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鏡花水月 花言葉の導③ー3

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…なんで…?

   それは実に奇妙な感覚だ。

…なんで誰も居ないの?

   後ろを振り返っても、前を見ても、家の窓を見てみても、どこにも人影はない。それどころか、どの家も部屋の明かりがついていない。
   いくら祭の日だと言っても、そんな事、あり得るのだろうか。

   街灯が照らす日の落ちた街は、一人で居るには不気味すぎる。

…ポピーちゃんがいたらこの状況について何か聞けたのかな…。

   夕方まで一緒だったポピーは、夜になる前に仲間の所へと帰っていた。何も言わずに花畑を離れたので、遅くなると仲間は心配するから、という話だった。
   オルメカは一旦、広場に戻ろうと決め、来た道を戻ることにする。だが、来た道を戻ると言っても、昼間と違う表情の街の様子に思わず足が竦んだ。ライトは普段のカバンの中には入っているが、今の浴衣用に変えてきた小さな籠型カバンには入っていない。
   携帯のライトを使うしかない。
 
パッ!

   足下を携帯のライトで照らしながら、来た道を戻る。
   だが、闇雲に走ってきた上に、昼とは違う表情の夜の街では感覚が狂う。

…やばいかも…。迷った?

   ある程度は来た道を戻ってきたが、幾度となく現れる分かれ道に混乱する。ひとまず、山の方に登らず、下り道の方を目指せば少なくとも街の入口の方には出れるはずだ。

 
   てくてくと夜道を歩く。どこまで歩いても人っ子一人居やしない。まだ広場で宴は続いているはずだ。それにまだ寝静まる時間でもない。

   不気味さが拭えないままひたすらに下っていくと、何処からか弦楽器の音色が聞こえてきた。
   オルメカは寝静まったように静かだった街の中から音楽が聞こえたことに安堵し、誰かいるのではないか、広場まで案内してもらえるのでないか、と音のする方へ走り出した。

   音が聞こえる方へ。足早になってくる。

   次第に音が近くなり、T字路を音のする方へ角を曲がる。
   すると、そこにはベンチがある小さな花壇の広場があった。街灯と月明かりがまるでスポットライトのように一点を照らしている。四方を四角く建物で囲まれた小さな広場。音の主はそこにあるベンチのひとつに座り、観客のいない広場で楽器を弾いていた。

   オルメカがその広場に一歩踏み込む。

   ジャリ…と、音が響く。

   その音が響き、奏でられていた音楽が止まる。
   それと同時に風が吹き、花壇の花が空に舞う。つられて視線を追うと、空に目を向ける。そこで初めて気が付いた。

「うわ…っ!すごい…」

   満天の星空がそこには広がっていた。小さな星もよく見える。その星空に花びらが舞う。思わず見とれたオルメカは、ベンチに座っていた人物がこちらに向かって歩いて来ている事にすぐには気付けなかった。

「…へぇ、こんなところに可憐なお嬢さんがいるなんてね。珍しい事もあるものだね」


   そう、急に声が近くで聞こえたので、オルメカは驚いて声の方を向く。

「え…う、そ…」

   そこに立っていた人物を見て、驚きのあまり口元を隠すように手をかざし、一歩、後退る。

   傍にある街灯と月明かりがその人物を照らし出す。
   薄紅梅色のような長い髪を後ろでひとつに括り、揉み上げを緩く結わえてまとめている。前髪も三束ほど長い部分を後ろに流して結わえている。服装と言えば、袴姿だ。上着、ではないのだろうが肩から緩く落としたように振袖を羽織っている。桜がメインの模様らしい。
   なんというか、異世界の書物で見たことがある。「十二単」と言ったか、そのような服装に近いイメージだ。

   じっくりと眺めるように魅入ってしまう。その人物こそ、今回のオルメカの目的だ。

「桜華《おうか》の君…。どうしてここに…?広場の方にいるんじゃ…」

   “桜華の君”と呼ばれたその人物は、クスッと笑う。

「舞手が全員、広場でファンサービスをするわけじゃないさ。さっき、少し様子を見たけど、今日は衛兵も居ないからパニック状態のようだし、流石に、ね」

   困ったように笑うその顔にすら花が似合うと思う。

…やっばい!本物の破壊力半端ないって!!!これで男子だって言うんだから…!!神様ありがとうございます!!!

   オルメカは心の中で感激の涙を流す。だが、ここで騒げばただのミーハー。美男子愛好家としては、同じ穴の狢にされるのはごめんだ。愛でること、奉ることが仕事だ。
   自分で作っただけのルールにさほど縛られる気はないが、なんというかプライドのような変な対抗心があるもので。

   あくまで冷静を装い、人がいたら聞こうと思っていた話をする。

「あ、あの、すみません!会えて嬉しいんですけど、誰かに会えたら聞こうと思っていたことがあって」

「へぇ?私に?構わないよ。なんだい?お嬢さん」

   思っていた反応と違ったのか、桜華の君は驚いた様子だった。

「えっと、まずひとつ目、なんで広場には誰も警備員がいないんですか?って言うのと、ふたつ目、警備員とか居ないのかと思って街中走り回ったんですけど、人っ子一人居ないんですよ!どの家も明かりがついていないし、まるで、もぬけの殻みたいに!これって、どういうことなんですか!?…私、てっきり異空間にでも迷い混んだのかと…」

   話しながら次第に先ほどまでの不気味さを思い出し、心臓がばくばくと音を立てる。
   狼狽したような彼女の様子に何かを察したのか、桜華の君は落ち着かせるように話す。

