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10 猫
しおりを挟む夜風が、カンリの頬をなでる。腕の中にある僅かな温もりを感じるために、トカゲをぎゅっと抱きしめた。正確に言えば、トカゲのしっぽを。
「ぎゅっ!?」
「生後5日・・・とは思えない大きさ。」
トカゲを見上げる。座っているカンリ3人分くらいの高さの場所に、トカゲの顔があった。大きな図体をして、震える体。うかがうようにカンリを見ている。
どうか、しっぽだけは・・・そんな声が聞こえてくるような気がしたが、カンリはしっぽを抱きしめる腕の力を強めた。
「ぎゅるぎゅるぅ・・・」
「動かないで、風が当たる。」
トカゲを風よけにして、カンリは静かな城下を見下ろす。
「・・・トカゲは、飛べるの?」
「ぎゃうっ!」
「そう・・・人間も、あなたみたいに飛べればよかったのに。」
「ぎゅう?ぎゅうっぎゅうっ!」
トカゲは、姿勢を低くし翼を地面につけて、カンリにきらきらとした瞳を向ける。おそらく、乗れと言っているのだろう。カンリにもそれはわかった。
「・・・また今度ね。」
トカゲの前に来て、首のあたりを優しくなでる。固いうろこなので、カンリが撫でたところで感覚を感じるはずもないが、トカゲは嬉しそうにカンリに体を寄せて目を細めた。
「チョロ過ぎでしょ。」
「ぎゃうぎゃうぎゃう~」
「まだ、たった5日・・・それだけの関係なのに、魔物って単純だね。」
「ぎゃ~う~」
ごろんと寝転がって、トカゲはカンリに腹を見せた。服従のポーズというわけではなく、腹もお願いします!といった感じだ。
「・・・うろこ剥くよ。」
「きゅうっ!?」
慌てて手で腹を抑えるトカゲ。その姿が面白くて、カンリは自然と笑った。
「カンリちゃん、ここに、いたんだね・・・」
「・・・アスレーン・・・」
柱の陰からこちらをうかがうようにして声をかけるアスレーン。王子なのだからもう少し堂々としていればいいのにと、誰しもが思うほど彼はおどおどしている。
「あの、そっちいっていい?・・・戦争・・・に行ったって、聞いて。」
「・・・いいよ。トカゲ、また風よけになってくれる?」
「ぎゃうっ!」
「頭のいいドラゴンだね。」
「そうなの?」
「たぶん・・・僕も、ドラゴンは初めてだから。・・・その、トカゲって名付けたの?」
「うん。」
「へー・・・乗騎の魔物に名前を付けるのも珍しいけど・・・ドラゴンにトカゲってつける人は、なかなかいないと思うよ。」
乗騎となった魔物には、昔から名前を付けない。馬には付けるが、なぜか魔物に名前を付けるという習慣がないのだ。禁止はされていないので名前を付けても問題はないが、珍しいことだった。
「最初、この子を見た時トカゲだと思ったから・・・羽の生えた、大きなトカゲだって。それで、戦争の話を聞きたかったの?」
「・・・まぁ・・・その、大丈夫?」
「特に、問題はないけど?」
「そっか・・・ならよかった。どうやら、これからカンリちゃんは戦争に参加することになりそうだから・・・ね?」
「最初からそのつもりだったんでしょ?」
「そうだけど、もっと先の話だったんだよ・・・いくら強力なギフトを持っていても、こんなにすぐに戦えるとは、思っていなかった。」
「・・・その割には、魔物といきなり戦わせられたりしたけど。」
「カンリちゃんが全く訓練に参加しなかったから・・・荒療治の意味があったと思う。その、力に酔いしれて、自分が強いって錯覚していると思ったんだよ。」
「・・・」
「実際君は強かった。兄さんたちが考えた訓練メニューは無駄だったね。」
「そう。」
顔を上げたカンリの目に、大きな月が映った。異世界に来ても、月は一つ。変わらない輝きを放っている。
「・・・兄さんたちは、君の心も心配していた。普通の人に戦えといっても難しい話だからね。」
「・・・アスレーンはどうなの?」
「僕?僕は・・・最初から心配なんてしていないよ。いや、最初は心配していたけど、君を鑑定して・・・心配の必要はないって思ったから。」
「3つもギフトを持っているから?」
「それもあるね。・・・僕の鑑定はね、称号も見られるんだ。君は、本当にたくさんの称号を持っていて、どれも輝かしい称号ばかりで驚いたよ。文武両道なんだね。」
「そうだよ。・・・できないことなんて、ほとんどない。なんとなく、どうすればうまくできるかってわかるんだ。」
「・・・そう。なら・・・どうして、そんな称号を持っているの?」
幼さを消した、神秘的なオッドアイの瞳をカンリに向けるアスレーン。そこに先ほどまでの尻込みした様子などはみじんもなく、いいようもない威圧感があった。
でも、そんなものはカンリに関係なく、警戒した様子もなくトカゲの脇腹に背中を預けて笑った。
「やっぱり、嫌な感じがしたんだよね、鑑定された時。」
「・・・」
「あなたが何かしたのかもと思ったけど、後から考えれば見られちゃいけないものを、見られたのかなって・・・思った。」
「あぁ、ごめんね。あの時呪いをかけたんだよ。」
「・・・は?」
「大丈夫、結局かけられなかったから。残念だとは思ったけど、君の弱みらしいものは見れたし、いいかなーってね。」
にやにやと笑いだしたアスレーン。そこに悪いと思っている様子はなく、ただ面白くて仕方がないといった様子だ。
「あー・・・あなたも被っていたんだ、猫を。」
「王族なら当たり前でしょ?猫のない王族なんて、ヒックテイン兄さまくらいさ。ま、それはいいでしょ。さっきさ、その称号を弱みって言ったけど・・・実はいうとね、パグラントにとっては、いや人類にとっては、ありがたい称号だと思うよ?」
「・・・どういうこと?」
「そのうちわかるよ。おそらく、次の戦争でね。君が戦争に参加できそうだってわかって、俺は感謝しているよ。ありがとう、カンリちゃん。」
「まさか、それだけを言うために?」
「そのまさか・・・だって、魔族を倒し過ぎたって、落ち込んでいたでしょ?そんな馬鹿馬鹿しいことで悩むなんて、時間の無駄だからね。君は、間違っていない。だから、落ち込む必要なんてないよ。」
「・・・本当に?」
「本当だって。だって、人類が望むのは、魔族の絶滅だから。」
「・・・そっか。」
今日、カンリは戦争に向かい次々と魔族を倒していった。下っ端と言われる魔族たちばかりだったが、カンリがあまりにも多くを倒したため魔族は一度引いた。そのせいで、カンリの有用性をタングット王国に知らしめてしまったのだ。
それが、パグラントの計画から外れてしまっていたようで、今パグラントは長い会議中だ。
流石に、カンリも少し落ち込んだのだ。やりすぎだったと。
しかし、アスレーンのおかげで気にする必要がないと感じたカンリは、ふあっとあくびをして自室に戻った。
運動もしたし、今日はよく眠れそうだ。
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