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第1章
完璧な王子様2
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夕と鈴は言葉を失った。見渡す限り箱、箱、箱。部屋の中に山のように積み上げられた箱を見上げ、鈴と夕は同時にユリウスへと視線を向ける。
『大量に贈られて来る林檎の焼き菓子を処理する方法を考えてほしい』
ユリウスと話していく内に、二人はユリウスと少しだけ仲良くなった。その時にアップルパイの話になり、ユリウスが大量に贈られて来る林檎の焼き菓子に困っていると聞く。何時もどうやって処理するかで頭を悩ませている、と。
本当に困っている様子のユリウスを放っては置けず、二人は言ってしまったのだ。
「協力しましょうか」と。
二人のその言葉を聞いた瞬間、ユリウスはパッと表情を明るくさせ夕の手を握り「よろしく頼む!」と言った。それからの流れは早く、先ずは状況把握しようとユリウスの部屋へ向かったのだが、其処で二人は顔を真っ青にする。
贈られて来たアップルパイの量が、二人の予想を遥かに超える量だったからだ。見渡す限り箱の山で、林檎の匂いが鼻に付く。普通なら美味しそうな匂いがする筈なのに、莫大な量のせいで、折角のアップルパイの香りが台無しになっている。異臭とも言える臭いに、二人は我慢出来ず顔を顰める。
「あの、何時も、この量なんですか?」
恐る恐る鈴が問うと、ユリウスは首を横に振る。
あ、なんだ。何時もはもっと少ないのか。ちょっと安心した、と二人が思っていた時……
「これはまだ少ない方だ」
「え!?」
「普段はこの三、四倍の量が贈られて来る」
「まさかの逆!?」
「お陰で客室だった部屋が倉庫と化してしまった」
「…………」
そりゃ、こんだけの量を贈られて来たら頭を抱えても無理は無いよな。
二人は心の中でユリウスに同情の言葉を呟いた。今、ユリウスの部屋に山積みにされている量でも多いと言うのに、何時もはこの量の三、四倍の量が贈られて来るのだから、贈られて来る方からしたら溜まったもんじゃない。様々な口実を作ってはパーティーを開いて処理していると言うが、それでも全てを処理出来ていないのが現状らしい。主な贈り主がユリウスの婚約者になりたい王族貴族故に、処理するにしてもかなり厄介だと言う。
「処理するって言ってもなぁ」
「大食い大会か、城下で林檎のお祭りをするくらいしか」
「後は、貧しい地域に配布するとか? けど、場所によっては痛むよな」
「…………」
「…………」
「……はぁ……」
「済まない」
大食い大会とは何だ? 林檎の祭りとは、林檎で何かをするのか? 貧しい地域に配布とは、具体的にはどのように……
夕と鈴はユリウスの質問に驚き、言葉を失う。日本では当たり前のようにあった事を口にしただけなのだが、どうやらこの世界には日本のようなイベントや支援活動と言った事はしていないらしい。
最初こそ驚きはしたが、世界が違えば文化も違う事を改めて理解し、二人はユリウスに一つずつ丁寧に説明した。説明していく内に、ユリウスは二人が居た世界に酷く興味を持ち、熱心に二人の話を聞いた。二人が居た国の国民性や高い技術力等を知り、微笑みながら「また、聞かせてほしい」と言った。
二人は顔を見合わせ一瞬キョトンとするが、ユリウスにニッコリと笑い「俺達の話でいいなら」と伝えた。
大量の林檎の焼き菓子は、毒や異物が入っていないかを厳重に調べた後、貧しい地域に住む人々の元へ配布する事に決まった。
アップルパイの処理方法も決まり、ひと段落した後、鈴がユリウスに話し掛けた。
