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1 望まぬ転移
しおりを挟む「最初から、こうしておけばよかった。」
無表情に呟いた後悔。
学校の屋上、さびた手すりに身を預けて、月神完利つきがみかんりは夕日を眺めている。鉄のにおいが鼻につき、カンリは手すりから体を離して目を閉じる。
キーンコーンカーンコーン・・・帰りの時間を知らせるチャイム。
頭によぎるのは、これまでの生活。モノクロの世界から、目が痛くなるような、胸が痛くなるほどの鼓動を教えてくれた彩の日々。
今目を開けたとして、カンリの前に広がる世界はモノクロだ。
「そこで何をしている!」
バンと音を立てて、背後の扉が開かれた。次いで聞こえる無能な教師の声から逃げるように、カンリは前に一歩進んで目を開ける。
夕日が、赤く空を染めている。
何もない一歩先へと重心を置く前に、少女は背後を振り返って教師をあざ笑った。
「やめろっ!」
もう、お前も終わりだよ。
カンリは教師の前から姿を消した。
いつまでたっても来ない衝撃に、落ちたと認識したときにつぶっていた目を開けるカンリ。目を開けた瞬間、聞こえていた風の音は消え、目は白い天井を移した。高い天井、グラグラと揺れている感覚が収まってから、カンリは起き上がる。手をついた床も白で、冷たい石の感触を感じた。
そこへ、クラリとする香水の香りと共に、綺麗な手が差し出された。
「大丈夫ですか?」
「・・・ここは?」
手を差し出す相手を見上げると、そこにはクラスのイケメンともてはやされていた山本君もかすむような、美男子がいた。長い金の束ねられた髪がはらりと落ちて、青い瞳がカンリを見下ろす様子に、何かが起こったのだということをカンリは理解した。
「床は冷えます。お手を。」
お手?
手を取るという方ではなく、犬の芸を浮かべたカンリは一瞬戸惑ったが、その手を取って立ち上がった。
美男子は立ち上がったカンリに微笑みかける。
「危ないところでしたね。あなたはあと一歩で命を落とすところでした。こんなにかわいいお嬢さんの命が儚く散ってしまうのは耐えられませんから、良かったです。」
「・・・」
「申し遅れました。私はケイレンス・パグラント。パグラント王国の第一王子です。ようこそ、我が国へ。」
聞いたこともない国だ。
「あなたは?」
「・・・月神」
カンリは、名字だけを名乗ってケイレンスに対して警戒する視線を向ける。そのことにケイレンスは驚いて、若干目を見開いたがすぐに笑顔をとりつくろう。
ケイレンスは王族で容姿も整っている。初対面でも女性に警戒されることなどなく、いくら特殊な状況とはいえケイレンスに対して警戒するカンリに驚いた。
「ツキガミさん、私のことはケイとでもお呼びください。」
「ならケイ、ここはどこなの?パグラントという国ということはわかったけど。」
またもケイレンスは驚いた。まさかケイと呼べと言って、本当に王族を呼び捨てで呼ぶとは思わなかったのだ。ケイ様かケイ王子などと呼んでくると思うのが普通だろう。
「えぇ。ここはパグラント王国。王都にある城の地下です。ツキガミさんは、命を落とす前に我が国で保護いたしました。どのようにして命を落とすことになったのかは存じませんが、今日は色々あって混乱しているでしょう。部屋を用意いたしましたので、今日はおくつろぎください。」
王子から視線を離して、カンリは周囲をうかがった。近くにいるのはケイレンスともう一人、同い年くらいの少女。あとは、10名ほど少し離れた場所にいてこちらの様子をうかがっている。扉の前や部屋の隅には10人、兵士らしき男が立っている。
兵士のような服装、鎧にも驚いたが、ケイレンスやその他の豪華な服を着た人々にも驚かせられた。服ではなく、主に髪色だ。
近くにいるケイレンスたちは金の髪だが、離れた場所にいる人々の中には、赤や青と言った髪色が見られ、どう見ても染めたように見えない地毛の髪なのだ。
国が違うなんて問題でも、時代が違うという問題でもない。世界が違う。
SFではなく、ファンタジーというジャンルが似合うような状況だと理解し、カンリは頭抱える。
馬鹿な。精神に異常をきたしたという方が現実的だ。それほどまでに自分が追い詰められていた自覚はあるし、実際意味の分からないこと続きなのは自分がおかしくなったからだろう。
「怪我をしているのか?」
ケイレンスは、カンリの手に血がついているのに気づき、声をかける。
「回復魔法をかけよう。」
「結構!」
カンリはケイレンスに捕まれたてを振り払って、ケイレンスから距離を取った。
「大丈夫だ、傷を治すだけだから・・・」
「・・・傷なんてない。」
カンリは、血に汚れた手をケイレンスに見せる。確かに、そこには傷がなかった。
「いつの間に回復を・・・まぁ、明日にはアスレーンに見てもらうか。」
「お兄様・・・」
「ん、あぁ。プレイナも明日紹介しよう。ツキガミさん、部屋を案内させます。今日はそこで休んでください。」
「・・・」
「ツキガミ様、お部屋にご案内いたします。」
さっと、執事服の男がカンリに声をかけたので、カンリはその男に付いて行く。
「また明日、ツキガミさん」
「・・・さようなら。」
突き放したような言い方に、ケイレンスは苦笑してカンリを見送った。
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