!これは、ご褒美です。本当に・・・はぁはぁ。」
「・・・僕は、変態ではありませんが、先ほどの光景を思い出せば、あと100年は生きれる気がします。」
「喜んでもらえたならよかった。でも、ルト。真顔が怖いよ。」
「だらしのない顔は見せられません。では、行きましょうか。」
「待て。」
 ルトと共に部屋を出ようとすると、彼の声が聞こえた。その声を聞いて、少しドキッとしたのは、ここにいることはあり得ないはずと思っていたからだろう。いや、彼も私と同じで神出鬼没。いてもおかしくはないか。

「・・・ルドルフ?」
「サオリ・・・お前を迎えに来たぞ。」
 私の姿を見て、一瞬目を見開いたルドルフだったが、納得したような顔をした後、手を差し出してきた。

「人間は、弱い。お前の力を恐れ、お前を縛り付けるか亡き者にしようとする。そういう弱い生き物だ。だが、魔人は・・・俺は違う。お前を認め、守り、そばにいる。俺と来い、サオリ。殺人鬼だろうが死神だろうが、俺には関係ない。」
 真剣に私を見つめて手を差し出すルドルフ。

「サオリ様!僕だって同じです!」
 ルドルフの言葉を黙って聞いていれば、ルトが腕を引っ張って声を上げた。

「僕は弱い。だけど、それでもあなたのそばにいます。必死にしがみつきます!絶対に、あなたを守ってみせます!あなたが生きたいと思う場所、それを僕は作りますから・・・置いて行かないでください。」
 俯いて、耳としっぽが垂れるルト。ルトを置いていくつもりは、もうない。だって、さっきそう決めたから。
 たとえ、この目の前の手を取ったとしても、私はルトを連れていく。

「もちろん、その犬を連れて来ることに問題はない。サオリ、これ以上お前が傷つくことはない。俺は、ここに来る前にウォーム城へ行った。お前とすれ違ったわけだが・・・お前は指名手配されるそうだ。」
「予測はしていたよ。」
「変装魔法は覚えました。ご安心ください、サオリさん。」
「変装ね・・・別にいらないよ。」
「ということは、俺とくるということだな。」
「悪いけど、断るよ。」
 私は、はっきりとルドルフの誘いを断った。だって、ルドルフの誘いに乗るよりも、もっとやりたいことがあったから。

 さっきまで、殺されてもいいと思っていたけど、死ねなかったのなら・・・私は私が思うように生きるだけだ。

「あなたなら、私を守ってくれると思う。でも、私はこの世界をもっと見たいと思ったの。きっと、あなたの誘いに乗れば、私は優しい世界に閉じ込められるんでしょ?」
「俺の屋敷で幸せに暮らすだけだ。だが、外を見たいというのなら、見せてやる。お前を縛るつもりはない・・・はずだ。」
「・・・はず?」
 唐突に歯切れが悪くなったルドルフを見つめれば、彼は目をそらした。

「はぁ。仕方がないな。」
「え、何の話?」
「・・・お前は、俺と来ないのだろう?ここは俺が引き下がることにする。だが、これは受け取ってくれ。」
 ルドルフは私のすぐ目の前まで来て、紐を出した。よく見ればそれは、銀の小さな鎖のようなネックレスで、黒の薄っぺらくて丸い何かが通してあった。

 よかった、絞殺されるわけではないようだ。

「何かあれば、この黒い部分に触れながら俺の名前を呼べ。すぐに駆け付ける。・・・何もなくても呼んでくれ、すぐに駆け付ける。」
 そう言って、ネックレスを首につけてくれた。
 私の首にかかったネックレスの黒い部分に、ルドルフはキスをする。

