恩人召喚国の救世主に

製作する黒猫

文字の大きさ
36 / 41

36 やめてしまおう

しおりを挟む


 初手でブレスを放ったトカゲに対し、魔族は飛び上がってブレスをよけ、そのままトカゲに斬りかかった。

 カンリはその間に倒れたヒックテインの元へ駆け寄ろうとするが、魔族が放った魔法に邪魔をされる。見ればトカゲは鼻先を抑えて涙目になっていて、魔族にダメージを与えられてひるんでいるようだった。



「トカゲ!」

「ぎゃう・・・」

「なるほど、ドラゴンの割に弱いわけだね。そのような下等生物の名をつけられる程度に弱い。」

「ガルルルルっ!!!!!」

 馬鹿にされたトカゲは、威嚇するようにうなって、固い尻尾を魔族に向かって振った。だが、それも魔族は軽々とよけてさらに、トカゲのしっぽを斬り落とす様に剣を振り下ろす。



 ガキン。

 硬質な音が響いて、トカゲの固いうろこが魔族の剣を弾き飛ばした。



「ドラゴンはドラゴンか・・・」

「ガルルル!!」

 連続して鋭い爪で魔族を攻撃するトカゲ、それを難なくかわし隙をうかがう魔族。カンリはヒックテインの方を一瞥し、大きなけがをしていないことを確認して、トカゲに加勢することを決めた。



 足に力を籠め、魔族との距離を一気に縮め、槍を突いた。

 ガキン。

 カンリの槍を魔族は剣で受け止める。カンリは槍を投げ出して、魔族の背後へと素早く回り首に腕を回し、絞める。



「ぐっ・・・捕まえたよ。ちょろちょろと面倒だったから、ちょうどいい。」

「なっ・・・は、放して!」

 魔族の首を絞めていた腕を掴まれ、動揺して力を緩めたカンリを地面にたたきつける魔族。

 カンリの背から嫌な音がし、うめいて動けないカンリに魔族は剣を振り下ろした。



 ガキン。

 カンリの命を奪うはずだった剣は、トカゲの爪によって止められた。



「ぐぅっ・・・」

「ちっ」

 舌打ちをしてカンリを手放しすぐさま離れる。その手は血が滴っている。

 カンリもまた、肩に深い傷を負っていた。トカゲの爪がカンリの肩をえぐったのだ。



「きゃうきゃう・・・」

「だ、いじょうぶっ!」

 心配するトカゲに微笑みかけて、カンリは魔族を睨みつけながら起き上がったが、立つことはできない。

 肩から流れる血が、地面に大きなシミを作る。



「痛いだろうね、すぐに楽にしてあげよう。」

 嗜虐的な笑みを浮かべる魔族を見たカンリは、その顔に記憶が掘りおこされるのを感じた。





 落書きをされた机を見て、立ち尽くす親友。それを見て、あざ笑うクラスメイト達の顔が、目の前の魔族の顔と重なる。

 それは、カンリが少し寝坊をして、毎日の日課である落書き消しができなかった日のこと。



 今までカンリが消していたから気づかなかった親友が、初めて机に落書きをされていることを知った日だ。あの日、親友をいじめているわけでもないクラスメイト達は、なぜかいじめっ子たちと同じ表情をしていた。



 屋上でよく見る、山本の取り巻きの表情と全く同じ、目の前の魔族と全く同じ表情。





 最初から、こうしておけばよかった。



 前感じた後悔が、再びカンリに襲いカンリは気づいた。

 今なら、まだ間に合う。あの時は間に合わず後悔し、絶望しただけだったが、今ならまだ間に合う。





 親友が落ちて、もう親友に会うことができないと思って、怒りでその原因を殺した。今でもその感触が残る、覚えている手。それだけではなく、その後にどうにもならないことへの、彼らを殺しても何もなかったことへの絶望も覚えている。

 そのせいで、カンリは人間に剣を向けられなかった。絶望を思い出すから。



 だけど、今はそれとは違う。目の前の嗜虐的表情を浮かべた魔族は、まだカンリの大切な物を奪っていない。



 今殺さないと、手遅れになる。



 快活な笑顔のヒックテイン、いつもそばでカンリの世話を焼くランズ、裏がありそうな作り笑いをいつもしているケイレンス。

 そして、かわいい声で鳴くトカゲ。



 カンリの大切な者たちが、次々と浮かんでは魔族に殺されるという妄想が浮かび始めた。ここで殺さなければ、また後悔する。絶望する。手遅れになる。



 ぴちゃ。

 血を吸った地面に手を置いて体を支える。血を流し過ぎてふらつく体を支えるカンリは、ふと思った。



 なんで、こんなに弱いのだろう?



