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37 動き出す
しおりを挟むカンリが人間を捨ててから、形勢は一気に逆転し、人間は魔族を退け元タングットの城まで魔族を後退させることに成功した。
人間側には希望の光が見いだされ、今まで支援を渋っていた各国も魔族との戦いに勝機を見出せる状況となり、一つでも手柄を立てようと増援を出し、一気に戦況は人間側に傾いた。
時間はかかるが、勝てると思っていた魔族は当然焦燥にかられ、これ以上被害を出さないよう防御に徹してさがった。
人間側に勝機が傾いたことに焦ったのは、魔族だけではなかった。
パグラント城を出て、魔族の持つ城の一つ、旧タングット城の一室で捕らえられた男が1人。いつも目深にかぶっていたフードは頭の後ろに丸まって、その端正な顔がさらされている。黒髪に黒目という、この世界では珍しい特徴は、この世界に召喚された者の特徴だ。
豪華な部屋の一室に、ふかふかのソファの上で座る男の後ろでは、いかつい顔をした魔族が眉間にしわを寄せて立っている。その魔族は、人間に近い容姿をしていながらも、人間離れした大柄で、体格に比例した大きな角と口からはみ出るほどの犬歯を持つ男だ。
そんな男が背後にいるせいか、捕らえられている男・・・とは言っても、別に手かせ足かせなどはしていないが・・・とても表情がこわばっている。いつも穏やかに浮かべていた笑みはそこにはなく、冷や汗を流している。
それでも、そこにおびえはない。彼は、確固たる意志をもってここにきて、捕らえられたのだ。
沈黙が続き、気まずい空気が流れる部屋に、ノックの音が鳴り響いた。それを合図に、魔族は黙って座る男の首に剣を突きつける。
「妙な真似をすれば、はねる。」
「わかっているよ。」
一泊置いて、2本の角を持つ魔族が部屋に入り、続いて一人の人間の少女が入ってきた。
黒髪黒目という、捕らえられている男と同じ特徴を持つ少女は、男の顔を見てわずかに目を見開いた。
「や、山本君・・・」
「ひさしぶりだね、小沼さん。」
捕らえられた男、グラール・・・山本は、いつものように作り笑いを浮かべて挨拶を交わした。
山本の正面に、2本の角を持つガーグルが座り、その隣に小沼花菜が座った。山本の背後には、いまだに山本に剣を突きつけるゴムラが立っている。
「お前の望み通り、姫様との話の場を設けた。話してもらおうか?」
「わかったよ。といっても、別に大した話じゃないよ。このままだと、君たち魔族は根絶やしにされるという、話だよ。」
「・・・それで?」
「君たちは、何か対策を考えているのかい?」
「お前に話すことではないな。」
「それもそうだね。・・・小沼さん。」
「・・・私からも話せない。」
「それはいいよ。ただ・・・僕と手を組む気はないかい?正確に言えば、僕と月神さんと。」
「ふ、ふざけないで!」
小沼花菜は立ち上がって、山本を睨みつけた。そのことに、少しだけ山本は驚く。自分を睨むことなど、前の世界では絶対しなかった彼女が睨んだのだ。成長したのかはわからないが、彼女も変わったことを山本は理解した。
「あなたたちが何をしたか、忘れたとは言わせないわ!グラブリ様を・・・あなたたちを助けようとしたグラブリ様を殺して、マツェラ様も殺した。他にも多くの魔族が殺された・・・私だって、あなたに殺されかけた・・・それも、2度も!そんなあなたが、私を誘うなんて、頭がおかしいんじゃないの!」
「でも、それが、今この世界で起きていることだ。魔族だけじゃない、人間だって同じだよ。僕だって、多くの顔見知りを失ったし、君に思うところがないわけじゃない。」
「私は誰も殺していない!私はただ、傷ついた魔族を癒しただけ!」
「でも、君が癒した魔族は、人間を殺す。」
「・・・でもそれは、人間が・・・魔族を殺すから。」
「いつっ!?」
悔しそうな顔をした小沼花菜にさらに言葉を募ろうとした山本に、ゴムラが首に当てていた剣を押し当てて山本の首から血が流れた。
「姫様を悲しませることは許さない。」
「これから話すことに必要なことだから、目を瞑って欲しいのだけど?」
「・・・あまり調子に乗るな。いくら優勢だからといっても、それは一人のギフト持ちが理由だ。お前ら人間が優勢になったわけじゃない。」
「よく理解しているよ。そう、人間の優勢は、月神さん一人で成り立っている。だから、彼女がいれば、僕らは第三勢力となれる。」
「・・・何を考えているの?ただでさえ、魔族と人間で争っているのに第三勢力なんて、混乱してくるんだけど?」
「わからない?ガーグルさんはわかっているようだけど?」
「え?」
小沼花菜の視線がガーグルに向かって、ガーグルは山本の言葉を肯定した。
「お前は、この争いを止めるつもりなのだろう?」
「その通り。月神さんが人間側から抜けて第三勢力となり、人間側と魔族側を監視して戦争が起こらないようにするんだ。」
「あのギフト持ちが抜けた人間側に、俺たちを倒す力はない。俺たちは、人間側を襲えばそのギフトもちからの制裁が加わる。そこまでして戦争をする価値があるのか・・・普通に考えればないな。」
「そうだろう?人間側は、自分の土地を守ることが重要だろうから、力がないのなら無理はしないだろう。力があれば別だけどね・・・魔族側はどうなの?」
「・・・俺たちは、人間側が戦うから戦っているだけだ。」
ちらりと小沼花菜を見て、ガーグルは山本から目をそらした。
「・・・小沼さんはどう?戦争を止めたい?それとも・・・君の大切な人を殺した人間を根絶やしにしようと戦って、彼らも失いたい?」
山本の首に食い込む刃が、さらに傷を作って血が流れた。脅しともとられる言動が気に入らなかったようだ。
「・・・もう、誰にも死んでほしくない。」
「そうだよね。僕も、そう思うよ。」
寂し気に顔を俯ける山本を、小沼花菜は意外そうに見た。彼の本性を知る者なら、彼が人に対して同情というものをもっていないことや、周りを見下していることなどはわかる。そして、小沼花菜は頭が悪かったが、そんな山本の本性を知る者の一人だった。
山本の脳裏によぎるのは、特にそこまで親しいこともなかった、騎士団長ガンセルの代わりに護衛に当たった騎士の顔だった。
まさか、その程度の人間のことを、ここまで引きずることになるとは、山本自身思っていなかった。彼も変わったのだろう。
「一ついいだろうか、グラール?山本?」
「・・・どちらでもいいよ、呼びやすい方で。」
「わかった。なら、グラール。お前がこの争いを止めたいのはわかった。だが、なぜそれに姫様を巻きこむ?争いを止めたいのならば、極端な話あのギフト持ちがいればいいだけの話だ。なぜ、敵の陣地に押し入り捕まってまでの危険を冒し、姫様に会いに来た?」
「それは、そのギフト持ち、月神さんを仲間にするには・・・おそらく小沼さんが必要だからだよ。たぶん、月神さんに話を聞いてもらえるのは、小沼さんしかいない。」
「え・・・それって、どういうこと?」
困惑する小沼花菜に、山本は語った。
あの日、小沼花菜が屋上から飛び降りた後のことを。
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