捨てられた子が龍の化身に溺愛されるまで《完結》

トキ

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本編

桜子さん2

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 この嘘以降、逢珠真はテレビ番組やCM等で海鮮丼が紹介されると、氷雨の元へ駆け寄り安否を確認するようになった。

「よかった! ひさめさん、うにになってない!」
「逢珠真。あれは時雨の嘘だから、真に受けなくていいんだよ?」
「だめです! いっしゅんのゆだんがいのちとり! ひさめさんも、しゅういをけいかいしなきゃだめですよ!」

 前世で部下達に飽きるほど浴びせてきた言葉を六歳児に言われることになろうとは。氷雨は頭を抱えた。このまま逢珠真に付き合うべきか、時雨に騙されているだけだと残酷な真実を突き付けるべきか。先ほど「時雨の言ったことは嘘」と告げたのだが、逢珠真はそれさえも悪い魔女の罠だと思い込んでしまっている。

「う! き、急に、目眩が……このままでは、うにに……」
「ひさめさん!」

 悪い魔女の呪いにかかったフリをして、氷雨は胸を押さえたままゆっくりとリビングに倒れ込む。心配した逢珠真が慌てて駆け寄り、必死に氷雨の名前を呼ぶ。

「大丈夫。逢珠真、俺の手を、握って」
「ひさめさん。だめです。うにに、ならないで!」
「逢珠真。呪いが消えるよう、強く願って。そうすれば、俺はウニにならないから」
「は、はい!」

 氷雨の手を小さな両手で握りしめ、逢珠真は「氷雨さんの呪いが消えますように」と強く願った。暫くすると氷雨は起き上がり、逢珠真を抱きしめる。

「ありがとう。逢珠真。君のお陰で呪いは消えたよ」
「ほ、ほんとうに?」
「本当だよ。これでもう悪い魔女は俺に手出しできない。逢珠真の願いが、俺を守ってくれているからね」
「よ、よかった。ひさめさんが、かいせんどんにならなくて、ほんとうに、よかったです」
「うん」

 悪い魔女の呪いは逢珠真の願いの力によって打ち消された。そう告げると、逢珠真は心から安堵して氷雨の手を柔らかなほっぺにくっ付けた。優しい笑みを浮かべる逢珠真はまるで小さな天使のようで、氷雨は我慢できずもう一度小さな身体を強く抱きしめた。




 桜子に子どもがいたという話は瞬く間に拡散され、ネット上では様々な憶測が飛び交った。話題になるのを見越していたのか、雨之神公式ホームページとSNSアカウントから桜子直筆の手紙を公表した。手紙は丁寧な挨拶とお客様やファンへの感謝の気持ちから始まり、自分には愛する息子がいること、訳あって夫とは離婚したこと、今は愛する息子の為に雨之神で働いていたことなどが綴られていた。普通の従業員として働いていたら、思った以上に世間で話題になってしまい、人気になりすぎて息子のことを言い出せなくなってしまった。そして、今回の騒動でもう雨之神では働けないと判断し、愛する息子と遠方へ引っ越すことにしたと桜子の決意が書かれている。

『私は人気アイドルでも芸能人でもありません。皆様と同じ、一般人です。私と息子を詮索する行為、従業員やお客様のご迷惑になる行為はご遠慮ください。今後とも、雨之神をよろしくお願いいたします』

 周囲の反応は様々だったが、桜子の手紙が公表されると彼女を絶賛する言葉で埋め尽くされた。勿論「裏切られた」や「ファンやめる」といった否定的な反応もあったが、大多数は肯定的な反応だった。むしろ「更にファンになった」とか「桜子さん、字が綺麗」とか「対応が神」とか、幻滅どころか更にファン層を増やす結果となり、世間の声は「桜子さん、お店辞めないで!」というコメント一色になってしまった。