 あぁ、人間だからか。



 なら、そうだ。人間だから弱いなら、人間をやめてしまえばいい。それができる力がある。自動回復でも、身体強化でもない・・・ただ、人間をやめるためだけの力。



 その力に思考を向ければ、その力・・・ギフトがどのようなものなのかが自然と分かった。



 ガキン。

 トカゲのうろこと、剣がぶつかり合う音が聞こえ、カンリの意識がはっきりとする。



「失ったら、もう取り戻せない・・・そんなの嫌だよ。」

 かすれた声が出て、力が出ない弱弱しい体を確認して、心を決めた。



 傷が治っても、この体では血を失ったからだは意識を保てない。身体能力があっても、心の傷で十分に活かしきれていないなら、意味はない。



 たった一つだ。そう、人間でさえなければ、カンリはすべてが思い通りになると思った。



「・・・制限解除」

 弱いからだ、心の傷。そんなものは、人間だからこそあるもの。

 そして、人間として生きるために、力を制限していたカンリ。その制限が解除されれば、人間としての弱さもなくなり、心の傷だって薄くなる。



 10の内、1のことに苦しんでいたとしても、100の内、1だったとしたら、その苦しみは希薄になる。



 動きを阻害していた何かが、軽くなった。傷は瞬時に回復し、カンリは立ち上がって、懐の短剣を構え魔族との距離を一瞬で詰める。



「はっ!?」

「・・・」

 魔族の胸に穴が空き、カンリはそれを遠くから眺めた。短剣から滴る血を剣を振ることで取れば、魔族はその間に地面に倒れこむ。そこを、トカゲが踏みつぶした。



「うがぁ!・・・この、クソがっ!」

「片付けておいて。」

「きゃうっ!」

 トカゲにそう命じて、カンリは短剣を懐に戻した。

 片づけを命じられたトカゲは、魔族の腕をかみちぎる。その光景を見ているにもかかわらず、カンリは眉一つ動かさない。



「うあぁあぁぁぁあああああっ!うで、がはぁ!」

「ぎゃうぎゃう。」

 トカゲは、噛み千切った腕を咀嚼し、呑み込んだ。その光景を血走った目を向けて見る魔族。食料にされた屈辱に怒りを感じているのだろう。

 魔族は案外丈夫で、胸に穴をあけられて腕を引きちぎられた程度では死なないらしいが、抵抗できるほど頑丈でもないようだ。



 トカゲにされるがまま、生きたまま食われる魔族に、その光景をそっとうかがっていたヒックテインは吐き気がしていた。



 同時に、とんでもないことをしてしまったのではないかという、後悔が生まれる。



 ヒックテインは、ケイレンスの指示通りカンリをここに連れてきて、わざと敵の攻撃を受けて倒れてふりをした。

 それは、ケイレンスからカンリの潜在能力を引き出すため、危機的状況にカンリを置くという作戦のためだと聞いたから。カンリは強くなったようだし作戦は成功したが、あまりの残酷さに成功したというより禁忌をおかしてしまったのではないかという思いの方が強くなった。