「あの、ユリウス様……」
鈴に「何だ?」と問うユリウスに、彼はアップルパイの贈り主について聞く。「アップルパイの贈り主は、ユリウス様の婚約希望者が多いのですか?」と。鈴にそう聞かれた瞬間、ユリウスは山積みになった大量の箱に視線を向ける。言われてみれば、確かに高級洋菓子店の物が多い事に気付き、鈴に視線を戻す。
「そのご様子だと、図星のようですね」
「…………」
「あの、余計なお世話かもしれませんが……偽装でも良いので、誰か一人と『婚約します』と公の場で宣言してみては如何でしょう?」
鈴の言葉に衝撃を受け、ユリウスは動揺し、目を見開く。ユリウスの婚約者になりたいと言う希望者は数多く存在する。何度か婚約者を決めるパーティーも開いていたが、それは全て社交辞令であり、ユリウス自身、婚約者を決める気も結婚する気もなかった。
幼い頃からずっと好きな人がいるからだ。毎日のように命を狙われ、周囲からバケモノと罵られ、生きる希望さえ失いかけた時期が、ユリウスにはあった。絶望の淵に突き落とされそうになった時、助けてくれた人がいた。その人の事を忘れた事はない。助けられた日から、また会いたいと思い続けた。その思いは成長するに連れ段々強くなり、幼い子どもの願いから甘く切ない恋情に変わっていった。
助けてくれた人から与えられたのが林檎の焼き菓子だった為、ユリウスは林檎の焼き菓子を見る度にその人の事を思い出し、無意識に優しい笑みを浮かべていたのだろう。その優しい笑みを偶然見た周囲の人々が「ユリウス様は林檎の焼き菓子が大好き」と噂するようになり、今の状況と言う訳だ。
ユリウスは林檎の焼き菓子が大好きではない。大好きなのは、助けてくれた人が与えてくれた林檎の焼き菓子のみ。それ以外のものには一切の興味を示さない。それ程、ユリウスは自分を助けてくれた人が好きなのだ。その人以外とは婚約も結婚もする気はない。それが例え、偽装だとしても……
その意を伝える為、ユリウスが口を開こうとする。
「偽物でも、婚約者を作ればアップルパイの量も減りますし、ユリウス様の気苦労も半減すると思うんです。ユリウス様に相応しい人なら、此処に居ますし……」
と言いつつ鈴は夕へと視線を向ける。自分の言葉を遮って何を言い出すかと思えばと、ユリウスは一瞬だけ鈴に幻滅する。最初は自分を婚約者にと言っているのかと思うが、鈴は婚約者に相応しいと言いながら夕とユリウスを交互に見る。まるで、婚約者に夕を選べと言っているかのように。
鈴の意図を理解したユリウスの決断は早かった。夕に近寄り、婚約者になってほしいと頼もうとユリウスが口を開こうとした時……
「それはとても良い案ですね」
ニッコリ、満面の笑みを浮かべ、男は鈴を見る。ハニーブラウンの少し癖のある髪に、深い森のような緑色の瞳。物腰柔らかく、優しそうな印象なのに、何処か黒さを含んだ笑みに、夕と鈴は身構える。
「初めまして、神子様。私はクラウス・グラスと申します。ユリウス様の従者を務めております。以後、お見知りおきを」
丁寧に自己紹介をするクラウスに、鈴と夕もぎこちなく自己紹介をする。顔に貼り付けた笑顔はそのままに、クラウスは楽しそうに口を開いた。
「容姿も性格も申し分無い神子様なら、ユリウス様の隣に居ても違和感はございませんね。ユリウス様の事、よろしくお願い致します。神子様」
「…………」
鈴の前で跪くクラウスに、鈴もユリウスも驚き、言葉を発する事が出来ない。
「確かに、鈴……神子様とユリウス様、お似合いですね」
「…………」
夕の無神経な発言に、ユリウスはガックリと肩を落とし、鈴は怒りを通り越し呆れ果て、額に手を当てて深い溜息を吐く。
鈍いにも程がある!