「っ!」
「その反応なら、もう少し進めてもよさそうだ。」
 ネックレスをそっと手放したルドルフは、私の頬に口づけをして離れた。

「・・・え?」
「なんだ、不満か?」
「べ、別に・・・それじゃ、またね、ルドルフ。」
「そうか。またか。また、会えるんだな。」
「・・・ルドルフが望めばね。あなたが私のことをどう思っているかは知らない。でも、私はあなたのことを・・・大切な人だと思っているから。」
「サオリ・・・」
 思えば、助けられてばかりだ。一番に私を助けてくれたルドルフ。助けたのは私が最初だけど、それでもこの世界で最初の仲間だと、思ってしまう。そこまでの関係はないはずなのに。おかしいと思うけど。



 ルドルフと別れて、私とルト、ゼールは馬車に乗り込んだ。

「それじゃ、行くよ!」
「はい!」
「・・・ゼール、降りて。」
「・・・それはあんまりです、サオリさん。」
 ルトと2人出発しようとしたが、なぜかゼールも馬車に乗っているのだ。これでは出発できない。ゼールを連れて行ってしまうから。

「いや、これから東の方に行くから・・・あ、何か東に用事があるの?」
「いいえ。サオリさん、この馬車を用意したのは私ですよ?なぜ、私が降りなければならないのですか?」
「それは正論だけど?もしかして、ついてくる気なの?まぁ、すぐに帰ってこれるし・・・いいといえばいいのかな?」
「ここに戻ってくることはありません。用はないですし・・・」
「何言ってんの?」
「そうですよ、ゼールさん・・・あなた、商会があるでしょう。まさか、一緒に旅に出る気ではありませんよね?」
「そのつもりです。商会はつぶしました。」
「「は?」」
「必要なかったので。さ、サオリさん。憂いは消えましたね?行きましょう。」
「・・・もういいわ。ルト、考えるのはよそう。どうやってつぶしたとか、従業員がどうなったとか・・・うん。」
「そうですね。それにしても、サオリ様はお優しいですね。従業員のことまで考えるなんて。彼らは、どうせウォームの人間。どうでもいいと、僕は思ってしまいます。僕はただ、旅にケチがついたと思っているだけです。」
「それは、私のことでしょうか?」
「それ以外に、どんなケチがありますか?」
「ふふっ。」
「フフッ。」
「・・・移動魔法。」
 笑い合う2人を見なかったことにして、私は移動魔法を使った。唐突に空気が変わって、湿っぽい空気になる。

「うわーすごい霧・・・」
「ノスフォーグですね。ウォームと同じ王国ですよ。なるほど、この霧ならば、移動魔法を使っても見咎められることはないでしょう。」
「僕が提案しました。サオリ様といつか旅に出たら・・・という計画書に、移動魔法スポットを調べて書いておいたのです。」
「ありがとう、ルト。おかげで助かったよ。それじゃ、ゼール・・・御者をよろしく。」
「かまいませんが・・・なぜ、私を?」
「決まってるでしょ?私が、ルトと馬車にいたいから。逆に、ゼールとはいたくないから。」
「ぐっ・・・はぁはぁ。」
「サオリ様・・・僕、うれしいです。」
 2人共嬉しそうで何よりだ。

「わかりました。喜んで御者を務めさせていただきます。それで、目的地は?」
「・・・」
「・・・サオリ様?」
「サオリさん?」
「・・・とりあえず、国を一周しようかな。」
「考えていなかったのですね。ルトは?計画書とやらには、次の予定が書いてあるのですか?」
「ないですよ?サオリ様が行きたい場所に行けばいいと思っていましたので。あまりサオリ様にお見せしたくないスポットと移動魔法スポットしか調べていません。」
「・・・再教育が必要のようですね。」
 いつも私たちの頭を悩ませるゼールが、私たちに頭を悩ませている。それをおかしく思って笑えば、2人も笑った。

「では、旅の工程は私にお任せください。この世界の隅々まで行きつくしましょう!」
「「おお~」」
 私たちは、拳を天井高くに上げて、結束を固めた。

 さっきまで、あんな殺伐とした光景を見ていたのに、呑気な自分に笑ってしまう。
 人を大勢殺して、仲間に殺されてもいいと思って、仲間に心臓を剣で串刺しにさせて・・・今は、笑いながら旅に出ようとしている。