「俺、は・・・」

 ここにカンリを連れて行く道中、ヒックテインには迷いがあった。しかし、いつも間違いのない兄の指示に従うことにして、カンリを危険にさらすことを選んだのだ。

 その結果がこれなら、その責任はヒックテインにあると彼自身は思った。



「ヒックテイン、いつまで寝たふりをしているの?」

「・・・」

 声をかけ、ヒックテインに降り注ぐ太陽の光を遮ったのは、無表情のカンリだった。



「お前、どうしちゃったんだよ?」

「・・・どうしたって・・・人間として生きることをやめただけだよ。」

「・・・!」

 カンリは、もともと表情が乏しい人間だった。でも、それでも今の表情を見れば、それがいかに人間らしい表情だったのかわかる。



 ただ、ヒックテインを見下ろして、言葉を発するだけで動かない表情を見て、ヒックテインは謝ることしかできなかった。



 ヒックテインは、カンリを殺してしまったのだと、感じた。





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

【完結】捨て去られた王妃は王宮で働く

ここ
ファンタジー
たしかに私は王妃になった。 5歳の頃に婚約が決まり、逃げようがなかった。完全なる政略結婚。 夫である国王陛下は、ハーレムで浮かれている。政務は王妃が行っていいらしい。私は仕事は得意だ。家臣たちが追いつけないほど、理解が早く、正確らしい。家臣たちは、王妃がいないと困るようになった。何とかしなければ…

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

異世界に転移してしまった私、古民家をもらったのでカフェを始めたら大盛況。国王陛下が頻繁に来るのですが、どうしたらいいですか?

来栖とむ
ファンタジー
ブラック企業で疲れ果てた30歳の元OL・美里(みさと)が転移した先は、見渡す限りの深い森。 そこで彼女が授かったのは、魔女の称号……ではなく、一軒の**「日本の古民家」**だった! 亡き祖母が遺したその屋敷には、異世界では失われたはずの「お醤油」「お味噌」「白いお砂糖」という禁断の調味料が眠っていて――。 「えっ、唐揚げにそんなに感動しちゃうの?」 「プリン一口で、国王陛下が泣いちゃった……!?」 おにぎり、オムライス、そして肉汁溢れるハンバーグ。 現代日本の「当たり前」が、この世界では常識を覆す究極の美食に。 お掃除のプロな親子や、お忍びの王様、さらにはツンデレな宮廷料理人まで巻き込んで、 美味しい香りに包まれた、心もお腹も満たされるスローライフが今、始まります!

さようなら婚約者

あんど もあ
ファンタジー
アンジュは、五年間虐げられた婚約者から婚約破棄を告げられる。翌日、カバン一つを持って五年住んだ婚約者の家を去るアンジュ。一方、婚約者は…。

遺産は一円も渡さない 〜強欲な夫と義実家に捨てられた私、真の相続人と手を組み全てを奪い返す~ (全10話)

スカッと文庫
恋愛
「お前の価値なんて、その遺産くらいしかないんだよ」 唯一の肉親だった祖父を亡くした夜、夫の健一と義母から放たれたのは、あまりにも無慈悲な言葉だった。 四十九日も待たず、祖父が遺した1億2000万円の遺産をアテに贅沢三昧を目論む夫。だが、彼には隠し通している「裏切り」があった――。 絶望の淵に立たされた由美の前に現れたのは、亡き祖父が差し向けた若き凄腕弁護士・蓮。 「おじい様は、すべてお見通しでしたよ」 明かされる衝撃の遺言内容。そして、強欲な夫たちを地獄へ叩き落とすための「相続条件」とは? 虐げられてきた妻による、一発逆転の遺産争奪&復讐劇がいま幕を開ける!

私と母のサバイバル

だましだまし
ファンタジー
侯爵家の庶子だが唯一の直系の子として育てられた令嬢シェリー。 しかしある日、母と共に魔物が出る森に捨てられてしまった。 希望を諦めず森を進もう。 そう決意するシェリーに異変が起きた。 「私、別世界の前世があるみたい」 前世の知識を駆使し、二人は無事森を抜けられるのだろうか…?

少し冷めた村人少年の冒険記

mizuno sei
ファンタジー
 辺境の村に生まれた少年トーマ。実は日本でシステムエンジニアとして働き、過労死した三十前の男の生まれ変わりだった。  トーマの家は貧しい農家で、神から授かった能力も、村の人たちからは「はずれギフト」とさげすまれるわけの分からないものだった。  優しい家族のために、自分の食い扶持を減らそうと家を出る決心をしたトーマは、唯一無二の相棒、「心の声」である〈ナビ〉とともに、未知の世界へと旅立つのであった。

処理中です...