声に出すのを我慢し、鈴は心の中で大声で叫んだ。
鈴はずっと不機嫌だった。その表情を隠しもせず、苛ついた様子で口を開く。
「何で俺がユリウス様の婚約者に選ばれるんだよ」
「お前が言い出したんだろ?」
「『ユリウス様と結婚したい』何て言った覚えはない」
「そりゃそうだけど……」
「俺は『ユリウス様が婚約者を公表すれば、面倒事が減るんじゃないか』って言ったんだ」
「良心で言ったアドバイスが裏目に出たんだな」
「誰のせいだと思ってんだ?」
「俺のせいじゃない事は確かだな!」
「…………」
自信満々に告げる夕に、鈴は怒りを通り越して呆れ果てる。夕は恋愛感情に関して、超が付く程鈍い。一般人でも気付くような事でも全く気付かない。
ユリウスと初めて会ったあの日、鈴はユリウスが夕に好意を抱いている事に直ぐに気付いた。自分と話していた時は表情を崩さず、淡々と話をしていたのに対し、ユリウスが夕の存在に気付いた途端、彼は夕を見て表情を崩したのだ。
ずっと探していた大切なものを見つけたような、迷子になった子どもが大好きな母親を見つけた時のような、そんな表情をユリウスはしていた。
其処で鈴は夕が話していた夢の事を思い出す。
殺されそうになっていた子どもを助けた事。神殿のような場所に逃げ込み、其処で子どもにアップルパイを食べさせた事。警戒心が強く、中々心を開いてくれなかった事。子どもが周囲から化け物扱いされているらしいと言う事。
自分の存在を否定しようとした子どもに、 魔法の言葉と称して「生きても良い」と言う内容の台詞を言った事。
「銀髪の蒼い目をした美少女だった」やら「滅茶苦茶可愛かった」やら「妹だったらなぁ」やら、どうでも良い事をニヤけ顏で話していたが……
鈴はそんな夕をロリコンと言って罵っていたが、異世界にトリップし、ユリウスの反応を目の当たりにして確信した。
夕が見た夢はただの夢ではなく、実際に起こっていた現実である事。夕が助けた銀髪蒼眼の美少女がユリウスである事。
そう考えれば、夕が作った筈のアップルパイが何処にも無かった事にも納得が行く。子どもにアップルパイを食べさせていたのなら、無くて当然だ。更に「ユリウス様は林檎の焼き菓子が大好き」と言う噂を聞き、夕を見たユリウスの反応を見れば、疑う余地はない。
だから、鈴は自らユリウスと夕のキューピッド役を買って出た。ユリウスに「婚約者を公表すれば良い」とアドバイスをし、その婚約者を夕にしろと視線でユリウスに伝えて……
ユリウスは鈴の意図を理解し、夕に婚約者になってもらおうとしていた。それなのに、その婚約者は夕ではなく、鈴になってしまった。
ユリウスの従者、クラウスの発言によって……
婚約者の噂は瞬く間に広まり、ユリウスが婚約者に夕を選べない状況になってしまった。にも関わらず、当の本人は全く気にする様子もなく、ユリウスと鈴に対して「やっぱりお似合いだな」と言う始末。
幾ら家族とは言え、これ程までに夕を殺したいと鈴が思ったのは初めてだ。鈍すぎる思考回路に、無神経な発言。
料理は上手いのに、菓子作りも上手いのに、武術だって出来るハイスペックの癖に、何で恋愛に関してはこんなにも鈍くなるんだ。
未だに「お幸せに」と、巫山戯た台詞を抜かす夕に耐え切れず、鈴は思いっ切り夕の脛を蹴ったのだった。痛みに悶える夕を見下し、鈴は仏頂面で「自業自得」と吐き捨てた。
『大量に贈られて来る林檎の焼き菓子を処理する方法を考えてほしい』
ユリウスと話していく内に、二人はユリウスと少しだけ仲良くなった。その時にアップルパイの話になり、ユリウスが大量に贈られて来る林檎の焼き菓子に困っていると聞く。何時もどうやって処理するかで頭を悩ませている、と。
本当に困っている様子のユリウスを放っては置けず、二人は言ってしまったのだ。
「協力しましょうか」と。
二人のその言葉を聞いた瞬間、ユリウスはパッと表情を明るくさせ夕の手を握り「よろしく頼む!」と言った。それからの流れは早く、先ずは状況把握しようとユリウスの部屋へ向かったのだが、其処で二人は顔を真っ青にする。
贈られて来たアップルパイの量が、二人の予想を遥かに超える量だったからだ。見渡す限り箱の山で、林檎の匂いが鼻に付く。普通なら美味しそうな匂いがする筈なのに、莫大な量のせいで、折角のアップルパイの香りが台無しになっている。異臭とも言える臭いに、二人は我慢出来ず顔を顰める。
「あの、何時も、この量なんですか?」
恐る恐る鈴が問うと、ユリウスは首を横に振る。
あ、なんだ。何時もはもっと少ないのか。ちょっと安心した、と二人が思っていた時……
「これはまだ少ない方だ」
「え!?」
「普段はこの三、四倍の量が贈られて来る」
「まさかの逆!?」
「お陰で客室だった部屋が倉庫と化してしまった」
「…………」
そりゃ、こんだけの量を贈られて来たら頭を抱えても無理は無いよな。
二人は心の中でユリウスに同情の言葉を呟いた。今、ユリウスの部屋に山積みにされている量でも多いと言うのに、何時もはこの量の三、四倍の量が贈られて来るのだから、贈られて来る方からしたら溜まったもんじゃない。様々な口実を作ってはパーティーを開いて処理していると言うが、それでも全てを処理出来ていないのが現状らしい。主な贈り主がユリウスの婚約者になりたい王族貴族故に、処理するにしてもかなり厄介だと言う。
