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本編
本物4
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時雨と両想いになってからは驚くほど平穏だ。政典達が逮捕されたことで学校全体の雰囲気も柔らかくなった。逢珠真達は今週いっぱいまで氷雨が送迎し、来週からは何時も通り登校することになる。
「霧島先生。これから大変だね」
「それが教師の仕事ですから平気ですよ」
「そうじゃなくて、貴方の旦那様の方」
「安達先生、誰から聞いたんですか?」
「前に言ったでしょ? 私には霊感があるって。誰かに聞かなくても雰囲気で分かるのよ。それにしても、相変わらず圧が凄いわね。流石は本物。独占欲も執着心も神レベルだわ。あぁ、とても偉い神様だったね」
「また訳の分からないことを」
「まだ聞いてないんだ。それならこれ以上言うのは危険ね。黙っておくわ」
「中途半端なところで止めないでください。逆に気になります」
「週末には分かることよ」
春霞は既に気付いているが、やはり幸平には詳しく話してくれない。何時も気になるところで話を無理矢理終わらせて自分の仕事に集中するか、授業の準備を始めるか。これ以上聞いても彼女は答えてくれないと分かっているから、幸平も諦めて自分の仕事を片付けることにした。
「安達先生、もう一つ気になることがあるんですが」
「なに?」
「峯滝さんの好きな人が誰なのか、安達先生は知っているんですか?」
「うん。知ってるよ」
バサバサバサ! と二人のすぐ後ろから本が落ちる音がして咄嗟に振り返る。廊下に散らばる教科書とノート。あちこちに転がってしまった筆記用具。この世の終わりでも見たかのような表情で二人を見上げる男の子。
「ひさめさん、すきなひとがいるんですか?」
「峯滝くん」
「あちゃー」
「『あちゃー』じゃないですよ。安達先生」
教科書とノートを拾い呆然と立ち尽くす逢珠真に渡す。彼は力なく受け取り、落ちないよう両手で抱きかかえた。あちこち転がった筆記用具も拾い筆箱の中にきちんと仕舞う。
「あだちせんせい。おしえてください。ひさめさんは、だれがすきなんですか?」
「うーん。綺麗な黒髪で、目がクリッとしてて、頬がぷにぷにで、背が小さくて、笑顔がとおっても可愛い子かな?」
「ちょっと! 安達先生!」
「気になるなら峯滝さんに直接聞けばいいじゃない。まあ、今は本当のことは言えないでしょうけど」
氷雨の好きな人が誰なのか、春霞は言わなかった。これ以上言ったら祟られるからとまた訳の分からないことを言って去ってしまった。逢珠真は相当ショックだったのか、唇を引き結び必死に泣くのを我慢している。教材を持っている手も小さく震えており、その姿は痛々しい。
「峯滝くん」
「きりしませんせい。こんいんとどけはどこでもらえますか?」
「えっ? なんて?」
「こんいんとどけです! けっこんするには『こんいんとどけ』がひつようです!」
「は、はい。そうですね」
「そのこんいんとどけにぼくのなまえをかきます!」
「はい?」
「ひさめさんにもなまえをかいてもらいます!」
「…………」
「そうすれば、ぼくとひさめさんはえいえんにむすばれます! あいのけいやくしょです!」
「峯滝くん」
「ん?」
「それは、誰から聞いたんですか?」
「かおりちゃんです!」
「……宮下さんかあ」
ツッコミどころ満載で何から指摘すればいいのか分からない。峯滝くんって今何歳だっけ? 六歳だったな。まさか六歳の口から「婚姻届」なんて言葉が出てくるなんて……宮下さんは何時も何処から言葉を覚えてくるのか。逢珠真も逢珠真で氷雨と結婚するのは自分だと意気込んでいて頭が痛くなる。何をどう説明すべきか悩んでいると、帰りが遅い逢珠真を心配して省吾と歌織がやって来て三人は教室へ戻っていった。
「ふふ。そうですか。逢珠真がそんなことを」
「峯滝さんを誰かに奪われると思ったのかもしれません」
「とっても可愛らしい独占欲ですね」
「…………」
逢珠真を迎えに来た氷雨に先程のことを説明すると、彼は嬉しそうに微笑んだ。将来の夢はパパのお嫁さんになること! と言われて喜ぶ父親のようだ。彼の好きな人は誰なのか。知りたい気持ちはあるが、他者のプライベートを不躾に聞くものではない。
「逢珠真が大人になるまで、結婚する予定はありませんよ。私の一番の宝物は逢珠真ですから」
「七瀬さんではなく?」
「時雨が好きなのは貴方ですよ。霧島先生」
「な!」
何故そのことを知っているのか。顔を真っ赤にする幸平を見て氷雨はクスクス笑いながら「今日は時雨の機嫌が良かったので」と教えてくれた。初めて会った時から好きだった人と両想いになれたのだと。伴侶の偉大さを正直舐めていた。こんなにも大切で愛おしい存在だったなんて。時雨は和菓子の新作を作っている氷雨にずっと幸平への愛を語り続けていた。
「霧島先生が私の家に来た時から知っていましたよ」
「さ、最初から!?」
「えぇ。時雨と私の関係は上司と部下。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……勘違いしていた自分が、恥ずかしいです」
「誤解は解けましたか?」
「申し訳ありません。勝手に勘違いして」
「気にしないでください」