「大丈夫、落ち着きなさい。そうか、君は旅の人なんだね?」

「そ、そうです。花祭を見に来たんですけど…」

「そうか…。じゃあ、まず、警備員がいない理由だね。大まかに言うとね、街に人の気配がない理由にも繋がるんだけど…」

   桜華の君はオルメカをベンチがある方へと手を引き、座らせる。いつまでも立っているより、座った方が落ち着けるからだ。

「今、衛兵は街の外にいるんだ。最近、夜になると頻繁にとある事件が起こっていてね。彼らはその犯人探しをしている。街の中の治安は基本的に自警団が請け負ってはいるんだが、祭の観光客のマナーまでは警備していないのが現状だよ」

   桜華の君はそう答えた。

「な、なるほど、事件の捜査で…。あ、じゃあ街の中に人っ子一人居ないのは…」

「うーん。正確には居ないわけではないよ。ほとんどが祭の方に顔を出しているというのもあるけれど、夜は出歩かないようにしているんだよ。さっき、言ったように、街の外でとある事件が起きている。だけどね、その被害者はこの街の住人であることが多いんだ」

   それを聞いて、オルメカはあの不気味なまでの静けさを思い出す。

「…被害者は街の人…でも、明かりがついていないのは?不気味なくらいどこの家もついてないなんて…」

   そう言うオルメカを見て、桜華の君は少しだけ柔らかく笑う。

「多分それは街の東側、それも山側に近い方じゃないかな?あそこの方はもともと民宿も宿屋もないエリアでね、夜遅くまで明るくしている必要がないんだよ。ただ今はそれだけじゃなくてね、そのエリアは…もう住んでいる人自体が少ないんだ」

「住んでないから人がいない感じがしたんだ…。でも、これだけ活気のある街でそんな事あるんですか?」

「いや、これは実に明確な理由でね、この街は坂や階段が多いだろう?東の山側は特に多い。だから、若い頃と違って足腰が悪くなった老人達が街の入口方面に引越しをしているんだよ。元々迷路の様に入り組んでいるエリアだし、それで結果的に空き家が多くなってしまってね…。だから、お嬢さんが思うような奇妙な事が原因では無いから、そこは安心していいよ」

   桜華の君はそう言ってオルメカの頭をなでる。
   オルメカよりも年上のらしいこの男性は華やかさをまといながらも落ち着いた雰囲気を持っている。その魅力もさることながら、推しであるということもあり、心の中ではスタンディングオーベーションをしているところだ。が、今はグッとこらえて平静を装う。
 
   彼の話を精査する必要があると思った。いくらなんでも祭の日に警備をしないなんてこと、今度の開催に関わりそうな事をするものだろうか。それとも、毎月の祭だからこそ、慣れきってしまっているというのか。

   なんだか引っ掛かる。素直に全てを信じることは出来そうになかった。
   急に黙り込んだオルメカの顔を覗き込むようにして、桜華の君は尋ねる。

「時にお嬢さん、広場を抜け出して来たんだろう?誰かお友達は居ないのかい?捜していたりするんじゃないかな?ずっとここに居てもいいのかい?」

   そう聞かれて、オルメカはハッとした。

「あ!そうだ!二人とも置いて来ちゃったんだった」

   何も言わずに広場に置いて来てしまったことを思い出す。これはまた、怒られるパターンだ。

「そうなのかい?じゃあ早く戻るか、連絡してあげる方が良いんじゃないのかい?」

「あ、はい、そうですね!…って、どっちも連絡つかないんだった…自力で広場に戻らないと…」

   ソロモンもアリスも連絡手段を持っていない。ましてや今はどちらとも召喚契約を結んでいない為、魔力痕を追うことも出来ない。その事に気が付いて、溜息をついた。

「いや、これは実に明確な理由でね、この街は坂や階段が多いだろう?東の山側は特に多い。だから、若い頃と違って足腰が悪くなった老人達が街の入口方面に引越しをしているんだよ。元々迷路の様に入り組んでいるエリアだし、それで結果的に空き家が多くなってしまってね…。だから、お嬢さんが思うような奇妙な事が原因では無いから、そこは安心していいよ」

   桜華の君はそう言ってオルメカの頭をなでる。
   オルメカよりも年上のらしいこの男性は華やかさをまといながらも落ち着いた雰囲気を持っている。その魅力もさることながら、推しであるということもあり、心の中ではスタンディングオーベーションをしているところだ。が、今はグッとこらえて平静を装う。
 
   彼の話を精査する必要があると思った。いくらなんでも祭の日に警備をしないなんてこと、今度の開催に関わりそうな事をするものだろうか。それとも、毎月の祭だからこそ、慣れきってしまっているというのか。

   なんだか引っ掛かる。素直に全てを信じることは出来そうになかった。
   急に黙り込んだオルメカの顔を覗き込むようにして、桜華の君は尋ねる。

「時にお嬢さん、広場を抜け出して来たんだろう?誰かお友達は居ないのかい?捜していたりするんじゃないかな?ずっとここに居てもいいのかい?」

   そう聞かれて、オルメカはハッとした。

「あ!そうだ!二人とも置いて来ちゃったんだった」

   何も言わずに広場に置いて来てしまったことを思い出す。これはまた、怒られるパターンだ。

「そうなのかい?じゃあ早く戻るか、連絡してあげる方が良いんじゃないのかい?」

「あ、はい、そうですね!…って、どっちも連絡つかないんだった…自力で広場に戻らないと…」

   ソロモンもアリスも連絡手段を持っていない。ましてや今はどちらとも召喚契約を結んでいない為、魔力痕を追うことも出来ない。その事に気が付いて、溜息をついた。


 
 

 
 



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