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殺人鬼の誕生

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 おなかがすいた。





 俺が座り込んでいるのは、寂れたビルの間の薄暗くじめじめとした場所。生ごみが置いてあるような場所だ。ひどい匂いがする。





 たった数歩。





 数歩先に、日の当たる明るい場所があり、小綺麗な服を着た人々が行き交っていた。その先には、車道があり、車の通り抜ける音と、まれにクラクションの音や急ブレーキの音が俺の耳に届いた。





「もうすぐ移動しないとな。」



 こんな場所で座り込んでいたら、もうすぐ巡回にくる治安維持隊に、殴り倒されてしまう。彼らは、飯も日銭も恵んではくれないが、拳だけは惜しみなくサービスしてくれるのだ。





 移動しないと。



 そうはわかっていても、体は動かなかった。





 おなかがすいた。ここを離れれば、おにぎり一つでも誰かが恵んでくれるというのなら、動けただろう。誰か、恵んでくれないだろうか。





 その時、光を遮る影が現れた。



 こちらに顔を向けたその男は、背が高くよどんだ眼をしていた。





「天国に行きたくないか?」



 馬鹿らしい質問に、俺は答える気もなかった。俺は、最悪の気分だし、未来も見えない。だが、だからといって死にたいわけではない。





「食うに困らない、清潔な服と住居も与えられる。そんな場所だ。行きたいだろう?」



 天国とは、死んでからいく天国ではなく、比喩表現だったようだ。そんな場所に連れて行ってくれるなら、連れて行って欲しい。でも、そんな甘い話はない。絶対、何か条件があるはずだ。





「天国に行く方法は簡単だ。」



 やはり何かする必要があるようだ。お前にとって簡単でも、俺に簡単かどうかはわからない。



 冷めた目で背の高い男を見ていたが、その目は次の男の言葉で見開くことになった。





「今すぐここで、俺を殺せばいい。」





 男の言葉に耳を疑った。





「今、なんて言った?」



「聞こえなかったか?天国に行きたければ、俺を殺せばいいと言ったのだ。」



 聞き間違いではなかった。とても信じられることではないが、もし男を殺すことでこの飢えが満たされるとしたら?





 かつんと地面に音をたてて落ちたものに目をやれば、男を殺すことが現実味を帯びてくる。落ちたのは、一本のナイフだ。





「時間はない。もうすぐ、治安維持隊が来る時間だ。答えは?」





 俺はナイフを見ながら、考えた。



 男が言ったことは本当か?もし本当だとして、俺は男を殺せるのか?





 嘘でも本当でも、いいじゃないか。どうせ、俺に未来はない。ここで飢えて死ぬくらいなら、人を殺して天国に行けるのか試す方がいい。











 そして、俺は天国に連れていかれた。



 規則正しい生活を強制され、わずかな不自由はあるが、男の言った通り飢えの心配はなく、清潔な服に住むところも与えられた。





「1024番!」





 今の俺の名を呼ばれた。俺は、それに返事を返した。







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