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第2章
深海の魔女
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浜辺を歩いていると、鈴は視線の先に見覚えのある姿を見付けて顔を歪める。
「何、してんの?」
「おや? 運が悪い。まさか、こんな所を人間に見られるとは……」
「酷い有り様だな」
言いながら、鈴は老いた人魚の手を取った。元々爛れていた細い体には、無数の擦り傷があり、尾鰭の根元には縄や海藻が巻き付いていた。老いた人魚の状態を確認し、鈴は大きく舌打ちした。
不機嫌な表情のまま、鈴は手を放し、口を開いた。
「シンジュを知っているか?」
「…………」
問うと人魚は一瞬だけ表情を崩したが、直ぐに表情を戻した。
「交換条件だ。お前を助けてやる代わりに、お前の知っている事を全て教えろ」
鈴は小さな小瓶をポケットから取り出し、老いた人魚に見せた。小瓶の中の貝を見て、今度こそ、人魚は表情を崩した。
真っ黒だった貝殻。淀み、汚かった貝殻を、鈴に渡した筈だった。しかし、小瓶に入っている貝殻は、見違えるほど綺麗になっていた。
真っ黒だった貝殻は、透明な水晶のような輝きを放ち、その中にある水色の珠も、淡く光り、輝いていた。
「成る程。本当に、生意気な小娘だ」
懐かしむように、貝を見詰めて言う人魚に、鈴は「どういう事か説明しろ」と言った。人魚は鈴に目を向ける。
「切っても切れぬ縁と言うのかね。繋がってないように見えて、実は繋がっている。この、空と海のように……」
「は?」
突然、訳の分からない事を言う人魚に、鈴は不審の目を向ける。詩人にでもなったつもりか?と鈴が疑問に思っていると、人魚は鈴に視線を戻し、口を開いた。
「人魚の話を、ボウヤは知っているかい?」
「人魚? 人魚姫なら知ってるけど……」
「それはどんな話だい?」
「どんなって……」
訳も分からず、鈴は人魚に人魚姫の話をした。一通り説明すると、人魚は「成る程」と言って、暫く黙った後、再び口を開いた。
「姉の話に酷似しているね。所々相違点はあるが、姉に良く似ている」
「姉?」
「そうさ。姉。シンジュの、姉だよ」
シンジュに姉が居た事に驚き、鈴は人魚を凝視する。人魚は鈴を気にすることなく、話を続けた。
「綺麗な容姿に、美しい声。明るく、とても優しい、誰からも愛される存在。それが、シンジュの姉だ。当時は、姉が神子だと思う輩も多かった。人魚族は、シンジュの姉が大好きだったんだ。シンジュを、邪魔者扱いする程に、盲信的に姉を慕っていた」
「邪魔者?」
「姉は何時も弟のシンジュを第一に考えていたからね。姉の愛情を、弟が独り占めしてるように見えたんだろう。人魚族は、姉には媚を売っていたが、弟に対しては、迫害に近い扱いをしていたね。弟は体が弱く、容姿も人魚族の中では劣っていた。それだけの理由で、弟はずっと人魚族から敵意を向けられていたのさ」
「…………」
「姉が十六になった時、周囲の反対を押し切って、地上へ向かった。人間の姿になって、あの城の王子に会いに行った。危ない所を、偶然通りかかった王子に助けられて以来、姉はずっと王子の事を想い続けた。しかし、姉の想いは王子には届かなかった。失恋した姉はその身を海へ投げ捨て、泡となって消えてしまった」
それが、この世界の人魚の話だ。
話を聞き、鈴は何も話さず、ただ、老いた人魚を見詰めていた。鈴が知りたいのは、姉ではなく、弟のシンジュと言う人魚の事だ。姉の話は、鈴に取ってどうでも良かった。
「人魚族は愚かだね。自ら神子を死へと追いやったのだから……」
鈴の思いを感じ取ったのか、老いた人魚は海を眺めながらポツリと呟いた。
「姉の死を知った人魚族は、人間が姉を殺したと思い込んだ。姉の死を悲しみ、人間を憎み、その憎悪は、弟に向けられたのさ」
「は?」
「彼等は弟が姉を無理矢理地上へ向かわせたと決め付けた。人間になる薬をワタシに作らせ、王子を殺せと言う命令を下した。王子を殺せば、姉が生き返ると、本気で思ってるようでね。困ったものだ。死者は蘇らない。それが自然の摂理だと言うのに……」
「なら、シンジュを蘇らせる方法も……」
「普通に考えれば、不可能だね」
「…………」
「地上なら、幸せになれると思ったんだがねぇ。あの小娘の言った通りになってしまった。王子の元へ行けば、弟は幸せになれる筈だった。いいや、それは、ワタシの願望か。人魚族は諦めが悪くて嫌になるよ。地上に行ってまで、弟に王子殺しを強要したんだからね。弟は、何度も『出来ない』と叫んでいたと言うのに……」
「…………」
「人魚族とのやり取りを、王子に聞かれてしまった弟は、姉と同じ結末を迎えた。王子を殺す為に渡されたナイフを、自分の胸に突き刺して自害した。耐えられなかったんだろう。王子を騙している事に、人魚族に責め立てられる事に……」
「身勝手だな」
無意識に言葉が出て来た。シンジュは、何も悪くない。満月の夜、泣きながら謝っていたのは、二人を騙していたからではないのか。二人は、本当にシンジュの事を大切にしていた。その二人の優しさが、余計にシンジュを苦しめた。
人魚族の、身勝手で残忍な命令の所為で……ユリウスとリベルテが憎いなら、何故直接殺しに来ない? 姉が死んで、一番悲しかったのはシンジュの筈だ。姉の死を受け止める時間も与えずに、無理矢理人間にして地上に放置したのか? 姉を生き返らせる事が出来るなら、弟の命を、王子の命を、奪っても良いのか?
