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第3章
自然の摂理
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朝日が昇り、仕事に取り掛かろうと身支度をしていた使用人や騎士達は、ある人物を見て皆足を止めた。彼等の注目を浴びている事など気にもせず、リベルテは険しい表情をして走っていた。何か大事でもあったのか、焦っているのか、彼はある場所を目指して走った。
「兄上!」
突然、自室の扉を開かれユリウスは驚いて扉を凝視した。扉が開いたと同時に、リベルテが息を切らしながら部屋の中に入って来る。慌ててリベルテに駆け寄り「どうした?」と声を掛けると、リベルテは深く息を吸い込み、ユリウスの肩を掴んで口を開いた。
「二人が、居ないんだ。何処を捜しても、居ないんだ!」
「居ない?」
「シンジュに、二人を紹介しようと思って、ユウとスズの部屋に行ったけど、居なかったんだ。城の何処かに居ると思って、捜したけど、居ないんだ。二人が、何処にも居なんだよ!」
居ない? ユウが、何処にも……
「誰かに、攫われたかもしれない。もし、そうなら……」
「分かった」
「兄上?」
「俺も捜そう」
「あぁ」
足早に自室を後にし、ユリウスは使用人や騎士に二人の居場所を聞いて回った。気丈に振る舞い、表情を崩さないように意識しているものの、ユリウスは気が気ではなかった。
もし、誰かに攫われていたら……
もし、危険に晒されていたら……
もし、このまま会えなくなったら……
考えれば考えるほど、ユリウスは不安に駆られた。夕が居なければ、ユリウスは生きていけない。そう言っても過言ではない程、ユリウスは夕を誰よりも必要としていた。夕だけではない。鈴にも、感謝してもしきれない程助けられた。
ユリウスの為に、リベルテの為に、シンジュの為に、必死に動いてくれた二人を、失う訳にはいかない。もし、二人を誰かが攫い、痛めつけていたのなら、その者をその場で斬り捨てしまうかもしれない。
黒く澱んだ感情を抱きつつ、ユリウスは二人を捜し続けた。二人の無事を心かなら願いながら……
一方、夕は鈴に連れられて砂浜を歩いていた。
「あのー、鈴さん? 何処まで行く気ですか?」
「後少しだ」
「後少しってなぁ、お前目が覚めたばかりだろ? 休まなくていいのか?」
「此処だ」
「人の話聞けよ。って、此処……」
辿り着いた場所に、夕は見覚えがあった。この世界の海に初めて訪れて、リベルテから危険だと教えられた場所。満潮時と干潮時の水位の差が激しく、波も荒い。一度取り残されると、生きて帰るのは困難と言われている場所。
「お、おい、鈴。此処は……」
「あの岩場には行かねえよ」
「そ、そうか。じゃあ何で此処に……」
「何時まで隠れてるつもりだ? さっさと出て来い」
「は?」
突然海に向かって訳の分からない事を言う鈴に、夕は理解出来ず頭を傾げる。
「全てお見通しと言う訳かい? 全く、可愛げのないボウヤだね」
「うわ!? う、海から人が! って、え?」
海から現れた人物を確認し、夕は言葉を失った。縮れた白い髪、濁り澱んだ瞳、身体中皺だらけの、老婆のような容姿をした人物。しかし、その人物は人間ではなかった。鱗に覆われた下半身を見て夕は言葉を失い、老人を凝視する。
「あぁ、あの馬鹿は無視しろ」
「人間の反応には慣れている。それで、ワタシに何の用だい?」
理解できていない夕を置き去りに、二人は話を進めてゆく。初対面ではない二人の会話に、夕は我に返り、鈴を問い質した。不機嫌になりながらも、鈴は夕に老いた人魚について簡単に説明した。
「と、言う事は、シンジュを蘇らせる事が出来たのは、この人のお陰?」
「大した事はしていない。ワタシはただ、果たすべき役目を果たしたまで。あの時、放棄してしまった自分の役目を……」