 ここは、あのセリフを言うべきか。

「私たちの旅は、始まったばかりね。」
「そうですね、サオリ様!邪魔者が減って、僕はうれしいです。僕、もっと力をつけて、さっさと最後の邪魔者を排除したいと思います。」
「ルト、聞こえていますよ?私を消そうだなんて、1憶年早い。」
「邪魔者の自覚あったのですね?なら、空気読んで消えてください。」
「それはできません。私が消えたら、誰が狼を見張るのでしょうか?」
「それは、サオリ様ご自身が。ねぇ、サオリ様。ずっと、僕のことを見ていただけますか?」
「え・・・うーん。」
 即答で肯定してあげたいけど、なぜか重くて危険な空気を感じた私は言葉を濁した。

 なんだか、みんな変わった気がする。
 でも、一番変わったのは私だろう。

 それでも、変わらないことは・・・大切な人を守りたいという気持ち。

 狂うのが怖かった。大切な人まで殺してしまいそうで、それをしてしまえば私は、完全に私じゃなくなる。

 でも、狂った私は・・・私だった。
 仲間の死ではなくて、自分の死を望んでいた。

 その気持ちは、もうない。いつか、また出てくるかもしれないけど。

 それまでは、自由に生きよう。



 この世界に、私の敵となる存在はいない。敵として想定された魔王は、弱かった。私は強すぎる。だから、もうなにかにその力を隠す必要はない。だって、面倒だし。

 どうせ、私を倒せる存在などいないのだから。

 でも、今はただ、穏やかに旅が終わることを祈るばかりだ。




「ほら、行きますよアルク!」
 アルクの首根っこを掴んで、リテは走った。

「いてっ!おい、リテ、マジで、痛い!」
「なら、走ってください!あなた、誰も傷をつけられなかったサオリさんの心臓を貫いたのです。このままだと、勝手にまつられて、サオリさんの討伐命令などとふざけた命令を下されますよ!」
「いや、あれは・・・よけると思って。サオリ・・・痛かったよな・・・」
「うっとおしいですわ!」
「ぐふぉっ!?」
 後悔の念を抱くアルクの顔をエロンが容赦なく殴った。

「あなたのせいで、サオリに置いて行かれました。この落とし前、どうつけていただけるのでしょうか?」
「いや、だって・・・さすがに王を殺したら、サオリの立場が」
「立場など、もうないも同然でしたでしょう。着きましたね。エロンさんは乗馬の経験は?」
「ありません。」
「ならば・・・僕の後ろへ。先に乗ってください。」
 馬小屋について、リテは馬をさっと見繕って、エロンを馬に乗せ、自分も騎乗する。

「アルク、あなたには道を作っていただきます。そこの白い馬を。」
「うわっ、目立つ馬・・・てか、これ王族の・・・」
「ごちゃごちゃうるさい!さっさと乗ってください!」
「はいっ!」
 有無を言わせないルテに、新米に戻ったかのようにゼールは従って、白い馬に騎乗した。

「とりあえず、この城を出ますよ!」
「案内は任せろ。」
「うわっ!オブル、いつからそこに・・・」
「俺は殿を務める。その都度道は教えるから、とりあえずここをまっすぐに走れ。」
「わかりました、お願いします。アルク、この道をまっすぐです。行ってください!」
「あぁ、くそっ!了解!」
 言われた道を、アルクは突き進んだ。

「サオリ・・・」
 手に残る、サオリを刺した時の感触。それを振り払うように、アルクは速度を上げ、向かってくる兵士を切り倒した。

「今度こそ守ります・・・」
「サオリ・・・次あった時こそ、もう逃がさないわ。」
「・・・俺だけでも連れて行って欲しかった、サオリ。」
 それぞれサオリに思いを寄せ、城から難なく出ると、そのまま都市を出た。

 その後4人は、ウォーム王国を出て、東へと向かった。ウォームは西にある国なので、大陸を横断しながら、サオリを探そうと思ってのことだ。

 サオリと共にいることを夢想し、彼らの長い旅は始まった。


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