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鏡花水月 花言葉の導③ー2
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「え?」
急に風が駆け抜けたかと思うと、それは人型を取る。宙を舞い、オルメカの横に降り立つ。
それは風の精霊、シルフだった。オルメカが喚んだわけではない。自分で精霊界から出てきたらしい。オルメカがシルフの姿を視認した直後、今度は女性達の方から悲鳴が聞こえた。
「きゃあっ!」
街中の花びらが舞い、まるで花吹雪のようになって女性達をピンポイントで襲う。近くに立つソロモン達にはそよ風程度しか当たっていない。この突然の花吹雪に驚いている彼らを見つつ、改めてシルフの絶妙な技に感心するオルメカ。
…というか、シルフさん、なんか怒ってる?喚んでないのに出てきたよね??
風の精霊シルフは少年のような出で立ちだ。正確に言うと精霊にはっきりとした性別はない。あくまでも顕現される際に好んで選ぶ姿が各々にある、と言うことだ。
精霊は召喚魔法使いとの間に契約を結ぶことで召喚魔法に応じる。自ずと精霊と召喚者の間には信頼関係が生まれてくるものだ。現に、ソロモンも契約を結んでいる悪魔を「友」と呼ぶ間柄だ。オルメカと契約している精霊シルフにしてみても、信頼して契約している相手を悪く言われるのは面白くないのかもしれない。
…だとしても、悪口の内容としては軽いもんだと思ってる私…。本人より周りが怒るてどうなの?
それだけ想ってくれているのだと喜ぶべきなのだと思うが、何とも微妙だ。本人がさして気にしていないのだから。
そんな彼女の横でシルフが再び突風を起こす。この突風をもろに食らった女性達はバランスを崩してその場で転けてしまう。
「きゃあっ」
「もうっ!なんなのよ!」
バタバタと何もないところで何人もの女性が転けたので、近くにいた観客達もなんだなんだと野次馬にように注目する。
周りにいた人々も少し会話を聞いていたのか、転けた彼女達を見てクスクスと笑う声が聞こえる。まぁ、黄色い声を上げてナンパしていたわけだし、それを不快に思って見ていた人もいるのだろう。そんな事をぼんやりと考えながら彼女達を呆れたように見る。
せっかく綺麗に着飾ったところで、ああやって転けてしまえば台無しだ。だから、綺麗を保つなら所作にだって気を付けるべきなのだ。
…あーあ。なんか本当に残念な人達だな…。
オルメカとしても特に同情する気は無いので、特に助けもしない。
じろじろと注目され、居心地が悪くなった女性達はそそくさとその場から逃げ出した。その後ろ姿が見えなくなったところで、シルフは満足そうに鼻を鳴らしてオルメカとハイタッチをしてから精霊界へと還って行った。
走り去った女性達の後を呆然と見ていたソロモン達にオルメカは駆け寄って声を掛ける。
「やっぱ人間、器と中身って必ずしも比例しないもんだよねー…どんなに見た目が美しかったって、それが偽りのものじゃ全く価値ないよねー」
呆然と立っていた二人の間に、にゅっ…!と割って入ってそんなようなことを言った。
「…!?オル?!いつの間に…!?」
自分の腕の横から急にオルメカが現れたので、ソロモンもアリスも大層驚いた。具体的に言うと、心臓が飛び出そうな感じだ。
「お、お姉さん…いつからここに!?」
嬉しそうな顔でアリスはオルメカを見上げる。
「いやー、随分と前からですかねー」
舌をペロっと出しておどけて見せる。だが、アリスもソロモンもそれを聞いて悲しそうな顔をした。
「じゃあ、さっきの人達の話を聞いてたんですか?」
「うむ!バッチリ聞いてました」
パチンとウインクをして見せる。
「そうか…すまなかったな。もう少し上手く対応出来ていればあんなことを聞かせずに済んだのだが…」
「気持ちだけ受け取っておくね。でも、大丈夫。私は気にしてないよ。なんたって美男子愛好家ですもん!美男子を冒涜でもされない限り怒んないし平気平気…!ね、それよりさ、途中だけど舞を見に行こうよ!」