「処理するって言ってもなぁ」
「大食い大会か、城下で林檎のお祭りをするくらいしか」
「後は、貧しい地域に配布するとか? けど、場所によっては痛むよな」
「…………」
「…………」
「……はぁ……」
「済まない」
大食い大会とは何だ? 林檎の祭りとは、林檎で何かをするのか? 貧しい地域に配布とは、具体的にはどのように……
夕と鈴はユリウスの質問に驚き、言葉を失う。日本では当たり前のようにあった事を口にしただけなのだが、どうやらこの世界には日本のようなイベントや支援活動と言った事はしていないらしい。
最初こそ驚きはしたが、世界が違えば文化も違う事を改めて理解し、二人はユリウスに一つずつ丁寧に説明した。説明していく内に、ユリウスは二人が居た世界に酷く興味を持ち、熱心に二人の話を聞いた。二人が居た国の国民性や高い技術力等を知り、微笑みながら「また、聞かせてほしい」と言った。
二人は顔を見合わせ一瞬キョトンとするが、ユリウスにニッコリと笑い「俺達の話でいいなら」と伝えた。
大量の林檎の焼き菓子は、毒や異物が入っていないかを厳重に調べた後、貧しい地域に住む人々の元へ配布する事に決まった。
アップルパイの処理方法も決まり、ひと段落した後、鈴がユリウスに話し掛けた。
「あの、ユリウス様……」
鈴に「何だ?」と問うユリウスに、彼はアップルパイの贈り主について聞く。「アップルパイの贈り主は、ユリウス様の婚約希望者が多いのですか?」と。鈴にそう聞かれた瞬間、ユリウスは山積みになった大量の箱に視線を向ける。言われてみれば、確かに高級洋菓子店の物が多い事に気付き、鈴に視線を戻す。
「そのご様子だと、図星のようですね」
「…………」
「あの、余計なお世話かもしれませんが……偽装でも良いので、誰か一人と『婚約します』と公の場で宣言してみては如何でしょう?」
鈴の言葉に衝撃を受け、ユリウスは動揺し、目を見開く。ユリウスの婚約者になりたいと言う希望者は数多く存在する。何度か婚約者を決めるパーティーも開いていたが、それは全て社交辞令であり、ユリウス自身、婚約者を決める気も結婚する気もなかった。
幼い頃からずっと好きな人がいるからだ。毎日のように命を狙われ、周囲からバケモノと罵られ、生きる希望さえ失いかけた時期が、ユリウスにはあった。絶望の淵に突き落とされそうになった時、助けてくれた人がいた。その人の事を忘れた事はない。助けられた日から、また会いたいと思い続けた。その思いは成長するに連れ段々強くなり、幼い子どもの願いから甘く切ない恋情に変わっていった。
助けてくれた人から与えられたのが林檎の焼き菓子だった為、ユリウスは林檎の焼き菓子を見る度にその人の事を思い出し、無意識に優しい笑みを浮かべていたのだろう。その優しい笑みを偶然見た周囲の人々が「ユリウス様は林檎の焼き菓子が大好き」と噂するようになり、今の状況と言う訳だ。
ユリウスは林檎の焼き菓子が大好きではない。大好きなのは、助けてくれた人が与えてくれた林檎の焼き菓子のみ。それ以外のものには一切の興味を示さない。それ程、ユリウスは自分を助けてくれた人が好きなのだ。その人以外とは婚約も結婚もする気はない。それが例え、偽装だとしても……
その意を伝える為、ユリウスが口を開こうとする。
「偽物でも、婚約者を作ればアップルパイの量も減りますし、ユリウス様の気苦労も半減すると思うんです。ユリウス様に相応しい人なら、此処に居ますし……」
と言いつつ鈴は夕へと視線を向ける。自分の言葉を遮って何を言い出すかと思えばと、ユリウスは一瞬だけ鈴に幻滅する。最初は自分を婚約者にと言っているのかと思うが、鈴は婚約者に相応しいと言いながら夕とユリウスを交互に見る。まるで、婚約者に夕を選べと言っているかのように。
鈴の意図を理解したユリウスの決断は早かった。夕に近寄り、婚約者になってほしいと頼もうとユリウスが口を開こうとした時……
「それはとても良い案ですね」
ニッコリ、満面の笑みを浮かべ、男は鈴を見る。ハニーブラウンの少し癖のある髪に、深い森のような緑色の瞳。物腰柔らかく、優しそうな印象なのに、何処か黒さを含んだ笑みに、夕と鈴は身構える。
「初めまして、神子様。私はクラウス・グラスと申します。ユリウス様の従者を務めております。以後、お見知りおきを」
丁寧に自己紹介をするクラウスに、鈴と夕もぎこちなく自己紹介をする。顔に貼り付けた笑顔はそのままに、クラウスは楽しそうに口を開いた。
「容姿も性格も申し分無い神子様なら、ユリウス様の隣に居ても違和感はございませんね。ユリウス様の事、よろしくお願い致します。神子様」
「…………」
鈴の前で跪くクラウスに、鈴もユリウスも驚き、言葉を発する事が出来ない。
「確かに、鈴……神子様とユリウス様、お似合いですね」
「…………」
夕の無神経な発言に、ユリウスはガックリと肩を落とし、鈴は怒りを通り越し呆れ果て、額に手を当てて深い溜息を吐く。
鈍いにも程がある!