「あの時?」
「ボウヤ達が知る必要はない。随分と遠い昔の話だからね。それで、ワタシに何の用だい?」
昔何があったのか気になったが、鈴はその事には触れず、人魚の目を見据え口を開いた。
「『人魚は一度だけ蘇らせる事が出来る』そう言ったな」
「…………」
「一つだけ教えろ。もし、そうなら、シンジュの姉を蘇らせることは可能か?」
シンジュの姉。彼女は既に亡くなっている。王子に恋をして、人間の姿になり、王子の元へ赴いた。けれど、その恋は叶わず、泡となって消えてしまった。その事が原因で、シンジュは人魚族から邪険に扱われ、無慈悲な命令をされ、地上に投げ出され、シンジュも姉と同じ結末を迎えた。
けれど、シンジュは蘇った。ならば、シンジュの姉も同じように蘇らせる事が出来るのではと鈴は考えた。シンジュの姉が蘇れば、人魚族はシンジュを敵視しない。シンジュが危険な目に遭うことはない。そう思い、鈴は老いた人魚に聞いた。
「無理だね」
「…………」
「無理って、でもシンジュは……」
「条件が揃っていない」
「条件?」
「人魚族とて不死身ではない。一度命を落とせば、蘇らせる事は出来ない。死者を蘇らせる魔法なんて、この世には存在しない」
「なら、どうしてシンジュは……」
「あの子は特別な存在だから、不可能を可能にできた。でも、二度目はないよ。次にあの子が命を落とすような事があれば、蘇らせる術はもうない」
「…………」
「…………」
「『人魚は一度だけ蘇らせることが出来る』それは嘘ではないが、全ての人魚に当て嵌まりはしない。当て嵌るのは、あの子だけだよ。あの子は、命を司る神様とやらに愛された、特別な子だからね。あの子だから、蘇らせる事ができた。逆を言えば、あの子以外の人魚は一度命を落とせば二度と蘇らない」
それが、自然の摂理と言うものだろ?
やはり、無理なのか。心の何処かで、分かっていた。シンジュの姉は蘇らないと言う事を。でも、シンジュを蘇らせる事が出来たから、シンジュの姉もと思ってしまった。可能かもしれないと、僅かな希望を抱いていた。けれど、老いた人魚の答えは不可能。
「そうか。礼を言う」
「らしくないねぇ。ボウヤが礼を言うなんて……」
「可能か不可能か知りたかっただけだ。それが分かってスッキリした」
「そうかい。なら、後の事は頼んだよ。人魚族は、あの子を諦めていない。今でも人間を憎んでいる。あの子が幸せになる事を、人魚族は許さないだろう」
「人魚族……あの、俺からも、一つ聞いて良いですか?」
「何だい?」
「リベルをナイフで刺したのは、人魚族、なんですか?」
「…………」
リベルテが刺された時、気配も何も感じなかった。気が付いたら、リベルテが倒れ、背中にナイフが深々と刺さっていた。あの時はリベルテを助ける為、シンジュを蘇らせる為と忙しくて、刺した誰かを気にかける余裕が無かった。けれど、全て落ち着いた今、夕は真実が知りたかった。
何故、リベルテを刺したのか。
誰が、あんな酷いことをしたのか。
「人魚族は愚かだね。王子を殺しても、姉は蘇らないと言った筈なのに……」
「それじゃあ」
「誰かに吹き込まれたんだろう。『王子が駄目なら、王子の弟を殺せばいい。そうすれば、姉は蘇る』とね。救いようのない愚かな種族だよ」
「…………」
「…………」
リベルテを刺したのは、人魚族。老いた人魚は言った。姉を蘇らせる為に、シンジュに王子を殺させようとした。姉を蘇らせる為に、リベルテを殺そうとした。二人が、どんな気持ちでいたかも知らずに。人魚族のせいで、どれ程二人が苦しんだかも知らずに……
「あの子は大丈夫だよ。昔と違って、あの子には居場所がある。大事にしてくれる人が居る。自分で自分を守る力もある。そう簡単に人魚族の思い通りにはならない」
それに、ボウヤ達もあの子を護るつもりなんだろう?