「空と海は、本当に仲が良いね」
「は?」
老いた人魚は鈴を見て、優しい口調で言う。空と海。
この人魚は、空と海が好きなのか?
そんな疑問を抱いていると、老いた人魚は何かを呟く。その瞬間、何も無い所から一冊の本が現れ、鈴は驚きの声を上げる。
「魔法を見るのは初めてかい? ワタシは深海の魔女。こんな魔法くらい、使えて当然さ」
不敵な笑みを浮かべ、自慢げに言う人魚に、鈴は不機嫌な表情をして睨み付ける。すると、人魚は本を鈴に投げ渡し、次に水の入った小瓶も投げ渡す。突然渡された本と小瓶を受け取り、鈴は人魚を凝視した。
「死者を蘇らせる事は不可能だと言ったが、弟なら可能だと言ったら、ボウヤは信じるかい?」
人魚の言葉に、鈴は言葉を失う。死者を蘇らせる事は出来ない。それは、この世界でも同じ。しかし、人魚は言った。「可能」だと。
もし、シンジュを蘇らせる方法があるなら。もし、シンジュを蘇らせる事で、ユリウスとリベルテの関係を修復出来るなら。もし、シンジュが蘇って、皆が幸せになれるなら……
「教えろ」
迷う事なく、鈴は老いた人魚に言った。
「まずいね」
遠くの砂浜を見据え、人魚は険しい表情をして呟いた。
「直ぐに次男坊の所へお行き」
鈴が人魚に絡まった縄や海藻を一つ一つ外していた時、人魚は鈴に言った。
「次男坊が刺された。放って置けば死ぬ」
人魚の言葉に、鈴は固まった。海藻や縄を外す為に動かしていた手も止まり、人魚を凝視する。
「次男坊が死ねば、弟は蘇らない。優先順位を間違うんじゃないよ。誤った判断を一度でもしてしまえば、取り返しの付かない惨事になる。早くお行き、ボウヤ。次男坊はこの先に居る」
人魚の言う次男坊はリベルテの事だ。この人魚は嘘を吐かない。鈴は確信していた。リベルテが誰かに刺され、死にかけている。鈴は一瞬迷うが、人魚はキッパリと言い放った。リベルテを優先しろと。リベルテの居る場所を指差して……
「借りは必ず返す」
人魚にそう言い残し、鈴は渡された本と小瓶を持ち、リベルテが居る場所へ急いで向かった。
「何、してんの?」
「おや? 運が悪い。まさか、こんな所を人間に見られるとは……」
「酷い有り様だな」
言いながら、鈴は老いた人魚の手を取った。元々爛れていた細い体には、無数の擦り傷があり、尾鰭の根元には縄や海藻が巻き付いていた。老いた人魚の状態を確認し、鈴は大きく舌打ちした。
不機嫌な表情のまま、鈴は手を放し、口を開いた。
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「…………」
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真っ黒だった貝殻は、透明な水晶のような輝きを放ち、その中にある水色の珠も、淡く光り、輝いていた。
「成る程。本当に、生意気な小娘だ」
懐かしむように、貝を見詰めて言う人魚に、鈴は「どういう事か説明しろ」と言った。人魚は鈴に目を向ける。
「切っても切れぬ縁と言うのかね。繋がってないように見えて、実は繋がっている。この、空と海のように……」
「は?」
突然、訳の分からない事を言う人魚に、鈴は不審の目を向ける。詩人にでもなったつもりか?と鈴が疑問に思っていると、人魚は鈴に視線を戻し、口を開いた。
「人魚の話を、ボウヤは知っているかい?」
「人魚? 人魚姫なら知ってるけど……」
「それはどんな話だい?」
「どんなって……」
訳も分からず、鈴は人魚に人魚姫の話をした。一通り説明すると、人魚は「成る程」と言って、暫く黙った後、再び口を開いた。
「姉の話に酷似しているね。所々相違点はあるが、姉に良く似ている」
「姉?」
「そうさ。姉。シンジュの、姉だよ」
シンジュに姉が居た事に驚き、鈴は人魚を凝視する。人魚は鈴を気にすることなく、話を続けた。
「綺麗な容姿に、美しい声。明るく、とても優しい、誰からも愛される存在。それが、シンジュの姉だ。当時は、姉が神子だと思う輩も多かった。人魚族は、シンジュの姉が大好きだったんだ。シンジュを、邪魔者扱いする程に、盲信的に姉を慕っていた」
「邪魔者?」
「姉は何時も弟のシンジュを第一に考えていたからね。姉の愛情を、弟が独り占めしてるように見えたんだろう。人魚族は、姉には媚を売っていたが、弟に対しては、迫害に近い扱いをしていたね。弟は体が弱く、容姿も人魚族の中では劣っていた。それだけの理由で、弟はずっと人魚族から敵意を向けられていたのさ」
「…………」