声に出すのを我慢し、鈴は心の中で大声で叫んだ。
鈴はずっと不機嫌だった。その表情を隠しもせず、苛ついた様子で口を開く。
「何で俺がユリウス様の婚約者に選ばれるんだよ」
「お前が言い出したんだろ?」
「『ユリウス様と結婚したい』何て言った覚えはない」
「そりゃそうだけど……」
「俺は『ユリウス様が婚約者を公表すれば、面倒事が減るんじゃないか』って言ったんだ」
「良心で言ったアドバイスが裏目に出たんだな」
「誰のせいだと思ってんだ?」
「俺のせいじゃない事は確かだな!」
「…………」
自信満々に告げる夕に、鈴は怒りを通り越して呆れ果てる。夕は恋愛感情に関して、超が付く程鈍い。一般人でも気付くような事でも全く気付かない。
ユリウスと初めて会ったあの日、鈴はユリウスが夕に好意を抱いている事に直ぐに気付いた。自分と話していた時は表情を崩さず、淡々と話をしていたのに対し、ユリウスが夕の存在に気付いた途端、彼は夕を見て表情を崩したのだ。
ずっと探していた大切なものを見つけたような、迷子になった子どもが大好きな母親を見つけた時のような、そんな表情をユリウスはしていた。
其処で鈴は夕が話していた夢の事を思い出す。
殺されそうになっていた子どもを助けた事。神殿のような場所に逃げ込み、其処で子どもにアップルパイを食べさせた事。警戒心が強く、中々心を開いてくれなかった事。子どもが周囲から化け物扱いされているらしいと言う事。
自分の存在を否定しようとした子どもに、 魔法の言葉と称して「生きても良い」と言う内容の台詞を言った事。
「銀髪の蒼い目をした美少女だった」やら「滅茶苦茶可愛かった」やら「妹だったらなぁ」やら、どうでも良い事をニヤけ顏で話していたが……
鈴はそんな夕をロリコンと言って罵っていたが、異世界にトリップし、ユリウスの反応を目の当たりにして確信した。
夕が見た夢はただの夢ではなく、実際に起こっていた現実である事。夕が助けた銀髪蒼眼の美少女がユリウスである事。
そう考えれば、夕が作った筈のアップルパイが何処にも無かった事にも納得が行く。子どもにアップルパイを食べさせていたのなら、無くて当然だ。更に「ユリウス様は林檎の焼き菓子が大好き」と言う噂を聞き、夕を見たユリウスの反応を見れば、疑う余地はない。
だから、鈴は自らユリウスと夕のキューピッド役を買って出た。ユリウスに「婚約者を公表すれば良い」とアドバイスをし、その婚約者を夕にしろと視線でユリウスに伝えて……
ユリウスは鈴の意図を理解し、夕に婚約者になってもらおうとしていた。それなのに、その婚約者は夕ではなく、鈴になってしまった。
ユリウスの従者、クラウスの発言によって……
婚約者の噂は瞬く間に広まり、ユリウスが婚約者に夕を選べない状況になってしまった。にも関わらず、当の本人は全く気にする様子もなく、ユリウスと鈴に対して「やっぱりお似合いだな」と言う始末。
幾ら家族とは言え、これ程までに夕を殺したいと鈴が思ったのは初めてだ。鈍すぎる思考回路に、無神経な発言。
料理は上手いのに、菓子作りも上手いのに、武術だって出来るハイスペックの癖に、何で恋愛に関してはこんなにも鈍くなるんだ。
未だに「お幸せに」と、巫山戯た台詞を抜かす夕に耐え切れず、鈴は思いっ切り夕の脛を蹴ったのだった。痛みに悶える夕を見下し、鈴は仏頂面で「自業自得」と吐き捨てた。
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