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39 決戦
しおりを挟む人間を捨てたことによって、大きな力を得たカンリは護衛を必要としなくなった。
普通の人間では到底成しえないことを、強大な敵である魔族を一瞬で倒してしまう力を持つカンリに、護衛などいらなかった。
そんな英雄と呼ばれるほどになったカンリだが、すべての人間が称えてくるわけではない。妬みや逆恨みなどといった感情で襲ってくる輩は後を絶たず、今カンリの足元でとノ海に沈む男もその一人だった。
既視感を感じたカンリは、殺した男を観察し、彼がタングット兵だということに気づき、前にも襲ってきた男だと思いだした。
その時は、まだ人間に剣を向けるのが苦手で、ランズに助けてもらったのだと思い出す。
ぴちゃ。
男を刺した短剣から滴り落ちた血が、血だまりに落ちる。短剣に付着した血を振って落とし、短剣を懐にしまう。
タングット兵が襲ってくるのは、珍しくもない。彼らは、祖国を失いカンリにその責任を押し付けようとしているのだ。
力があるのに、祖国を見捨てたなんて、勝手なことを言って。
「くだらないな。」
感情の乗っていない声で呟いて、焦る様子もなく歩き出す。
今のカンリにとって、人を殺すことは感情を動かすことでもないし、人目を忍ぶことでもない。こうやって歩くことと同じことだ。
カンリが向かった先は、トカゲのところだった。
これから戦場に向かうのだ。
戦場に行って、魔族を殺す。目についた魔族を次々と殺す。味方は殺さないように気を付ける。それだけの簡単なお仕事だ。
「トカゲ、行くよ。」
「きゃうっ!」
トカゲの固いうろこをそっとなでて、カンリは表情をやわらげた。
今となっては、カンリの表情が変化するのはこの時だけだ。あとは、人形のようなピクリとも動かない無表情。一部の人間には、悪魔に魂を売って、今の力を手に入れたのではないかという者もいる。それほど、カンリの人間味は薄れていった。
人間を捨てたのだから当然だが。
優雅に飛ぶトカゲの隣に、ワイバーンが並ぶ。ワイバーンに乗っているのは、ケイレンスだった。
「ツキガミさん、こんにちは。」
「・・・何か用?」
「うん。どうやら、悪女が久しぶりに出てきたみたいだから、君に倒してもらおうかと思って。今の君ならできるよね?」
「わかった。」
「頼んだよ。」
ケイレンスがにっこりと笑い手を振った後、ケイレンスを乗せたワイバーンはどこかへと飛び去った。
「・・・魔族を、滅ぼす、か・・・」
それは、ケイレンスの口癖だった。前だったら荒唐無稽で口に出すことも憚れるようなことだが、カンリが強大な力を手に入れてからは、現実味を帯びる言葉だ。
だからこそ、ケイレンスはそんなことを口にするのだろう。
別に、カンリは魔族を滅ぼしたいわけでもないし、戦いたいわけでもない。なら、なぜこのようなことを続けているのか?
答えは簡単だ。前の自分が望んでいたことだから。
自分の大切な人が傷つくのは嫌だ。なら、大切な人を傷つけるものを、失くしてしまえばいい。
だから、魔族を滅ぼそうと決めた。
久しぶりの再会。親友が目の前にいるというのに、カンリの表情は変わらず親友の表情も硬い。そして、親友は護衛に囲まれ、カンリはすでに剣を抜いていた。
親友の護衛は4人。大男の魔族、ゴムラ。蝙蝠のような翼をもつ男、ゼバン。2本の角を持つ男、ガーグル。そして、フードを深くかぶった男。
負ける要素はなく、ただ順番に片付けていくだけだと判断したカンリは、剣を構えてトカゲに合図をしようとした。しかし、親友が声をかけてきたことによって、カンリはその行動を止めた。
「こんなの間違っているよ、カンリ!」
「・・・何の話?」
「戦争の話だよ。やっぱり、争いごとはよくない・・・カンリの言った通り、戦いをやめるべきだって、私も思ったの。だから、もうやめよう。ううん、止めなきゃっ!」
「・・・」
いまさら何を言っているのか。以前のカンリならそう言っただろうが、今のカンリは人間らしい感情が希薄で、別にどうとも思わない。ただ、以前の自分が言っていたことを思い出して、親友の話を聞く必要はあると感じた。
カンリが小沼花菜と一緒にいた理由は、小沼花菜のこういうところにあった。小沼花菜は、カンリにとって聞く必要があると思わせるような言い方をするのだ。残念ながら、その特性はカンリにのみ発揮されるもので、周囲には理解されものではなかったが。
今回もそれを発揮した小沼花菜は、寸前で命の危機を回避した。
「人間と魔族が争っても何もならない。でも、今まで争っていたせいで多くの犠牲が出て、両者ともに引っ込みがつかないところまで来ているの。でも、いけないことだって、わかるよね?止めなきゃいけないって、カンリだって思うよね?」
「・・・それで?」
「私達で、この戦いを終わらせようよ。お互いに今あるもので満足して、これ以上争うことはないようにしよう?」
「それは、無理だと思うよ。以前私が止めた時に魔族が止まらなかったように、今優勢な人間が止まることはないと思う。」
「そんなことないよ。あなたが私と来てくれれば、この戦いは止められる。」
「それは、私に魔族側につけってこと?悪いけど、私にだって大切な人はできたし、人間を裏切ることはできないよ。」
大切な人を守りたいというのは、人間の感情だ。今のカンリにはその思いが希薄だが、それでも自分の思いなのでそれを自覚しており、その思いを優先するつもりでいる。
「違うよ。人間側とか、魔族側とか・・・そんな話じゃないの。ただ、私と一緒に来て、こんな悲しいことは終わらせて欲しいの!お願い、私と一緒に来て。」
「・・・」
「もう、戦いたくなんてないでしょ?この世界に来る前に戻りたいって、思わない?私たち、一度別の道を歩くことになったけど、また一緒に・・・友達に戻ろう?」
戻りたい。そんな思いがカンリの中にあった。
だが、今はそんな思いはなく、親友に対しても何の感情もわくことはない。
「話はそれだけ?」
剣を構えなおしたカンリは、親友を感情のない瞳で映し出す。親友の周囲の護衛が殺気をむき出しにしてカンリを睨みつける中、一人の護衛だけが傍観者のように動かずにいた。
「今度は、何を考えているの山本君?全部あなたのシナリオでしょう?」
傍観者として動かずにいたフードの男が、フードに手をかけて顔をさらす。そこには、カンリの言った通りの人物が、いつもの笑みを浮かべてカンリを見ていた。
「そうだよ。全部僕が考えたことだよ。でも月神さん、これだけは信じて欲しい。僕は、君を騙すつもりも、貶めるつもりもない。今の君は、感情が動くことが無いからわからないだろうけど、このままだと君は後悔する。」
「・・・それは、ない。私が後悔するには、人間に戻った時。でも、私はもう人間に戻ることはないだろうし、今の状態の私が後悔することなんてない。」
「いや、君は絶対に人間に戻る。魔族がすべていなくなったら、君は人間の世界で生きるために、もう一度自分に制限をかける。そして、君は後悔する。」
その言葉にはっとなるカンリ。
カンリは、なぜ自分に制限がかかっていたのかがわからなかった。でも、人間として生まれ人間として生きるためだったのなら、理解ができる。そして、こちらの世界に来て制限を解除できたのは、魔族のような人間を超えた力を持つ存在がいたからではないか?
必要だから、制限を解除できたのではないか?
なら、この戦争が終わった時どうなるか?
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