時雨が言った通り、氷雨も彼と全く同じ答えが返ってきた。二人は上司と部下でお互いに恋愛感情は抱いていない。勝手に勘違いして一喜一憂して、少しだけ氷雨に嫉妬していた自分が恥ずかしい。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、幸平は深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べ、逢珠真達を呼びに行った。
「霧島先生。これから大変だね」
「それが教師の仕事ですから平気ですよ」
「そうじゃなくて、貴方の旦那様の方」
「安達先生、誰から聞いたんですか?」
「前に言ったでしょ? 私には霊感があるって。誰かに聞かなくても雰囲気で分かるのよ。それにしても、相変わらず圧が凄いわね。流石は本物。独占欲も執着心も神レベルだわ。あぁ、とても偉い神様だったね」
「また訳の分からないことを」
「まだ聞いてないんだ。それならこれ以上言うのは危険ね。黙っておくわ」
「中途半端なところで止めないでください。逆に気になります」
「週末には分かることよ」
春霞は既に気付いているが、やはり幸平には詳しく話してくれない。何時も気になるところで話を無理矢理終わらせて自分の仕事に集中するか、授業の準備を始めるか。これ以上聞いても彼女は答えてくれないと分かっているから、幸平も諦めて自分の仕事を片付けることにした。
「安達先生、もう一つ気になることがあるんですが」
「なに?」
「峯滝さんの好きな人が誰なのか、安達先生は知っているんですか?」
「うん。知ってるよ」
バサバサバサ! と二人のすぐ後ろから本が落ちる音がして咄嗟に振り返る。廊下に散らばる教科書とノート。あちこちに転がってしまった筆記用具。この世の終わりでも見たかのような表情で二人を見上げる男の子。
「ひさめさん、すきなひとがいるんですか?」
「峯滝くん」
「あちゃー」
「『あちゃー』じゃないですよ。安達先生」
教科書とノートを拾い呆然と立ち尽くす逢珠真に渡す。彼は力なく受け取り、落ちないよう両手で抱きかかえた。あちこち転がった筆記用具も拾い筆箱の中にきちんと仕舞う。
「あだちせんせい。おしえてください。ひさめさんは、だれがすきなんですか?」
「うーん。綺麗な黒髪で、目がクリッとしてて、頬がぷにぷにで、背が小さくて、笑顔がとおっても可愛い子かな?」
「ちょっと! 安達先生!」
「気になるなら峯滝さんに直接聞けばいいじゃない。まあ、今は本当のことは言えないでしょうけど」
氷雨の好きな人が誰なのか、春霞は言わなかった。これ以上言ったら祟られるからとまた訳の分からないことを言って去ってしまった。逢珠真は相当ショックだったのか、唇を引き結び必死に泣くのを我慢している。教材を持っている手も小さく震えており、その姿は痛々しい。
「峯滝くん」
「きりしませんせい。こんいんとどけはどこでもらえますか?」
「えっ? なんて?」
「こんいんとどけです! けっこんするには『こんいんとどけ』がひつようです!」
「は、はい。そうですね」
「そのこんいんとどけにぼくのなまえをかきます!」
「はい?」
「ひさめさんにもなまえをかいてもらいます!」
「…………」
「そうすれば、ぼくとひさめさんはえいえんにむすばれます! あいのけいやくしょです!」
「峯滝くん」
「ん?」
「それは、誰から聞いたんですか?」
「かおりちゃんです!」
「……宮下さんかあ」
ツッコミどころ満載で何から指摘すればいいのか分からない。峯滝くんって今何歳だっけ? 六歳だったな。まさか六歳の口から「婚姻届」なんて言葉が出てくるなんて……宮下さんは何時も何処から言葉を覚えてくるのか。逢珠真も逢珠真で氷雨と結婚するのは自分だと意気込んでいて頭が痛くなる。何をどう説明すべきか悩んでいると、帰りが遅い逢珠真を心配して省吾と歌織がやって来て三人は教室へ戻っていった。
「ふふ。そうですか。逢珠真がそんなことを」
「峯滝さんを誰かに奪われると思ったのかもしれません」
「とっても可愛らしい独占欲ですね」
「…………」
逢珠真を迎えに来た氷雨に先程のことを説明すると、彼は嬉しそうに微笑んだ。将来の夢はパパのお嫁さんになること! と言われて喜ぶ父親のようだ。彼の好きな人は誰なのか。知りたい気持ちはあるが、他者のプライベートを不躾に聞くものではない。
「逢珠真が大人になるまで、結婚する予定はありませんよ。私の一番の宝物は逢珠真ですから」
「七瀬さんではなく?」
「時雨が好きなのは貴方ですよ。霧島先生」
「な!」
何故そのことを知っているのか。顔を真っ赤にする幸平を見て氷雨はクスクス笑いながら「今日は時雨の機嫌が良かったので」と教えてくれた。初めて会った時から好きだった人と両想いになれたのだと。伴侶の偉大さを正直舐めていた。こんなにも大切で愛おしい存在だったなんて。時雨は和菓子の新作を作っている氷雨にずっと幸平への愛を語り続けていた。
「霧島先生が私の家に来た時から知っていましたよ」
「さ、最初から!?」
「えぇ。時雨と私の関係は上司と部下。それ以上でもそれ以下でもありません」
「……勘違いしていた自分が、恥ずかしいです」
「誤解は解けましたか?」
「申し訳ありません。勝手に勘違いして」
「気にしないでください」
時雨が言った通り、氷雨も彼と全く同じ答えが返ってきた。二人は上司と部下でお互いに恋愛感情は抱いていない。勝手に勘違いして一喜一憂して、少しだけ氷雨に嫉妬していた自分が恥ずかしい。申し訳ない気持ちでいっぱいになり、幸平は深々と頭を下げて謝罪の言葉を述べ、逢珠真達を呼びに行った。
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