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邂逅逸話 暁のシジル②-2

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…夕陽に照らされた何処かの建物の中。誰かが誰かと対面している。建物の窓際、その姿が照らし出される。表情は見えないが、羽の形の髪飾りが煌めいていたーー…



   灰色の空に歪んだ穴が開いている。そこからふたつの人影が降りてくる。

「よっし…!」

   すたっ!と、雑草混じりの土の上に降り立った。土埃を巻き上げた風が吹き抜けていく。

「けほっけほっ」

   思わず口元を覆う。乾いた土の臭いが鼻をつく。口に土埃が入りぺっぺっと吐き出す。口元が無防備なオルメカと違い、口元まで服で覆われているアリスは平気そうだったが。

   辺りを見渡してみる。曇ったようなくすんだ色の空、土埃が辺りを吹き抜けていく。
   オルメカもアリスも初めて見る異世界の風景。
   どちらかと言うと荒廃した世界のようだ。
   辺りに木が生えているが、どれも半分は枯れているようにも見える。
   ここは一体どういう世界なのだろうか。
   そして、ここにソロモンがいるのだろうか…?

「ここは…どういう世界なんですか?」

   アリスはずっとその手に抱えているハート型のパズルを強く抱き締める。幻想図書館にいた時からずっと一緒だった、唯一残っていたアイテムだ。なんとなく、不安になった時に強く抱き締めると少しだけ不安が和らぐ気がする。

「んー。私も来たことない世界みたい。なんか荒廃してる感じがするけど…」

「ですね…。殺風景です」

   ぐるりと辺りを見渡す。
   辺りに人気はないし、街のような場所も見当たらない。枯れかけた木がちらほらと見受けられるが、ほとんどが地殻変動で隆起したような地層の見える崖がそびえ立っていて、遠くの方も同じ様な光景が続いている。
地面の足跡も探してみるが、やはり見当たらない。と言いより、乾燥した土なので足跡は残っていないようだ。

   だが、人っ子一人見当たらないというのも不思議だとオルメカは考えた。
   ここは異世界同士がぶつかって出来た「世界の歪」を抜けた先。自分達の他にも同じ世界からの来訪者がいてもいいはずだし、逆にこの世界からの冒険者などが歪の向こうに行こうと集まっていてもいいものだが…。
その気配は見られない。もしかすると、抜けて到着した先がバラバラなのかもしれない。

「さて…ここからどうしたものかな…」

   オルメカは軽く頭をポリポリと掻く。初めて来る世界な為、何の前情報もない。何処に行けばいいものか。

「あの…聞いていいですか?」

「ん?いいよ。何?」

「この世界にお兄さんがいるんですか?」

「うん。あっちの世界では感じなかったソロモンの魔力を感じる。こっちに居るのは間違いないね」

   キョロキョロと辺りを見渡す。

「んー、あっち…かな」

   オルメカはひたすら続く土の道を示す。
小高い丘なのか、見晴らしのいい場所に立っている二人は周囲の地形を確かめる。切り立った地層の見える崖に挟まれているようだ。…谷とでも表現すべきか。彼女が指差したのはこの谷の先だ。

「…この先にいるんですか?」

「んー、微かにしかわかんないけど。今はこれしか情報が無いし、行ってみるしかないね!」

「…あの…怖く…ないんですか?知らない場所ですよ?ここ」

「んー?そりゃー油断は出来ないけど、未知の土地を怖がってたら冒険者なんて出来なくない?」

   そう言ってひらひらと手を振りながら、自分で指差した方角に向かって歩き出す。これが、冒険者なのか…アリスはハートのパズルをぎゅっと抱きしめ、置いていかれないように後を追った。




ー 彼は人には余る時を生きた。
多くの時代を眺めてきた。
悪魔と契約した代償だ。

その魂は、生は、繰り返され受け継がれる。

何度も繰り返される輪廻の果てに、何を見るのだろうか。

そんな彼の魂を救うのは……誰? ー






   しばらく続く殺風景な荒廃した土地を歩き続ける二人。一向に街も見えず同じ様な景色ばかりで途方もない道のりに思えてくる。特に冒険者でもない幻想図書館でろくに動かない生活をしていたアリスにとっては、長距離の歩き移動は初めての経験だ。冒険者たるオルメカからすればさほどの距離でなくとも、アリスは早々に息が上がってしまう。

「…大丈夫?アリス。休む?」

   オルメカはアリスに体力が無いことに気づくと、小休憩を入れている。その為、スタート地点からさほど進んではおらず、ソロモンを見つけられるのは何時になるやら、だ。

「ご、ごめんなさい…」

   そう言ってアリスは地面にしゃがみ込む。
   自身でも情けないと思いながらも息が上がってしまう。

「情けないです…」

「まぁまぁ仕方ないって。ずっと図書館にいたんだしね。これから体力つけていけばいいよ」

   アリスの頭を慰めるように撫でる。だが、このままでは埒が明かないと言うのもある。
   どうしたものか。


   見晴らしのいい道のど真ん中にしゃがみ込む二人の様子を崖の上から眺める二つの影。
   じっと様子を窺っている様だ。
   だが、その二つの気配にオルメカは気がついていない。

   オルメカはこちらを見ている気配にこそ気がつきはしないが、身近な周辺のことには気がついた。

ガサガサ

   二人の周りにある少ない緑が音を立てた。オルメカはバッ!と音のした方を向く。崖の根元に生えている背の高めの雑草がある。あの向こうからだ。
   オルメカはアリスを庇うように背に回し、音のした方を睨む。

ガサッ

   再度、雑草が揺れて音がする。

ガサガサ
ピョン!

   雑草をかき分けて兎が飛び出してきた。
   首を傾げ、耳をぴょこぴょこ動かし、そのまま去っていった。


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