オルメカは努めて明るい声で言い、二人の手を引いて見物の輪に加わる。
「…あの極地的突風は誰がやったんだ?」
ソロモンはそう呟いた。オルメカの様子を見ても彼女がやったのかまではわからなかった。
☆
華舞の宴は中盤に差し掛かっていた。
櫓《やぐら》の上には華姫と呼ばれる舞を披露するその年の花形が一名、佇んでいる。
下の円形ステージには十二人の男女が華を着飾って舞を披露している。十二人、それぞれにテーマとなるカラーがあるようで、色にちなんだ花と着物を着ている。
どの舞手《まいて》もうっとりするような美男美女ばかりだ。花がよく似合う。
アリスもソロモンもその華やかな世界を初めて見るので、思わず感嘆の声が零れる。どの舞手も所作が美しく、扇子に乗せた花びらが軌道を描くように舞っていく。女性は鈴も手にしていて、同時に複数の鈴が響き、凛とした空気を作り出す。
舞手が動けば花が舞う。それはまるで天女の舞のように美しい。
オルメカはその舞手の中にとある人物を見付ける。
「あ、あの人…!」
「ん?どうしたんだ?オル。何か見付けたのか?」
隣で声を上げた彼女に気付いたソロモンは、話し掛ける。
「え?ああ、うん。ちょっとね…」
そう曖昧に返事をして、オルメカはひたすらカメラのシャッターを切り始めた。ソロモンは首を傾げたが、話す気がないなら仕方ないとそれ以上の追求はせず、宴を楽しむことにした。
☆
宴も終盤に差し掛かり、櫓の上で今年の花形である舞手が華姫の舞を披露する。大扇子を巧みに使い、櫓に敷き詰められている花を風に乗せて舞い上がらせる。その下の円形ステージでは十二人の舞手が鈴や笛、琴やハープなど、各々の専用の楽器で曲を奏でている。
この花祭の華舞の宴に出演する舞手は、舞を踊れることだけでなく、楽器も演奏出来なくてはいけないようだ。さらには、花が似合うだけの美貌も必要なようで、なかなか厳しい世界のらしい。
本音を言えば、オルメカ的にはアリスもソロモンも負けていないと思っている。
そんなこんなで祭囃子が終わり、華舞の宴も終幕となる。
「すごかったですね…!花びらってあんな風に自在に飛ばせるんですね」
アリスも大満足だったようで、ソロモンにあそこが良かった、これが凄かったと話している。
「ああ、花弁を意のままに操る舞…綺麗だったな」
「はい!」
二人が話している横で、オルメカはステージから降りてくる舞手の方を見ている。
…確か、この後は少しだけ舞手と話せる時間があるはず…。いったん着替えてから祭のゲストとして参加するって聞いたんだけどな…。
オルメカの目的はこの為にこの街に来たといっても過言ではない。
楽しく談笑する二人をその場に置いて、オルメカは目的の人物を捜すことにする。
人混みを掻き分けて、着替え終えた舞手達が出てくるはず控え室の近くへ。
…うーん。まだ出てきてないか…。てかそれよりも…。
舞手達の控え室付近は推しを一目見んとするファンの人々でごった返している。若い人だけでなく、子供や老人まで老若男女たくさんいるが、我こそはとぐいぐい人混みを掻き分けて控え室に近づこうとする輩も多いため、下手に近づけそうにはない。小さな子供すら揉みくちゃになっており、至るところで泣く子供が見受けられる。
…ちょ、あんな小さな子供まで揉みくちゃになってんじゃん!いくらなんでもこれは酷すぎるって…。毎月やってるはずなのに、いつもこんなに無法地帯な訳?
初めて見るその無法地帯な光景に唖然とする。いくら推しにお近づきになれるチャンスとは言え、こんな状態ではもう開催出来なくなるのではないだろうか。
オルメカは警備員か衛兵がいるはずだと思い、ひとまず捜してみることに。
広場を一周してみるも、それらしい人々はいない。それならば少し離れたところに救護室等はないだろうか。そう思って広場を離れる。しかし、そういった施設は見受けられない。
…花祭には警備の人とかいないの?毎月やってるのに?