「桜子さん、本当に辞めちゃうのかな?」
「うちの父ちゃん、すっげえ落ち込んでたぜ」
「私のお父さんもかなりショックだったみたい」

 小学校でも桜子がお店を辞めるという話題ばかりだった。藤崎と宮下の父親も、桜子に息子がいたことやお店を辞めることを知ってショックを受け、ずっと落ち込んだままだという。

「てれびでも、しょうかいされてた」
「桜子さんの息子は誰? って言ってたね」
「打ち切りになったみたいだけどな」

 一部で「桜子さんの息子を探せ!」という企画や動画が流行したが、彼らは直ぐに謝罪文や動画を出して「桜子さん関連の取材は一切しません」と宣言していた。桜子からも「息子の詮索、迷惑行為は禁止」と言われていた為、世間も「そっとしておこう」という雰囲気に変わりつつある。そして、桜子さん騒動も漸く落ち着き始めた頃、雨之神では何時も通り桜子が従業員として働いていた。

「辞めるんじゃなかったのか?」
「それが……幻滅どころか好感度を爆上げする結果になってしまい、桜子さん続行です」
「巫山戯るな」
「だったら見てくださいよ! この手紙の山! あと公式ホームページに寄せられたコメントの数々!」
「新しいキャラをお前が演じればいいだろ? 桜子のライバルで、薫子なんてどうだ?」
「桜子さん続行です」
「おい」
「休憩時間は終わりです! さあ、行きましょう! 桜子さん!」
「…………」

 当初の予定では、手紙の内容通り桜子は愛する息子と遠方に引っ越して静かに暮らすというシナリオだった。のだが、桜子の手紙を公表すると世間の声は「桜子さん、お店を辞めないで!」という応援コメント一色となり、雨之神には桜子さんを応援する手紙やメッセージが山のように送られてきた。ルールやマナーはきちんと守るから、今後も雨之神で働いてほしい、と。このまま桜子が辞めてしまうと、彼女を切り捨てた雨之神自体が責め立てられる可能性が高くなる。時雨も悩みに悩んで、桜子と息子の写真や動画撮影は一切禁止、詮索も禁止という条件で桜子を続行するという決断を下した。

『またまた桜子さんから新たな手紙が公開されました! とっても嬉しいニュースですよ!』
『桜子さん、辞めなくてよかったですね! いやあ、僕も安心しました!』

 桜子の手紙が公開されると、直ぐに話題となりテレビでも特集が組まれた。逢珠真はじっとテレビを見ており、電源ボタンを押したくても押せない状況。暫くテレビを眺めた後、逢珠真はソファに座っている氷雨の隣にちょこんと座り、むぎゅっと彼の腰に抱きついた。

「どうしたの? 逢珠真」
「てがみのじ、ひさめさんのじ」
「そうだね」
「ひさめさん、またさくらこさんになるんですか?」
「本当はやめたいんだけどね。大人の事情で続けることになったんだ」
「おとなのじじょう?」
「逢珠真はまだ知らなくていいよ。難しいお話だからね」
「むう。おしえてくれないと、ひさめさんをまもれないです」
「ぷくっと膨れても可愛いだけだよ。逢珠真」
「わ!」

 大人の事情を教えてくれなかったのが不満で、逢珠真は頬をぷくっと膨らませた。可愛い逢珠真が怒っても更に可愛くなるだけ。いろんな感情を見せてくれる姿が愛おしくて、氷雨は脇の下に手を差し込んで逢珠真を抱き上げる。そして自分の膝の上に乗せ、可愛らしいおでこにちゅ、と口付けた。

「俺の王子様は、本当に可愛いな」
「うれしくないです」

 逢珠真の理想は筋肉ムキムキの逞しい大人の男性だ。今のままでは大好きな氷雨を守れない。背も小さく体も全体的にぷにっとしている。しかし氷雨はそんな逢珠真を何時も「可愛い」と言って甘やかすのだ。氷雨に甘やかされるのは嬉しいが、一人の男として見てもらえていないのは悔しい。そんな複雑な感情を逢珠真が抱いていることを知ってか知らずか、氷雨は優しい笑みを浮かべて彼の頭を撫で続けた。
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