言われるまでもない。二人は即答した。ちゃんと会って話した訳ではないが、二人はシンジュの事を自分の弟のように思っている。シンジュの生い立ちを聞き、人魚族がした事を聞き、二人は最初からシンジュを護ろうと思っていた。
「過保護も程々にしときな」
「過保護か?」
「過保護はリベルじゃねえのか?」
「だよな」
「…………」
無自覚なのか。この二人を見ていると、何故かあの小娘を思い出す。
昔の事を思い出し、老いた人魚は額に手を当て、深い溜め息を吐いた。「ワタシは帰るよ」と言い捨て、人魚は海の中へ消えていった。
「ワタシが地上に来るのは、今日で最後だ」と、二人に伝えて……
「兄上!」
突然、自室の扉を開かれユリウスは驚いて扉を凝視した。扉が開いたと同時に、リベルテが息を切らしながら部屋の中に入って来る。慌ててリベルテに駆け寄り「どうした?」と声を掛けると、リベルテは深く息を吸い込み、ユリウスの肩を掴んで口を開いた。
「二人が、居ないんだ。何処を捜しても、居ないんだ!」
「居ない?」
「シンジュに、二人を紹介しようと思って、ユウとスズの部屋に行ったけど、居なかったんだ。城の何処かに居ると思って、捜したけど、居ないんだ。二人が、何処にも居なんだよ!」
居ない? ユウが、何処にも……
「誰かに、攫われたかもしれない。もし、そうなら……」
「分かった」
「兄上?」
「俺も捜そう」
「あぁ」
足早に自室を後にし、ユリウスは使用人や騎士に二人の居場所を聞いて回った。気丈に振る舞い、表情を崩さないように意識しているものの、ユリウスは気が気ではなかった。
もし、誰かに攫われていたら……
もし、危険に晒されていたら……
もし、このまま会えなくなったら……
考えれば考えるほど、ユリウスは不安に駆られた。夕が居なければ、ユリウスは生きていけない。そう言っても過言ではない程、ユリウスは夕を誰よりも必要としていた。夕だけではない。鈴にも、感謝してもしきれない程助けられた。
ユリウスの為に、リベルテの為に、シンジュの為に、必死に動いてくれた二人を、失う訳にはいかない。もし、二人を誰かが攫い、痛めつけていたのなら、その者をその場で斬り捨てしまうかもしれない。
黒く澱んだ感情を抱きつつ、ユリウスは二人を捜し続けた。二人の無事を心かなら願いながら……
一方、夕は鈴に連れられて砂浜を歩いていた。
「あのー、鈴さん? 何処まで行く気ですか?」
「後少しだ」
「後少しってなぁ、お前目が覚めたばかりだろ? 休まなくていいのか?」
「此処だ」
「人の話聞けよ。って、此処……」
辿り着いた場所に、夕は見覚えがあった。この世界の海に初めて訪れて、リベルテから危険だと教えられた場所。満潮時と干潮時の水位の差が激しく、波も荒い。一度取り残されると、生きて帰るのは困難と言われている場所。
「お、おい、鈴。此処は……」
「あの岩場には行かねえよ」
「そ、そうか。じゃあ何で此処に……」
「何時まで隠れてるつもりだ? さっさと出て来い」
「は?」
突然海に向かって訳の分からない事を言う鈴に、夕は理解出来ず頭を傾げる。
「全てお見通しと言う訳かい? 全く、可愛げのないボウヤだね」
「うわ!? う、海から人が! って、え?」
海から現れた人物を確認し、夕は言葉を失った。縮れた白い髪、濁り澱んだ瞳、身体中皺だらけの、老婆のような容姿をした人物。しかし、その人物は人間ではなかった。鱗に覆われた下半身を見て夕は言葉を失い、老人を凝視する。
「あぁ、あの馬鹿は無視しろ」
「人間の反応には慣れている。それで、ワタシに何の用だい?」
理解できていない夕を置き去りに、二人は話を進めてゆく。初対面ではない二人の会話に、夕は我に返り、鈴を問い質した。不機嫌になりながらも、鈴は夕に老いた人魚について簡単に説明した。
「と、言う事は、シンジュを蘇らせる事が出来たのは、この人のお陰?」
「大した事はしていない。ワタシはただ、果たすべき役目を果たしたまで。あの時、放棄してしまった自分の役目を……」
「あの時?」
「ボウヤ達が知る必要はない。随分と遠い昔の話だからね。それで、ワタシに何の用だい?」
昔何があったのか気になったが、鈴はその事には触れず、人魚の目を見据え口を開いた。
「『人魚は一度だけ蘇らせる事が出来る』そう言ったな」