不思議で仕方ない。こういったイベントで警備がされてないなんてことあるのだろうか。
…ああ、でも地域のお祭りとかなら警備員は居ないか。
そう考え直したが、ここは所謂観光地。そして花祭は観光の主要イベントだ。そんな大規模なイベントで警備が成されないとはあり得ない話だ。
そんな事を考えながら闇雲に街の中を走り回ったオルメカは奇妙な違和感に気が付いた。
急に風が駆け抜けたかと思うと、それは人型を取る。宙を舞い、オルメカの横に降り立つ。
それは風の精霊、シルフだった。オルメカが喚んだわけではない。自分で精霊界から出てきたらしい。オルメカがシルフの姿を視認した直後、今度は女性達の方から悲鳴が聞こえた。
「きゃあっ!」
街中の花びらが舞い、まるで花吹雪のようになって女性達をピンポイントで襲う。近くに立つソロモン達にはそよ風程度しか当たっていない。この突然の花吹雪に驚いている彼らを見つつ、改めてシルフの絶妙な技に感心するオルメカ。
…というか、シルフさん、なんか怒ってる?喚んでないのに出てきたよね??
風の精霊シルフは少年のような出で立ちだ。正確に言うと精霊にはっきりとした性別はない。あくまでも顕現される際に好んで選ぶ姿が各々にある、と言うことだ。
精霊は召喚魔法使いとの間に契約を結ぶことで召喚魔法に応じる。自ずと精霊と召喚者の間には信頼関係が生まれてくるものだ。現に、ソロモンも契約を結んでいる悪魔を「友」と呼ぶ間柄だ。オルメカと契約している精霊シルフにしてみても、信頼して契約している相手を悪く言われるのは面白くないのかもしれない。
…だとしても、悪口の内容としては軽いもんだと思ってる私…。本人より周りが怒るてどうなの?
それだけ想ってくれているのだと喜ぶべきなのだと思うが、何とも微妙だ。本人がさして気にしていないのだから。
そんな彼女の横でシルフが再び突風を起こす。この突風をもろに食らった女性達はバランスを崩してその場で転けてしまう。
「きゃあっ」
「もうっ!なんなのよ!」
バタバタと何もないところで何人もの女性が転けたので、近くにいた観客達もなんだなんだと野次馬にように注目する。
周りにいた人々も少し会話を聞いていたのか、転けた彼女達を見てクスクスと笑う声が聞こえる。まぁ、黄色い声を上げてナンパしていたわけだし、それを不快に思って見ていた人もいるのだろう。そんな事をぼんやりと考えながら彼女達を呆れたように見る。
せっかく綺麗に着飾ったところで、ああやって転けてしまえば台無しだ。だから、綺麗を保つなら所作にだって気を付けるべきなのだ。
…あーあ。なんか本当に残念な人達だな…。
オルメカとしても特に同情する気は無いので、特に助けもしない。
じろじろと注目され、居心地が悪くなった女性達はそそくさとその場から逃げ出した。その後ろ姿が見えなくなったところで、シルフは満足そうに鼻を鳴らしてオルメカとハイタッチをしてから精霊界へと還って行った。
走り去った女性達の後を呆然と見ていたソロモン達にオルメカは駆け寄って声を掛ける。
「やっぱ人間、器と中身って必ずしも比例しないもんだよねー…どんなに見た目が美しかったって、それが偽りのものじゃ全く価値ないよねー」
呆然と立っていた二人の間に、にゅっ…!と割って入ってそんなようなことを言った。
「…!?オル?!いつの間に…!?」
自分の腕の横から急にオルメカが現れたので、ソロモンもアリスも大層驚いた。具体的に言うと、心臓が飛び出そうな感じだ。
「お、お姉さん…いつからここに!?」
嬉しそうな顔でアリスはオルメカを見上げる。
「いやー、随分と前からですかねー」
舌をペロっと出しておどけて見せる。だが、アリスもソロモンもそれを聞いて悲しそうな顔をした。
「じゃあ、さっきの人達の話を聞いてたんですか?」
「うむ!バッチリ聞いてました」
パチンとウインクをして見せる。
「そうか…すまなかったな。もう少し上手く対応出来ていればあんなことを聞かせずに済んだのだが…」
「気持ちだけ受け取っておくね。でも、大丈夫。私は気にしてないよ。なんたって美男子愛好家ですもん!美男子を冒涜でもされない限り怒んないし平気平気…!ね、それよりさ、途中だけど舞を見に行こうよ!」
オルメカは努めて明るい声で言い、二人の手を引いて見物の輪に加わる。
「…あの極地的突風は誰がやったんだ?」