「姉が十六になった時、周囲の反対を押し切って、地上へ向かった。人間の姿になって、あの城の王子に会いに行った。危ない所を、偶然通りかかった王子に助けられて以来、姉はずっと王子の事を想い続けた。しかし、姉の想いは王子には届かなかった。失恋した姉はその身を海へ投げ捨て、泡となって消えてしまった」
それが、この世界の人魚の話だ。
話を聞き、鈴は何も話さず、ただ、老いた人魚を見詰めていた。鈴が知りたいのは、姉ではなく、弟のシンジュと言う人魚の事だ。姉の話は、鈴に取ってどうでも良かった。
「人魚族は愚かだね。自ら神子を死へと追いやったのだから……」
鈴の思いを感じ取ったのか、老いた人魚は海を眺めながらポツリと呟いた。
「姉の死を知った人魚族は、人間が姉を殺したと思い込んだ。姉の死を悲しみ、人間を憎み、その憎悪は、弟に向けられたのさ」
「は?」
「彼等は弟が姉を無理矢理地上へ向かわせたと決め付けた。人間になる薬をワタシに作らせ、王子を殺せと言う命令を下した。王子を殺せば、姉が生き返ると、本気で思ってるようでね。困ったものだ。死者は蘇らない。それが自然の摂理だと言うのに……」
「なら、シンジュを蘇らせる方法も……」
「普通に考えれば、不可能だね」
「…………」
「地上なら、幸せになれると思ったんだがねぇ。あの小娘の言った通りになってしまった。王子の元へ行けば、弟は幸せになれる筈だった。いいや、それは、ワタシの願望か。人魚族は諦めが悪くて嫌になるよ。地上に行ってまで、弟に王子殺しを強要したんだからね。弟は、何度も『出来ない』と叫んでいたと言うのに……」
「…………」
「人魚族とのやり取りを、王子に聞かれてしまった弟は、姉と同じ結末を迎えた。王子を殺す為に渡されたナイフを、自分の胸に突き刺して自害した。耐えられなかったんだろう。王子を騙している事に、人魚族に責め立てられる事に……」
「身勝手だな」
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人魚族の、身勝手で残忍な命令の所為で……ユリウスとリベルテが憎いなら、何故直接殺しに来ない? 姉が死んで、一番悲しかったのはシンジュの筈だ。姉の死を受け止める時間も与えずに、無理矢理人間にして地上に放置したのか? 姉を生き返らせる事が出来るなら、弟の命を、王子の命を、奪っても良いのか?
「空と海は、本当に仲が良いね」
「は?」
老いた人魚は鈴を見て、優しい口調で言う。空と海。
この人魚は、空と海が好きなのか?
そんな疑問を抱いていると、老いた人魚は何かを呟く。その瞬間、何も無い所から一冊の本が現れ、鈴は驚きの声を上げる。
「魔法を見るのは初めてかい? ワタシは深海の魔女。こんな魔法くらい、使えて当然さ」
不敵な笑みを浮かべ、自慢げに言う人魚に、鈴は不機嫌な表情をして睨み付ける。すると、人魚は本を鈴に投げ渡し、次に水の入った小瓶も投げ渡す。突然渡された本と小瓶を受け取り、鈴は人魚を凝視した。
「死者を蘇らせる事は不可能だと言ったが、弟なら可能だと言ったら、ボウヤは信じるかい?」
人魚の言葉に、鈴は言葉を失う。死者を蘇らせる事は出来ない。それは、この世界でも同じ。しかし、人魚は言った。「可能」だと。
もし、シンジュを蘇らせる方法があるなら。もし、シンジュを蘇らせる事で、ユリウスとリベルテの関係を修復出来るなら。もし、シンジュが蘇って、皆が幸せになれるなら……
「教えろ」
迷う事なく、鈴は老いた人魚に言った。
「まずいね」
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「直ぐに次男坊の所へお行き」
鈴が人魚に絡まった縄や海藻を一つ一つ外していた時、人魚は鈴に言った。
「次男坊が刺された。放って置けば死ぬ」
人魚の言葉に、鈴は固まった。海藻や縄を外す為に動かしていた手も止まり、人魚を凝視する。
「次男坊が死ねば、弟は蘇らない。優先順位を間違うんじゃないよ。誤った判断を一度でもしてしまえば、取り返しの付かない惨事になる。早くお行き、ボウヤ。次男坊はこの先に居る」
人魚の言う次男坊はリベルテの事だ。この人魚は嘘を吐かない。鈴は確信していた。リベルテが誰かに刺され、死にかけている。鈴は一瞬迷うが、人魚はキッパリと言い放った。リベルテを優先しろと。リベルテの居る場所を指差して……
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