「…………」
「一つだけ教えろ。もし、そうなら、シンジュの姉を蘇らせることは可能か?」
シンジュの姉。彼女は既に亡くなっている。王子に恋をして、人間の姿になり、王子の元へ赴いた。けれど、その恋は叶わず、泡となって消えてしまった。その事が原因で、シンジュは人魚族から邪険に扱われ、無慈悲な命令をされ、地上に投げ出され、シンジュも姉と同じ結末を迎えた。
けれど、シンジュは蘇った。ならば、シンジュの姉も同じように蘇らせる事が出来るのではと鈴は考えた。シンジュの姉が蘇れば、人魚族はシンジュを敵視しない。シンジュが危険な目に遭うことはない。そう思い、鈴は老いた人魚に聞いた。
「無理だね」
「…………」
「無理って、でもシンジュは……」
「条件が揃っていない」
「条件?」
「人魚族とて不死身ではない。一度命を落とせば、蘇らせる事は出来ない。死者を蘇らせる魔法なんて、この世には存在しない」
「なら、どうしてシンジュは……」
「あの子は特別な存在だから、不可能を可能にできた。でも、二度目はないよ。次にあの子が命を落とすような事があれば、蘇らせる術はもうない」
「…………」
「…………」
「『人魚は一度だけ蘇らせることが出来る』それは嘘ではないが、全ての人魚に当て嵌まりはしない。当て嵌るのは、あの子だけだよ。あの子は、命を司る神様とやらに愛された、特別な子だからね。あの子だから、蘇らせる事ができた。逆を言えば、あの子以外の人魚は一度命を落とせば二度と蘇らない」
それが、自然の摂理と言うものだろ?
やはり、無理なのか。心の何処かで、分かっていた。シンジュの姉は蘇らないと言う事を。でも、シンジュを蘇らせる事が出来たから、シンジュの姉もと思ってしまった。可能かもしれないと、僅かな希望を抱いていた。けれど、老いた人魚の答えは不可能。
「そうか。礼を言う」
「らしくないねぇ。ボウヤが礼を言うなんて……」
「可能か不可能か知りたかっただけだ。それが分かってスッキリした」
「そうかい。なら、後の事は頼んだよ。人魚族は、あの子を諦めていない。今でも人間を憎んでいる。あの子が幸せになる事を、人魚族は許さないだろう」
「人魚族……あの、俺からも、一つ聞いて良いですか?」
「何だい?」
「リベルをナイフで刺したのは、人魚族、なんですか?」
「…………」
リベルテが刺された時、気配も何も感じなかった。気が付いたら、リベルテが倒れ、背中にナイフが深々と刺さっていた。あの時はリベルテを助ける為、シンジュを蘇らせる為と忙しくて、刺した誰かを気にかける余裕が無かった。けれど、全て落ち着いた今、夕は真実が知りたかった。
何故、リベルテを刺したのか。
誰が、あんな酷いことをしたのか。
「人魚族は愚かだね。王子を殺しても、姉は蘇らないと言った筈なのに……」
「それじゃあ」
「誰かに吹き込まれたんだろう。『王子が駄目なら、王子の弟を殺せばいい。そうすれば、姉は蘇る』とね。救いようのない愚かな種族だよ」
「…………」
「…………」
リベルテを刺したのは、人魚族。老いた人魚は言った。姉を蘇らせる為に、シンジュに王子を殺させようとした。姉を蘇らせる為に、リベルテを殺そうとした。二人が、どんな気持ちでいたかも知らずに。人魚族のせいで、どれ程二人が苦しんだかも知らずに……
「あの子は大丈夫だよ。昔と違って、あの子には居場所がある。大事にしてくれる人が居る。自分で自分を守る力もある。そう簡単に人魚族の思い通りにはならない」
それに、ボウヤ達もあの子を護るつもりなんだろう?
言われるまでもない。二人は即答した。ちゃんと会って話した訳ではないが、二人はシンジュの事を自分の弟のように思っている。シンジュの生い立ちを聞き、人魚族がした事を聞き、二人は最初からシンジュを護ろうと思っていた。
「過保護も程々にしときな」
「過保護か?」
「過保護はリベルじゃねえのか?」
「だよな」
「…………」
無自覚なのか。この二人を見ていると、何故かあの小娘を思い出す。
昔の事を思い出し、老いた人魚は額に手を当て、深い溜め息を吐いた。「ワタシは帰るよ」と言い捨て、人魚は海の中へ消えていった。
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