ソロモンはそう呟いた。オルメカの様子を見ても彼女がやったのかまではわからなかった。
☆
華舞の宴は中盤に差し掛かっていた。
櫓《やぐら》の上には華姫と呼ばれる舞を披露するその年の花形が一名、佇んでいる。
下の円形ステージには十二人の男女が華を着飾って舞を披露している。十二人、それぞれにテーマとなるカラーがあるようで、色にちなんだ花と着物を着ている。
どの舞手《まいて》もうっとりするような美男美女ばかりだ。花がよく似合う。
アリスもソロモンもその華やかな世界を初めて見るので、思わず感嘆の声が零れる。どの舞手も所作が美しく、扇子に乗せた花びらが軌道を描くように舞っていく。女性は鈴も手にしていて、同時に複数の鈴が響き、凛とした空気を作り出す。
舞手が動けば花が舞う。それはまるで天女の舞のように美しい。
オルメカはその舞手の中にとある人物を見付ける。
「あ、あの人…!」
「ん?どうしたんだ?オル。何か見付けたのか?」
隣で声を上げた彼女に気付いたソロモンは、話し掛ける。
「え?ああ、うん。ちょっとね…」
そう曖昧に返事をして、オルメカはひたすらカメラのシャッターを切り始めた。ソロモンは首を傾げたが、話す気がないなら仕方ないとそれ以上の追求はせず、宴を楽しむことにした。
☆
宴も終盤に差し掛かり、櫓の上で今年の花形である舞手が華姫の舞を披露する。大扇子を巧みに使い、櫓に敷き詰められている花を風に乗せて舞い上がらせる。その下の円形ステージでは十二人の舞手が鈴や笛、琴やハープなど、各々の専用の楽器で曲を奏でている。
この花祭の華舞の宴に出演する舞手は、舞を踊れることだけでなく、楽器も演奏出来なくてはいけないようだ。さらには、花が似合うだけの美貌も必要なようで、なかなか厳しい世界のらしい。
本音を言えば、オルメカ的にはアリスもソロモンも負けていないと思っている。
そんなこんなで祭囃子が終わり、華舞の宴も終幕となる。
「すごかったですね…!花びらってあんな風に自在に飛ばせるんですね」
アリスも大満足だったようで、ソロモンにあそこが良かった、これが凄かったと話している。
「ああ、花弁を意のままに操る舞…綺麗だったな」
「はい!」
二人が話している横で、オルメカはステージから降りてくる舞手の方を見ている。
…確か、この後は少しだけ舞手と話せる時間があるはず…。いったん着替えてから祭のゲストとして参加するって聞いたんだけどな…。
オルメカの目的はこの為にこの街に来たといっても過言ではない。
楽しく談笑する二人をその場に置いて、オルメカは目的の人物を捜すことにする。
人混みを掻き分けて、着替え終えた舞手達が出てくるはず控え室の近くへ。
…うーん。まだ出てきてないか…。てかそれよりも…。
舞手達の控え室付近は推しを一目見んとするファンの人々でごった返している。若い人だけでなく、子供や老人まで老若男女たくさんいるが、我こそはとぐいぐい人混みを掻き分けて控え室に近づこうとする輩も多いため、下手に近づけそうにはない。小さな子供すら揉みくちゃになっており、至るところで泣く子供が見受けられる。
…ちょ、あんな小さな子供まで揉みくちゃになってんじゃん!いくらなんでもこれは酷すぎるって…。毎月やってるはずなのに、いつもこんなに無法地帯な訳?
初めて見るその無法地帯な光景に唖然とする。いくら推しにお近づきになれるチャンスとは言え、こんな状態ではもう開催出来なくなるのではないだろうか。
オルメカは警備員か衛兵がいるはずだと思い、ひとまず捜してみることに。
広場を一周してみるも、それらしい人々はいない。それならば少し離れたところに救護室等はないだろうか。そう思って広場を離れる。しかし、そういった施設は見受けられない。
…花祭には警備の人とかいないの?毎月やってるのに?
不思議で仕方ない。こういったイベントで警備がされてないなんてことあるのだろうか。
…ああ、でも地域のお祭りとかなら警備員は居ないか。
そう考え直したが、ここは所謂観光地。そして花祭は観光の主要イベントだ。そんな大規模なイベントで警備が成されないとはあり得ない話だ。
そんな事を考えながら闇雲に街の中を走り回ったオルメカは奇妙な違和感に気が付いた。
応援ありがとうございます!
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